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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第三章】 創られし魔獣
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2 霊剣ズィルカ

 洞窟内に落ちる水滴の音を聞き、皆がみな息を呑みながらそろりそろりと歩を進めていく。


 目と鼻の先には目的の生物が周囲を警戒しており、いつ自分たちの存在がバレるとも限らず。

 だが消音魔法と消臭魔法はここまで効果を果たしてくれたようで、奴に気付かれることなく鵺へと接近することができたのである。


 岩陰へと隠れ、剣の柄へと手をかけながら、リナは最高のタイミングを掴むべく呼吸を整える。


 作戦はリュッカを囮とした奇襲攻撃。

 最初こそこのアイデアには反対していたが、彼女がこれまで鵺の攻撃対象になっていない点やレイナが傍についている点を鑑みれば、これほど有効な手立てはない。


 やつは素早さにその強みがあり、いくらこの剣の切れ味がよかろうとも当たらなければ意味がない。

 ならば、真正面から戦闘を挑むよりも、何らかの戦略を用いる方が有効となる。


 この後、リュッカがわざと姿を晒して声を発することで鵺の気を引き、そこへリナが斬りかかることとなる。

 鵺の注意が逸れるのはほんの一瞬。

 その間に鵺との距離を詰め切り、この剣を振るうことができればこちらの勝利だ。


 仮にそれが失敗したとしても、そのまま戦闘を開始していけばよい。

 作戦上のリスクは小さく見える。


 リュッカはリナとは反対側の岩陰に隠れているはずで、もうすぐ定刻となる。


 ――落ち着け、集中しろ。


 静かに息を吐き出し、タイミングをはかる。

 ……。

 …………。

 定刻だ。


「鵺!」


「【アクセルバースト】」


 リュッカの呼びかけを聞きながら、小声の詠唱に空気が飛んだ。

 一度の跳躍で一気に距離を詰める。


 鵺はまだリュッカの方を見たまま。

 その足は動いておらず、リュッカも実は攻撃対象になり得るというわずかな可能性は否定される。

 鵺の挙動は、ただ音が鳴った方に反応しただけで戦闘態勢はとっていない。


 あと少し。

 抜刀タイミングはほんの一瞬。

 早すぎれば刀身が届かず、遅すぎれば振りが弱くなる。


 もう目の前。

 瞬き一つで結果の変わってしまう加速度の中――



 リナは剣を引き抜いた……!



