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食堂に入るとお父様は既に席についていた。
「おかえりなさいませ、お父様。」
言いながら自分の席につく。向かいにはお母様が座っている。あとはお兄様だけだ。
「ああ。ただいま、ルーチェ。」
お兄様が食堂に入ってきて私の隣の席に座った。使用人が前菜とスープを運んできた。この夏野菜のスープは私の好物の一つだ。
和やかに食事が進んでいく。適度に食事が進んだところで、私は切り出した。
「お父様、お母様、私の夏休みの予定なのですが、ランドール辺境伯領に行こうと思いますの。」
「まあ、クレアちゃんのところね。」
「そうか、クレア嬢はランドール辺境伯家のご令嬢だったな。」
「はい。クレアと、納涼会の時にクレアのパートナーとしてお兄様のオルファス様がいらしていて、そのオルファス様に誘っていただいたので、お言葉に甘えてお邪魔したいなぁと思っています。」
「そうだったのか。他の予定は大丈夫なのかい?」
「細々とした用事はいくらでも別の日で都合がつくので平気ですわ。レイナルド殿下にもお茶会の日程調整のお願いのお手紙を書きました。」
「なら大丈夫か。まだ小さいルーチェを一人でランドール辺境伯領まで行かせるのは少し不安なのだが。」
「クレアだって一人で帰っていますし、大丈夫ですわ。」
「僕が一緒に行きますよ。僕もオルファス様からお誘いいただいていますし。」
「クリストフも一緒なら大丈夫じゃないかしら。護衛ももちろんちゃんとつけるんでしょう?」
「当然だ。まあ、クリストフが一緒なら、そうだな。いいだろう。
クレア嬢には話しているのかい?」
「明日、辺境伯領に帰るクレアを見送る約束をしているから、そこで話そうと思っていますわ。」
「なら安心ね。」
「私からもランドール辺境伯に手紙を書いておこう。」
「よろしくお願いします、お父様。」
「クレア嬢に僕のこともよろしく伝えてね。」
「はい、お兄様と一緒に行くと伝えておきます。」
翌朝、学園まで旅立つクレアを見送りに来た。クレアの乗る馬車は辺境伯が用意したものらしく、体格のいい馬に負けないくらい体格のいい御者が引いていた。護衛の騎士様も筋骨隆々としていて熊みたいだ。クレアの言っていた意味がわかった気がする。オルファス様は全然熊ではなかったけれど。
「おはよう、ルーチェ。」
クレアの乗る馬車に見入っていたら肝心のクレアがやってきた。
「おはよう、クレア。馬車は辺境から来ているのね。」
「そうなの。お父様が王都の騎士は軟弱で信用できないって言って。」
そう言ってクレアは苦笑する。
「辺境の騎士様を見たら、そう言われるのもわかる気がするわ。逞しさが違うもの。」
「熊よ。」
「またそんなことを言って。」
今度は私が苦笑する番だった。こんな立派な騎士様を前にして熊呼ばわりするなんて、さすがクレアだ。
「夏休み、辺境に来る覚悟は決めた?」
「うん。そのことを今日伝えようと思っていたの。
お兄様と一緒にお邪魔させてもらうわ。」
「本当?いつ来る?これから一緒に乗ってく?」
「そうしたいのはやまやまだけれど、来週レイナルド殿下とのお茶会があるから。
それが終わったらすぐに行こうと思っているわ。詳しい予定はお父様から辺境伯への手紙があるから、これを持って行って頂戴。」
「了解。待ってるからね。
クリストフ様は忙しくなるわよ。お父様や兄貴たちが離してくれないと思うわ。覚悟しておいた方がいい。そう伝えておいて。」
「うん。ありがとう。楽しみにしてる。
クレアも気を付けてね。」
「ありがと。じゃあまたね!」
クレアは力いっぱい手を振ると馬車に乗り込んでいった。
屋敷に帰ると、お兄様が何やら忙しそうにしていた。私と一緒に辺境に来てくれることになったので、いろいろと忙しくなったのだろう。お兄様の優しさに感謝する。お兄様にクレアからの伝言を伝えようと思ったのだが、忙しそうだし後で夕食の時にでも伝えればいいだろう。
クレアに必要なことは伝えたし、私がやらなければならないことはもうないはずだ。今のうちに課題を少しでも進めておこうと部屋に向かう。
途中出くわしたレベッカにお茶の用意を頼んだ。その時にレベッカがアドレアン様の屋敷にちゃんと手紙を届けてくれたと言っていたので一安心だ。
レベッカが持ってきてくれたお茶を飲みながら机に向かう。クレアと一緒にできるもの以外の課題を進めることにする。レポート課題は持って行ってクレアと一緒にやればいいだろう。
集中して課題を進めていると、時間が過ぎるのが早い。あっという間に夕食に呼ばれる時間になっていた。
夕食の席につくとお兄様にクレアからの伝言を伝えた。
「お兄様、今朝クレアを見送った時にクレアが言っていたのですけれど。
お兄様のことは辺境伯とご子息達が離してくれないだろうから忙しくなるだろうって。覚悟しててって言っていましたわ。」
「それは恐ろしいな。僕はそこまで鍛えてはいないんだけれど、大丈夫かな。」
お兄様の顔が引きつっている。
「オルファス様は何か言っていなかったんですの?」
「オルファス様からは何も。そもそも政治の話とかが多かったから、完全に油断していたんだけれど。」
「辺境伯は滅多に王都に出てこない分、中央の政治や経済の話ができる相手を常に求めていると聞く。それもあるんじゃないか?」
「そうだといいんですけれど・・・。」
私は心の中でお兄様を応援した。