27
降り注ぐ秋の陽光に目がくらんだ俺は、片手を額に翳し空を見上げた。見上げた空にはひとつの黒い点。ビルの遥か頭上を何かの鳥が飛んでいる。
「……まっぶし」
「秋の陽射しが眩しい理由はですね……!」
「知ってる」
ミノリンが意気込んで俺に秋の陽射しが眩しい理由を教えようとしていたけれど、残念ながらその理由を俺はすでに高校の時には知っていた。
秋の陽射しが眩しいのは、夏から秋にかけて澄んだ大気に入れ替わるため太陽光の透過率が高まるからだって、柿崎さんが言っていた。あとは太陽の高度が下がるから、ただでさえ眩しい西日が降り注ぐ時間が長くなるからだとも。
受験には出なかったけど、まあ知ってて損はないよな。こうやってミノリンに得意顔されるのを未然に防げたわけだし。
ミノリンがこの世界にやって来てから大体五年の月日が流れた。
こっちの世界に来た当初高校一年生だったミノリンも、今はもう養父である柿崎さんの母校に通う大学二年生だ。太一も同じ大学を受けると言っているし、実は俺も同じ大学に通っている。
俺が柿崎さんと同じ大学に行くと知った時には両親はすごく驚いていた。まあ、それも仕方ない。そもそもずっとサッカー一筋で碌に勉強をしてこなかった俺には逆立ちしたって無理だと担任にも親にも言われた。
だけど俺は諦めなかった。サッカーに夢中になるのと同じくらい、勉強を頑張った。元々親や担任が言うほど俺の学校の成績は悪くはなかったけど、都内どころか全国でも有数の偏差値の高い大学だからな。俺も二浪くらいはすると思っていただけに、最初の受験で掲示板に自分の受験番号を見つけたときには己の目を疑ったくらいだ。
俺の高校のサッカー部は弱小だったからもちろんサッカー選手権大会の本戦に出るなんてことはなく予選敗退。俺は夏を最後に部活を引退した。
それから猛勉強をしたわけだが、自宅に柿崎さんが出入りしていたから姿を見つけては無理やり勉強を教えて貰った。それが結構効いた気がするな。そのかいあって、俺は晴れて東京の大学に受かったわけだ。そして俺が大学三年の時に、ミノリンが入学してきた。あとは太一の入学を待つだけだ。
「太一の奴、来週こっち来るだろ?」
俺がそう言えばミノリンが「はい! 楽しみですね!」と満面の笑顔で答える。嬉しそうなところ悪いけど、ちゃんと釘を刺しておかなければ。
「……俺の目の前ではいちゃつくなよ?」
「しませんよ!」
太一はミノリンが高校卒業というタイミングで、ようやくミノリンに告白をした。
まあ、大学になったら埼玉と東京と物理的な距離が開いちまうし、俺は妹としてしか見ていないが、ミノリンは客観的に見てかなり可愛いほうだ。離れている間に誰かに取られちまわないか心配だったんだろう。
それから付き合いだした二人はすぐに遠距離恋愛になっちまったが、休みの日にはミノリンが埼玉の実家に帰ったり太一が東京に来たりと、なんだかんだと上手くやっているようだ。
俺はというと、両親からミノリンのお目付け役に抜擢されており、自分の彼女を作っている余裕もない。俺たちが住んでいる所もアパートのお隣同士という徹底ぶりだ。一応書類上の親は柿崎さんなのだが、ミノリンの世話を焼いているのは何故か九割がた俺の両親だ。
だからといって俺を虫よけに使うのもどうかと思うが、まあ、どうせ将来義理の兄妹になるのだろうし、俺も兄として妹の世話を焼くという役割に関しては満更でもない気分だったりする。実は妹も欲しかったんだよな。
「じゃ、バイト頑張れよ」と俺が言うと、
「はい。お兄さんも」とミノリンが笑顔で答えた。
これからバイトに向かうというミノリンと別れ、俺は大学へと向かった。俺は現在大学四年生だが、就職活動をしていない。このまま大学院へと進み、柿崎さんの助手になることを、すでに決めているからだ。今日は休日だったが、俺は埼玉から東京に戻っている柿崎さんに研究の手伝いを依頼されていた。
いまだあの扉と和室についてはっきりとしたことは分かっていない。ミノリンの戸籍取得のことがあったので、あの扉と和室についてはすぐに国の知るところとなった。けれど国が総力を挙げて研究しているにも関わらず、一向に謎が解ける様子はない。けど、それでもまだ五年だ。諦めるには早すぎる。
それに――来年からは俺、太一、ミノリンの三人が久々に揃う。もちろん太一も俺と同じで柿崎さんに師事する予定らしい。太一と一緒に研究できるのが、今からとても楽しみだ。
