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視点が戻りますが、これからもたまに視点は入れ替わります。
扉を開けて部屋に入って来た人物を見て、私は思わず叫んでしまった。
「誰――⁉」
「いや、それ俺の台詞……!」
しかし間髪入れずに同じように叫んだ相手に、私は我に返った。それはそうだ。ここがあの男の子の部屋でない以上、私がここにいる理由に見当もつかない相手にとっては、私はただの不法侵入者だ。下手をすれば、いや下手をしなくとも警察を呼ばれても仕方ない。
「あ……あの! 私、怪しい者ではありません……!」
私はまるで説得力のない言い訳をした。そして案の定即座に相手に否定される。
「いや、めっちゃ怪しいだろ!」
「で、ですよね……」
一貫の終わりだと通報されるのを覚悟した私だったけれど、なぜか男の人は「あ」と言ったきり黙ってしまった。そしてまじまじと私の顔を見つめてからちょっと脱力したように「相談ってこれか」と呟いた。
「あの……?」
私は何やら考え込んでいる男の人に声をかけた。すると先ほどよりも幾分表情を和らげたその人は、予想外のことを聞いてきた。
「君さ……もしかして弟の彼女?」
「え? お、弟さん? ……彼女?」
「そう。太一の」
太一、という名前に聞き覚えはない。
「太一……さん?」
このときほどあの男の子の名前を聞いておけば良かったと思ったことはない。現実に存在する人間かどうかも怪しかったから名前を聞かなかった、というよりは名前を聞いている余裕もなかった。
けれどその太一さんを弟だというこの人は、あの男の子に少し似ている気がした。茶色の毛は短すぎて癖毛かどうかすらわからないけれど、整った顔はあの男の子がもう少しだけ歳を重ねたような雰囲気があった。
「あ、あの……もしかして弟さんて……眼鏡をかけてて、茶色い癖毛の?」
「……いや、彼女なら知ってんだろ。やっぱ違うのか? でも合ってるしな……」
あの男の子のお兄さんらしき人は自問自答しながら首を傾げているが、私にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
この人は今合っていると言った。私の挙げたあの男の子の特徴が、弟さんの特徴と合っていると。
「合ってるんですか⁉」
「あ、ああ。まあな」
「臙脂のパーカー着て、ベージュのチノパン穿いてました!」
「お、おお。そう言えば今日はそんな恰好だったな」
私の勢いに押されたらしい男の人は、ちょっと引き気味だったけれど私の言葉を肯定してくれた。
「うわーん!」
私は喜びのあまり涙腺を崩壊させた。この人はきっとあの男の子のお兄さんだ。まだあの男の子本人には会えていないが、きっと彼はここにいる。そう思ったら安堵で気が緩んでしまったのだ。
「は? おいどうした⁉ まさか太一に何かされて……なわけねーな! 何だよ、急に泣くなよ!」
お兄さんが私に近寄りおろおろとしている。しかしすぐに扉と、その中にある部屋に意識を持っていかれたらしく私に話しかけるのを止め顔を顰めた。
「……やっぱどう見ても扉だよな、これ。てか奥の部屋何だよ、気色悪りい」
「う……私にも何が何だか。でもきっと弟さん……太一さんなら何か知ってるんじゃないかって思って、私必死でここまで……」
本人の部屋に繋がるかは賭けだったが、どうやら賭けには勝てたようだ。まだあの男の子本人に会えたわけでもないのに、私はそのことを確信していた。
「いや……あのな。必死でここまでって言われても……何なんだよ、この扉? どっから湧いて出たんだよ」
「私の部屋にも気づいたら湧いていました……。そしてその中から、多分……太一さんが」
「は?」
私の言葉に、お兄さんの眉がこれでもかというくらいに顰められる。
「太一さんは無事帰ったんですけど、そのあと私が部屋から出られなくなっちゃって……」
「待て待て待て! 何言ってっかわかんねえ! 太一呼んでくるから待ってろ!」
ぎょっとしたようにお兄さんが私から少し距離をとった。これはヤバイ女だと思われた可能性が大だ。けれど今はどう思われているかよりも私から離れていきそうなお兄さんを引き留めることが先決だった。
「待って! 一人にしないで!」
私は今にもこの部屋から出て行きそうなお兄さんの腕を必死で掴む。
「ああ⁉ 今まで一人だったんだろ⁉」
確かに今までは一人で大丈夫だった。けれどそれはあの扉の向こうから誰が出てくるかわからないという緊張感があったからだ。それが今やあの男の子のお兄さんかもしれない人に会った私は、一気に弱気になっていた。
「な。いいから待ってろ! 大丈夫だから!」
何も大丈夫ではない。それでも出て行こうとするお兄さんに私がさらに泣きそうになったその時―――。
カチャリという扉の開く音と、声が聞こえた。
「何騒いでんだよ、兄貴。下まで響いて……」
扉を開けて現れた人は、今度こそ私の知るあの男の子だった。彼――太一さんは蹲る私を見つけると、目と口を大きく開けてそのまま固まった。
「太一……さん?」
名を呼べばますます太一さんの目が大きくなる。
「太一……?」と、お兄さんが急に停止した太一さんを訝しがって声をかけた。
「は? 何でここに……」
「う、うう」
何でここに、なんて一種拒絶とも取れる言葉だったけれど、私は嬉しかった。彼は私のことを知っている。夢ではなかったのだと、そう思えたから。
「おい、そんな言い方ねーだろ。彼女じゃねーのかよ」
「ちが……! 彼女じゃ……てか彼女人間じゃな……!」
「人間です!」
とんでもない彼の勘違いを、私は彼が言葉を言い終える前に否定した。けれど彼が私のことを人間ではないと思う気持ちは、残念ながら理解出来てしまった。なぜなら私も彼のことを人間ではないかも知れないと思っていたからだ。今はもう違うけれど。
「え……? 人間?」
「……人間です!」
その後太一さんはちょっとの間だけ茫然としていたようだけれど、すぐに我に返ったらしく私の元に駆け寄ってくれた。
「……本当に何でここに? ていうか何で泣いて……?」
「俺は何もしてねーからな」
そう言ってお兄さんが首を横に振る。私もお兄さんに同意するように首を縦に振った。
「兄貴が女の子泣かすなんて思ってないって」
先ほどはお兄さんも太一さんが私に何かするわけないっぽいことを言っていた。その通りだけど、そこまでお互いに信頼できる関係には少し憧れる。急に普段は喧嘩ばかりのお兄ちゃんのことが恋しくなってしまった。
「あの……本当に何があったんですか? どうしてここに?」
太一さんから優しく声をかけられた私は、えぐえぐとまた泣きながらこれまでの経緯を二人に話した。




