1 目指すべき姿
――助かった。助けられた。よかった。みんな無事……とは言い難いけど、少なくとも死んでない。
涙目になりながら一息をつことしたところで、再びミコトから声がかかる。
「まだだ、ここもじき溶岩で埋まる。ついて来い」
「待って、レイナが負傷しているの」
「そりゃてめぇもだろ。最低限の止血だけして歩け。じゃなきゃ全員お陀仏だぜ」
「おだぶつ?」
「死ぬって意味だ」
いつも通りのにべも無い様子をぼんやり見ながら、治療魔法を施してから彼女の後を追っていく。
上へ上へと斜面の通路を登っていくと、やがて小さな部屋にたどり着いた。
小部屋……いや、工房と言う方が正しい。
鉄床に小さいが炉も存在している。
「そこのベッドを使え」
ミコトの指示に従ってレイナを横たえ、治療を施していく。
出血により顔面蒼白としているが、幸いにも命に別状はないようだ。
それが終わったら今度は自分の腕を治していく。
レイナのことで頭がいっぱいになっていたが、こちらもかなり酷い。
「リナ、手伝うよ」
リュッカの手助けを受けながら、左腕を治療していく。
「それで、話してくれるんでしょうね?」
「何をだ?」
「勝手に出て行ったことよ!」
語気を強め、問い詰めていく。
「別にいいだろうが、死ぬわけでもなしに」
「いいわけないでしょうが! あなたは自分の友達や家族が同じようなことをしたら、心配しないっていうの!」
睨みを強めるリナに観念したのか、ため息をつきながらミコトが降参のポーズを取る。
「はぁ……。わーったよ。そんなに怒んなって。すまなかったよ」
そう言って目を逸らしながら、珍しくちょこっと頭を下げてきた。
「……で? あなたはどうしてこんなところに来たの? それと、そっちで光ってる剣はなに?」
さっきから気になってはいたが、この部屋の中で唯一で異彩を放つ剣が台座のような場所に置かれている。
その剣からは靄のような光が鞘の内側から噴き出しており、どれほどの魔が秘められているかは言うまでもない。
鞘には装飾こそ施されていないが、リナの収差演算は、これがとてつもない剣であることを教えてくれていた。
ミコトがその剣を手に取り、大切そうに抱える。
「剣はあーしも見つけたばかりでまだよくわかってねぇ」
「じゃあどうしてここへ来たのよ?」
静かにリナへと視線をやった後、ミコトはまたも視線を逸らし、
「昔、噂で聞いたことがあんだ。レレムの山には精霊の祠があるって。そんで、なんか関係があんじゃねぇかって思ったんだよ」
未だに疑いの目を彼女へと向けながらも問うていく。
「そこでその剣を見つけたってことね」
「ああ。正直なところ、これがこいつとどうつながってんのかはまだわかってねぇがな」
リュッカの頭に手をポンと置きながら言う。
「ふーん。で? なんでそれを私に相談しなかったのよ」
「だからそれは悪かったっつってんだろ。てめぇはあーしのかーちゃんかよ。もう怒んなよ」
こんな風に返してくるものだから、リナは苛立ちを感じながらも顔をしかめてしまう。
「んで、てめぇのことだから、最近頻発してる地震の原因がさっきいたバケモンだと思ってんだろ? もしかすると、この剣なら倒せんじゃねぇか?」
「倒せるの? 剣がすごくても、あいつかなり速いわよ?」
これにミコトが肩を竦めてきたので、あまり期待はしないでおくことにする。
「そもそも、鵺を倒せたところでリュッカの出自に関する情報は皆無ってことね」
「んまっ、そっちはおいおいでいいんじゃねぇか? あんまり問題じゃねぇだろ」
そんな風に言ってくるミコトを静かに睨む。
「ふーん、ずいぶんリュッカには肩入れするのね」
「……どういう意味だ?」
「普段のあなたなら誰かの出自になんて一切気を止めないはずよ。何を隠しているの?」
「何んも隠してねぇが」
このほとんど黒に近い返答に舌打ちしてしまう。
