二十四話 今更わかったこと
目の前にまるで通せんぼするように立つ僕が邪魔なのか、無表情でシッシッと手を振るゼクス。その様子は、どう見ても無理をしていた。付き合いが短い僕にだってわかる。……いや、僕にしかわからないのか。
能面のようによく出来たその無表情が、今にも泣きそうなのを必死に押し留めていることなんて。
もしかしたら、目が赤く腫れぼったいのはすでに泣いたからかもしれない。
ここまで状況証拠が揃えば、誰だって何があったかわかるだろう。鈍い僕にだってわかったんだから。
ゼクスが、いじめられてるって。
くちゅんっとくしゃみをするゼクスの顔は、なんとなく赤くなって来ている気がした。話は後にして、これは一刻も早く着替えさせた方がいいかもしれない。
「ゼクス、着替えは?」
「……」
ほんの少し躊躇う様子を見せたゼクスだったが、僕が事情を察したことを察したのか、無言で首を横に振った。そう言えば、隣のクラスは今日体育がなかったことを思い出す。今は幅跳びとか鉄棒とかをやっているので、体育をやれば教室から確実に見えるのだ。今日見えたのは、中野さんがいる二年二組だけだった。
ここから僕の家までは、大体十五分くらい。ゼクスの家はもうちょっとだけ遠いらしいけど、あの時の言い方からして誤差の範囲だろう。そんな時間濡れたままでいれば、風邪を引いてしまうのは間違いない。せめて、濡れてない服は……
そこで、思いつくものがあった。
ある。あるけど、うーん……
「えと、僕の体操服ならある、けど……昨日から置きっぱなしのやつなんだよね」
昨日僕のクラスは体育だったのだが、テスト返しだったことを忘れていたので持って来たはいいものの使わなかったのだ。使わなかったとは言え男子の、それも一日放置した体操服じゃなぁ……
「貸してくれるなら、ありがたいわ。文句なんてないわよ」
小さな声だったが、ゼクスは確かにそう言った。
そんなわけで、一度三年生の教室がある三階に行った。そこで僕の体操服を回収して、そのまま下の階の女子更衣室へ向かう。僕が行ったのは扉の前だけで、中には入っていない。と言うか入るわけがない。構造上扉を通らないと外に出ることは出来ないため、ゼクスがいなくなる心配しなくていいし。
あの様子だと、ふとした拍子にどこかへ行ってしまいかねない。どうも僕に知られたい事柄じゃ、なかったみたいだし。
けど、そんなこと関係ない。知られたくなかろうが、もう知られてしまったのだから手遅れってのもある。だがそれ以上に、この問題を放っておくわけにはいかない。
よくよく思い返して見れば、おかしな点がいくつかある。
転校初日の、人垣をモーゼのように割った時。あの時、ゼクス本人が気にしている様子はなかったが、他のみんなの反応が妙だった。変人が来た反応と言うよりは、触れちゃいけない存在でも現れたような態度だったと思う。
長崎の、『面倒なやつに目を付けられた』ってのは、ゼクスに目を付けられると、僕までいじめに遭うかもしれなかったから。
多分、ゼクスがやらかしたことは本当だ。けど、それとは関係なく関わるなってことだったんじゃないだろうか。いや、いじめの原因はそれかもしれないけど、僕にゼクスと関わるなって言っていたのは、そういう意味だったのだ。
この前の無視すればいいってのは、迷惑な発言だけじゃなくて、ゼクスそのものを無視しろってことだったのだろう。
初日にゼクスが教室で話をしたがらなかったのは、オタク会話を聞かれるのが恥ずかしかったとか思う存分ぶっ飛んだ会話をしたかったからとかじゃなくて、あそこにいたくなかったから。
関わらない方がいいと忠告して来た長崎を除くと、ゼクスのことを話題に上げている人は誰もいなかった。一度たりとて、ゼクスの話を聞いたことはない。ただの変人であれば、面白おかしく話す人が一人や二人、あるいはもっといないとおかしい。
だって、傍から見ているだけなら変人はいい話題を提供する面白い人だ。なのに全く話を聞かないというのは異常だろう。
僕が気付かなかっただけで、ゼクスは昨日今日いじめられ出したんじゃない。傘がなかったのだって、いじめっ子達に盗まれたからかも。
いつからかはわからないけど、ずっとずっと、ゼクスは一人で耐えて来たのだ。誰にも相談出来ずに。
それならせめて楽しい話をして気を紛らわそうとか、そんなことを思いながらゼクスは僕に話しかけて来たのかもしれない。
だとしたら僕は、なんてことをしていたんだろう。わざわざ転校初日に隣のクラスまで話しかけに来たゼクスの気持ちなんて露程も考えず、うざいって理由で適当にあしらっていたのだ。
それに思い至った時、なんとも言えない気持ちになった。
盛大にため息を吐いた時、ガラリとドアを開けてゼクスが姿を現した。髪を結んでいたゴムを無くしたのか、いつものツインテールではなくストレートのままだ。そのせいで、やたら大人っぽく見える。いつもこうしていればいいのに。




