『浄化の儀』
今回は禪視点です。
ここから終わりに向かってスパートをかけて……いきたい気配。
※浄化方法などは、あくまでフィクションですし、そういった勉強もしたこともありません。雰囲気をお大事に!
――――…異変に気づくのが、遅すぎた。
『正し屋本舗』という企業に依頼することを提案したのは僕だった。
神事に関わるものの間ですら一目置かれている小さな会社は、実績数は昔から続く企業には敵わない。
だが、依頼の内容や請け負ってきた仕事を聞く限りでは一流といっても過言ではない実力があることだけはわかっていた。
縁町という和と洋が調和した少々特殊な場所は、強い力を持った十二の土地神が守る土地だ。
ここは人間と妖怪、神仏、霊などが交わり共に生きる土地。
今まで、十二の祭りで神降ろしの儀を行う会社や神社は三つあった。
けれど『正し屋本舗』ができた年に後継者の問題で一つが無くなる。
これを切欠に残りの二つもそれぞれ無視できない後継者争いや不幸が続き、神降ろしの儀ができる者が全くいない状態だったのだ。
そして神事が行えないと残りの二つが言いだしたのは、一週間前の事で準備を含めるとギリギリの時間だった。
―――…大混乱する集会を収めたのは、『正し屋本舗』という事業を立ち上げたばかりの見目のいい男だったという。
その人物は、齢を判断しにくい作り物のような容姿と穏やかな口調、なにより人を従わせる雰囲気を持ていたと皆が口を揃えて言ったそうだ。
どう交渉したのかはわからないが『正し屋』はこの年、十二回行われる神降ろしの儀を全て無事に成功させた。
(正し屋ならば、と…思ったが)
駄目だったのかもしれないとこの時初めて考えた。
目の前には…“侵食”された『正し屋本舗』の従業員で同級生、そしてルームメイトの姿。
ベッドの上で急に動かなくなったのに気づいた時にはその全身が赤黒い穢に覆われていた。
それの発生源は片腕。
腕は既に赤黒く変色しかけている。
恐らく、完全に染まってしまえば腕は使い物にならなくなるだろう。
腕からは僕の式神の気配がする。
水虎は本来、治癒や防御の力に長けた種だ。
大昔の日本では子供や人の命を奪う河童達を使役していたとされているが、後に神格化されこのような力を身につけたと言われる。
「―――…治せるか」
『申し訳ありません、今の私には進行を抑えるだけで精一杯です』
「ということはお前よりも格上か。…優の式も確かお前と同等程度の力だったな。あの程度の怪我で済んだのは幸いだったのか」
時折清めていた古井戸から戻ってきたシロという優の式は決して浅くない怪我を負っていた。
当人は全く気にしていなかったが、優が治療を終えるまで戻ってくるなと“命令”した。
最悪の場合は力を使えるようにはしているようだが…山の類の者たちは外部には強いが内部の変化には弱い。
チュン、と呼ばれていた夜泣き雀に至っては異常を察して鳴く事しかできないのだから、納得も行く。
「白き狛犬…シロ、といったか。これはお前の力ではどうにもならなかったことだ。同等の力を持つコイツでも対応しかねているんだからな」
優が眠っているベッドの足元で項垂れている犬の形をしている式に声をかける。
彼は一瞬反応したものの主人を守れなかったことを酷く悔いている様で一向にそこから離れる気配はない。
主人を護れなかったという事実が堪えているのだろう。
あれだけ警戒していた僕や僕の式が優の傍にいても悔しそうに睨みつけるだけで動かない。