「ミコト、もう一つ聞いておきたいわ。あなたとリュッカはどういう関係なの? あなた、リュッカのことを以前から知っていた風だったわね」
「知らねーな」
「嘘つかないで!」
腕の治療が未完全だというに、彼女の元へつかつかと歩いていき、その肩を掴む。
「ミコト、いい加減、私のこと信用してよ。私あなたの力になりたいんだよ。今回の件、どう見てもあなたの挙動が不自然だわ。疑問を持たない方がおかしいよ」
そう言うと、目をそらし続ける彼女はしばらく考えた後、ついて来いとばかりに合図してくる。
「二人はここに残ってろ。リナだけと話したい」
工房から出て、少し先まで歩いたところで渓谷のような場所に出た。
底の見えない谷を覗いていると、ミコトは防音魔法を要求してきたので素直に応じる。
よっぽど聞かれたくない話なのだろうか。
「まったくてめぇは、おせっかいな野郎だな」
「そんなこと、とっくに知ってるでしょう」
「はぁ……。あの子とはな――」
ミコトが言い淀む。
いや、何かを思案している。
その瞳が見ているのは今という時ではないかのよう。
「――たぶん、七百年前にあーしは出会っている」
言っている内容自体は突拍子もないことではあるが、ある意味想定していたような答えだ。
「あーしは死なねぇから七百年前も当然生きていた。見ての通りあーしも人族だ。絶滅に瀕するほど数を減らして、このレームマリナに立て籠もった内の一人なんだ。その中に、あの子とすごく似た子がいた気がする。ただ、七百年前の記憶なんてあやふやだ。顔も声もよく思い出せねぇ。けど、初めて見た時、そうなんじゃねぇかって思ったんだよ」
「じゃあやっぱり、七百年もの間リュッカは封印されてたってこと?」
「わかんねぇ。少なくとも覚えてんのは、レームマリナの山から打って出たとき、あいつの姿を見た覚えがねぇってことだ」
「わかんないてどういうこと?」
その言葉に、ミコトは俯きを返してくる。
「言葉通りの意味だ。あーしはこの特異体質だからな。戦後、普通の奴らと一緒に暮らすわけにはいかなかったんだよ。少なくとも戦時中は見た覚えがねぇ」
そう……、と静かに頷き、この部分に関してはあまりツッコまないことにする。
「リュッカは昔もあんな感じだったの?」
「……。ああ。状況は絶望的だってのに、いつも気丈に振る舞って、周りを元気づけようとする馬鹿な奴だったよ。魔法だって、得意でもねぇくせに、見つからねぇところで必死に創造魔法の真似事ばっかり」
「真似事? 彼女のお母さんの?」
「……たぶん、そうだと思う。適性もほとんどねぇくせに、回復魔法とか生産魔法も練習してた。みんなの役に立つんだって、いつも息巻いていやがったさ」
リュッカのことを話すミコトはどこか優し気で、それでいて切ないようにも見えた。
たぶん、ミコトは――
「リュッカのこと、大切だったんだ」
ミコトはこれを鼻で笑う。
「そうだな。たぶん、かけがえのない存在だったんだと思う」
「じゃあどうしてそれをリュッカに言わないの?」
「思い出すのを待ってるんだ」
ミコトは背を向けてしまう。
彼女の背中はそれを本当に心待ちにしているかのようで。
「記憶を無くしたあの子に真実を語るんじゃなくて、思い出したあの子と昔のように接したい。だから、自然と思い出すまではできればあの子にも言わないでやってほしい」
「そういうことだったのね。……ええ。わかったわ」
渓谷にばかり視線をやる彼女を見ながら答える。
「あ、それともう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「てめぇは質問ばっかだな」
「いいでしょ別に。七百年前の勇者について、教えて?」
ミコトが途端に悲し気な瞳をリナへと向ける。
だがやがて、その口を静かに開いた。
「あいつは……、いつも悩んでたな」
