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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第二部】 選択の代価は 【第一章】 古の精霊 
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6 レレム防衛戦

 レレムで留守番を言い渡されたレイナは部隊員を引き連れて災害救助活動にあたっていた。


 軍務に就く以上これ自体は慣れた作業なもので、被災者たちの治療を行ったり、食料を配布したり、テントを設営したりと難しいことは何一つない。

 たまに死体の処理であったり、手の施しようのない重傷者を見なければならないこともあるが、それらを除けば業務自体はさほど頭を使うものではなかった。


 リナが出て行ってから数刻が経ったであろうか。

 再び大きな地震がレレムで発生し、火災が起こっていないかの巡回を行っていたところで、レイナは違和感に気付いた。


 何か、ものが焼ける匂いがする。


 それが木や布の焼ける匂いであれば、対応が必要だとはいえ、ここまで奇妙な感覚を抱かなかったであろうに。

 レイナが最初に嗅ぎ取ったその匂いはゲイラル草の焼ける匂いであった。


 ゲイラル草は綺麗な白い花をつける薬草なのだが、その煙には麻薬成分が含まれており、許可がなければ栽培することも所持することも法律で禁じられている。


 ではなぜその匂いをレイナが知っていたかというと、以前カナルカで麻薬取引の現場へと踏み込んだことがあったからだ。

 特徴的な柑橘系に水あめを混ぜたようなその匂いは、一度嗅いでしまえば忘れることはない。


 それが匂ってきたということは、この近くに麻薬所持者がいるということとなる。

 大地震で隠されていた犯罪を炙りだせるというのは皮肉な話かもしれないが、黙って見過ごすということを、少なくとも自分の愛するリナならばしないであろう。

 部下たちに指示を出して周囲の探索へと入る。


 だが――。


「おっかしーなー。勘違いかな……」

「レイナ副官、どうしますか?」


 周囲には微かに匂いがあるのだが、火事どころか火のくすぶっている跡すら見当たらない。

 ゲイラル草は燃やさなければ匂うことはないので、火の元は必ずどこかにあるはず。


「ん~。リナならこういうときに一発で見つけちゃうからなぁ」

「隊長の魔法はすごいですからね」

「だよねー。山でゲイラル草を探せって言われたらリナに勝てるのになぁ」


 リナは理詰めで物事を考えるが、野草探しは経験を頼った方が上手くいく。

 二人とも田舎育ちではあるが、そういう点ではレイナの方に軍配が上がるのだ。


「隊長の悔しがる顔はちょっと見てみたいですね」

「だよね! たぶんちょっとだけ悔しがりながら、でもそれを顔に出すまいって眉間に力が入るんだよ。それがすっごくかわいいんだよねぇ」

「はは。想像できます。それで、どうしましょうか」

「うーん。困ったなぁ。本当に麻薬所持だったらここで見過ごすと足取り掴めなくなるし。いっそのこと本当に野草のが焼けてたりしたらわかりやすいのにね」

「山火事ですか? そっちの方が今のレレムには怖いですよ」

「そうね。レレムの山では――」


 その瞬間、レイナは息を呑む。

 リナと二人で巡回を行っていた時、レイナは野生のゲイラル草を目にしていたからだ。


「アズーロ、今すぐ屋根へ上りたいわ! 壁登りを手伝って!」

「屋根? え? なんの話ですか?」

「いいから早く!」


 訳が分からないとアズーロと呼ばれた部下は首をかしげるが、命じられるままに姿勢を整える。


 二人組での壁登り訓練は普段から行っている。

 カナルカ軍人が二人いれば、魔法による飛翔込みで身長の四倍くらいの高さくらいは誰でも登ることができるのだ。


 彼の補助を受けて屋根へと上り、山の方へと視線をやって、唖然としてしまった。



「なに……これ……!?」



 あまりの光景に茫然とそれを眺めてしまう。

 そこには、夕日と同じ色に輝く光が山から大量に放たれていて、それらがゆっくりと進みながら周囲にある草木を焼き払っていた。


 瞬時に危険を理解したレイナは急ぎ元いた場所へと降りる。


「副官、どうし――」

「今すぐ部隊を北門に集めなさい! あたしはレレム軍総帥のところへ行ってから門へと向かうわ! 不測の事態にはあなたが指揮を取りなさい!」

