忠実な執事と王子
この雲一つ無く晴れ渡った善き日に、華燭の典を挙げられるお二人に、臣下を代表してお慶び申し上げます。
改めまして、僕めは、セバスチャン。マーク・セバスチャンと申します。
恐れ多くも王子殿下がご幼少のみぎりより執事として、お側近くで仕えさせて頂いております。エリザベス様には何度かお言葉を頂きましたが……覚えていらっしゃいますか、ありがとうございます。
式までの一時の暇つぶしに、僕の昔話をお聞きくださいませ。
僕と殿下の初めての出会いです。
実は、王子殿下にお仕えする前の僕は騎士団で副団長を任されておりました。けれど、手首を痛め剣を持てなくなり、その任に就けなくなりました。
団長に退団の意思を伝えたとき、たまたま、本当に偶然、王子殿下がふらりと騎士団の詰め所に顔を出しました。
当時、殿下は4歳。
僕は37歳でした。
当時から殿下は天才の呼び声も高く、宮殿では将来どんな偉大な王にお成りだろうと、皆その成長を楽しみにしておりました。
しかし、僕は少々物を斜めに見る人間でありまして。
王子殿下とはいえ4歳の幼児。
この年齢で『天才』とは、いったい誰が言い出したのやら、などと思っておりました。
しかし。
4歳の幼児が、供も連れずに騎士団詰め所に来訪すること自体が、まず、普通ではありません。
騎士団詰め所は、皆様もご存じのとおり、王城の一角に居を構えてはおりますが、殿下たち王族の方々が暮らす王宮とは随分離れた所にあります。
実際問題として、国王陛下が視察に訪れるのなら馬車をご用意する距離です。
その距離を徒歩で踏破した殿下は、突然団長室のドアを開け、こう仰ったのです。
『あ! 知ってる人はっけんしました! だんちょーとふくだんちょーです!』
我々は驚いたのなんのって!
あ、当時の騎士団長は今のウェイマス殿ではありませんよ。ウェイマス殿は当時は第一部隊の隊長でした。当時の騎士団長はグローリアス辺境伯の第三子で……現在の辺境伯の叔父上に当たる方です。退団して、団長位をウェイマス殿に譲った今は、かの地で辺境警備に当たられていると聞いております。
リリベット嬢には大叔父上に当たられる方かと。……そうですか、お元気でいらっしゃいますか……ご健勝でなによりです。よろしくお伝えくださいませ。
……ご幼少の殿下のお話でしたね。
初めてお会いした殿下は団長に
『迷子になってこまっています。助けてください』
そう、仰ったのです。僕にも甥姪がおりますが、あれらが4歳の頃、そのような発言ができたかどうか……。姪の方が多少はお喋りが達者でしたが、それでも迷子になったら泣いて蹲っているのが関の山でしょう。
それが殿下は、騎士団詰め所に堂々と侵入し、明るくハキハキと現状を訴えて改善策を希望なさいました。もちろん、泣いてなどいません。
そもそも、僕などは、当時殿下に直接話をしたこともありませんでした。恐らく殿下も王宮を守護する者として遠目で認識してらしたでしょうに、正しく我々の顔と役職をご記憶されていた。『知ってる人』を『発見』したとのお言葉には知らない人間も見てきたが、それらからは身を隠してきた、と伺えました。
その余りの大物ぶり利発ぶりに呆然とした我々に、殿下はこうも仰ったのです。
『お忙しいですか? お時間があくまで待たせていただいてもかまいませんが』
こちらの顔色を窺い、ご自分のことは二の次でもよいと提案する。こんな王族は初めてです! しかも4歳!
将来が楽しみとはこのことかと、得心いたしました。
王宮に至急の伝令を飛ばし、では僕が殿下を王宮にお連れしましょうと提案したときに、なぜか殿下が僕めをいたくお気に召してくださいまして。
あれはなんだったのでしょうね。
僕が名乗ったら、とても嬉しそうに
「セバスチャン! ふくだんちょーはセバスチャンなのですか! ではコージのしつじになってください!」と。
あの笑顔が、なんともお可愛らしくて。
僕の再就職先が決まった瞬間です。
とは言っても、すぐに執事業が務まる訳もなく。
最初は殿下の護衛とフットマンの兼任でした。王宮の筆頭執事から業務を教わりつつ、殿下が少しご成長あそばしてからは、剣技の指南も務めました。
その頃にはエリザベス様にも殿下付きの執事としてご認識いただきましたね。
あぁ、思い出しますねぇ。お二人が庭園でかくれんぼなさるご様子は、実に愛らしく微笑ましく、我々側仕え一同、このお二人の幸せのために微力ながら尽力いたしましょうと誓い合ったものです。
お二人はお小さい頃から仲睦まじく、殿下が膝の上にエリザベス様を座らせてご一緒にひとつの本をお読みになったりしてましたねぇ……。このセバス、目を閉じると昨日のことのように思い出すことができますよ。
その殿下が。あんなに賢く、我々下働きにも細やかなお心配りをなさるお優しい殿下が、まさか魔女などに誑かされるとは……。
我々がなんの力にもなれなかったこと、深く、深くお詫び申し上げます。
エリザベス様。
その節は、誠に、申し訳ありませんでした。
殿下が幽鬼のようだった頃、僕達もまた殿下に万が一あらばこの命を共にしようと決心しておりました。
お食事も召し上がらず、お休みすることもなく……僕の声にも反応してくださらず……どれほど、心配申し上げたか……
エリザベス様。いいえ、妃殿下。
妃殿下の献身あってこそ、殿下はあのようにご快復なさいました。
僕の忠誠は殿下に捧げておりますが、妃殿下を殿下の次に、……いいえ、恐らく殿下はご自分より妃殿下を先に守るよう僕に命ずると愚考いたします。妃殿下をお守りする一端に僕めが居りますこと、お許しくださいませ。
そして、願わくば……
お二人によく似たお子様のお顔を、拝見させてくださいませ。
あぁ、そろそろお時間のようですね。
妃殿下。学園ご卒業から本日の結婚式までの二年の月日は、殿下をもう一段階上に成長させたとお見受け致します。僕は感服致しました。流石は未来の王妃殿下よ、と。
これからもコージー殿下をお見捨てなきよう、よろしくお願い申し上げます。
◇
◇
◇
「と、執事のセバスチャンからお話を伺いましたわ」
神殿で結婚式を挙げ馬車で移動する際、俺のリズが挙式前の控え室であった出来事を楽しそうに話してくれた。
さて、この話にどこから突っ込むべきか。
表情には見せず心の奥底で撃沈していた俺は、どう反応したらよいのか、途方に暮れていたのだった……。
【オワタ】
セバスチャンといったら執事!
執事と言ったらセバスチャン!!
転生小僧が覚醒するまえから彼の中では『常識』でした。
※蛇足話※
拙作『恋した男が妻帯者だと知った途端、生理的にムリ!ってなったからもう恋なんてしない。なんて言えないわ絶対。(N0532HU)』は、本作の未来のお話。(主人公は違います)
21話にリズの生家が国で二番目の権力持ちであることと、44話に今回の事件の結果、聖女さまの生家が陞爵したという顛末がさら~と語られております。