そんな切り出し方だった。
そこから語られたのは、すべてを守ろうとするあまり、すべてを失っていく勇者の苦悩と、ジリ貧となって追い詰められていく人族の物語だった。
都市が落とされ、街が焼かれ、人が殺され、そんな中で空回りを続ける勇者は、幾度も自分の首を差し出して魔族への停戦を求める提案を人族にしたんだとか。
だが、そんなことをしても魔族たちの侵攻を止めることはできないと人族の上層部は判断したようだ。
実際問題、相手を根こそぎ全滅できるのであれば、そうした方が人族の持つ富を奪い尽くすことができる。
勇者の判断よりも、当時の人族上層部の判断の方がリナには正しいように聞こえた。
「んまっ、要するに当時の勇者は馬鹿だったんだよ。すべてを守るなんて、神にでもなった気でいたのかと疑いたくなるぜ」
「……私は、気持ちはわからなくないわ。けど――」
腐ったスープでも飲んでしまったかのような想いを抱きながら、
「半分くらいはあなたに同意する。たしかに、すべてを守るなんて現実的じゃない」
半分、か、とミコトは鼻で笑って来て。
そして、改まった態度でリナをまっすぐに見てきた。
「リナ、てめぇは、勇者とはどんな存在だと思う」
ミコトの声はリナの何かを見極めようとする色で。
一方で、願いにも似た何かをはらんでいるようにも見えた。
「すべてを選べねぇとなれば、勇者とて何かを選ばなきゃならねぇ。じゃあ一体何を選ぶのが勇者なんだ? 家族か? 友達か? それとも街? 国? 種族?」
「そんなの……時と場合に依るわ」
「そうだ。んじゃあ例えば、レイナと世界を選ばなきゃなんねぇってなったら、てめぇはどっちを選ぶ」
そんなの――
不満を口にしようとした瞬間ミコトから、
「別に答えなくていい。言葉遊びの極論を言っただけだ。だがな、勇者に限らず、世界とは常に選択を求めてくる。てめぇが勇者になりてぇんなら尚更だ。七百年前の勇者はそれを選ぶことすらできなかった。だからあーしは馬鹿だと思っている」
「でも……実際問題、難しいんじゃないの?」
「……その通りだ。一方の街には三十万の人族が住んでいて、もう一方の街には二十万の人族が暮らしているとする。どちらにも魔族軍が迫っているが救援は片方にしか行けない。そんな状況で、お前なら選択できるか?」
リナは口を開くことができず。
その目は伏せていくばかり。
「数は前者の方が多い。けど二十万って数字は無為にできるもんじゃない」
「そもそも、そうならないようにするべきだよ」
「正論だ。でもその正論ができないときだってある。人は神じゃない。万時に備えられる者なんて、この世には存在しない」
そんな現実、言われなくともわかっている。
けど、本心はこれに反論したかった。
なぜなら、リナの夢見る勇者とは、何者をも救う、まさに七百年前の勇者が目指したものそのものだったからだ。
それを真っ向から否定されて、心が溺れてしまいそうになった。
「話は長くなったが、要はさっき言った通りだ。てめぇはどんな勇者になりてぇ? その思想や信念が決まっていれば、自ずと選べる。間違っても――」
ミコトがリナを睨みつける。
「七百年前の勇者のような愚行は犯すなよ」
その言葉はリナの心に釣り針のように刺さり続けるのだった。
*
工房へ戻ってくると、レイナが多少は回復したようで先ほどの鬱屈とした表情からはだいぶ明るいものへとなっていた。
傷口も治療魔法の効果でだいぶ塞がりかけており、こちらの姿を見るや、謝罪を述べてくる。
「リナ。ごめんね、足引っ張っちゃって」
鵺にやられてしまったことを気に病んでいるのであろう。
そんなことリナは一切気にしていないというのに。
「いいのよレイナ。早く元気になってね」
「うん。そうしないとリナとイチャイチャできないしねっ」
これに鼻で応えて、今後の方針をみんなと相談する。
