第3話
「・・・・はぁ・・・」
茹るような熱いコタツの中にいるみたい・・・
軋む手足を何とか時間をかけて動かして、半身を起こした。
「・・・・」
頭がボーっとする。熱に浮かされてる・・・。
ふと人の話し声がして、寝室の向こう、リビングに誰かいるのがわかる。
「ふぅ・・・・・ケホケホ!」
上手く呼吸すら出来なくて咳き込むと、慌てたように足音が近づいてドアが開け放たれる。
「灯っ!」
血相変えて望奈人が側にやってきて、寄り添うようにベッドの隣に屈んで俺の背中を撫でた。
「大丈夫?・・・ごめんね勝手に来て・・・。電話口で苦しそうだったから・・・心配で心配で・・・。」
「ん・・・・」
被りを振るのがやっとで、彼に合いカギを渡しておいて良かったと思った。
「慶人、解熱剤飲ませてあげてもいいかな?」
望奈人が寝室の入り口を見て言うので、ふと顔を上げると、彼と瓜二つのイケメンがそこにいた。
「いいけど・・・少しでも何か食べてからの方がいいと思うぞ。・・・・月山さん、すみません勝手にお邪魔してしまって・・・。」
その人は側にやってくると畏まって正座し、挨拶しながら頭を下げた。
「兄がいつもお世話になっております。弟の慶人です。診療所勤務で内科、小児科医をしております。たまたま一緒にいたので兄と駆け付けて具合を見させていただいていました。」
「あ・・・・ありがとうございま・・・ケホ・・・う・・・」
「ご無理なさらず。だいぶ扁桃腺が腫れてるように思えますので、しばらく安静になさってください。高熱ではありますが、急を要する症状は見受けられませんでしたので、とりあえず効果が期待できる市販薬を買ってきました。簡単なものを食べてから服用してください。」
「慶人、他に何か用意した方がいいものあるかな。」
依然として心配そうにする望奈人は、まるで重病患者の看病を任されたように一生懸命に見える。
「ん・・・高熱が続けばただの風邪ではないかもしれないから、その時は病院に連れていった方がいい。とりあえず24時間は様子を見ることが前提で、氷枕や解熱剤で症状を緩和させつつ、水分補給をこまめにさせて、食べられそうなものを食べさせてあげて・・・っていう基本的な看病で大丈夫だ。月山さん、基礎疾患や、薬のアレルギーなどはありますか?」
「・・・・ケホ・・・いえ・・・なにも。」
「なら良かった。特に持病がなく、常用している薬もないなら、市販薬は問題ないでしょう。」
慶人さんは安心させるように微笑んでくれたけど、望奈人は尚も心配気に俺の背中をさすっている。
「・・・・本当に・・・大丈夫かな・・・。」
何故か落ち込んだように呟く彼に、慶人さんは軽くため息を漏らす。
「・・・月山さん、兄は俺がかつて心臓病を患っていたこともあって、必要以上に心配性になってるかもしれませんが、どうか大目に見てやってください。」
「・・・ああ・・・・なるほど・・・。」
望奈人はバツが悪そうに視線を落として、慶人さんは部屋を出る去り際に苦笑いを見せた。
「望奈人、心配するのは構わないけど、人の不安は伝染するもんだ。過剰に看病しても気を遣われるし、お前自身も体調不良になりかねないから・・・」
「わかってる、わかってるよ・・・。はぁ・・・ごめんね、灯、慶人のことはちゃんと・・・その実家に招いて母さん共々紹介するつもりだったんだけど・・・」
「・・・・?そうなの・・・?ケホ・・・」
「うん・・・。まぁとにかく安静にしててね。お粥か何か作っておくから。」
望奈人は気を取り直すように笑顔を見せて、ひとつ俺の頭を大事に撫でた後、慶人さんの後に続いて静かに部屋を出た。
そして今度はわずかに二人の話し声が耳に入る。
「望奈人、俺はそろそろ帰る。」
「うん、ありがとう、助かったよ。」
「見送りはいい。灯さんの側についてろ。」
「もちろんそうするよ。・・・・ねぇ、また母さんと一緒の時に紹介させて。」
