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「何考えてるんだ?」
私が妄想に浸っていると、目の前にオルファス様の黒曜石のような瞳があった。まっすぐのぞき込まれてドギマギとしてしまう。心の中まで見透かされてるようで、いたたまれなくなった。
「見ないでください!」
顔を隠しながら叫ぶと、オルファス様は声を上げて笑った。
「ルーチェリア嬢はいつもそればかりだな。
見られて困ることでも考えてたのか?」
図星をさされてドキッとする。指の隙間からオルファス様をうかがうと、楽しそうにこちらを見ていた。
「そういうわけでは・・・ないのですが。」
歯切れ悪く私が言うと、オルファス様はニヤッと笑った。その表情がまたセクシーだ。うっかりくらっといきそうになる。
「てっきり俺をネタに恋愛小説のことでも考えてるのかと思った。」
私は盛大にむせた。オルファス様が仕方ないなといった風に背中をさすってくれる。うう、情けない。
オルファス様の手は大きくて優しくて、触れた背中から熱くなってくるのを感じる。おかげで呼吸は落ち着いたが、今度は鼓動が落ち着かなくなった。
もう少しでオルファス様に陥落しそうになっているところにノックの音がした。今度こそお兄様だ。ほっとした私に苦笑しながらオルファス様が離れる。
オルファス様にドアを開けて招き入れられたお兄様は変な顔をしていた。無理もないだろう。私の部屋になぜかオルファス様がいたのだから。
「お待たせ、ルーチェ。
オルファス様はどうしてここに?」
「クリストフを待っていたんだ。」
「僕をですか?」
「ああ、最初はクリストフの部屋に向かったんだが、タイミング悪く風呂に入ってしまった後だったからな。こっちで待たせてもらった。後でルーチェリア嬢の部屋に顔を出すと言っていただろう?」
「部屋で待っていてくれてもよかったんですが。」
「さすがに本人不在の部屋で待つのも気が引けるんだ。」
「そうだったんですか。それで、僕になんの御用ですか?」
「明日のことだ。」
お兄様はオルファス様と話し始めてしまった。私はちょっと安心した。オルファス様が用事があるのがお兄様でよかった。もし私だったとしたらどんな反応をすればいいのかわからない。オルファス様は存在からして私の心臓には悪いのだ。
「じゃあクリストフ、そういうことで。
ルーチェリア嬢、邪魔したな。」
しばらくお兄様と話した後、私に軽く声をかけてオルファス様は出ていった。私は大きく息を吐いた。
「ルーチェ?どうかしたの?」
お兄様はオルファス様に対して何も感じないらしい。そんなお兄様が憎らしくもうらやましい。私なんてこんなにオルファス様に振り回されてばかりだというのに。
「いえ、オルファス様がいたので少し緊張してしまって。」
「ルーチェはオルファス様が苦手?」
「決してそういうわけではないんですが、なんというか王都では見かけないタイプの方なので。」
「ああ。」
最初はよくわかっていなかったようだが、私がこたえるとお兄様は合点がいったというように笑った。
「オルファス様は魅力的な人だよね。王都のひ弱な子息達とはまた違った。
ルーチェはああいうタイプが好みだったのかな?」
「違いますわ!」
私は少しむきになって言った。
「お兄様までクレアのようなことを言わないでくださいませ。
オルファス様はたしかに魅力的な方ですけれど、慣れてないからつい過剰に反応してしまうだけですわ・・・たぶん。」
お兄様は何も言わず笑っただけだった。
「それでルーチェ、本題なんだけれど。」
「はい。」
「僕達は明後日の昼前にはここを発つよ。それでいいよね?」
「はい。名残惜しいですけれど、そろそろ発たないとレイナルド殿下とのお茶会に間に合わなくなってしまいますもの。」
「そうだね。僕ももう少しここで勉強していきたかったけれど、こればっかりはね。さすがに辺境と呼ばれるだけあってランドール辺境伯領は遠いな。」
「一週間くらいで往復できればよかったんですけれどね。」
「ルーチェがランドール辺境伯家に嫁いだらなかなか会えなくなるね。」
「もう、お兄様!」
「はは、ごめんごめん。
でもお母様もルーチェの意思は尊重してくれるだろうし、無理にレイナルド殿下と結婚しなくてもいいんだよ。ルーチェはまだ婚約者候補であって正式な婚約者というわけでもないし。」
「お兄様、まるでお母様のようですわ。
それに、結婚となると私一人の問題ではありませんから。たとえ政略結婚の必要がなかったとしても、そうなってくるとお相手の意思も関わってきますわ。」
「そうだね。まあ心の隅に留めておいてよ。
それで明日の予定なのだけれど、僕は明日は鍛錬の総仕上げをしてもらう予定だけれど、ルーチェはどうするつもりだい?」
「明日で最終日なので、昼過ぎまでは辺境伯夫人やクレアと趣味のお茶会をする予定ですわ。その後は何かやりたいことがあるか聞かれているのですが、お兄様の鍛錬の様子も気になりますし、決めかねていますの。
せっかくだからランドール辺境伯領にいる間しかできないことをしたいと思っていますわ。」