 光り輝くその刀身に気付くも、もう遅い。

 反射神経で鵺が体を下げるのも織り込み済み。


 奴の唯一の活路は前に出ることで、そうすると剣が上手く振るえなかったのだが、意識外からの突進に身を引かないという選択をするのは難しく。

 鵺は生物としてごく自然の行動を奴は取ったのである。


 剣が迫り、そのまま鵺を――



 ――両断した。



 瞬時に違和感に気付くのも束の間、鵺の尻尾が降り注いできて、ギリギリのところでこれを避ける。


 その体は斬り裂かれたはずなのに、斬り裂かれていない。

 斬った瞬間に感じた違和感の正体だ。

 完璧なタイミングで奴を攻撃したはずであるというのに、腕に伝わってきた感触は、肉を断つそれではなく空を切る感触だった。


 ともなれば、剣か鵺のいずれかに特殊な何かがあると見るべき。


「ダメ! 斬れないわ!」


 すぐさま後退しながら、鞘へと納めてその場に置く。

 効果がないのであれば持っているだけ邪魔な代物。

 ミコトがそのまま回収する予定となる。


 魔法で【フォトンセイバー】を創り出し、再び鵺へ。

 側面からレイナも飛び出して、光線系魔法。


 鵺が咆哮する。

 周囲に魔法陣が展開し、無数の狼や蜘蛛の魔物が出現してきてリナは驚愕する。


「そんなっ! 創造魔法!? あり得ない」


 一般常識に則るのであれば、魔獣は創造魔法を使えない。

 それも、こんな数を同時に創造するなんてことは余程の魔の使い手でなければ不可能だ。

 あるいは、鵺がそれほどの使い手ということであろうか。


 その鵺はというと、不覚を取ったリナに照準を絞っており、巨体を生かした体当たりから爪を幾度も振りかぶって来る。


 レイナが周囲の魔物たちと戦闘開始。

 リナも鵺の相手をしながら、範囲魔法【ファイヤーレイン】を放って牽制していく。


 リュッカはゴーレムに加えて、雷鳥サンダーバードまで呼び出して応戦。

 彼女はやはり、鵺はおろか、そのほかの魔物たちの攻撃対象にすらなっていない。

 ミコトは岩陰に隠れているのであろうか、姿が見えない。


「リナを守って!」


 サンダーバードが空を翔けながら雷を落として魔物たちを次々に屠っていく。

 その分で余った手はすべて鵺へとつぎ込まれ。

 奴とてリナのみに的を絞って攻撃を続ける。


 ガラ空きとなった背後からエレメンタルゴーレムを寄せたが、躱されてカウンターの尻尾攻撃にゴーレムが一部破損。


 再びリナへ爪が迫り――、


 

 リナを斬り裂いた。



 だが、今度は奴がリナと同じ感想を抱くことになる。

 斬り裂いたはずなのに斬り裂けていない。

 目を見開く鵺に光剣がねじ込まれる。


 光学ダミー。

 光を捻じ曲げて、リナの位置を誤認させた。

 その隙に光剣で鵺の前足を大きく切り裂くことに成功したのだが、その傷口を見て違和感を覚える。


「なにこいつ。出血してない……!?」


 フォトンセイバーは高温の剣であるため、そのまま切り口を焼き固めたと考えられなくもないが、奴の傷口はそう言う風には見えない。

 どちらかというと、奴の背後で攻撃を繰り出そうとしているゴーレムの破損に似ている。


 ――ということは、鵺は創造体!?


 いやそれはおかしい。

 創造魔法には時間の制約がある。

 リナが創り出しているフォトンセイバーとて、無限に使用可能というわけではなく。


 レレムで最初の犠牲者が出てからずっと創造され続けなんて絶対に不可能だ。

 ならば創造主が都度創造しているということか。


 ありえない。


 これほどの魔獣を創造するためには、それだけで膨大な魔力が必要な上に、鵺はレレムに大規模な被害を及ぼし、死火山であるレレム山を活火山に変えてしまうほどの地震を引き起こしている。


 通常創造体が発するエネルギーは創造主が供給元となる。

 地震にどれほどのエネルギーを用いるかはわからないが、莫大であるという点に相違はないはず。


 となれば、そんな術者が存在するとは思えない。

 第一、創造された鵺が創造魔法を使うというのもあり得ない話だ。

 ならば周りにいるこの狼や蜘蛛の魔物は一体なんになる。


「リナ!」


 リュッカの声で我に返るも遅かった。

 鵺の尻尾が目の前にまで迫っている。


 ――躱せないっ!


 そう直感したリナは瞬時に致命傷を避けるべく体をねじった。


 ……!


