第四話 貝の町への到着
第四話 貝の町への到着
長い航海の末、ロキの目の前に陸地が見えてきた。
波に揺られながら、小さな船は見知らぬ海岸へと近づいていく。漂ってきた食べ物の匂いが、ロキの注意を引きつけた。
顔を上げると、海岸沿いに小さな町が広がっていた。木造の家々や商店が立ち並び、通りには船乗りや商人、旅人たちの姿があふれている。
ロキは満面の笑みを浮かべた。
「新しい土地だ! 新しいレストランもある!」
彼はすぐに港へ船をつなぐと、食欲をそそる匂いを頼りに町の中へ駆け出した。
数分後、賑わっているレストランを見つけると、勢いよく店内へ飛び込み、空いているテーブルに腰を下ろした。
店主が近づいてきて、注文を尋ねた。
「何にするんだい?」
ロキは十本の指を広げ、元気よく答えた。
「肉料理を十人前!」
店主は聞き間違いではないかと、しばらくロキの顔を見つめた。
「十人前だって? 本気か?」
「もちろん! 腹が減って死にそうなんだ!」
やがて料理がテーブルに並べられた。
そして、食事の時間が始まった。
ロキは驚くほどの速さで料理を平らげていく。その勢いに、食事をしていた客たちまで手を止め、彼の食べっぷりを見守り始めた。
一分も経たないうちに、十人前の料理は跡形もなく消えていた。
客の一人が、驚きのあまり口を開けた。
「こいつ、本当に人間なのか!?」
別の男も、空になった皿を見つめながら言った。
「人間の姿をした化け物かもしれないぞ!」
ロキはそんな声など気にも留めなかった。
口元を拭い、空っぽになったテーブルをわざと悲しそうに見つめる。
「ルニアがここにいたら、もっと料理を作ってくれたのにな……」
懐かしさが胸をよぎった。
しかし、ロキはすぐに首を振り、立ち上がった。
「悲しんでる暇なんてない! 俺にはまだ、発見すべき世界が丸ごと残ってるんだ!」
レストランを出て通りへ向かった、その時だった。
剣と剣がぶつかり合う音が、ロキの耳に飛び込んできた。
キィン!
ロキは足を止め、音のした方へ顔を向けた。
近くの広場では、一人の長身の男が黒い剣を手に立っていた。
鍛え上げられた肉体に、無駄のない動き。彼の目の前では、一人の剣士が強烈な一撃を放っていた。
しかし、長身の男はそれをあっさりと受け流し、たった一度の動作で相手を後方へと押し返した。
その動きは速いだけではなかった。幾度となく死線をくぐり抜けてきた者だけが持つ、揺るぎない自信が感じられた。
ロキの目が輝く。
「すげえ!」
彼は、男がたった今まで戦っていたことなど気にも留めず、迷わず近づいていった。
「お前、めちゃくちゃ強いな! 名前は何ていうんだ?」
黒い剣を持つ男は、冷ややかな目でロキを見た。
「なぜ俺の名前を知りたい?」
「俺の旅の仲間を探してるんだ! 俺と一緒に来ないか?」
一瞬、沈黙が流れた。
男は眉をひそめる。
「仲間だと?」
ロキは地平線を指さし、熱を込めて語った。
「俺は海を渡り、未知の場所を探検して、誰も知らない秘密を見つけるんだ! そして最後には、閉ざされた大地にたどり着く!」
その名を聞いた瞬間、男の目つきが変わった。
彼は剣を少し下ろし、ロキに近づくと、真剣な声で告げた。
「お前は、自分が何を口にしているのか、その危険性を理解していない」
ロキの笑顔は消えなかった。
「それがどうしたんだ?」
「あの土地について不用意に話せば、口封じのために殺されるかもしれない。世の中には、誰にも知られたくない秘密を守っている連中がいるんだ」
ロキはしばらく男の顔を見つめた。
そして、再び笑った。
「だったら、なおさら探検する価値があるってことだな!」
男は頭痛をこらえるように、深いため息をついた。
「お前は馬鹿だ。自分の命が惜しければ、家に帰れ」
男が背を向けたので、ロキは慌てて呼び止めた。
「待てよ! まだ名前を教えてもらってないぞ!」
男は振り返らなかった。
「お前には関係ない」
ロキが何か言い返そうとした、その時だった。
通りに荒々しい声が響き渡った。
「道を空けろ!」
通行人たちが慌てて道の端へ退いた。
豪華なコートを着た男が、武装した一団を引き連れて歩いてくる。傲慢な態度で周囲を見下し、その姿を見ただけで人々が恐怖に顔をこわばらせていた。
その一人が年老いた露店商の前で立ち止まり、金の入った袋をひったくった。
