■25.魔王からの呼び出し
「起きろ、シェリネ。朝だぞ。起きろ」
「……あれ?」
いつもの時間にシェリネを起こしに行くと、彼女は寝起きのぽやぽやした目でヴァルディを見て、それから隣に収まっているあみぐるみを見て、もう一度ヴァルディを見て。
そして、なぜか照れ笑いを浮かべた。
「夢でした……」
シェリネのふやけた笑みに、ヴァルディも釣られて顔を綻ばせる。
「どんな夢だったんだ?」
「あやふやなんですけれど……2号が本物になっちゃって、二度寝の誘惑に負けて……」
シェリネはまだ眠いのか、覚束ない様子で夢の内容を語り始めた。ヴァルディには「2号が本物に」の時点で全く意味が分からないのだが、真面目に語るシェリネが面白いので黙って耳を傾ける。
「さくさく揚げ物の享楽に耽り……第二回戦で肉欲の限りを尽くし……そんな欲望に塗れた、大変都合のいい夢だった気がします」
「そうか。じゃあ今日の昼は揚げ物、夜は肉料理にしてやる」
「予告の時点で神……?」
「その前に朝食だ。水切りヨーグルトに挑戦してみた。存分に蜂蜜をかけるがいい」
「朝から神……?」
「だからさっさと起きて、その眠そうな顔を洗って、聖女体操第一を済ませてこい」
「はい……おはようございます、ヴァルディさん」
「うん、おはよう」
捕虜を起こす任務を完了したヴァルディは、軽い足取りで台所に戻った。
シェリネの朝支度にかかる時間は把握しているので、料理の段取りに抜かりはない。ちょうど彼女が居間に姿を現した頃合いで朝食が完成し、ふたりで食卓に着き、揃って「いただきます」を言う。
「ところで2号ってなんのことだ?」
「えっ!? すぉ、それは、その、あみぐるみの名前です」
「なんで2号って名前なんだ?」
「へぇっ!? その、ヴァ、いえっ、特に全く別に意味はないです」
等々、たわいのない会話をしながら朝食を摂る。
ヴァルディは毎日シェリネに聞きたいことが出てくるので、毎日何かしらの質問をしていた。今朝見た夢の内容でも、あみぐるみの名前の由来でも、本日の水切りヨーグルトの感想でも、シェリネのことはなんでも知りたかった。
「私、思うんです。濃厚なヨーグルトに蜂蜜の組み合わせは、『調和』という概念を人類に知らしめるために存在している、神の意志ではないか、と……」
「つまり」
「美味しいー……」
シェリネの熱い食レポを、ヴァルディは機嫌良く尻尾を振りつつ堪能する。
と、足下を何かにつつかれた。
見れば、小さくて丸くてむやみにもっちりした生き物が、ヴァルディの踝をもちもち叩いている。
「ん? 魔王からか」
ヴァルディは足下の小さな生き物を摘まみ上げ、もっちりと食卓に載せてやった。シェリネから興味津々な視線が注がれる。
「もしかして、たまに見かけるお掃除係の子ですか?」
「いいや、似てるが違う。こいつは魔王城の伝言係だ。敷地が広いから、連絡がある時はこいつらでやりとりしてんだよ。ちなみに紫色のリボンを付けてるこいつは魔王専属」
ヴァルディはスープ皿の隣でもっちりと待機している伝言係に耳を近づけた。
「……魔王が来いって? 分かった。お茶の時間だな。ついでにクッキー持っていくって言っといて」
伝言係がもしょもしょと話す声は小さく、向かいの席に座るシェリネには聞こえない。彼女から見ると、ヴァルディはやたら可愛いもちもち生物に耳を寄せてひとりで真剣に喋っている男になる。
「別に花畑行きを提案してもらったお礼じゃなくて、たまたまクッキーを焼きたくなって余ったのを渡すだけだからな。そこのところちゃんと伝えるように。よしよし。じゃあ……はあっ!?」
予想外の伝言内容に、ヴァルディは思わず大きな声を上げ、シェリネを見つめた。
和んだ表情でヴァルディと伝言係のやりとりを眺めていた彼女が「どうしました?」と首を傾げるが、それには答えず、伝言係に視線を戻す。
「それ、どれくらい絶対って言ってた? すごく絶対……断れないやつじゃん……ん? 本人が嫌がるなら無理強いはしないって? そうか、よし」
ヴァルディは今度こそシェリネに向き直した。
「魔王のお茶の時間に呼ばれてるんだけど、俺だけじゃなくてシェリネも来て欲しいってさ。お前と話がしてみたいんだと」
「まあ。魔王様が」
「でもたぶん大した用事じゃないし、どうせただの世間話だし、断っても全く問題ないから、シェリネが魔王のとこに行きたくないなら全然」
「はい、ぜひ行きたいです!」
さあ断ってくれという祈りも虚しく、元気良く前向きなお返事をいただいてしまった。
「ほ、ほんとに行くのか? 別に魔王なんかに気を遣う必要はないんだぞ?」
「いえいえ。叶うなら一度お会いしたいと思っていましたので」
「……」
にこにこしているシェリネに屈したヴァルディは、苦虫を噛み潰したような顔で伝言係に言った。
「……分かった。シェリネも連れて行くって、魔王に伝えてくれ」
■おまけ ~登場人物近況~
・ヴァルディ
好意を自覚して最初に取る行動が足輪による婚姻の既成事実作り。
・シェリネ
あみぐるみと間違えて本人に「ヴァルディさん2号」と呼びかけてしまったことがある。




