第11話 僕と雨音
リヒトは、指切りげんまんをした自分の手を見つめていた。
自分よりも小さな手、細い指。
少しでも力を入れれば、折れてしまいそうだ――
ふと、そんなことを思ってしまう。
軽く笑みを浮かべ、まずはモナとサグラモールをクラウド家へ送り届けた。
「また頼むわよ」
「タイミングを合わせて行けたら何よりです」
腰を折り、二人を見送る。
二人の姿が見えなくなった後、リヒトは姿勢を正し、自身が仕える令嬢のもとへと馬を走らせた。
――バカッ、バカッ。
馬を走らせていると、ふと違和感を覚え、周囲へ視線を巡らせる。
だが、何もいない。
視線とは違う、何か。
一瞬、微かに――普通なら気づかないほどの気配。
どこから感じたのかも分からないまま、それはすぐに消えてしまった。
街では、最近妙な噂も流れている。
リヒトは前を向き直り、馬を走らせ続けた。
――報告しておくか、一応。
※
城へ戻ったリヒトは身支度を整え、自身が仕える令嬢――エレナの部屋へ向かった。
オルレアン家は、ツェダリア国でもっとも大きな家柄。
仕える騎士は皆、腕利きばかりで、その中でもリヒトは群を抜いていた。
ゆえに彼には、他の騎士には任されない役目もある。
「エレナ様、リヒトです。お時間よろしいでしょうか」
『構わないわ。入りなさい』
「失礼いたします」
部屋へ入ると、布団にくるまっていたエレナが、ぱっと顔を輝かせた。
「リヒト!! 遅いわよ!」
「申し訳ありません。これでも早く切り上げてきたのですが」
「それでも、遅いわよ! もっと私を優先してちょうだい!」
頬を膨らませ、子供のように駄々をこねる。
そんなエレナをなだめながら、リヒトは今日の出来事を話した。
モナとエレナは、名前は知っているけれど、あったことはない間柄。
だが、お互い特に興味はない。
サグラモールも同じ。
興味はないが、名前は知っている。
エレナは、その二人より、クリエントの方に興味が注がれた。
「ねえ、リヒト」
「はい」
「私も今度、その館に連れて行って」
思わぬ提案に、リヒトはわずかに目を丸くしたが、すぐに頷いた。
「承知しました。エレナ様のご都合の良い日に」
「明日」
「……?」
「明日」
「明日、ですか?」
「明日」
リヒトは一瞬だけ沈黙し――
「……かしこまりました」
エレナの言葉に「否」は存在しない。
無表情のまま脳内で予定を組み替え、即座に段取りを整える。
「では明日、昼頃に向かいましょう」
「それまでに仕事は全部終わらせなさい。午後は休暇を取りなさい。そして私の護衛をしなさい」
「休暇の定義が少々怪しくなりますね。とはいえ、団長に許可は取ってまいります」
部屋を整えながら退出の準備をしていると、エレナがベッドから降り、リヒトの腕を掴んだ。
「いかがなさいましたか?」
「……何か、他に話すことはない?」
見上げてくる瞳。
リヒトは、城へ戻る途中で感じた違和感を思い出した。
「ああ。報告がございました。よくお分かりになりましたね。私、無意識に何か言いかけておりましたか?」
「やっぱり。いーえ、ただの勘よ」
「鋭すぎませんか?」
「女の勘は鋭いものよ」
強気に笑うエレナ。
リヒトは彼女の前に膝をついた。
「現在、街で一つの噂が流れております」
「噂?」
「かつてツェダリアを襲い、壊滅寸前まで追い込んだ家――ヴァロア家が、この国へ偵察に来ている、と」
エレナの表情が一変する。
「……なんですって?」
十五歳。まだ若い。
だが、王族として厳しい教育を受けてきたエレナは、ヴァロア家の名も当然知っていた。
眉を顰め、厳しい顔を浮かべる。
「また戦を企んでいるのかしら」
「現時点では噂に過ぎません。確証はございませんよ」
「……そうね」
深呼吸し、冷静さを取り戻す。
「父上と母上には?」
「これから報告いたします」
「任せたわ。もし本当なら、早急に体制を整える必要があるもの」
「承知しました」
リヒトは一礼し、部屋を後にした。
一人残されたエレナは胸に手を当てる。
「火のないところに煙は立たぬ……嫌な胸騒ぎがするわ」
シャンデリアの光が、静かに揺れていた。
※
次の日、僕は今、一人で紅茶を楽しみながら読書をしていた。
クニーははたきを持ち、高い場所の掃除をしてくれている。
――ぺらり。
ページをめくる音が好きだ。
蓄音機から流れる音楽も、今日も穏やか。
こんな空間を、もっと多くの人に知ってほしい。
でも、押しつけにはしたくない。
――ぽたっ。
「ん?」
窓に水滴が落ちた。
外を見ると、少し雨が降っている。
雨音も好きだ。
蓄音機を消そうかな――
――ザァァァァァァァァァア!!!
「あー、すごい雨」
最初は小雨だったのに、一瞬で土砂降りになってしまった。
「今日は……リヒトさん、来ないかな」
馬でここまで来るのは大変だろう。
仕方ない。
今日は一人の時間かな。
そう思って椅子に座り直そうとした、その時――
――バタバタッ。
「え?」
外から慌ただしい足音。
クニーがぴょんと肩に乗る。
『警戒した方がよろしいかと』
「う、うん」
慎重に階段を下り、扉へ向かう。
雨音の中に、確かに荒い気配がある。
もしかしたら雨宿りかもしれない。
でも、それだけではない気配もある。
ドアノブに手をかけた瞬間――
――バンッ!!
「悪い!! 雨宿りさせてくれ!!」
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