「今週分の用心棒代だ!」
露店商の手が震えた。
「ですが、二日前にも払ったばかりです……もう、金がありません!」
男は老人を蹴り倒した。
「そんなこと、俺の知ったことか!」
一団の頭目であるガブリエルは、その光景を面白がるように眺めながら笑った。
「金も払えない奴は、歯のない生活でも送るんだな!」
ロキの目に怒りが宿った。
しかし、その時、誰かが彼の肩をつかんだ。
振り向くと、黒い剣を持つ男が立っていた。
「手を出すな」
ロキは驚いて男を見た。
「人から金を奪って、殴りつけてるんだぞ!」
「分かっている」
「だったら、どうして止めないんだ?」
男は冷淡に答えた。
「あいつらは俺の邪魔をしない。俺もあいつらの邪魔をしない。それだけだ。俺には関係ない」
ロキはしばらく男を見つめていたが、やがて肩に置かれた手を振り払った。
「それがお前にとって都合のいい生き方でも、俺には無理だ」
そう言い残し、ロキはガブリエルたちの方へ歩き出した。
その時、一団の男二人が、幼い娘を連れた女性に近づいた。
母親は後ずさったが、一人が彼女の腕をつかんだ。
「金はどこだ?」
女性は恐怖に震えながら、娘を抱き寄せた。
「お願いです……何も持っていません。どうか、放してください!」
男は邪悪な笑みを浮かべ、彼女を殴ろうと手を振り上げた。
だが、その手首を小さな手がつかんだ。
「やめろって言っただろ」
女性と男の間に、ロキが立っていた。
その顔からは、先ほどまでの笑顔が消えていた。
男は自分の手首をつかむロキの手を見て、それから少年の顔をにらみつけた。
「ガキが……何のつもりだ?」
ロキは落ち着いた声で答えた。
「その二人を放してやれ」
ガブリエルが腹を抱えて笑い出した。
「聞いたか、お前ら! ガキが俺の部下に説教しに来たぞ!」
彼は馬鹿にするようにロキを指さした。
「骨をへし折って、そこらへんに放り捨てておけ!」
男たちが四方からロキに襲いかかった。
ロキは最初、動かなかった。
先頭の男が間合いに入った瞬間、彼は拳を握りしめた。
拳の隙間から、青白い光が漏れ始める。
バチッ! バチバチッ!
空気が震え、細かな稲妻が腕を這い上がっていった。
男の一人が目を見開いた。
「何だ、その力は!?」
ロキは叫んだ。
「雷撃!」
一気に踏み込み、敵の胸に拳を叩き込む。
まばゆい火花が弾け、男の体は後方へ吹き飛ばされた。地面に叩きつけられた男は、そのまま意識を失った。
ロキはすぐさま別の敵へ向き直る。
相手の拳をかろうじてかわし、稲妻をまとった拳を叩き込んだ。
男は地面に倒れた。
次々と攻撃を繰り出す。
一人、また一人と、ガブリエルの部下たちが倒れていった。やがて、慎重に距離を取りながら近づこうとする二人だけが残った。
しかし、ロキ自身も決して無事ではなかった。
腕の内側に、異常な熱がたまり始めていた。
拳から肩にかけて鋭い痛みが走り、指先が一瞬震えた。
その時、シンゾウの言葉が脳裏によみがえった。
『ロキ、核の力を一気に解放しようとするな。お前の体の限界を超えれば、熱が高まりすぎて制御できなくなる……最悪の場合、その力がお前自身に牙をむくぞ』
ロキは歯を食いしばった。
「今は駄目だ……ここで引き下がるわけにはいかない!」
二人の男が同時に襲いかかってきた。
ロキは身をかがめて最初の攻撃をかわし、膝で相手を押し返す。そのまま体をひねり、もう一人の攻撃を受け止めた。
稲妻をまとった拳が敵の体にめり込む。
男は悲鳴を上げながら地面に倒れた。
残るは、ガブリエルただ一人。
頭目は一歩後ずさった後、武器を構えて前に出た。
「このクソガキが! 生まれてきたことを後悔させてやる!」
ロキが攻撃を仕掛けたが、ガブリエルは寸前でそれをかわし、ロキの腹に一撃を叩き込んだ。
「ぐはっ!」
ロキは後ずさり、痛みに体をかがめた。
ガブリエルが嘲笑する。
「終わりだ! どれだけ力があろうと、お前はただのガキだ!」
ロキは震える拳を見つめた。
稲妻は弱まり、腕の痛みはますます強くなっていた。
その瞬間、彼の心に恐怖が生まれた。
恐ろしかったのは、ガブリエルだけではない。
自分の体に宿る、この力そのものが怖かった。
もし制御を失ったら?
もし、自分が守りたい人たちを傷つけてしまったら?