「な、なにが……?」


 息を呑みながら、自身の見た光景を言葉にする。



「溶岩流が、この街に迫っているわ!」



「よう、がん……!?」

「早く行きなさい!」


 言い放って自分も足早に兵舎を目指す。


 リナへと連絡魔法を入れてみるも、パスが繋がらない。

 あの山は魔素が濃い影響で連絡魔法の届きが非常に悪いのだ。


 忌々し気に舌打ちをしながら、どう対応するのが最も効率的であるかに思考をやる。


 レレムの街は三重の高い城壁に守られている。

 ここを防衛ラインに溶岩の侵入を防げば街を守ることは可能なはずだ。


 ただ、先ほど見たマグマは当たり一面を埋め尽くすほどの量であった。

 すでに被災者救助で消耗している自分たちに一体どれほどの余力が残されているかは甚だ疑問である。


 兵舎へと走り込んで、すぐさま災害救助本部が設置されている指令室へと謁見を申し出た。

 幸いにも同じ情報がちょうど指令室へと舞い込んできたようで、直ちに防衛任務が発令される。


 レイナの考えていた通り、都市城壁を絶対防衛ラインとした都市防衛戦だ。

 マグマを相手に都市防衛など聞いたことがないが、ここには二十万人の魔族たちが暮らしている。


 尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。


「副官!」


 城壁へとたどりつき、目の前に広がる光景を訝し気に見てしまう。

 煌々と光り輝く溶岩は草も木も畑も一切の例外なく焼き尽くし。

 その量は巨大な都市レレムを飲み込むことのできるほどで。


「持ち場につきなさい! 合図とともに隊列射撃を行う!」


 こんな時、リナなら魔法一発でこの状況を覆してしまうだろうに、レイナにはそれほどの力が備わっていない。

 自身の力不足に歯がゆい想いをしてしまいながら、ミコトが言っていた言葉を思い出してしまう。



『てめぇはちゃんと守りてぇもんができたんだろ? だったらそのために戦え』



 今、自分の背中にあるのはレレムの街だが、これがもしリナだったらどうであろうか。

 そのとき自分は、本当に後悔をせず、いつものように彼女におんぶに抱っこをするつもりであろうか。

 否。

 そんなこと、決してあってはならないことだ。

 リナが傷つくところなんて、絶対に見たくない。


「副官! あそこにっ!」


 アズーロの声で我へと返り、彼の指差した先へと視線を送る。

 そこには森から抜け出して必死に逃げる三人の人の姿があった。


 一人は足を挫いてしまっているのであろう。

 二人に抱えられながら、それでも必死に逃げ延びようと、溶岩を背に地を蹴っている。


 だが、森を抜けたところで三人の体力に限界が来てしまったようだ。

 溶岩から逃れるためになんとか大岩にまでは登ったはいいが、次の瞬間にはマグマに囲まれてしまった。


「レイナ副官……。あれでは、もう……」


 彼らの姿を見る。


 ――人族。


 この街に来ている商人のいずれかであろう。

 自分がこの世で最も忌み嫌う種族。

 けど、こんな状況であったとしても、自分の愛する彼女であればどうするであろうか。


 ――私はどうしたいのだろうか。


 綺麗なその手に爪を食いこませながらその目を見開く。



「アズーロ、シャル! ついてきなさい!」



 城壁から飛び降りて、風魔法で着地。

 迫りくる溶岩へと走り込んでいく。


「あなたたち! リナのために死ぬ覚悟はある? ないなら帰りなさい!」

「もちろんあります」「我ら常に、次期魔王様の御心のままに」

「上等! リナなら絶対に助けに行く!」


 迫りくる壁のような溶岩流が、走れば走る程に近付いてくる。

 遠くで見る分にはそこまでであったが、その巨大な光景が視界一杯に入ると、恐怖を感じない者などいないであろう。


 それでもレイナは自身の心に鞭を振るって震える足に力を込める。

 背中をどれだけの冷や汗が伝おうとも、そんなの自分の命には関係ない。


 大事なのはタイミングだけ。

 自分の考え通りなら、理論的にはいけるはず。

 それを思った瞬間、ふっと笑ってしまった。

 いつも場当たり的に行動していたはずであるというのに、理論的とは一体誰の影響であろうか。

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 

 彼女の背中へと追いつくためにっ!


