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 話を始める前に、とりあえず私は部屋に入れて貰った。念のため和室へと続く扉は開けたまま。私をベッドに座らせ、太一さんとお兄さんは床に直接座っていた。


 私の話を聞き終えた太一さんとお兄さんは、しばらく声も出ないようだった。


「……すみません。俺がそっちへ行ったりしなければこんなことには」


 太一さんは顔色を悪くしながら謝ってくれた。けれどこれは太一さんのせいではないと私は思っている。そのことを伝えれば、お兄さんも同じことを言った。


「そうだな。お前のせいじゃねーよ。こういった心霊現象ってのは不条理なんが常だ。けど一人であん中入ったのはさすがに軽率過ぎんぞ。せめて俺を待ってろよ」

「兄貴が帰ってくるまでに消えたら困ると思ったんだよ」

「困んねーだろ、別に!」


 確かにお兄さんの言う通りだ。普通の感覚ならむしろ消えてくれた方がいいだろう。


 けれど太一さんは「兄貴はいつもホラー動画見てるだろ。せっかく本物が現れたんだぞ。どうせなら体験したいって思うだろ?」と言って眉を顰めている。


「思わねーよ! 何でそーいうときだけ阿保なんだよ、お前は! 動画見てるからって体験したいわけじゃねーんだよ! むしろしたくねー!」

「そうなのか……」


 お兄さんの答えに太一さんはちょっと驚いているようだった。


「非現実だから面白がって見れんだよ! あんな気色悪りい部屋よく入ろうと思えたなお前は!」

「興味が湧くだろ、普通……」

「お前な……そうやって好奇心に負けたり面白半分であーいう部屋に入る奴ってのは、大抵死ぬか呪われるんだぞ? お約束だろうが」


「あ、あの……」


 私が声をかけると「何だよ?」とちょっとだけ険しい目つきでお兄さんがこちらに振り返る。


「の、呪われたんですかね? 私たち……」


 私の言葉を聞いた二人は、また静かになってしまった。でも太一さんは大丈夫だとしても、私は現在絶賛呪われ中ではないだろうか。自分の部屋から外には出られず、その解決方法も今はまだわかっていないのだから。


「……まあ呪われたかどうかは置いといてだな。まずはあんたを家に帰さなきゃだな」


 お兄さんは最初に会った時には私のことを君、と呼んでいたけれど、今はもうあんたと呼んでいる。何となく太一さんのお兄さんに気を許して貰えたようで嬉しい。太一さんは相変わらず私に敬語だけれど。


「そういや、あんた。名前なんだ?」


 お兄さんに聞かれてはじめて、私はまだ自分の名前さえ名乗っていなかったことに気が付いた。というか、本当にそんなところにまで気が回らなかった。私にとっては生まれて初めてと言ってもいい、八方ふさがりの体験だったから。


「えっと……蒔田穂です。蒔は蒔絵の蒔で、田は、たんぼの田……ミノリは稲穂の穂で、ミノリって読みます」


 私が自己紹介をすると、太一さんとお兄さんがそれぞれ「……俺は早瀬太一です」、「一馬だ」と名前を教えてくれた。


「太一は普通の太いに一。……で兄貴の一馬は一の馬」


 太一さんと一馬さん。両方一の字がついている。一は普通長男に付けると思っていたから少し不思議に思った。


「二人とも名前に一の字が入っているんですか?」

「父親の名前がはじめだから」

「……なるほど」


 息子二人にお父さんの文字を入れたと言うわけだ。


「よし、これで自己紹介は終わったな。んじゃ、さっそくだけど。そっちの部屋から外に出られないってんなら、ま、普通にここから家に帰ればいんじゃね?」

「だよな。俺もミノリさんの部屋に出たときそう思った」

「ですよね……私もそれを期待して一応お金は持ってきました」


 私は身に着けたままのポシェットをぽんぽんと叩く。中にはいつも使っているお財布が入っている。今月はあまりお小遣いを使っていないので、先月の分も含めて諭吉さんが一枚分くらいは入っているはずだ。


 これで家には多分帰れる。足りなかったら太一さんかお兄さん、あるいは交番に借りるしかない。けれどまだ問題がすべて解決したわけじゃなかった。とりあえずの問題は二つ。


「あとは……ミノリさんの部屋から廊下へ続く扉が、元に戻っているかどうかですよね」

「だよね……」

「話を聞く限り、一度あの部屋の中に入ったんだからそれは大丈夫じゃねーか? となると問題はこっちか」


 お兄さんが開け放たれたままの扉と、その奥の和室を見つめた。私と太一さんもお兄さんの視線を追う。


「どういう理屈なんだかな、この部屋は。ま、ホラーに理屈を求めんのは野暮かも知んねーけど」

「ミノリさんがまたここから部屋に戻って扉を閉めてからこっちの扉を閉めれば、そっちは多分元の部屋に戻っていると思う。……でも、そのあとにはまたこの部屋がミノリさんの部屋みたいになるかもしれないってことか……」

「そうだな。この部屋がどっちかに残ったままじゃ、また同じことの繰り返しだ。でもこういう部屋ってのは、普通は同じところには繋がんないはずなんだよな。何でまたここに繋がったんだ?」


