■4.聖女を励ましてしまった
「今頃きっと国の皆に、嘘の神託でやらかした偽聖女だって思われてる……聖女であること以外、私に存在意義なんてないのに……私はもう聖女じゃないんだ……あれ、涙出てきちゃった……あはは、枯れたと思ったのに、水分補給したらすぐに出るんだぁ……人類の神秘だぁ……貴重な紅茶を無駄にしてごめんなさ……うっ、うう」
ついにシェリネは両手を膝の上で握り締め、べそべそと泣き始めた。
零れる涙を目の当たりにしたヴァルディは、ビクッと肩を跳ね上げ、意味もなく牢の中を見回し、どうすべきかと頭を抱え、やがて恐る恐る、シェリネの猫背に手を置いた。脆そうな彼女を傷つけないよう、そっと。
「その、わ、悪かった。聖女に見えないから聖女かどうかを確認したわけじゃなくてさ、うん、シェリネはすごく聖女っぽいと思うぞ、色とか」
虐めて泣かせて土下座させる予定の相手だったことをうっかり忘れながら、ヴァルディは慣れない手つきでシェリネの背を撫で、懸命に励ます。
「聖女の資格だって大丈夫だと思うぞ、本当に心が清らかじゃない奴は心が清らかじゃないことを落ち込まねえよ。風呂だって二日くらい入らなくても誤差の範囲だ、なんかお前いい匂いするし、大丈夫だって。シェリネは聖女だ。なあ、泣くなよ」
「で、でもぉ……風呂なし二日目まではギリいけるけど、三日目には聖女じゃなくなるって、先代聖女様の教えがぁ……」
「分かった、分かったから、あとで風呂に入れてやる、入浴剤も使わせてやる。だから泣かないでくれ」
ヴァルディは腰掛けているベッドのシーツを適当に引き千切り、「ほらこれ使え、いらない布だから」と言ってシェリネに差し出した。そして彼女がシーツだった布切れを顔に押し当ててぐすぐす泣くのを、落ち着かない気持ちで見守る。
しばらくして、涙を拭ったシェリネが顔を上げた。
「すみません、ヴァルディさん。牢屋の見張り番のあなたに、気を遣わせてしまって」
「いや俺は見張り番じゃな……」
「ヴァルディさんは優しいんですね」
シェリネに微笑まれ、ヴァルディは慌てて目を逸らした。彼女の潤んだ瞳を、どうにも直視できなかったからである。
「え、いや、まあ、別に気を遣ったわけじゃないし。普通のことだし」
「私は捕虜として魔界に送り出される直前、王国の兵士をたったひとりで皆殺しにしたヤバい魔族が『聖女絶対泣かす』と言って私の身柄を求めてきた、と事前に聞かされていたのですが」
「うっ」
「ヴァルディさんはただの牢屋の見張り番なのに、私に紅茶を持ってきてくれたり、励ましてくれたり……そのなんかヤバいらしい魔族の方とは全然違う、とても優しくて親切な魔族なんですね……!」
「ぐぅっ……!」
純粋な感謝と尊敬で煌めく瞳に見つめられ、ヴァルディは激しい罪悪感に胸を押さえた。
そう。罪悪感である。この動悸・息切れの原因には他の要素もあるような気がしないでもないが、現在のヴァルディに認識できる自分の感情は、罪悪感の一点のみだった。
「しかし、私を捕虜に求めたヤバい魔族さんは、いつここに来るのでしょうか?」
「えっ、あー、いやー」
「一体どんな恐ろしい方なのでしょう……フロギアへの賠償に私情を反映できるくらいですから、きっと魔界でも高い地位の方なんですよね。神殿の人たち、なんて言ってたかな。『炎の悪魔』とか『業火の化身』とか『煉獄のお留守番』とか、ともかく炎っぽい呼称で呼んでいた気が」
「ぐっ」
「見た目は確か、角があって、尻尾もあって、褐色の肌で、黒い髪で、瞳の色が……」
「そそそそんなことよりシェリネ、腹は空いてないか?」
雑過ぎる話題転換だったが、シェリネはものの見事に食いついた。
「空いてます! あらゆる意味で胃に穴が開きそうな状態です!」
「よし。ただの牢屋の見張り番かつ炎とは無縁かつ全く地位の高くない俺は、上司の命令で監視している捕虜のお前を餓死させるわけにはいかないから、今からお前に飯を食わせようと思う」
というわけで始まりました、
『捕らえた聖女の目が死んでたので正体隠して面倒見る』、
よろしくお願いいたします!
第1章は明日から毎日2回、朝と夜に更新する予定です。
別にお前のためじゃないんだからな系魔族&疑いの精神を地平線の彼方に置いてきてしまった素直聖女によるピュアピュアしいラブコメ、ぜひお楽しみくださいませ!
なお、作者の返信によるうっかりネタバレ防止のため、本作は完結まで感想返信を行わない方針です。でもいただいた感想は、ばっちり五度見の勢いで読ませていただきます!




