きっかけは保健室
サブタイトル案は「こんな保健室は嫌だ!」でした。
こんなことなら『きっかけは~』じゃなくて『こんな~は』シリーズにすりゃよかったです…口惜しやー
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カッと目を見開く。
唐突すぎる覚醒に自分で驚いた。
ドッドッドと心臓が血液を送り出す音が頭の中、耳元から聞こえてくる。
全身が汗だくで、夏だっていうにも関わらず妙な寒気と異常な倦怠感に息を殺す。
全力疾走した後みたいな荒い息を無理やり鎮める努力をしながら周囲に目を走らせた。
白いカーテンと白いベッド、白い天井、鼻につく消毒液の匂いでようやく思い当たる。
「(そういえば、保健室で休んでたんだっけ)」
夜は大変だから休んでいていいよ~って言われてお昼寝してたんだっけ。
普段はこーゆーこと言わないから逆に怖いよね…夜になにがあるっていうんだ。
ブルっと体を震わせてから体を起こした。
なんとなく怖くて両手をにぎにぎと開いたり閉じたりしてみる。
勿論意味はない。
夢の余韻なのかわからないけど体の真ん中に氷とキンキンに冷えた水をかけられたみたいな感覚があった。お陰様でさっきから体が小刻みに震えて仕方ない。
実は修行中にも似たようなことが度々(たびたび)あった。
悪霊や自縛霊の浄霊を依頼され須川さんについて現場へ行った時に、必ずこーゆー後味が最高に悪い夢を見たんだよね。
須川さん曰く、私は“ヒトだったモノ”の悪意と、どうにも相性がよくないらしい。
私だって使っての縛霊(霊が暴れないようその土地に縛りつける)は出来るようになったし、除霊(成仏させるのではなく殺すコト)なら出来る。祝詞も覚えたし、護身用の経も覚えているけど、霊障を受けやすいらしいのだ。
無駄に動物霊とモフモフしたり神様とお喋りしたり、資料をパソコン入力するだけじゃないんだからね!
「(てか、須川さんの方が高い護符やお守りより効果があるってどーゆーこと)」
私にとって好ましくも喜ばしくもない相性をどうにかする為に色々やった。
護符を持ってみたりお守りを苦労して作ったり神様に相談して3日間酒盛りに付き合ったり、動物霊に案内してもらって御利益があるらしい場所に案内してもらったり……ホントーにいろいろやったんだけど結果は全滅。分かったのは上司である須川さんと一緒にいると怖い夢を一切見ないってことだけだ。
何だか須川さんを知れば知るほど人間から遠ざかってく気がするんだけど。
「あ!さっきの夢、忘れないうちに書いとこっかな。後で報告しないといけないし」
忘れないうちに、と上着のポケットからメモ帳を取り出す。
私が来てる学ランは普通のより収納スペースがいっぱいあるんだけど、そこに仕事に最低限必要なものが入ってる。例えば、護符とか御神酒とか刀の柄とか。
勿論、霊力のある人にしか見えないから普通の人が見たら“お前なんでこんなん持ち歩いてんの?刀マニア?”とか言われちゃいそうなんだよね。だから必死に隠してる。
でもでも、霊力込めるとカッコいいんだよ!ビームソードみたいで!
っと、話がずれた!