「ん・・・?ああ・・・いいけど・・・。わざわざ母さんに紹介したい理由が?」
「まぁ・・・それは・・・その・・・」
「・・・何だよ・・・?」
歯切れ悪い望奈人の言い分に、慶人さんの不信感が伺える。
それに関しては俺もよくわからない。
「まぁいいじゃん、その時になったら話すし、家族と仲良くなってほしいって思うのは普通のことでしょ?」
「・・・普通かどうかは知らないけど・・・。まぁ、また機会を作る時に連絡くれ。」
以前から望奈人に対して感じていた違和感と、同じような空気を覚える。
何かを伝えたいけど勿体ぶってるというか、二の足を踏んでるというか・・・。
まぁでも今は正直頭は働かない・・・。
発熱している体温は上昇してるのかどうかもよくわからないけど、とりあえずこのまま朦朧とした意識は、再び眠りに就こうとしているようにも感じる。
今までどれ程眠っていたかわからないけど、水分補給して安心感も得られたからか、自然と瞼が閉じていく。
あぁ・・・もう夢を見たくないな。
内容も不明確でもう覚えていないけど、何か情けない気持ちになる夢を見ていた気がするんだ。
そんな嫌な気分を引きずって目を覚まして、望奈人に心配そうな表情を向けられるのが、何だか忍びない。
・・・違うな・・・
眠りに落ちていく寸前に、何となく自分の感情の正体が見えた気がした。
これは一種のトラウマ。
幼少期から周りの目を引いたり、親に心配をかけてしまっていたがために、しょうがないな・・・という視線を浴びて来たからだ。
自分自身のことを、もう諦めてどうでもいいと思いながら生きていたこともあった。
けど望奈人の存在が大切になっていけばいくほど、自分のことを適当にしてしまえば、彼が悲しむとわかってくる。
彼はひたすらに、俺に純粋な愛情を向けて、「大切にしたい」という気持ちを明け渡してくれる人だ。
空を掴むような恋をしていた自分とは違う。
引き留めたくて爪を立てても、理人は苦しむだけだと、踏みとどまって涙を流していた時間はもうない。
俺はきっと心のどこかでまだ、彼の気持ちを受け入れていない。
自分は相応しくないと思ってる。
あえて、突き放してみるべきかな・・・
夢の中のような、現実のような狭間で、何だかプカプカ水に浮いてる感覚の中、そう考えていた。
興味本位で彼を傷つけるかもしれないことを、発言してもいいものかな・・・
他人相手にならそんなこと絶対しない。慎重さゆえに。
・・・・
まるでチェス盤の前にいるようだ。
「灯・・・」
彼の声がして、少しひんやりした気持ちのいい感覚を額に感じて、自然と目が覚めた。
「・・・みな・・・と・・・」
ゆっくり半身を起こすと、彼はまたそっと背中に手を添えて支えてくれた。
側に置いてあった湯気の立つ器を持ち上げて、拵えたお粥をゆっくり蓮華で掬いあげ、ふぅふぅと息を吹きかける。
「はい、あ~ん♡」
「・・・んあ・・・」
当然のように甲斐甲斐しく世話をする彼は、お粥をゆっくり飲みこむ俺を、菩薩のような穏やかな表情で見守っている。
それから水分補給を挟みながら、無事お粥を完食し、市販薬を飲みこんで、一息ついてから咳ばらいをした。
まだ喉は痛いけど・・・声が出ないわけじゃない。
「灯、今日と明日は絶対安静だからね。」
お母さんかな・・・?
「うん・・・・」
後で適当に主任に連絡しておくか・・・。
「・・・・」
俺が半身を起こしたまま黙り込んでいると、望奈人はそっと俺の首に触れる。
「まだ熱が高いね・・・。さ、横になって・・・」
言われたまま体を崩しながら、ふと・・・同じように具合を悪くした時、世話をしてくれた優しい母を思い出す。
そしてそんな時父は決まって仕事帰りに、プリンを買ってきてくれた。
「ねぇ・・・望奈人・・・」
「ん?」
しゃがれた声で、出来るだけ言葉を選んだ。
「望奈人は・・・結婚して、子供が欲しいと思ったことある?」