何だかんだで楽しい日常は、あっという間に過ぎ去っていく。
そして――。
それからさらに六年の時が過ぎ、そろそろ本格的な冬がやってこようとしている十一月の半ば。今俺はとある教会で行われている結婚式に出席していた。
これから新郎新婦が教会の扉を開けて出てくる手筈となっており、それを参加者である俺たちは左右に分かれて待っているというわけだ。
「いやあ、何だか緊張するな」
俺の隣にいる柿崎さんが、急にそわそわとし始めた。
そう。今日の参加者は俺だけではない。俺の隣には柿崎さんが、そして道を挟んだ反対側には俺の両親もいる。
観衆の見守る中、頭上に降り注ぐフラワーシャワーを浴びながら新郎新婦の二人が教会の扉を開けて姿を現した。白いウェディングドレス姿のミノリンと、グレーのタキシード姿の太一だ。
出会うはずのなかった二人が見つめ合い微笑みあっている姿を見ていると、奇跡は本当にあるんだなと、らしくもなく感慨にふけってしまった俺の目に涙が滲んできた。
「お義父さん……お兄さん」
すっかり父親役が板に付いてきた柿崎さんが、ミノリンに「おめでとう、ミノリ」と祝いの言葉をかけている。俺もミノリンと太一に「おめでとう」と言って笑顔を向けた。
「お父様もお母様も……」
感極まって言葉に詰まっているミノリンの手を、母さんが泣きながら握り締めた。
「綺麗よ、ミノリさん……」
母さんとミノリンはまるで本当の母娘のように抱き合って泣いている。
母さんはミノリンがこちらに来てからずっと母親代わりを自負していたようなので、ミノリンの花嫁姿を見て喜びもひとしおなんだろう。父さんなんかすでに滂沱の涙を流しており、一言も言葉を発することが出来ないようだ。ちょっと気持ち悪いな。
「馬子にも衣裳だな」
本当は今日のミノリンはびっくりするくらい綺麗だった。けれど素直に褒めるのがなんだか気恥しくあえて茶化してみた俺に、普段は反撃してくるミノリンが、今日は照れながらもちゃんと礼を言ってきた。
「えへへ。ありがとう、お兄さん」
出会った時から俺を兄と呼んでいたミノリン。きっと俺たちが義兄妹になることは運命、いや必然だったんだろう。ミノリンの隣では太一が同じように俺に向かって微笑んでいる。そんな太一のちょっとはにかんだ笑顔が微笑ましくもなんだか腹立たしい。
「……弟に先を越されるとは」
二人の門出を祝う気持ちは本物だ。けれどいつも彼女に研究と私とどっちが大切なのよと振られている俺からすれば、正直羨ましい。そんな俺の呟きを聞き取った太一が、苦笑しつつ気障な言葉を放った。
「兄貴にだっているさ。世界のどこかに」
――運命の人が。
そうだったら良いのに、と切に願う。
そしてさらに願わくば、その世界とはどうかこちらの世界であって欲しい。そうでなければ、俺が運命の相手と出会うのはいつになるか分からないからな。
国が乗り出した研究は、しかし思ったようには進んでいない。あの扉と和室がこの世界に現れてからすでに十一年が経過しているというのに、研究の結果分かったことは微々たるものだ。
まあ、柿崎さんは最初からあの扉と和室の謎が解明されるのは数十年先と言っていたので、それも仕方のないことなのかもしれない。
それでも――。
この十一年は、ミノリンにとっては長い、長い年月だっただろう。
俺も太一も、母さんも父さんも、柿崎さんも。ミノリンが今でも時々元の世界を思い出して泣いているのを知っている。でも仕方ないよな。忘れろったって忘れられるもんじゃないんだから。
だからせめて、俺はミノリンにはこっちの世界で最高に幸せになってほしいと思っているんだ。
俺は俺たちの横を通り過ぎ、祝福の言葉と拍手に見送られながら、招待客の列へと太一とともに挨拶に向かうミノリンに声をかけた。
「ミノリン――! 今幸せか?」
俺の問い掛けにミノリンが振り返り、今まで見て来た中で最高の笑顔を見せてくれた。それだけで、俺の胸には熱いものがこみ上げてきた。
この笑顔を見れば、答えなんて聞かなくても分かる。
きっとミノリンはこう言うのだろう。
「――はい! 幸せです」
と。
Fin
本編はこれで終了です。まどろっこしい物語にお付き合いくださりありがとうございました。次話はただの日常を書いた番外編です。