 だが、攻撃はリナに当たることなく、直前で止まったのである。

 そこには、リュッカがリナの盾となっていて、鵺の攻撃がすんでのところで停止していたのである。


 彼女は自分が鵺には攻撃されないという特徴を生かし、わざとリナの前に躍り出たのだ。

 ゴーレムを破壊するほどの尻尾をくらったらただでは済まないだろうに、ミコト同様、自己犠牲が好きな子どもたちだ。


「あたしだって役に立つもん」

「ありがとう。けど間違っても自分を盾にするなんてしちゃダメ!」


 厳しい口調だけ浴びせて、リナは再び駆ける。


 思考にあまり時間を割くわけにもいかない。

 今は目の前の戦闘に集中しないと負けてしまう。


 鵺が体の周囲に溶岩をまとい始め、それらによって攻撃を開始。


「【サンダーランス】!」


 対するリナは雷魔法を放ちながら光剣で踏み込む。

 合わせてリュッカのゴーレムとレイナの魔法が別方向から。


 対処しきれずに、鵺はまたも負傷。

 やはり手数が増えるというのはそれだけで強みになる。



 だが次の瞬間、鵺が――



 リナは咄嗟に光剣を投げた。

 奴の次の手が読めたからだ。

 光剣はそのまま――


 鵺の尻尾を斬り飛ばした。


 これまでの戦闘で、鵺は不利な状況になると必ず地震を引き起こして盤面をひっくり返して来た。

 今もまさにそれをしようとしたのであろう。

 リナの妨げによってそれも叶わず、鵺の痛痒な叫び声が鳴り響く。


「畳みかけるわ!」

「リナ! ミコトがっ!」


 もう一度フォトンセイバーを創り直して踏み込もうとした瞬間、リュッカの呼びかけにそちらの方を見ると、なんとそこには勇者一行の姿があり、ミコトが捕えられていた。


「なっ!」


 一瞬で判断。

 忌々しくも舌打ちをしながら、鵺を諦めて彼らの方へと相対する。


 レイナ、リュッカもこちらへと加勢。


 その隙に、鵺は思った通り逃走を開始してしまうが、もはや止むを得ない。

 尻尾を切れたので、今後地震を起こせないと考えれば目的の七割くらいは達成できている。

 むしろ、構わずこちらへ攻撃なんてされてしまった方が困った事態になったであろう。


「ミコトを放しなさい!」


 大楯を持った男がミコトからズィルカだけを取り上げて、彼女はそのまま解き放つ。

 元々剣にしか興味がなかったのか。

 ミコトをリナたちに対する人質にまですればさらに効果的だったであろうに、恐らくそこまでの卑劣な手段は用いたくないと見える。


 その後は当然、戦闘態勢を整えてこちらへ向き直って来た。

 ただ一人、カナト・サクラだけは後ろ向きな様子だ。


「さっきと同様、このまま行かせてもらえる? そしたら戦わずに済むわ」


 兎人の女性からそんな言葉を投げかけられるが、到底受け入れられない話だ。

 あの剣がかつて魔族を圧倒した剣であるのなら、彼らの手に渡るのは危険極まりない。


「できるわけないってわかって言ってる?」

「そうよね」


 大楯使いはカナトへとズィルカを渡し、彼を促していく。


「カナト、おめぇさんが彼女らと戦いたくねぇって気持ちは俺にも分かるぜ。けどよ、そうすっと次は仲間の誰かを失うことになるかもしんねぇ。それでもいいのか?」


 それを聞いて、しばらくの思考の後、彼も覚悟を決めたようだ。

 ズィルカではなく元々持っていた剣の方を抜てきた。

 互いに間合いをはかって、戦いの火蓋が切って落とされそうになる。


 そこへ――



「カナト、その剣を使うのはやめろ」



 ミコトから声がかかった。

 これに答えるのは勇者パーティの魔法使い――たしかイシュアと呼ばれていた女性だ。


「聞く必要ないわカナト。彼女らは魔族に加担している人族よ。むしろ敵と見做すべきだわ」

「あーしを【スキャン】しろ。それで答えが出るはずだ」


 スキャンと言う聞き慣れないワードにリナは眉を寄せながらも事態を見守る。

 鑑定系のスキルであろうか。


 そのカナトはというと、「なぜ、【スキャン】のことを……?」と言いながら、そのスキャンとやらを実施したのか、驚愕に目を見開いていた。

 何か、あり得ないものを見ているかのような表情で。


「そんな……、馬鹿な! どういうことだ!」

「ズィルカはお前たちが思っているような剣じゃない。その剣は、呪われている」

「呪われている? どういう意味だ!」

「トロッコ問題って、知ってるか?」


 カナトはミコトが言った言葉を口の中で繰り返しながら眉を寄せる。


「その話自体は知っているが一体何の話をしている!? それとズィルカに何の関係があるんだ! 第一お前は日本人――」


 その瞬間――、



 これまでとは比にならないほどの揺れが一同を襲った。

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