狛犬であるシロの能力は治癒には向かず、この状況を万が一にも打破することができないのがわかっているからだろう。
弱々しく苦しげな呼吸音に感じたことのない違和感を覚える。
目の前の同級生にはとても見えない彼は生き物の懐に入るのが酷く上手いらしい。
自尊心の高い僕の式が見返りを何一つ求めず、必死になって助けようとしているのは彼が特別な人間だからだ。
『正し屋』云々を別にしても気難しいことで知られている山神の加護を受けているのだから僕のような一人前にもなれていない半人前の術者が足掻いたところで無駄かもしれない。
けれど、方法がないわけではないのだ。
「成功すれば事なき終える…が」
失敗した場合はそれなりの代償が必要だということは既に了承済みで親の許可も得ている。
禪は失敗の可能性を決して楽観してはいない。
実家で『払いの儀』を手伝ったり間近で見学することがあったが、兄たちが様々な形で代償を払ったのを見てきた。
症状や対象によって重症度は異なるが最悪の場合は命を落とす。
最も、原因不明の腹痛や体調不良、立てないほどの倦怠感など主に身体症状が主だった。
だが症例は身体症状だけではなく極度の精神消耗による精神疾患や霊力の枯渇といったものも少なくない。
命を落とす場合も式を抑えきれずに食われたり、対象が受けている呪いや祟りといったものを数十倍にしたものが降りかかったりするのだ。
だからこそ、一人前と認められても一人で施術することは避ける、というのが暗黙の了解だ。
ただし、緊急事態であれば神主や保護者の同意を得られた場合にのみ許可が降りる。
(ルームメイトが自分の目の前で死の淵にいるという状況は緊急事態に該当するだろう)
恐らく今回関わっているのは最低でも『神』の手前程度の力があるモノだ。
通常の怨霊や悪霊なら対峙できる霊力を持つ目の前のルームメイトが虫の息であることからも容易に推察できる。
「悩んでいても解決しない。始めるぞ」
覚悟はできた。
少なくとも自分は目の前のルームメイトに命をかけることができる程度には親しみを感じているようだ。
正直なところ、コイツの図々しさや能天気さに戸惑いがないわけではないが…妙に居心地がいい。
(同じ世界を見ているという点でも貴重な人材だからか)
納得はいかないがおおよその検討をつけつつ、引き出しの奥に厳重に保管していた正装に着替える。
清めの儀は既に済んでいて、結界も滞りなく完成した。
(他に必要な準備は…――――――)
手順を再確認し、綻びや誤りがないか確認していよいよ…という時にそれを感じとった。
分厚い扉越しですら伝わってくる気配は『アイツ』のものだ。
気配に気づいたあと扉の向こうで何か言っているのがわかるがこの部屋はかなり防音性が高い。
諦めて部屋に引き返せばいいが…恐らく優のことを聴きに来たのだろう。
(今、この室内に入られると手遅れになる)
血筋なのか赤洞 封魔という男は強い力がある。
何度かコイツの家族と顔を合わせたが封魔の一族は普通の人間よりも“退ける”力が強い。
霊的なものを排除する力の所為で霊力が高いのに“視る”力はまるでない。
コイツのそばにいれば見える人間も見えなくなる…清水のように。
清水はプールで溺れてから目に見えて力が強くなった。
恐らく、怪異と触れて資質が引きずり出されたのだろう。
封魔のような力の持ち主は力の強弱を除けばそこらにもいるが清水は…かなり稀な力の持ち主だ。
