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 午前の授業を終えてクレアとお昼にしようとしたタイミングで、私はそれに気づいた。妙に教室の外がざわざわとしている。嫌な予感がした。クレアを誘ってさっさと教室を出ようと思ったが、ワンテンポ遅れてしまった。

 クレアのもとに向かおうと腰を浮かせかけた私のもとに嫌な予感の正体がやってくる。


「・・・お兄様。」


 私はいつにない苦い思いでお兄様を迎えた。


「やあ、ルーチェ。いつ会っても君の可憐さは妖精のようで損なわれることがないね。」


 お兄様はそんな私を気にするふうもなく、朗らかに微笑みかけてきた。


「お兄様、なんの御用でしょう?」


「なんの御用とはひどいな。ルーチェを誘いに来たんじゃないか。また次の機会にと言ったまま、いつになっても次の機会が訪れそうにないからね。お兄様は悲しいよ。いつになったらお兄様と一緒にお昼を食べてくれるのかな?」


 私は、うっと言葉に詰まった。お兄様には度々食事に誘われている。それを毎回断り続けているのだ。


「お友達を紹介してくれないのはタイミングのこともあるし仕方ないとしても、そろそろ一緒に食事をしてくれてもいいんじゃないかな?

 もちろんお友達も一緒でも構わないよ?」


 ちらりとクレアを振り返る。クレアはいい笑顔で首を横に振っている。やっぱり。クレアの援護は得られそうにない。私はお兄様にどう返事をしたものか悩んだ。

 いい加減お兄様の誘いを断り続けるのにも限界がある。どこかで一緒に食事をしなければならないだろう。でもいきなりレイナルド殿下と一緒に食事をするのは、完全にレイナルド殿下を意識してしまっている今の私にはだいぶハードルが高い。気持ちを落ち着けて冷静になる時間が欲しかった。

 クレアにはレイナルド殿下のことを意識してしまっていることはまだ話していない。昨日アドレアン様と話してある程度落ち着いて気持ちも固まったので、そろそろ相談しようと思っている。早ければ今日のランチタイムにでも。

 そう今日はどうしても、お兄様達とランチをするよりクレアを選びたいのだ。そうでないとまともにレイナルド殿下の顔を見られる気がしない。私は意を決して口を開いた。


「いつもお断りしてしまってごめんなさい、お兄様。

 でも今日はどうしてもクレアと2人でランチにしたいの。お願い、お兄様。」


 そういってお兄様の緑の瞳をじっと見つめる。こうすればお兄様は大抵のことはゆるしてくれる。私には自信があった。


「仕方ないな。今日だけだよ。」


 お兄様は苦笑を浮かべながらそう言ってくれた。


「ありがとうございます、お兄様。」


 私はお辞儀をしてお兄様を見送る。教室の扉に差し掛かったころだった。お兄様が耳に唇を寄せてくる。


「レイナルド殿下もだいぶ焦れていたから、このままルーチェが誘いを断り続けるようだと、今度はレイナルド殿下が自ら誘いに来るかもしれないよ。」


 耳元でのささやきに私は目を見開いてお兄様を見た。お兄様はそんな私の様子に満足したかのようにいたずらっぽく笑うと、私の頭を軽く撫でて今度こそ教室から出ていった。

 私はしばらくその場でつっ立ったままで呆然としていた。レイナルド殿下が焦れてる?レイナルド殿下が誘いに来る!?想像するだけでそのまま悶絶しそうになる。どうしよう。どうしよう!

 お兄様は耳元でささやいていったから、周りにいる人たちには何も聞こえていないだろう。つまりこんなところで急に赤くなったり青くなったりしている私は完全に不審者なわけで、私の周りから徐々に人が離れていく。それに気づいて少し冷静になった。慌てて席に戻る。



 クレアが近づいてきた。


「ルーチェ、食事に行きましょう。おなかすいちゃったわ。

 その様子だと今日は中庭がいいかしら?話はそっちで聞かせてもらうわね。」


 できた友人に感謝しながら、私達はお弁当を用意してもらうために一旦食堂へ向かった。





 中庭には校舎の視界から隠れるように、いくつかのガゼボがある。その一角に私達は陣取った。周囲には人の気配はない。私はようやく安心して息を吐きだした。無意識に息を詰めていたみたいだ。


「それで?何があったのよ?」


 クレアの率直な物言いが心地いい。私はどう言おうか少し悩んだ末、口を開いた。


「レイナルド殿下のことを意識してしまってどうしたらいいかわからなくて。」


「え!?」


 クレアが私の顔を覗き込んでくる。心なしかクレアの目がキラキラしているように見えるのは、決して私の気のせいではないだろう。


「レイナルド殿下を?どうしたの?急に。」


「わからない。いつからそんな風に感じていたのかはわからないんだけど、考えたら止まらなくなってしまって。」


「ルーチェ、落ち着いて。」


 私を落ち着かせるように両手を握ってくれる。そのまま深呼吸するように促された。


「休みの間に何があったの?たしかお茶会があるって言ってたわよね?」


「そう。お茶会があって、いつも通り話してたの。その時にレイナルド殿下に殿下との交流をやめたいのか聞かれてしまって。それが嫌だって思ったら、なんだか私レイナルド殿下のことを意識しているんだって悟ってしまったの。それからずっと私おかしくて。」



 うまく言葉にできない私の話を、クレアは黙ってじっくりと聞いてくれた。クレアに話すことによって自分の気持ちが改めてはっきりしていくような気がした。


「私はよかったと思うの。

 だってルーチェはレイナルド殿下の婚約者候補じゃない?レイナルド殿下を好きになったら望まない政略結婚じゃなくなるのよ。好きな人と結婚できる。それって素敵なことじゃないかしら。」


「でもレイナルド殿下には他にも婚約者候補がいて、私が選ばれるかわからないし。選ばれたくても何をどうしたらいいかわからなくて。」


「そうね。つらかったわね。

 でもまずはやっぱりレイナルド殿下と話してみることじゃないかしら。自分の気持ちを伝えてしまうのが一番だと思うけれど、伝えられなくても近づくことはできると思うの。」


「けどレイナルド殿下に拒まれたら・・・。」


「拒まれることを恐れちゃダメよ。あなたたちはまだこれからなのよ。これからもっとお互いを知っていって、そこから婚約者になるか決めるんだから。」


「そうかもしれないけれど。」


 私が言いよどんでいるとクレアは元気づけるように笑った。


「もしそれでダメだったら、その時はその時よ。そこでうまくいかないような相手じゃ、結ばれたってうまくいかないわ。

 そうなったら私が責任もって素敵な騎士様を見つけてあげる。ね?」


 冗談めかしたクレアの言葉に私は少し気が楽になった。


「でもレイナルド殿下が気になるんだったらそうね。

 どうする?アドレアン様への差し入れ作戦はやめとく?」


 クレアの声が急に真面目になった。私は笑ってこたえる。


「ううん、やめない。アドレアン様はレイナルド殿下とは違うもの。」


「?そう?

 それなら計画通り頑張りましょうか。」



 クレアに聞いてもらって少しすっきりした。どうしたらいいかはいまだによくわからないけれど、ちょっとだけ前向きにレイナルド殿下に向き合えそうだと思った。





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