その時、背後から少女の泣き声が聞こえた。
ロキは顔を上げた。
「もう……誰も傷つけさせない!」
残された力をかき集める。
だが、今度はすべてを解放しようとはしなかった。
稲妻を拳の周囲だけに集中させ、その流れを制御しようと試みる。
火花が散り、足元の地面が震えた。
ガブリエルが雄叫びを上げ、突進してくる。
「死ね!」
武器が届く寸前、ロキは体を横へずらして攻撃をかわした。
そして、ガブリエルの腹部へ拳を叩き込む。
「雷撃!」
短い爆発音が響いた。
ガブリエルの体は後方へ吹き飛び、地面に倒れ込んだ。しばらく起き上がろうともがいていたが、ついに動けなくなった。
通りは静まり返った。
ロキは荒い息を吐きながら立ち尽くしていた。
腕はひどく痛んでいる。勝利を喜ぼうと拳を掲げたが、痛みに耐えきれず、すぐに腕を下ろした。
「いてて……ちょっと無理しすぎたかな」
ガブリエルは、まだ完全には意識を失っていなかった。
苦しげに顔を上げ、ロキの手に残る稲妻を見つめる。
その顔から怒りが消え、代わりに明らかな驚愕が浮かんだ。
「この雷……」
目を大きく見開く。
「まさか、このガキ……あの核に触れたのか?」
ロキがその言葉の意味を尋ねるより先に、ガブリエルは意識を失った。
ロキは驚きと喜びの入り混じった表情で、自分の手を見つめた。
「やった! シンゾウ、見たか? 俺、自分の力を使えたぞ!」
だが、再び腕に痛みが走り、その笑顔は徐々に薄れていった。
(まだ……完全には制御できていない)
どれだけ認めたくなくても、それが現実だった。
そこへ、先ほどの母親と娘が近づいてきた。
女性は娘の手を握りながら、深く頭を下げた。
「ありがとう。あなたが助けてくれなかったら、私たちはどうなっていたか……」
ロキは痛みをこらえながら笑った。
「お礼なんていいよ。あんなことをされているのを、黙って見ていられなかっただけだから」
少女は母親の服をぎゅっとつかみ、それから顔を上げてロキを見つめた。
「お兄ちゃんは、ヒーローなの?」
ロキは笑った。
「まだ違うよ! でも、いつか必ずすごい人間になってみせる!」
少し離れた場所では、黒い剣を持つ男が黙ってその光景を見つめていた。
彼の心を動かしたのは、ガブリエルやその部下たちが倒されたことではなかった。
その前に、ロキが見せた行動だった。
彼は少年の目に浮かんだ恐怖を見ていた。痛みに震える腕も見ていた。
それでも、母親と娘が危険にさらされた時、ロキは一歩も引かなかった。
男はゆっくりと彼に近づいた。
「おい、少年」
ロキが振り返る。
「お前! 考え直してくれたのか? 今度こそ俺の仲間になってくれるのか?」
男はその問いをひとまず無視した。
「なぜ、あそこに割って入った?」
ロキは不思議そうにまばたきした。
「どういう意味だ?」
「逃げることもできたはずだ。あいつらは危険な連中だし、お前が勝てる保証もなかった。それなのに、なぜ見ず知らずの人間のために命を懸けた?」
ロキの笑顔が、一瞬だけ消えた。
彼は母親と娘に目を向け、それから男を見返した。
「だって、あんなことをされているのを黙って見ていられなかったから」
少し間を置き、ロキは続けた。
「もし俺があの二人の立場だったら、みんなに見捨てられたくない。旅の途中で出会う人全員を救えるかどうかは分からない。でも、助けられる時に、何も見なかったふりをするつもりはないんだ」
男は黙ってロキを見つめていた。
やがて、彼は尋ねた。
「お前の名前は?」
ロキは自信たっぷりに答えた。
「ロキ・ネロク! よく覚えておけよ! 俺はいつか、世界一の探検家になる男だ!」
男はしばらく彼を見つめていたが、やがて黒い剣を鞘に収めた。
「俺の名は、レンジョウ・レオパルだ」
ロキは興奮のあまり、その場で飛び跳ねた。
「レンジョウ・レオパル! かっこいい名前だな! それで、一緒に来てくれるのか?」
レンジョウはため息をついた。
「お前、本当に諦めるってことを知らないんだな」
「もちろん!」
レンジョウは海へ目を向け、それから口を開いた。
「一緒に行ってやる。ただし、条件がある」
ロキは、やけに真剣な顔で耳を傾けた。
「言ってくれ!」
「俺はお前の部下にはならない。毎回お前の命令を待つつもりもない。自分のやり方で戦い、自分の判断で行動する。お前が俺を支配しようとするなら、その時は出ていく」
ロキは一瞬たりとも迷わなかった。
「分かった! 一緒に来てくれるなら、自分の好きなやり方で戦ってくれていい!」
ロキは手を差し出した。
レンジョウは、その小さな手をしばらく見つめた後、しっかりと握り返した。
こうして、ロキは未知の世界へ向かう旅の最初の仲間を得た。
しかし、レンジョウは喜ぶロキの隣で、傷ついた彼の腕を見つめていた。
彼は、あの力を知っていた。
そして、その力がこの場所で姿を現した以上、何事もなく済むはずがないことも分かっていた。
一方のロキは、まだ気づいていなかった。
ガブリエルを倒したあの一撃が、自分にはまだ覚悟も準備もできていない何かへとつながる扉を開いてしまったことに。
つづく……
第五話は明日、日曜日に公開予定です。




