二十一話 秘密兵器
「気はしたんだけど、無視ってのはね……」
「なんか言った?」
「いや、なにも?」
六月二十五日、日曜日。なぜか隣町へ向かう途中の大通りで、ぼんやりと車の流れを見ているゼクスに遭遇していた。家が近所だから、会っちゃうのはしょうがないと思う。
それにゼクスの場合、無視した方がややこしいことになるのは目に見えてる。前にもそれで痛い目に遭っているので、一応見つけたら話しかけるようにはしているのだ。これなら、あとでいちゃもんが来ることはない。
「で、今日はこんなところで何してんの? また妖精探し?」
「いえ、今日は違うわ。今日は……なんていうか、ここで車を眺めていたい気分だったのよ。この辺、どれくらいトラック通るのかなー、っての調べようかなって」
「それになんの意味があるの……?」
もしかして、交通量を調べるバイトでも始めたんだろうか。いや中学生だから、そんなの無理だけど。じゃあよりわからない。っていうか、ホントにこんな道しかないところで何してるんだ?
今日のゼクスは前に会った時の宣言通り、ゴスロリ姿ではない。かと言って、可能性として提示されていたチャイナドレス姿でもなかった。
白い足元まであるロング丈のワンピースの上に、丈が短く桜色の長袖カーディガンを羽織っている。頭には、鍔の広いこれまた白い帽子。恐らく、コンセプトは二次元のお嬢様だ。
困ったことに、この恰好がよく似合っているのだ。まるで深窓の令嬢とでもいった雰囲気で、いつものゼクスには見えない。帽子を被る都合上ツインテールの位置が首元とだいぶ低く、おさげになっているのもそれに拍車をかけていた。
見た目だけに限れば、お金持ちの完璧美少女の誕生だ。……よく考えると、黙れば見た目除いても本当に完璧だよな。この前のテストも上から数えた方が早かったらしいし、お嬢様ってほどかは知らないけどお金持ちなのは間違いないし。
馬子にも衣裳と言うべきか素材がいいからと言うべきか、悩む僕にゼクスはどこか儚げな様子で肩を竦めて見せる。
「意味があるかどうかが大事じゃないのよ。なんて言うか……今後のため、かしらね」
「いやだから、なんの意味があるのさ? それがどう今後に役立つの?」
「……私としては、この行為に意味がなくなってくれた方がありがたいんだけどね」
「???」
よくわからないが、ゼクス本人がわからせる気がないからだろう。ということは考えるだけ無駄なので、サクッとこの場を離れることにする。別に僕は、ゼクスと話すためにここに来たわけではないのだ。前に学んだことを生かして、義理で話しかけただけだ。意味なんて、ないはずだ。
「じゃあ、僕は行くとこあるから」
そう言って別れようとすると、ゼクスは信じられないものを見たような顔で僕のことを見た。
「え……? 流くんが、行くところがあるって……? それも、わざわざ一人で? ま、まさか自殺願望があったりとか!?」
「いくらなんでも失礼過ぎないかな!?」
言いたいことはわかるさ。ああわかるとも!! 僕みたいな奇跡的なレベルの方向音痴が、一人で出かけて目的地に辿り着けるのかって話でしょ!! 僕ごときじゃ、すぐに迷子になって大参事が起こると思ってるわけだ。
ところがどっこい、今回はそうはいかないのだ。
「ふふん、僕には秘密兵器があるんだよ」
この紋所が目に入らぬかーとばかりにゼクスに向かって突き付けたのは、GPSがオンになったガラケーだ。
「この文明の利器があれば、僕だって一人で出かけられるんだよ!!」
どうだ!! とガラケーを突きつける僕を、なぜかゼクスは実に微妙な顔で見ていた。
「……ちなみに訊くけど、流くんの目的地ってどこ?」
「え? 長崎んちだけど? 漫画返そうと思って。その帰りに本屋に寄るつもり。昨日も一昨日も、用事があって行けなかったから」
「それ、機種も中身も相当古いやつだから、多分だけどそんなに細かい住所検索無理だと思う」
「マジでっ!?」
言われて画面をよーく目を凝らして見るが、僕にはよくわからない。元々方向音痴のうえに地図が読めないからこそ、あそこまで迷子になるわけだ。このよくわからないピコピコした矢印と線だけで現在地を読み取れとか、無理ゲーである。現在地は辛うじてわかるけど。
とりあえずゼクスにケータイを渡して見せると、残念な人を見る目を向けられた。
「思ってた以上にこれ大雑把よ。東西南北がどうにかわかるレベル。逆にこれ、どこから見つけて引っ張って来たのか不思議なくらいよ」
「そこまでなんだ……」
めっちゃ落ち込む。今日こそは、一人で目的地に着けると思ったのに……
「一応訊くけど、北ってどっちかわかる?」
「え? あっち」
ケータイの画面を合わせて前の方向を指すと、
「そっち北北東」
「なんとも言い難いズレ方!!」
北って文字が2つも入ってるからまるっきり間違ってるわけじゃないけど、それでもズレてるにはズレてる。って、あれ? じゃあこれ、また迷子になってたパターン!?