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「君は僕との交流をやめたい?」
レイナルド殿下に聞かれて、私はどきっとして背筋が凍った。図星だったからではない。レイナルド殿下との手紙のやりとりやお茶会がなくなって、レイナルド殿下にとって自分が他人になることを想像したからだ。なぜかそれだけは耐えられないと思った。なぜかはわからない。だが考えるより早く心がそう思ったのだ。
「嫌です。」
つい口から出ていた。レイナルド殿下は安心したように微笑む。
「そっか。ちょっと安心したよ。君に嫌われたら僕はもう生きている意味がないから。」
レイナルド殿下は儚げに笑った。そんな様子を見ながら考える。
実際のところ私はレイナルド殿下との交流をやめたいなどとは望んでいなかった。たしかにレイナルド殿下にはドキドキさせられるし、いたたまれなくさせられるし。度々心臓に悪い思いをさせられてはいる。だがそれ以上にもっと一緒に過ごしたいし、もっとレイナルド殿下のことを知りたい、もっと私のことを知ってほしいと思う。一緒にいるとドキドキするけれどそれがすごく心地いい。心が安らぐのを感じる。あの夜の空を写し取ったような瞳に私を映してほしいとつい願ってしまうし、その形の良い唇と耳障りの良いビロードのような声で名前を呼んでほしいとも思う。
(もしかして、私はレイナルド殿下のことを・・・。)
考えながら恥ずかしさで真っ赤になりそうになって、慌てて考えるのをやめた。とりあえず私がレイナルド殿下のことを意識してしまっていることは間違いない。まだしばらくはその状態のままでいたかった。
「レイナルド殿下と手紙のやりとりをしたり、一緒にお茶会をするのは私にとってとても大切な時間です。嫌になるなんてとんでもない。これからもずっと続けていきたいです。」
私は真剣な瞳気持ちが確実に伝わるように、レイナルド殿下のサファイアの瞳を見つめながら一言一言、言い含めるように言った。
「やめたりしないよ。君が嫌がらない限り、君とのお茶会も、手紙のやりとりも、私からはやめるつもりはない。だから・・・。」
レイナルド殿下はそう言って言葉を止めた。そのままじっと私のアメジストの瞳をのぞき込んでくる。一つ深呼吸をしてから口を開く。私はそれを吸い込まれるように見ていた。
「だから私を拒まないでくれ・・・。」
レイナルド殿下は普段の自信にあふれた彼の姿からは想像できない、消え入るような声で言った。その瞳はまだしっかりと私の瞳を捕えている。いつものレイナルド殿下に比べて頼りなく見える。それなのに瞳だけが力強い。私はその瞳から視線が逸らせない。見つめ合ったまま、その瞳に操られるように私も答えた。
「はい。」
その後レイナルド殿下と何を話したかは覚えていない。ただ帰る頃までにレイナルド殿下はほっとしたように笑ってくれていて、そのことに私もすごくほっとしたことだけは憶えている。
いまだにレイナルド殿下のことを考えるともやもやする胸は、今までにないくらいはっきりともやもやしていたしそれはつらかったけれど、レイナルド殿下のことを悲しませずに済んだことが何よりうれしかった。私の心の中は完全にレイナルド殿下のことでいっぱいになっていた。
(レイナルド殿下は私のことをどんなふうに思ってくれているのかしら?)
私のうぬぼれでなければ悪いようには思われてはいないだろう。日頃の思わせぶりな態度を思えばむしろ好意的に思われているような気さえする。
(でもレイナルド殿下には私以外にも婚約者候補の方々がいるのよね。
私以外にも同じような態度をとっているのかしら?)
だとしたらすごく嫌だ。私だけを特別に思ってほしい。他の人達と一緒じゃいやだ。レイナルド殿下の特別になりたい。
そうはいってもどうしたらいいかわからない。
(小説ではこういうタイミングでこそ差し入れをしたりするんだけれど、レイナルド殿下相手じゃそうもいかないわ。)
こんな気持ちになるのは初めてなので、どうしたらいいのかがわからない。つらくなって考えないようにしても、気づくとついレイナルド殿下のことばかり考えてしまっている。
(それにしても、普段は自信にあふれたレイナルド殿下なのに私に向かってあんなことを言うなんて。やっぱりレイナルド殿下も私のことを・・・。)
憎からず思ってくれているんじゃ。期待に胸が膨らむ。かと思えば恋敵達のことを思い出して気持ちがしぼんでいく。どうしたらいいんだろうか。
レイナルド殿下のことを考えると幸せで胸が高鳴るのに、レイナルド殿下のことを考えると胸が重しを乗せられたかのように重くなる。
レイナルド殿下のことをどう思っているのか、深く考えないようにしよう、まだしばらくはこのままでいたい。そう思ったはずなのに気づけばレイナルド殿下のことばかりを考えてしまっている。
誰かと話したいと思った。一旦レイナルド殿下のことを忘れて冷静になりたい。そう思った。
(アドレアン様に会いたいわ。)
私の心に浮かんだのはアドレアン様だった。
(明日、学園の授業が終わったらアドレアン様に会いに行きましょう。)
気分を変えるため小説を読み始めたが、内容が全然頭に入って来なかった。