 それは私も不思議に思っていたのだけれど、お兄さんの言葉を受けた太一さんの口から、「あ」と小さな声が漏れた。


「……もしかしたら、俺がミノリさんの部屋から持って来たものが原因かも」

「あ。あのキーホルダー……!」


 太一さんが床から立ち上がり、あのキーホルダーを持って来てくれた。それをお兄さんが顔を近づけ覗き込んでいる。かなり流行ったのにお兄さんまで知らないのだろうか。


「何だ、この不細工なの」

「兄貴も知らないのか」

「知らねーな」


 首を傾げたお兄さんを、太一さんが見つめている。


「すごく流行ったんですよ? ぬかぼんって言うんですけど……」

「ぬかぼん? 何だそれ?」

「額がこう……広いでしょ? だからぬかぼん」


 実体は額と身体の区別がつかないくらいにただの棒なのだが、有名なインフルエンサーがその曖昧さが良いと紹介し一世を風靡したのだ。


「額なのかよ、これ……」


 お兄さんが「わかんねーな」と言いながらぬかぼんの額を親指と人差し指で軽く弾いている。弾かれる度にぬかぼんの身体がゆらゆらと揺れた。


「……出てこないな」


 そうぽつんと零した太一さんに、私もお兄さんも注目した。


「え?」

「いや、調べたんですけど、何の情報も出てきません。それ」


 太一さんが手の中の携帯を私に向けて見せてくれた。確かに検索バーには「ぬかぼん」という文字が打たれている。


「ええ? 流行ったのたった数年前だよ? 人気は下火になったけど、今も熱心なコレクターいるんだよ?」

「実は名前間違えて覚えてねーか?」

「ぬかぼんです! だって私も集めてましたもん!」

「集めてたのかよ、これを……」


 お兄さんが呆れたように顔を歪めている。そう言えば太一さんも微妙な表情をしていた。どうやらぬかぼんはお二人の趣味には合わないらしい。


「検索の仕方が悪かったかな……」


 太一さんがまた検索を掛け直そうとしていると、お兄さんから待ったがかかった。


「おい、それは後にしろって。とりあえず、あんた住んでるとこどこだよ」

「あ……神奈川です。神奈川の葉山」

「神奈川か。結構近いな……」

「あの、ここってどこですか?」


 二人とも方言ではなかったから関東圏内だろうとは思っていたけれど、お兄さんの結構近いという発言からもやっぱり正解みたいだ。


「ここは埼玉の浦和だ」

「埼玉……。良かった、お金足りそう」


 片道なら二千円もかからないはずだ。最寄り駅まで電車に乗って帰って、あとはお父さんに迎えに来てもらえばいい。


「まずは家に連絡したほうがいいんじゃないですか?」

「あ、そうだね! 今私の部屋に入ったら誰もいないもん、失踪事件になっちゃう」


 私はこれまで一度も家出なんてしたことないから、大騒ぎになっている恐れがある。というより何も言わずに家を空けることだってなかった。


「ま、入れるのかは分かんねーけどな」

「そ、そうですね……」


 お兄さんの言葉に、家に帰れても一生自分の部屋に入れなかったらどうしようかな、と不安になる。


 とりあえず携帯をポシェットから取り出した私は家に電話を掛けた。けれどなぜか携帯からはコール音がしない。


「あれ?」

「どうしました?」


 私は一度耳から携帯を離し、番号が合っていることを確認してからもう一度耳に近づけた。


「やっぱりコール音がしない……もしかして壊れちゃったかな?」

「ああ……あんな部屋の中通って来たんなら、その可能性もあるな」

「嘘……やだあ、もう」


 高校生になってようやく買ってもらった携帯なのに、半年もたたない内に壊すなんて、お父さんに怒られてしまう。もしかしたら当分お小遣い無しかもしれない。


「じゃ、俺のでかけてください」


 そう言って太一さんが私に携帯を差し出して来た。太一さんもう携帯持ってるんだと、ちょっと羨ましくなってしまった。


 太一さんから渡された携帯で、また家に掛けてみた。けれど今度もまたうんともすんとも言わない。


「あれ……何で?」

「番号間違ってんじゃねーだろうな」

「そんなわけないです! 家の番号くらい覚えてますよ! それに……携帯に登録してある番号なんですから……」

「ミノリさん。固定じゃなくて携帯にかけてみて」

「あ、そうだね。そうする」


 自分の携帯に登録された番号を見ながら、私はポチポチポチと番号を打つ。打ち終わって顔を上げると、太一さんが少しだけ妙な表情で私を見ていた。


 発信ボタンをタップして、しばらく待つ。けれどやっぱりお父さんの携帯にもお母さんの携帯にも、そしてお兄ちゃんの携帯にも掛からなかった。


「……何で? 何で掛からないの?」


 茫然としている私の手から太一さんが「ちょっと貸してください」と言って携帯を取り上げ、耳に当てる。けれどすぐにまた耳から離してしまった。そして携帯のディスプレイ画面を見た太一さんが真剣な表情で私に聞いてきた。




「……ミノリさん。これ、本当に番号合ってますか?」

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