「今よ! 飛んで!」


 飛翔魔法で迫りくる溶岩流をギリギリに飛んで、その上に躍り出る。


「【フロストインパクト】!」


 氷衝撃波を放って、溶岩上の一部を凍らせる。

 一次的に地面が出現してその上へと着地。


 だが、それとて熱湯の氷も同然だ。

 マグマは地面が溶けたものだと昔リナは言っていた。

 ならば凍らせて固めることができても、溶岩に浮かべれば、時間経過とともに再びマグマへと姿を変えるだろう。

 長居はなんのプラスともならない。


「このまま真っ直ぐ彼らのところへ進んでいくわ。連続して飛ぶ!」


 そうして飛翔魔法と冷凍魔法を繰り返しながら、蛙飛びに人族が取り残されている大岩の元へと向かう。


「副官! 大木です!」


 焼けた巨木がマグマに流されながらこちらへと迫る。

 それに舌打ちし、非常に不本意ながら、またもミコトとの訓練のことをレイナは思い出していた。


 ミコトいわくに、レイナには貫通系魔法の才能があるそうだ。

 彼女から言い渡された訓練もずっと魔法収束に関連したもの。

 そして、あれで自分の魔法力が飛躍的に向上したのも事実であった。


 だったら――。


「人族だからとか、ミコトだからとかっ……! そんな言い訳、たしかにしてられないわねっ!」


 右手に意識を集中させる。


 ――大丈夫。訓練通りによ。


 レイナは緻密な魔法の構築が苦手だった。

 でも、今ならそれもできる。


「重爆! 【ディ・プロ―ド】!」


 人間大ほどもある光線が走った。

 次の瞬間、巨木に大きな円形の穴ができあがり、その間をレイナたちは抜けていく。


「す、すごいですね。副官……」

「さあ、到着よ! 飛んで!」


 目的となる大岩へと飛び移り、逃げ延びた人族へと合流する。


「あ、ありがとう。けど、ここから、どうすれば……」


 感謝を述べられるも、彼らの表情は暗い。

 なぜなら魔族の兵士が三人来たところで、帰り道が用意されているわけではないからだ。


「安心なさい。【フロストインパクト】」


 再び溶岩上に地面をつくり上げる。


「帰りは流れに乗っていくだけよ。難しいのは城壁に乗り移るタイミングだけ。急いで!」


 全員で凍魔法によりつくり上げた地面船に乗り込み、マグマの流れに従って城壁側へ。

 すでに溶岩流は城壁に到達しており、防衛部隊が冷凍魔法を撃ちこみまくっている。


 船が溶けてしまわないように冷凍魔法を放ちながら、タイミングを見計らう。

 この辺りも調整が難しい。

 冷凍魔法を撃ちこみ過ぎると仮船は流れに乗らず止まってしまうし、逆に足りないと地面そのものが崩壊してしまう。

 壊れないながらも流れにはのるギリギリの魔法加減にしなければならないのだ。


 そんなことをしている内に、地面船は城壁側へ到達する。

 流れが速かったわけでもなし、城壁には軟接壁でき、うまい具合に乗り移っていく。

 人族たちが乗り移り、部下も乗り移り、それまで乗っていた船が壊れるギリギリでレイナはそこを離れたのだが――、


 城壁に手をかけた途端、足に強い痛みを覚えた。


 何事かとそちらへ目をやると、溶岩に住まう魚人系の魔物がその腕でレイナの足を掴んでいたのだ。


「なに、コイツっ……!」

「レイナ副官!」


 部下たちの何人かが魔法を放って、その魔物はマグマの中へと落ちて行ったが、レイナは足に大やけどを負ってしまう。

 右足首には真っ赤に火ぶくれの手形がはっきりと残されており、その一部は肉まで焼かれている。


 マグマの中を泳ぐ者に足を掴まれたのだ。

 むしろ火傷なんてレベルで済んでいる方がおかしいとも言える。


「あぐぅ……! いっっつぅ……っ!」


