第38話 再び下層区へ
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朝、目が覚めると部屋にイリアの姿はなかった
手を握っては開き昨夜の感触を思い出す。寂寥感を憶えながら清十郎はいつも通り髪をしばり身支度を整えようとしてふっと気づく
(そういえば服が変わっているが誰かが着替えさせてくれたのか)
下履きも新しいものに変わっていることに気づいた清十郎は変えてくれたのがイリアやミーニャでない事を願いつつ動きやすい服装に着替えを済ますと相棒の刀を持った時に思い出す
(そういえばこやつの名前を決めてやらねばならぬ。しばし待っておれ。お主にふさわしい名前をつけてやるでな)
清十郎は優しく刀をなでると喜んでいるように感じた
(ふふ。そうか楽しみか)
刀と対話するように感じるままにひとしきり撫でてやると清十郎は庭に向かう
相変わらずハーミットの朝は早くメイドが忙しそうに走り回っていた
最近ではこの時間帯に清十郎が起きてくるのを知っているので顔を鉢合わせてもにこやかに挨拶を交わすだけだ
(ここでの暮らしもすっかりなじんできたのう)
そんなことを思いつつ庭に出ると既にビットが筋肉を伸ばしていた
「あっ!師匠、おはよう!」
「うむ。ビット早いな」
清十郎を見つけると嬉しそうにビットが挨拶をするのでそれに答える。ビットの隣で同じように筋肉を伸ばし始める
「師匠、もう体は大丈夫なの?」
心配そうに聞いてくるビットに清十郎は頷く
「そなたにも心配をかけた。だがもう大丈夫じゃ」
にこやかに答えてやるとビットは嬉しそうに笑うと庭を走り始めた
(ふむ。すっかり走ることになれてきたのう)
弟子の成長に喜びを感じ、いつも通り素振りを始めると清十郎は異変を感じる。なぜかやたらと刀が軽く感じる。まるで自分の手を動かしているような感触だ
また素振りをする度になぜかマリカと会っていた時のような神々しさを感じる
素振りを一旦やめ抜き身の刀身を左右横から眺め次に目線の高さにもっていき刀身を確認する。左右に揺らすたび、なぜか輝いているような気がする
(どういうことじゃ?)
考えてみたがすぐには考えがまとまらず集中しきれないので納刀し今日の鍛錬を終了する
「お疲れさまでした。もうお体は大丈夫ですか?」
傍で控えていたイリアが声をかけてくる
「うむ。すっかりようなった。これもイリア殿のおかげじゃな」
優しく微笑むイリアに清十郎はにこやかに答える
「うーん・・・昨夜の一件からもうすでに新婚様でございますね」
「ミーニャ殿は相変わらずであるな」
苦笑いしながら清十郎はミーニャにも挨拶を交わす。そこでビットの方に顔を向ける
「ビットよ。ちと剣を持ってまいれ」
走っていたビットに声をかけると意味がわからず首を傾げながら屋敷に戻っていき一本の木剣を持ってきた
「師匠!持ってきたよ」
ビットが見せてくる木剣を借り軽く振ってみる。ビットに合わせて作ってあるので若干短いが剣の重心があっていることを確認する
「ビットよ。明日より儂が素振りを終えるまで走った後、素振りをしなさい」
「え?素振り?」
「うむ。上段よりの振り下ろしのみじゃ」
「それだけ?」
「それだけじゃ」
不満げな顔をしながらもビットは頷いた
「足腰の使い方が上手くなってきたでな。次の段階に入るぞ。頑張ってついてくるのじゃぞ」
「はい!師匠!」
それに頷くと清十郎は屋敷の方へと戻った。
汗を拭き服を整えると食堂に向かう
食堂では清十郎を除く全員がすでに席に座っていた
「おはよう。清十郎もう大丈夫かい?」
「おはよう。心配をかけたがもう大丈夫じゃ」
ウェインの挨拶に頷き返すと席に座る
「いやぁ、今回は本当に驚いたよ。心臓に悪いからそう無理はしないでくれよ」
ウェインが苦笑いしながら清十郎に話す
「今回はさすがに懲りた。すこしばかり油断しておったかもしれんな」
清十郎もそう返すとウェインはニヤリと笑う
「でも、イリアを押し倒したってミーニャから聞いたけどほんと?」
「なっ!」
「お兄様!」
「そうなの!?師匠!」
三者三様の答えにウェインは笑う
「ははは。これで清十郎には責任を取ってもらわないとね」
「やった!なら師匠は兄さまになるんだ!うれしいなぁ!」
「ちょっとまて!」
ウェインの軽口とビットの心からの喜びに清十郎は待てと声をかける。イリアはすでに顔を真っ赤にして意識はどこか上の空だ。その時、タイミングを見計らったようにミーニャが配膳してくる
「そうですよ。もう清十郎さまったら、イリア様が心配して手を握って優しく頭をなでていると急に引き寄せて抱きしめて押し倒すのですから・・・
あげくには服を・・・」
「まって!ミーニャ!いっちゃだめぇ!」
ミーニャの言葉に強制復帰したイリアはすでに素の言葉使いになっている
「ははは。にぎやかなことはいいねー。清十郎、たのしいね」
「楽しいのはお主ひとりじゃろ・・・」
混沌とした状況で清十郎は、はぁーっと溜息を吐いた
混沌とした朝食の後、清十郎はイリアによるマナー講座を手取り足取り状態で学びお互いが意識しすぎてダンスの時のように目が吊り上がったミーニャに叱られて時間はすぎていった。マナーが物になっているのかは微妙だ
昼食を終え部屋で寝て休んでいた清十郎の元にアンガスがやってきた
「よう!清十郎、調子はどうだ?」
ノックをせずに自分の部屋のように入ってくるアンガスに嘆息する
「うむ。元気じゃよ。しかしお主といいビットといい扉を叩かぬか」
「前にも言ったろ?ダチに使う気はないんだよ」
呵々と笑うアンガスに清十郎はやれやれと首を振る
「ところで婆のところにいけそうか?」
心配そうにアンガスが尋ねるので苦笑いを浮かべる
「心配そうにするな。もう大丈夫といったじゃろ?」
「そうか、なら行くか」
「ああ」
ほっとしたような表情を見せたアンガスに清十郎は笑みを浮かべながら立ち上がると服装を整え相棒の刀を持って部屋をでる。玄関に向かったところで清十郎は首を傾げる
「なあ、アンガス」
「うん?」
「イリア殿とミーニャ殿が出かけようとしているが・・・」
もう答えは予測がついているので答え合わせのように聞いてみる
「ああ、ふたりともついてくってよ。今回は馬車付きで行けるから楽で助かるわ」
「ふむ。そうか」
そういうと玄関ホールで2人と合流すると早速馬車に乗り込み下層区へと向かった
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