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オルファス様のリードはレイナルド殿下のそれとは違い、イメージ通り強気で積極的だった。遊んでいるように見えてこっちの様子をうかがってくれていたアドレアン様のそれともまた違う。これが都会にはない魅力というやつか、と私は実感していた。オルファス様のリードは都会の貴公子のそれとは違い、このまま身をゆだねてしまいたくなるのだ。そのうえこんな美男子だ。オルファス様に誘われたらほいほいついていってしまう都会のご令嬢なんていくらでもいるだろう。
それなのに、それなのに!そんな魅力的な男性が獣人のごとくつがいを求めてつがい一筋だなんて、大衆恋愛小説好きの血が騒いでしまうではないか。私は踊りながら、こんな素敵な人に見初められるのはどんな相手なのかという妄想につい浸ってしまっていた。
ある日舞踏会で出会った野性的な魅力のある男性。それが彼女の運命を180度変えてしまう運命の相手だった。彼女は貴族の令嬢として育ち、このまま親の決めた男性と結婚して貴族の務めをはたすものなんだとずっと思って生きてきた。あの日舞踏会で彼に出会ってしまうまでは。
彼は今まで出会った誰とも違う魅力を持った人で、彼の考えや人となりに触れることは彼女にとってとても新鮮で。彼女のこれまでの人生にはなかった刺激に生まれ変わったような気分になった。
彼に会うたびにどんどんと惹かれていった。けれど彼女には親の決めた婚約者がいた。2人がうまくなんていくはずがなかった。諦めかけていた彼女を変えたのもやっぱり彼だった。彼は全てを捨てて俺について来いと言う。お前のすべてを俺が引き受けてやる、と。目から鱗が落ちる思いだった。彼女の中には親の決めたレールの上で生きること。それしか道はなかった。彼はそんな彼女に新たな道を作って示してくれた。もう迷いはなかった。彼女は彼の手を取って・・・。
「どうかしたか?顔がにやけてるぞ。」
急にオルファス様に話しかけられて私ははっと我に返った。オルファス様とのダンスの最中だというのに、完全にトリップしてしまっていたみたいだ。
「すみません。つい考え事を・・・。」
「辺境の男は珍しいか?」
突然オルファス様に聞かれて、考えを読まれていたかのような錯覚に陥る。
「え!?」
「クレアや母上と同じ顔をしてた。深窓のお嬢様でもあんな小説読むんだな。」
バレてしまった。恥ずかしくてついうつむいてしまう。オルファス様の足が見えた。その足は軽やかに力強く、でも正確にステップを踏んでいる。
「それでどうだ?お嬢様としては辺境の男に満足できそうか?」
意地悪気ににやりと笑んだその顔はたまらなく魅力的だった。
「小説にはあまり辺境出身の男性は出てきませんから。たまに辺境伯が出てくるものもありますけれど、恋愛というよりは結婚のお話になるので。
実際に辺境出身の方にお会いするのはオルファス様が初めてですが、オルファス様なら小説の素敵な登場人物になれると思いますわ。」
私は諦めて白状した。たしかにオルファス様相手のすべて奪われるような恋愛も魅力的だ。そこまですべてをゆだねてしまいたくなるような相手との恋愛なんて少し憧れる。でも危険だと本能が告げている。この男は危険だと。深みにはまったら抜け出せなくなる。そんな予感がした。
「お褒めにあずかり光栄ですよ、姫。」
オルファス様は笑いをかみ殺している。そんな姿も魅力的だ。さっきからご令嬢方の視線を感じる。みんなオルファス様をちらちらと見ているようだ。気持ちは多分にわかる。
「クレアは令嬢と王子推しだと常々語っていたが、ルーチェリア嬢はどうなんだ?」
オルファス様はさすがにクレアのお兄様だけあって、大衆恋愛小説に理解があるらしい。そんなことを聞いてきた。
「私はまんべんなく色々読んでいるつもりですが、今日辺境の男性との物語に堕ちてしまいそうですわ・・・。」
こんなことをオルファス様に言うつもりはなかった。けれど気づいたときにはもう口から出ていた。オルファス様に見つめられると嘘がつけないのだ。あの瞳に射抜かれるとすべて正直にしゃべってしまう。
「気に入っていただけたようで何よりだ。」
踊っていなかったら爆笑でもしていそうな様子でオルファス様は笑いながら言う。オルファス様は見た目よりだいぶ話しやすい人らしい。緊張することなくこうして話せている。やっぱり危険だ。そう思った。
「オルファス様はどうなんですの?大衆恋愛小説は読まれまして?」
「俺達兄弟は母上の影響でそこそこな。」
「何推しですか?」
「平民女性よりは貴族令嬢の話の方が好きだな。
そうだな、俺は王子より騎士の話の方が好きだ。自分の手で奪う感じが。」
「奪う、ですか?」
「親に決められた相手より自分で決めた相手を選びたいからな。」
「オルファス様にハマってしまったら身を滅ぼしそうですわ。」
心の底からそう言うと、オルファス様は楽しそうに笑った。