(清水に手伝ってもらえば多少は…いや、駄目か。力が安定していない上になんの修行もしてない。使えないだろうな)
ふっと息を吐いてひとまず、部屋の隅にいた自分以外のものを出す。
式である二匹も同じように室内から出して外から入ってこられないよう術を施し終わった直後のことだった。
ドアノブが回される僅かな金属音と封魔の気配を感じて反射的に声を荒げる。
封魔がドアを開けてしまえば最後だ。
優が助かる確率は完全になくなる。
「っ…開けるな!!いいか、絶対に開けるな!」
なにせ、ドアを開けられてしまえば僕の様な一人前になりたての腕で作った術式など跡形もなく消滅するのだ。
結界が消し飛ぶだけなら貼り直せばいいが優の中に入り込んでいるものが『奥』へ引っ込んでしまうと僕の手には負えなくなる。
今の段階は重症ではあるものの、ある程度表に出ているからこそ一人で対処できるのだ。
咄嗟に静止したのが良かったのか封魔たちが室内に踏み込んでくることはなかった。
代わりに、扉越しに優の安否確認をしていたが現在の状況を簡潔に伝えた。
嘘はついていないが馬鹿(封魔)が室内に無理やり入り込まないよう伏せたことは多々ある。
封魔の問いを受けて、僕は清水に伝言を頼むことにした。
本来ならば自分で伝えられればいいのだが、そうもいかない。
結界を維持するのは勿論、素早い対処が何より求められるからだ。
この判断は正しかったようで想像よりも早く、伝言の返事がもたらされる。
須川先生は今現在、『本家』とやらに呼び出されている為に支持を仰ぐのが非常に難しい。
それなりの式を従えていれば意思疎通は容易になるが、式である川蛍では須川先生と僕の格が違いすぎてノイズが入ってしまうのだ。
そして、意外なことに清水達は伝言を伝えると踵を返した。
捨て台詞のように扉の向こうから「俺らは入れねぇらしい。優になんかあったらそのスカした面ァぶっとばすぞ!」と封魔の声がしたがそれだけだ。
時間が惜しかったこともあり、僕は直ぐに実行に映る。
『許可』が降りたので、ようやく儀式に入ることができるのだ。
やること自体は簡単かつ単純だ。
(これは完全に魂を取り込もうとしてるな)
侵食が進んでいるのを確認して、手始めに優の体をベッドに縛り付けた。
これは侵食しているものを追い出す際に暴れ、術や儀式が中断するのを防ぐためだ。
実家であったのなら力の強いものが取り押さえるのだが今回はそういうわけには行かない。
ため息ひとつ吐いた禪は長い詠唱を始める。
この儀式は『真行寺院家』に伝わる秘術とされていた。
一人前と認められる最終条件にこの秘術を使えるようになる、という項目があるほどに難しい。
禪は無駄な動作何一つなく順調に儀式を進めていく。
詠唱を続けながら患者である優に御神水を振り掛け、榊の葉を取り出す。
症状が出ている部分に葉を触れさせて少しずつ穢れを移していく。
(侵食が早い…少し媒介を大きくするか)
葉では十秒足らずで枯れてしまったので榊の木皮で作った札に替えて、詠唱を続けながら状態を見て札を入れ替える。
黒くなった札が七枚を数えた時…本体の切れ端を掴んだ。
変化は急速。
指に残った小さな傷痕から赤黒い靄が飛び出してくる。
モヤモヤした霧に似た形状のそれが人らしき形を作り出しているが、奇妙なのはそれからほとんど“人”の気配がしないこと。
強く出ているのは大地…いや、樹に似た気配。
(樹だとすれば神木か何か、か?)