 涙目になりながら、必死に回復魔法をかけていく。


「なんで、魔物なんて……?」

「アズー、ロ、全部隊に、徹底、なさい。魔物は、あれだけとは、限らない、わ」


 マグマの中を生息する魔物の存在は知られているが、火山の噴火とともにそれらが出てくることなんて聞いたこともない。


「わ、わかりました」


 しかし一歩遅かった。

 アズーロの承諾の言葉とともに、先ほどの魚人系魔物がマグマから大量に飛び出してきて、城壁上にいる兵士たちへと襲い掛かってく。


 魔物が飛び出してくるとはさすがに予想だにしておらず。

 兵士たちが次々に倒されていく。

 そして、兵力が減る程に溶岩流の水位は増していき、城壁を乗り越えんとしてくるようで。


「くそっ! 魔物を迎撃! 溶岩への冷凍魔法を絶やさないで!」


 飛び掛かって来る奴らを氷槍魔法で何匹も貫き、冷凍魔法を振りまいていく。

 だが、一人、また一人と部隊員が倒されて行き。

 溶岩流だけならまだしも、魔物も相まって襲って来るともなれば、人間相手の防衛線よりもよほど難度が高い。


「市民の避難は?!」

「まだです。今ここを放棄すると、第一階層にいる者はみな溶岩に飲まれることとなります」


 そんなのダメだ。

 第一、市民たちが避難完了していたとしても、第一階層にはこの街の半分近い住宅や商業施設がある。

 溶岩に飲まれてしまおうものなら、レレムの街は壊滅的な打撃を受けることとなる。


「踏ん張るのよ! 軍属の宿命よ!」


 残った者たちを鼓舞して防衛を続けるも、どう考えても厳しい。


 そのうちアズーロが負傷。

 半身に大やけどを負って、レイナの傍で倒れる。


 レレム軍も次々に倒されて行き、防衛線の維持そのものが厳しい。


 シャルも右腕も食いちぎられて溶岩の中へと落ちて行ってしまった。


 五月雨に襲い来る敵に、味方の把握すらままならず。

 レイナは右足を負傷しているため身動きが取れず、魔物たちに追い詰められていく。


 鈍重な魚類系魔物であるというのに、数でこちらを圧倒し。

 何度も何度も魔法を放っているというのに、一向に数が減らない。


 背後に控える溶岩流も、あと少しで城壁を飲み込んでしまう。


 ――ダメ。もう……死ぬ……っ!


 この場から逃げ出すかを迷ってしまう。

 足を負傷しているとはいえ、飛翔魔法を使えばまだ移動は可能だ。

 この場を破られたとしても、第二城壁と第三城壁がこの都市には残されている。


 けど――。


 隣をチラと見る。

 アズーロが、それに周囲にも、重傷者が溢れ返っている。

 なのに、市民と都市を守るために、皆うめき声をあげながら魔法を行使しているのだ。


「立て……っ! レイナ・クラウセル!」


 激痛に悲鳴を上げる右足を無視して、剣を振るっていく。


「リナの隣に立つんでしょうがっ!」


 冷凍魔法を振りまいて、波打つ溶岩を防ぎ。


「こんなことで根を上げるなっ! あたしの魔王様は、こんなのにぜったい負けないんだから! 【フロストハリケーン】」


 氷の竜巻を生み出して、魔物どもを薙ぎ払っていく。


 払っては斬り裂き、放つは氷魔法。


 スズメバチの巣でもつついてしまったかのように身体中には火ぶくれができ、それでもレイナは戦うのをやめない。


 魔物の対応で、もはや溶岩を処理しきれず。

 なおも剣を振り回して魚人類の魔物を引き裂いていくが、マグマは迫る。


 ――ああ、リナ。


 彼女の姿を残滓する。

 灼熱の液体がもう目の前だ。

 ここまでか……。


「ばいばい。リナ、大好き」

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