慌てて思考を戻して、見た夢について真剣に頭を使うことにする。
「あの暗闇の夢は多分“呼ぶ屋上”の犠牲者、っと」
経験上、夢に見る確率が高いのは関わった怪異に関するモノだ。
決めた理由は勘っていうのもあるけど、屋上に残ってた気配と夢で感じた気配が凄く似てたんだよね。
だからアレは“呼ぶ屋上”関連の夢だと思う。
「情報っていってもいつ死んだ人なのかがわかんないんだよなぁ…顔も見えなかったし」
顔さえわかれば写真なり何なり見て調べられるのに。
きっと高校生だと思うから卒業アルバムとか見ればわかるんじゃないかと踏んでる。
復讐がどうのっていってたから彼が“核”だろう。
『呼ぶ屋上』っていう七不思議ではいじめられてた生徒が死んだっていってたから…夢が本当なら、そーゆーことになるんだろう。
はぁ、と息を吐いた時―――――――…ふと、視線に似た違和感を感じて顔を挙げた。
何となく視界に入った天井の隅っこ。
特に変わったところはない。
仕切られたベッドが置いてあるところにはドアから視て左奥しか天井の隅っこは一つしかない。
じーっとそこを注視しながら、手帳を上着の内ポケットにしまって学ランを羽織る。
ついでに足止め用の護符を取り出して構えながらベッドを降りた。
ひんやりした床に一瞬驚いたけど急いで上履きを履く。
私がベッドから降りたのを見計らったように周りの空気が変わった。
冷やりと急速に冷えていく室内に独特の息苦しさが加わって、確信する。
「(なーんか、嫌~な感じがするし早いところ出てった方がいいかも)」
後ずさりながら触れたカーテンは、何故か冷たかった。
ドッと吹き出る脂汗と一瞬にして詰まる息、動かない体。
カーテンであるべきはずのものが何故か“動いた”のを感じて私は思わず振り返る。
見たくはなかったけど、見ないと全てが進まない。
「白い、鱗の、しっぽ?」
サイズは太さからして巨大。
尻尾っぽいのは、なんかこうデカいけど先っぽが見えるから。
うっかり遠いところを見つめた私は悪くない。
誰だってカーテンだと思って触ったものが巨大な尻尾で、出口のドアまでどう足掻いても尻尾を避けないと辿り付けない状況だったら現実逃避の二つや三つや五つはしたくなるのが人情だ。
ぶっちゃけ、動揺しまくってるせいで何がなんだかわかってないんだけどね。
(ど、どうしたもんか。この状況で護符とか刀使うって喧嘩売ってるどころか確実にお釈迦様に会いに行っちゃうコースだわ)
どうしたもんかとグルグル思い悩んでると顔の横で何かが揺れる。
細長くて、赤くて……何だか凄く生っぽいもの。
感じるのは生き物の気配。
そして、聞き覚えのある鳴き声というか音。
「こ、コンニチワー………大蛇サン」
振り向いたところには、私の身長の半分はあると思われる大きな白蛇さんの顔がありました。
あ、うっかり視界が滲んでるんですけど。
このままだと性別放り出して顔中からいろんな液体が噴出してしまう予感がビシバシきてます。
ギラギラと妖しく光る紅い目をみて確信したことは、目の前の大蛇さん(白)が非常にご立腹だってこと。シューシューと威嚇音を大きすぎる口から吐きながらいつの間にか私を囲い込むように蜷局を巻いていらっしゃいますよ。
ドアなんて欠片もみえません。
ホント勘弁して欲しいです。
3日間オヤツ我慢するんで見逃してください。
白い巨体に絞め殺される覚悟を決めた時、赤く二股に分かれた舌が私の頬をなぞった。
生っぽい感覚に思わず情けない悲鳴が出たのは見逃してください。怖いものは怖い。
『 ―――――――……ヒトの子 』
「ひゃい!」
うわ、噛んだ!とか突っ込む余裕もないくらいいっぱいいっぱいだった私はまさしく“蛇に睨まれた蛙”状態。誰がうまいこと言えといった、とか突っ込まれても対応できないくらい必死。
バックンバックンっていうかダイナマイト的な爆弾が爆発してるんじゃないかってくらい五月蝿く響く心音を自覚しながら首を縦に降る。
もう首がもげても構わないよ…できればつながってて欲しいけど。
『 ヒトの子 、 を れ 』
「………え?いや、あの……」
『 もう だ 』
言葉はチグハグな霊力に変換されて私の全身を襲う。
ものすごい力で地面に押さえつけられているような感覚に腰が抜けた。
その場に座り込むのを阻止するかのように太く長い大蛇の尾(尻尾っていうか体?蛇だから非常に分かりにくい)が私の体に巻きついて無理に視線を合わせようとしている。
首は痛いし、怖いし、体中がものっそい締め付けられてるしで満足に息ができない。
そんな状態で真正面から御使いクラスの霊力を受け止めざるおえないんだから相当な負担ですよ…全身が砕ける5分前的な。
『 ぬ、 ヒトの子 』
意識が朦朧とし始めた私に最後の仕上げと言わんばかりに盛大な霊力を浴びせた。
ビリビリ震える空気と悲鳴を上げる自分の体。
この時の私にはもう自分を支えるだけの気力も体力もまるで残ってなくて、面白いほど呆気なく意識を手放していた。
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短い。でも頑張った。
まだもうちょっと保健室を引きずります。ずるずるー
ここまで読んでくださってありがとうございました。