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最近お茶会にばかり行っている気がする。今日も今日とてお茶会の予定が入っている。ちょうど今は社交シーズンだから仕方ないのかもしれないけれど、それでいいのか不安になってくる。
この国では11月半ばに建国祭があり、その頃から初夏にかけて貴族たちは領地から王都に集まり社交を繰り広げる。いわゆる社交シーズンだ。社交シーズンの終わりは7月頭にある王妃様の誕生日まで。今は6月にはいったところなので残りわずかだ。
それが終われば私たちも大多数の例にもれず領地に戻ることになる。といってもお父様は王宮で働いているので、戻るのはお母様とお兄様と私だけだ。
私はこの社交シーズン中に6歳になったので、領地に戻ったら家庭教師をつけられて本格的に勉強を開始する予定だ。13歳になったら王都にある学園に通うことになるが、それまでは領地で家庭教師について学ぶことになる。お兄様もそれは同じで、社交シーズン以外はレイナルド殿下の側近候補業は少しお休み。
レイナルド殿下は寂しいんじゃないかと思ってお兄様に聞いてみたら、外交執務の勉強ということで外国に行ったりなんだりとこの期間はそれはそれで忙しくしているらしい。まだ8歳だというのに王子殿下ともなると大変なんだな、とちょっと同情してしまった。
そんなことを考えているうちにお茶会に行く準備が終わっていた。我が家の侍女は優秀だ。今日の衣装は赤いワンピースだった。ハイビスカスみたいだった赤い髪を思い出す。
今日はお兄様と同じ年の子息のいる侯爵家だ。お兄様も一緒に行くので、お兄様がクラヴァットを赤いものにしてくれた。
お母様とお兄様と一緒に会場の侯爵家へと向かう。着いたらきっとお母様はサロンで、お兄様は歳の同じ子息たちと集まって過ごすだろうし、私はどうしよう。私もお茶会に来ている歳の近いご令嬢がたと過ごせばいいんだろうがどうにも苦手なのだ。2度目の人生だけあって老成してしまっているというか、歳相応のご令嬢たちとは話が合わない。もう少し成長すればなんとかなる、と信じている。
今日もやっぱりお庭を散策させてもらおう、そう思った。
侯爵夫人は優しそうな人だった。ご挨拶をしてお庭を散策したい旨を申し出ると快く了承してくれた。それだけでなくお庭で食べられるようにお菓子まで用意してくれた。
お庭でひとりお茶会とまではいかなくとも、ちょっとしたピクニック気分だ。
お母様、お兄様と別れて庭を歩く。歩道を囲むように配置された花壇には、初夏の花々が瑞々しく咲き誇っている。しっかり手入れのされた庭だ。優秀な庭師がいるのだろう。夫人もさぞ自慢だろう。確かにこの庭ならお菓子を持たせて送り出したくもなるというものだ。
侯爵家自慢の庭とあってとても広い。ここはまだ入り口周辺の花壇のエリアだが、奥に行くにつれて背の高い樹が配置されているようだった。トピアリーを眺めながら、奥の方に見える木に向かって歩いた。
そしてまた私はこの光景に直面している。樹の根本に無造作に投げ出された足。整った鼻梁にかかる長い睫毛。燃えるような真っ赤な髪。
どうしてこうも行く先々の庭で寝ているのだろうか。庭の妖精か何かなのかとうっかり現実逃避しかかった時、彼が目を開けた。
私を見るなり、うげっとした表情になる。整った顔立ちをゆがめてこちらを見ている。
(やっぱりそうなるわよね。私だってそうだもの。)
彼と出会うのもこれで3回目になる。そろそろ今までとは違ったアプローチで接してみたいところだ。返事は期待できないなと思いながら、私はすっかりお約束になった言葉を口にした。
「ごきげんよう。あなたもお茶会の参加者なの?」
そう言って相手の出方をうかがう。
「うるさい。俺のことは放っておいてくれ。」
珍しく反応があった。こちらを睨むように言ってくる。私は反応があったことに感動していた。なかなかなつかない子猫が寄ってきた感じはこんな感じなのだろうか。
彼が不審げな目つきで私を見ていた。
「怪しいものではありませんわ。私はウィンサー侯爵家の長女、ルーチェリアですわ。」
彼はすごく嫌そうな表情を隠すことなく私を見た。
「名乗るなよ。こっちも名乗らなきゃいけなくなるだろ。
・・・俺はアドレアン・カタルだ。」
アドレアン・カタル、カタル侯爵家の嫡男でお兄様と同じレイナルド殿下の側近候補。騎士団長子息でもある。
そんな彼がどうしていつも訪問先の庭で寝ているのだろう。今日はお兄様も来ているし、子息たちにまじって会話をするなりなんなりすることはあるのではないだろうか。
私はまたあの言葉を口にすることにした。
「お茶会に戻らなくて大丈夫?1人で行きづらいなら私と一緒に行く?」
「お前には関係ない。俺のことは放っといてくれ。」
想像通り拒否されてしまった。もうこのやり取りも3回目だ。私はすっかり慣れてきて、何も感じなくなってきていた。彼のことは気にせず、ハンカチを敷いて隣に座る。
彼がたじろいだ。
「何のつもりだ?」
「なんでもないわ。夫人にお菓子をいただいたから、それを食べようと思って。アドレアン様もご一緒にいかが?」
「結構だ。」
「そうですか。はい、どうぞ。」
私はアドレアン様に薔薇の形をした焼き菓子を1つ差し出した。
「いらないといっただろう!?」
「そう?でも美味しそうだったから、アドレアン様も食べたいかと思って。」
私はアドレアン様に差し出していた焼き菓子を引っ込めて一口かじった。
「美味しい!やっぱりアドレアン様も食べてみた方がいいと思うわ。」
夫人が持たせてくれた小さなバスケットからまた1つお菓子を取り出し、嫌がるアドレアン様の手に無理やり握らせた。
「何をするんだ!」
アドレアン様は何やら怒っているようだが気にしない。美味しいものは美味しいのだ。私1人で食べるのはもったいない。一緒に食べたほうが美味しいと思うのだ。
アドレアン様は何も言わず焼き菓子をかじった。私はそれを見て少し笑った。そんな私をアドレアン様がにらんだ。こんな時間も悪くないな、と思った。
その後もアドレアン様にちょっかいをかけては嫌がられ、を繰り返していたらあっという間に時間が経っていた。アドレアン様は怒ったり嫌がったりしながらもどこにも行こうとはせず、私はそんな時間を心地よく感じていた。でもさすがにそろそろ戻らなければ。後ろ髪をひかれながらも立ち上がる。
「そろそろ日が暮れるわ。私は戻るけれどアドレアン様も一緒に行く?」
私がそう言って微笑むと、アドレアン様はうんざりしたように言った。
「俺のことは放っておけと言ったはずだ。勝手に行け。」
「そう、残念だわ。ごきげんよう、アドレアン様。」
優雅にカーテシーをして立ち去ることにした。
会場に戻りお母様とお兄様と合流した私は、夫人に丁寧なお礼とご挨拶をして屋敷に帰った。
その日以来、お茶会の度に庭にアドレアン様を探しに行くのが私の習慣になった。