二十話 火のないところに
「げほっ……ど、どうしてそんな話になったの?」
「いや、今朝からクラス中でまことしやかに噂されてるから、本人に真相を確かめた方がいいと思ってな」
「そ、そんな噂されてたの僕……!?」
初耳もいいところだ。今朝クラスでそんな素振りあったかどうか、ぶっちゃけよく覚えていない。
実を言うと、周りを気にしてどうこうとかする人間じゃないのだ。良くも悪くも。他人に興味がないとも言える。他人って言うより、関わりの薄い人かな。ゼクスとか長崎とか、村上さんのことなら気にするんだけど……他のクラスメイトと、あんまり会話ないんだよね。
「そんな反応するってことは、違うってことだよな?」
「ぜんっぜん違うよ……根も葉もないし根拠もない憶測だよ……」
「いや、根拠はあるぞ?」
「あるの!?」
ギラリと殺し屋のような目つきで、また中野さんに睨まれてしまった。これ以上怒らせてもいいことは何もないので、僕と長崎はもう少し離れたところに移動してから話を続ける。
「で、その根拠ってなに?」
「この前の土曜日に、原と一緒に仲良く喋ってたのを何人か見てるんだよ」
「ああ、あれか……あれは――」
全部話すとかなり長くなるので要点だけかいつまんで言うと、土曜日に隣町に続く大通りでゴスロリを着たうえに日傘を差したゼクスが何か探していたから、声をかけたのだ。
ちなみに、探しものは
「甘いお菓子が大好きな妖精さん」
とかのたまったので、適当にあしらって帰ったって話だ。
「お前、よく一人で隣町から家まで帰れたな?」
「長崎も突っ込むところそこなんだね……」
正確には僕の独力のみで帰ったわけではなく、ゼクスが親切にもそこからの帰り道をていねいに教えてくれたから帰れたのである。
そ、それがなくったって家から学校までは道完璧に覚えたし、学校から本屋も覚えたから帰れたし! 本屋から学校に行って、それから家に帰れば行けたはずだ。
ゼクスに苦笑いで、
「それ、かなり遠回りなんだけどね」
って言われたけどさ!! 帰れればいいんだよ!! 帰れれば!!
「ま、まあとにかく、そんなわけでたまたま会っただけで、別に付き合ってるとかそういう話じゃないよ」
「なるほどな。タイミング悪く原が、なんか人形みたいなヒラヒラのやたらと目立つ服着てたから見た奴が多かったってだけか」
「ああ、なんか言ってたよ。あれ着てたのは偶然だって」
やたら豪奢なヒラヒラのフリッフリの恰好をしていたのでスルーしようとしたら、勝手に話して来たのだ。訊くと面倒だからスルーしたのに、ゼクスは絶妙に空気を読まないから困る。読めない、ではなく読まない、なところが腹立つんだよな。
ゼクスによると、
「いっつもゴスロリ着てるわけじゃないのよ? まーキャラ付けとしてはそれもアリだけど。今日はそんな気分だっただけで、今度会った時私服だったら全然違う恰好してるんじゃないかしら。チャイナドレスとか」
チャイナドレスを私服扱いするゼクスのセンスが、本気でわからなかった。あれ、本場の人以外がやってもただのコスプレだと思う。と言うか、ゼクスはそんなコスプレ服しか私服がないわけじゃないらしいのだから、もっとまともな服着ればいいのに。
そうすればまともに見えて、ちゃんと友達も出来るんじゃないだろうか。
なんかもううんざりしてため息を吐く僕を見た長崎までもが、疲れた様子でため息を吐いた。欠伸がうつるのはよくあるけど、ため息ってうつったっけ?
「お前さあ、もう原に関わらない方がいいぞ。ロクなことにならない」
「僕だって自分から関わろうと思って関わってるんじゃないんだよ? 向こうが勝手に絡んで来るんだよ」
「無視すればいいだろ。そうすればそのうち諦めるんじゃないか?」
「それは……そう、なんだけど」
最初は普通に無視して関わらないことが出来たはずなのに、なぜか今それが出来ない。やろうと思っても、無意識のうちに話に乗っているのだ。
ゼクスとの会話は疲れるけれど、意外と楽しいからかもしれない。前の学校含めて、あんな風にアニメや漫画のことをのびのび話せる相手なんていなかった。精々、有名なのをちょこちょこ陽大と話したくらいか。あいつもその手の話が嫌いじゃないが、広く浅く過ぎてディープな話についてこれない。
その点、ゼクスは違う。ついて来れないどころか、どんなアニメの話を振ったところで僕より詳しく返って来るのだ。そんなの、オタクとして楽しくないわけがない。
だからこそ、ゼクスを無視することなんて、今の僕には不可能なのだ。
うむむむと唸る僕に、ふっと長崎が真剣な顔で囁いた。
「マジで原はやめとけ。でないと、お前まで巻き込まれるぞ」
「へ? それ、どういう意味――」
訊き返そうとした時には、長崎は中野さんに話しかけに行っていた。その背中は、あからさまにそれ以上訊くことを拒絶していて。
何か、嫌な空気を感じた。ヘドロみたいな、ねばつく気持ち悪い空気。その正体を知ってしまえば、たちまち僕ごとき飲み込んでしまう。
そんな気がした。