引きずり出そうとするとそれは抵抗し、なんとか優の体へ戻ろうとする。
途切れないよう詠唱を続けながら警戒と観察をしているとソレは突如として表面化した。
室内を埋め尽くすような大量の…人の歴史。
楽しかった記憶はあっという間に終わり、室内で渦巻くのは苦痛に歪み、苦悶にあえぐ声。
(走馬灯現象…か。これほどのものは初めて見た)
一つ一つを目に焼き付けるように目を凝らす。
“走馬灯現象”というのは文字通り、古い映像を再生するように人の記憶が表面化することにある。
この現象はその時の状況や対象の状態などで起こったり起こらなかったりするので、様々な呼び方をされているという。
室内を埋め尽くす薄いカーテンのような対極の霊気の幕に、断片的な映像が写出されていくのを見ていて気づく。
(生徒や教員の犠牲者は三年前から不自然なほどに増えているようだな)
調査をする過程で犠牲者の顔や学年、なくなった時期などを卒業アルバムや生徒記録簿を見て知っていたことからわかったことだ。
無論、亡くなった生徒がゼロという学校は少ないだろう。
長い歴史のある学校では様々な生徒が集まるし、交通事故や病気などでなくなった生徒もいないわけではない。
(死因も出来る限り調べてみたが、不審なものといえばやはり三年前からだった。もっと詳しく探っていけば何かわかるかもしれない)
そんなことを考えつつ、途絶えることがないよう詠唱を続ける。
浄化が進んだおかげか随分と写出される映像は少なくなって、徐々にノイズ混じりの不明瞭なものが多くなっていく。
最後まで残っていた映像は、他校と思われる女子生徒だった。
顔はわからなかったが服装や雰囲気からして中学生くらいではないかと推測する。
(浄化が終わり次第、三年前のことなら当時の担任だった先生と各寮の寮長から話を聞いたらいいだろうな。最近はこっちにまで影響が出ているのを踏まえても早期解決が望ましい)
自分に出来ることは限られている。
目の前で眠るルームメイトも彼なりに解決に向けて動いているのは、見ているだけでわかっているだけに少しでも力になれればと思う。
依頼したのは確かだが、僕の修行も兼ねているのだ。
できる限りのことをするのは当然のこと。
視線を優へ向けて顔色が少し良くなっていることに安堵した。
全身に目を凝らしていくと指先から溢れ出ていた残滓も薄くなり、仕上げの型代へそれを移してから型代を燃やして必要な処置を済ませれば終了だ。
途切れさせないよう、術を続けながら、懐から特性の型代を取り出し…赤黒い靄の発生源へそれをかざす。
終結へ向けて言葉を紡ぐにつれて…妙な感覚が伝わってきた。
どこかで感じたことのある神気。
妙に気になったそれに気を取られた一瞬のことだった。
(――――…マズイッ!)
一瞬の綻びを見逃さなかった穢れの残滓が優の体から抜け、僕へ乗り移ろうと最後の抵抗を図ったのだ。
仕上げをしくじれば、今までしてきたものが無駄になる。
吸収し損ねたものは優の体へと戻り…徐々に蓄積していく。
始末が悪いことにこの術で払われたものは多少なりとも“耐久”をつけてしまうことが多いので、僕より力の強いものが再び『浄化の儀』を執り行わねばならなくなるのだ。
襲いかかってくる穢れは、僕とは対極の性質を持っている為にかなりのダメージを受けることは明らかだった。
なけなしのプライドと意地で詠唱を続けていると、僕から汚れを遠ざけるように光が走る。
術に影響がないよう最大限に考慮されたその攻撃は姿を消していたはずの、優の式が放ったものであることは明白だった。
僕の式は、優の浄化を行う為に最大限に力を使っているので僕の防御には回れない。
浄化対象を保護し、正確に浄化を行う為に結界を貼っているのが大きな理由の一つではあるが、術者である僕が無防備になるのを防ぐという目的もあるのだ。
それを壊さないギリギリの力で放たれた雷はあっけなく襲いかかってきた穢れをいとも容易く、消してしまった。
穢れの消失と共に、完全にこの空間から穢れが消えた。
安堵感で気を抜きそうになるが直ぐに必要な処置を施し、結界をといたところで自分の体を支えることができなくなった。
激しい眩暈と倦怠感、鈍い頭痛に耐え切れず優の眠るベッドへ突っ伏す。
(被ったか。この程度で済んで よ か っ た )
僕の式であるアオイが慌てているのを感じたが、声をかけることも指示をだすこともできない。
驚く程早急に、そしてあっけなく意識が数秒と持たずに混濁していく。
珍しく楽天的な思考したのを最後に、僕の意識は闇に沈んだ…―――
ここまで読んでくださってありがとうございました!
誤字脱字変換ミスなどを発見してくださった方がいらっしゃいましたら、気軽にこそっと教えていただけると非常に助かります。