「さて、ミコトとは無事合流できたわけだし、目指していたわけじゃないけど武器? も手に入ったわね。あとは鵺を倒せば当面の問題は解決かな?」
「思うんだけどさ、勇者たちってその剣を探しに来たんじゃないの?」
リュッカの指摘に、リナも合点が行く。
今代の勇者――カナト・サクラがわざわざ魔族領の隠された霊魂の迷宮に来た理由として、こんないかにもな武器を探しに来たというのは十分あり得る。
「勇者?! 勇者がいんのか!?」
ミコトが珍しく食いついてくる。
「ええ。洞窟の中で会ったわ。ちょうど鵺に襲われてたから助けたの」
これを言った瞬間、リナは奇妙な違和感に襲われる。
――あれ……? なんで彼らは鵺に襲われていたのだろう。鵺が人族を守護する存在なら、彼らが襲われるのはおかしい。
「勇者か……。それで? てめぇらは戦ったのか?」
「いえ、その場では互いに戦闘しないことにしたわ」
「……そうか」
「一つ気になることがあるんだけど、ここって精霊の祠じゃないの?」
リナがそう指摘すると、リュッカが驚いた表情を返す。
「え!? そうなの!?」
キョロキョロと改めて部屋を見回すも、彼女の思っていた光景とは違ったようで。
「全然そんな風には見えないけど……」
「リュッカは精霊の祠を見たことがあるの?」
首を横に振って来て、
「ううん。近付いちゃダメって言われてたから、一度も見たことない」
「精霊伝説では、精霊ラナの力を借りた勇者が魔族を圧倒したとなっている。加えて、当時の勇者は精霊の祠に籠って精霊と対話していたとあなたは言っていたわね。でも実際はそうじゃなくて、勇者はこの工房で武器を創っていたんじゃないかしら。それがミコトの持っている剣なんじゃないの?」
はへ~、とリュッカは茫然としている様子。
「それで話を戻すけど、私が思うに、鵺は精霊の祠へと近付く存在を排除しにかかっていると思うの。最初は魔族だけを攻撃しているのかとも思ってたけど、勇者たちも襲われていたから、種族に関係なく攻撃されているわ」
もう一つ疑問に思っていたのは、ミコトがこの場にどうやってたどり着いたかだが、ミコトは恐らくリュッカ同様に鵺の攻撃対象となっていないのではないだろうか。
推測の域をでないが、鵺が攻撃しない相手は七百年前を生きていた人族に限っていると仮定すればこの説は成り立つ。
けど、これを口にするとリュッカがミコトのことに気付いてしまう可能性があるため指摘するわけにはいかない。
いずれにしても重要なポイントは、万が一このあと鵺との戦闘になっても、ミコトとリュッカの安全は確保されるという点にある。
「そうするとこの剣を持ってたら、今度は勇者たちとの戦闘を避けることはできないんじゃないの? 彼らの目的が剣なら力づくで奪いに来る可能性だって十分考えられるでしょ」
レイナの指摘に、手を顎へと当ててしまう。
「たしかにそうね……。その剣、込められている魔力量が尋常じゃないわ。彼らの手に渡れば、魔族と人族の間に要らぬ軋轢を生むのもたしかね」
「んじゃ、鵺を倒した上で、彼らに剣を奪われないようにするって流れでいいのかな」
「ええ。ミコト、剣を貸してくれる? 鵺と戦う時、あなたがその剣を振るうってわけにもいかないでしょ」
そう言って手を伸ばすと、ミコトはやや逡巡したが、そろりとその剣を渡してくる。
「……壊すなよ」
「剣の扱いに心得はあるつもりよ」
受け取った剣を鞘から引き抜いていく。
ほんのりと翠に輝くその剣は両刃を兼ね備えた垂直刀身。
そこいらの岩で試してみるとバターのように両断できたので、間違いなく業物であろう。
通常魔力のこもった剣は何かしらの詠唱や魔力注入によって特殊効果を発揮するのだが、その扱い方まではさすがにわからない。
「そしたら、しばらく休憩してから鵺を探しに行きましょう。あんまり長居をしてもレレムが心配だし」




