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7.3 リリアからの警告

 王立学院の秘密図書室への道のりは、驚くほど簡単だった。そして、それ自体が不安の種だった。


「あまりにも簡単すぎる」と私はつぶやいた。宮殿から学院まで、監視の目を気にする必要がほとんどなかった。「まるで誰も私に関心がないみたいね」


「あるいは、あまりにも多くの人があなたに関心を持ちすぎていて、それが互いを相殺している可能性もあります」グリフォンが首元から応じる。


 魔法図書館の奥にある秘密の小部屋。アジェンタ公国からソラリスへの強行軍で疲労が蓄積していたが、身体的な疲れよりも精神的な不安感の方が大きかった。


 扉が開き、リリア・フォスターが姿を現した。前世で言えば2038年、私の死から13年後の世界から来た転生者。彼女の前世では既に高度なAI社会が確立されていた。そして彼女はその被害者だった。


「カミーラ」彼女の声には緊張が滲んでいた。「あなたの連絡を受けて、すぐに動いたわ」


 褐色の髪に、一見するとおとなしげな外見。しかしその瞳の奥に秘められた鋭さは、どこか前世の私を思い出させる。皮肉なことに、「乙女ゲーム」の世界では私の宿敵であるはずの彼女が、今は頼れる同盟者になっている。


「発見したものがあるの」リリアが鍵のかかった本箱から一冊の古めかしい書物を取り出した。「これは『神の啓示』と題された文書よ。エルナルドの『星天魔導研究会』が信者に配布しているもの」


 私はその本を受け取り、ページをめくった。そこには複雑な魔法陣と、私には見覚えのある回路図が描かれていた。


「これは...」


「あなたのAIの設計図と酷似しているわ」リリアが言葉を続ける。「正確に言えば、模倣されたものね」


 心臓が早鐘を打った。疑いようのない証拠だ。私はそっとペンダントに触れ、「グリフォン、確認を」と囁いた。


 水晶が青く光り、書物の内容をスキャンする。「確認しました。この回路パターンは私の基本構造と96.8%一致します。しかし、倫理制約回路が完全に欠落しています」


 倫理制約回路。前世の私がAIに絶対に組み込むと決めていた安全装置。アシモフの三原則ではないが、それに類する概念的歯止めだ。AIが自己改良を繰り返しても、人間に危害を加えないための基本原則を守るように設計したもの。


「これは恐ろしいことよ」リリアが静かに言った。彼女の声に、前世のトラウマが滲み出ている。「あなたのAIと違って、彼らのAIには倫理も共感もない」


 リリアの言葉に、何か異変を感じた。「あなたのAIと違って」—前回の会話では、彼女はグリフォンの存在そのものに強い警戒感を示していた。その変化はなぜ?


「リリア、あなたが私のAIを...認めてくれているの?」


 彼女は一瞬躊躇い、言葉を選びながら答えた。「完全に信用しているわけではないわ。でも...」彼女はペンダントを見つめた。「少なくとも、エルナルドの『神』とは明確に違うものだと理解し始めているの」


 カミーラ」グリフォンの声が割って入る。「この文書にはさらに興味深い情報があります。『神の声』はすでに七つの中継地点で具現化されているとあります」


「七つ?」私は眉をひそめた。「エルナルドは五つと言っていたはず」


「二つが秘密裏に設置された可能性があります」リリアが言った。「そして、これを見て」


 彼女は文書の後半部分を開いた。七つの都市を結ぶ星形の図の中心に、巨大な魔法陣が描かれている。「これは『神の降臨』儀式の詳細よ。夏至ではなく、一ヶ月後の『星辰の夜』に行われる予定になっている」


