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 部活から帰って来た俺は、めずらしく弟の太一から相談があると言われた。


 別に兄弟仲が悪いわけじゃない。むしろ良いほうだとは思っている。けれど俺より断然頭の良い弟から折り入って相談があるなどと言われれば、つい身構えちまうのも仕方のないというものだ。けれど四歳下の弟を可愛がっている俺には、弟の相談を断ると言う選択肢はなかった。


「いいぜ。でも飯食ってからでいいか?」

「そりゃ、もちろん。俺だって腹減った」


 太一との会話のあとはすぐさま風呂場へと向かう。汗だく泥だらけだったのでとりあえず飯の前に風呂だ。俺が風呂から上がる頃には、テーブルには夕食が並んでいるはずだ。


 どろどろのまま部屋に戻りたくないので、いつも着替えは朝出かける前に風呂場に用意していた。時間の短縮にもなるしな。


 手早く服を脱いでシャワーを浴びながら全身用のシャンプーで髪と身体を同時に洗う。俺の髪は短いからそれで十分だ。本当はゆっくりと湯に浸かった方が疲れが取れるのだろうけど、いつも夕食の前に風呂に入ることが多い俺が湯に浸かることは滅多にない。翌日が休日の時くらいだ。

 

 風呂場から出て全身をタオルで拭いて用意していた服を着る。その間約十五分。リビングに戻ればそこには思っていた通り、出来立ての夕食がテーブルの上に並んでいた。




「やっぱ出来立ては美味いよな。いや、弁当だって美味いけどさ」


 揚げたてアツアツのから揚げを頬張りながら、俺は幸せを嚙みしめていた。


 俺は部活を始める前に母さんが用意してくれた弁当を食べ、そして部活が終わってからまた家に帰って食べる。だから母さんは俺の弁当を昼と夜の分、二つ作らなければならない。とても感謝している。母親様様だ。


「それももうすぐ終わりだな」

 

 太一の言葉に、俺は急にしんみりとした気分になる。


 現在高校三年生の俺は来月、実質引退試合となる試合を控えている。俺の進んだ高校はサッカーの強豪というわけではない。朝練はやりたい奴だけがやっている。俺も端からプロになろうとは思っていない。いや、なれない、と言った方が正しい。けれどサッカーのことは三度の飯より、そしてホラーより好きだったので、小、中、高と、サッカー一筋でやってきた。


「何だよ、しんみりさせんなよ」

「いいじゃんか、別に。やりきったんだろ?」

「まだやりきってねーよ。予選は来月だっての」


 太一と会話をしていると、四歳も違うってのに時々どちらが兄かわからなくなる時がある。頭が良くて運動も出来る弟は、実は俺よりも子どもの頃はサッカーが上手かった。


 それを言えば太一は「子どもの頃だけだ」と反論するけれど、きっと太一がサッカーを本気でやっていれば、いいところまで行ったんじゃないかと密かに思っている。


「楽しみねえ。お母さん、必ず見に行くからね」

「父さんも行くぞ」

「俺も一応行く」

「一応かよ。でもありがとな」


 きっと俺の学校は予選敗退になるだろう。全国の三千以上ある参加校から選ばれるのはたったの四十八高。各都道府県から一校のみだ。うちの高校のような弱小チームは最初からお呼びではない。それでも俺は参加することに意義があると思っている。サッカーが好きだという気持ちを、高校最後の思い出として思い切りぶつけてくるつもりだ。


 それに高校では最後かもしれないけど、俺の人生ではこれで最後じゃない。サッカーは大学に行っても続けるつもりだ。というよりは、一生続けるつもりだ。草野球ならぬ草サッカーを結婚しても、子どもが出来ても、中年になっても、老人になってもやるつもりだった。


「母さん、おかわりある?」


 一杯目の飯を食い切った俺は、さっそく二杯目を所望する。


「あるわよ。お椀貸して」


 母さんに飯をよそって貰っている間に、俺は味噌汁に手をつけた。今日の味噌汁は豆腐とワカメだけのシンプル仕様だ。だがこれが上手い。


「汗かいたから塩気が身体に染みるぜ」

「部活辞めたら塩も飯も控えろよ」

「お前は俺の嫁さんかよ」

「はい。二杯目」


 母さんから手渡された飯を受け取り、俺はまたから揚げに手を伸ばした。




 飯を食ったあとには、可愛い弟の相談に乗らなければならない。食い終わった食器を流し台に運びながら、俺は太一に聞いた。


「どうする? 話の前に風呂入って来るか?」

「……そうだな。入って来る」

「おう。じゃ、動画見てるわ」


 俺が風呂場に着替えを用意しているのに倣って、太一も、そして父さんも風呂場に下着と寝間着を置いている。こうしていると夕食を食べる前でも食べた後でも部屋に一度戻らなくて済むので楽らしい。置いていないのは母さんだけだ。


 普段の太一は結構長風呂だが、それでも相談があると言っているのだから律儀な弟はきっといつもよりは早く上がるだろう。大体三十分くらいだろうか。


 俺はホラーの動画をいつも自分の部屋ではなく家族のいるリビングで見ている。ホラー好きではあるけれど、部屋で一人で見るのはやっぱり怖いのだ。俺はリビングに置いてある家族共有のノートパソコンで動画を見はじめた。


 ソファでテレビを見ていた父さんが一度俺の方をちらりと見たけれど、無視をした。父さんは怖い話や動画が大の苦手なのだ。イヤホンをしているから音は漏れていないはずなのに何か気配を感じたらしい。まあ、俺がホラー好きってことは家族全員が知っていることだしな。


 二十分ほど動画を見た俺は部屋へと戻ることにした。今日はあまり面白い動画と出会えなかったのだ。それに自分が思っていたより疲れてもいた。あと十分もすれば太一も風呂から出てくるだろうし、俺は先に部屋に戻って明日の準備でもしようと思い立ったのだ。相談内容如何によっては寝るのが遅くなる可能性もあったからな。


「父さん、俺部屋に戻るわ。太一が風呂から出たら言っといてくれ」


 テレビから目を離さず返事をした父さんの横を通り過ぎリビングを出て、俺はそのまま二階へと続く階段を上った。部屋は太一と共同だったけれど、俺が朝練に行くため早い時間から部屋でごそごそしていても今まで文句ひとつ言ったことがない。ちなみに夜は大体俺の方が早く寝るが、寝付きが良いので太一が夜に何をしていても問題ない。


 まあなんだかんだで太一は良く出来た弟だ。そんな弟からの相談だ。出来る限りのことはしてやりたいとは思うけれど、果たして俺にそれが出来るのかとすでに弱気になっていた。


 けどまあ、あいつだって俺に何が出来るか出来ないかくらいは把握しているだろうから、きっと俺でも助けになれるような相談なのだろう。


(てことは……まさか恋の相談……はないな。俺じゃ駄目だ。んじゃ後は……)


 考え事をしながら部屋の前に立った俺はそのまま扉のノブを回した。少し扉を開いた段階で部屋の中が明るいことに気が付いた。太一にしてはめずらしく電気を消し忘れている。しかしたまにはそんなこともあるだろうと、俺は特に気にせずに扉を全開した。



 開け放たれた扉の向こうには、見慣れた光景があるはずだった。


 しかし俺の目の前に現れたのは――――












 部屋の奥で存在を主張しているあるはずのない扉と、その扉の向こう側とこちら側の丁度中間に座っている女の子。


 その女の子が俺の顔を見て顔面を蒼白にしながら叫んだ。





「誰――⁉」



「いや、それ俺の台詞……!」

 


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