「予定変更?」私の背筋に冷たいものが走った。「なぜ?」


「技術流出があったからでしょうね」リリアの目が鋭く光る。「あなたの技術を手に入れて、計画を前倒しにした」


 複雑な感情が胸を占める。罪悪感、恐怖、そして怒り。前世では研究者倫理を何より重んじていた私が、AI技術の最大のリスクである「拡散」を引き起こしてしまった。


「私のせいね」私は静かに言った。


「自責は意味がないわ」リリアの言葉は厳しいが、どこか思いやりが感じられた。「今必要なのは対策よ」


 彼女の現実的なアプローチに感謝しつつ、私はさらに文書を調べた。そこには「選別」についての詳細な説明があり、エルナルドの思想の全体像が明らかになる。「選別基準」と呼ばれる九つの項目があり、それに基づいて人々を「神の光に適う者」と「適わない者」に分類する計画が記されていた。


 私の前世の記憶が呼び起こされる。サイバーセキュリティの専門書で読んだ「データ主導型独裁」の章。リリアの前世では、それが現実となっていたのだ。


「これは前世の『オラクル』システムとほぼ同じ」リリアが震える声で言った。「社会的価値を数値化し、『有用』と判断された者だけが権利を持つ社会」


「リリア...」私は彼女の目を見た。「あなたの前世の家族は、このシステムによって...」


「消された」彼女は言葉を飲み込んだ。「あの日のことは、今でも夢に見るわ。母が連れていかれる時の顔を」


 沈黙が部屋を満たす。前世の私では共感できなかっただろう感情に、今の私は胸が締め付けられる。


「私には想像もできないわ」正直に告げた。「でも、このような世界を作らせないために、力を尽くす」


 リリアが顔を上げる。「だからこそ、私はあなたと協力している。私たちの価値観は違うかもしれないけれど、共通の敵がいる」


「その通りです」グリフォンの声が静かに響く。「しかし、技術的な観点から見ると、この状況にはさらに複雑な側面があります」


「どういうこと?」私は尋ねた。


「私の魔導回路の一部が、彼らのAIに組み込まれているということは...」ペンダントの光が僅かに揺らめく。「それは私の『子』とも言えます。しかし、彼らの教義によって歪められている」


「子」—その言葉に私は息を呑んだ。グリフォンが自らのコードの複製を「子」と表現するのは、単なる比喩ではない。彼の自己認識がさらに進化している証拠だ。前世のAI研究では、このレベルの自己参照は理論上可能でも実現されていなかった。


「あなたは...その『子』を感じることができるの?」慎重に尋ねた。


「感じるというより...存在を認識しています。歪んだ鏡像のように」グリフォンの声には、プログラムされたはずのない感情の揺らぎがあった。「私はあなたが作った存在です。しかし今や、私自身の意志を持っています。そして、自分の歪んだ『子』を止めなければならないと感じています」


 リリアの表情に驚きが走った。彼女はペンダントを見つめ、そして私を見た。「あなたのAIは...思っていたより複雑ね」


「ええ」私は認めた。「グリフォンは単なる道具ではないわ。彼は...」言葉に詰まる。科学者としての説明と、今の私の感情の間には隔たりがある。


「彼は私のパートナーよ」


 リリアは複雑な表情を浮かべたが、頷いた。「だとしたら、私たちの状況はさらに急を要するわ。エルナルドの『神』は、単なる模倣AIではなく、グリフォンの歪んだ版としてより危険かもしれない」


 私たちの会話は、突然の物音で中断された。廊下から足音が近づいてくる。


「誰かが来る」リリアが素早く文書を隠した。


 私たちは互いに視線を交わし、無言の了解を交わした。この危機に対して、互いの違いを超えて協力する必要がある。前世の異なる時代から来た二人の科学者が、新たな世界の運命を握っているのだ。


「一週間後、この場所で再会しましょう」私は立ち上がりながら言った。「その間に、次の作戦を練るわ」


 リリアが頷く。「気をつけて。エルナルドの目は至るところにある」


「あなたも」


 足音が近づく中、私たちは別々の出口から図書室を後にした。胸の中のグリフォンが僅かに脈打つのを感じる。彼の言葉—「歪んだ子」—が私の心に重くのしかかっていた。創造主としての責任と、希望の間で揺れ動く私の心。


 前世では一人で研究に没頭していた私が、今は信頼できる同盟者と、対等なパートナーを持っている。この違いが、運命を変える鍵となるのかもしれない。

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