第17話 男の矜持 女の涙
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イングリットの工房を出て防具店へ向かう道をミーニャについて清十郎はついていく。西の通りから若干入り組んだ路地に入ってしばらくして清十郎とミーニャは足を止めた
「ははっ!この弱虫め!ほらほらやり返してみろよ」
「うう、もうやめてくれ」
清十郎は声の方へ足を向けるとちょうど建物の角から少し開けた場所で少年たち3人が1人の少年を取り囲んで殴ったり蹴ったりしている現場だった
その真ん中で囲まれていたのは見慣れた少年、ビットだった
「とめなきゃ!」
慌てて飛び出そうとするミーニャを清十郎は手を伸ばして引き留める
「お退きください!清十郎さま」
そう言うミーニャに清十郎は首を静かに振る。そうこうしているうちに少年たちの行動はエスカレートしていく
「いてっ!ビットのくせに俺を殴りやがったな!」
ビットが3人のうち一番大柄な赤い髪の少年を無意識で殴る形になったようだ。それに激怒した少年はビットを押して倒すとその腹を蹴り飛ばす
「俺がだれだか知っているのか!領主の息子だぞ!貴様の親父のように逃げ帰っただけの弱虫なやつじゃないんだ!それを、この俺様をなぐりやがったな!」
他の2人は怒る少年を止めようと必死だが力が強いのか2人の静止を振り切りビットを執拗に蹴っている
「お、おれは弱虫じゃない!父上は弱虫じゃない!」
蹴られた足にしがみつきビットはその足に歯を立てる
「いてぇ!こいつかみやがった!」
少年は痛みのあまり思いっきり足を振るとビットはしがみついた手を放してしまい吹き飛び勢いよく転がっていく。相当痛かったのか少年の顔は憤怒の形相に変わりそばに転がっていた角材を手に持つと鼻息を荒くして腹を抱えて蹲るビットを見下ろす。周りの少年たちは目まぐるしく変わる状況についていけず止めることを忘れ立ち尽くしている
大柄な少年は大きく角材を振りかぶるとビットに振り下した
「おらぁ!」
勢いよくビットに振り下ろされる角材に来るべき未来を予想して2人の少年は目を背ける。しかしその未来はこなかった
「大丈夫か、ビット殿」
「お怪我は大丈夫ですか!ビット様!」
清十郎が振り下ろされた角材を片手で受け止めビットをかばうように立ちはだかる。その間にミーニャがビットの元に駆け寄った
「な、なんだてめぇ・・・」
「ふむ、力だけは有り余っておるようじゃのう」
邪魔されたことに苛立ちながら大柄な少年は角材を引き抜こうとするが清十郎に掴まれた角材はびくともしない。自分と同じくらいの年で自分より小柄な男に余計に苛立ちを覚える
「このクソガキが!邪魔すんじゃねぇ!」
「お前もガキじゃろうが。そんなにそれが大事ならかえしてくれるぞ」
清十郎は嘆息すると少年が角材を引き抜こうと力を入れた瞬間に角材を押し込んでやった。押し込まれた少年はたたらを踏んで尻もちをついた
「な!このやろう!」
自分と同じような年で小柄な清十郎にこのまま馬鹿にされるのはプライドが許さない。怒り狂った少年は清十郎を体格差で押し倒してやろうととびかかる
「ふむ、いい踏み込みだが修練がなっておらんな」
清十郎は相手の拳をいなすと腕をつかみそのままの勢いで体を捻り前に倒す。勢いも相まって少年は投げ飛ばされ宙を舞い大きな音とともに建物の壁にたたきつけられた
「ぐはっ!」
少年は呼吸がうまく出来ず薄れいく意識の中で目の前の黒髪、黒目の男を忘れまいと心に刻み込んだ。やがて動かなくなった少年に成り行きを見守っていた2人が慌てて駆け寄ると覚えておけといって少年を引きずって去って行った
「やれやれ。子供のケンカとはいえ武器を持つのはちとやりすぎじゃな」
清十郎は嘆息すると意識を失って倒れミーニャに介抱されるビットの傍に寄ると体を触り臓腑を痛めていない事を確認する。若干あばらを痛めていたがそれ以外に特に大きな怪我はなかった
清十郎は意識のないビットを背負うと冒険者ギルドへ向けて歩き出す
(あそこなら休ませることができるじゃろう)
そんなことを思っているとミーニャがうつむきながらポツリと呟く
「清十郎さま・・・なぜあそこで止めたのですか」
「・・・」
「なぜ・・・」
何も答えず歩いていると後ろから嗚咽が聞こえてきた
(泣かせてしもうたな・・・)
そんなことを思いながら清十郎はミーニャの問いに答えてやる
「あの時に飛び出していたら女子供に助けられた者としてビット殿の自尊心はズタズタに切り裂かれていたであろうな」
「それでも!」
言い募るミーニャに清十郎は首を振る
「ミーニャ殿、男には立ち向かわねばならぬ時があるのよ。ビット殿は見事あ奴らに立ち向かった。おそらくあの様子であれば以前からあのようなことは頻繁にあったのではないか?それに立ち向かうには相当勇気がいったことだろう。それを見届けたからこそ儂はビット殿を助けたのじゃ」
「・・・」
「ミーニャ殿が納得できないのは分かる。じゃがな、ああいう輩はいいなりになっておればいつまでもつけあがる。いずれそれは病魔のようにビット殿の心を蝕んでいったであろう
それにビット殿はウェイン殿を馬鹿にされたことについてきちんと怒りをあらわにした。それは他者を思いやることができるビット殿の美点じゃ。儂は立ち向かったビット殿を誇りに思う」
ちょうどそう言い切ったところで冒険者ギルドにつき扉を開くと中に入る。ロビーは閑散としていたことが幸いしてか注目を集めずに済んだ。カウンターで仕事をしていたターニャを見つけると清十郎は近寄っていく
「ターニャ殿、仕事中すまぬ」
「あ、これは清十郎さま。あれ?背負われている子供はどうしたのですか?」
「うむ。ウェイン殿のご子息でな。ちと怪我をして居る故、休ませられる場所を貸してほしいのじゃ」
「それでしたらこちらについてきてください」
ターニャはそういうとカウンターの横の開き扉から出てくると1階の部屋の一室へと案内した。部屋は明るくベッドが4台置いてあり真新しいシーツが敷かれ清潔に保たれていた。今はどのベッドも使われていなかった
「どこでも自由にお使いください。治療師は呼びますか?」
「忝い。お願いする」
「わかりました。では寝かせてお待ちください」
ターニャはそういうと部屋を後にした。清十郎は一番奥の窓際にビットを寝かせる
「・・・清十郎さま、何から何まですいません」
「なに、気にするな」
ミーニャはベッドの脇に座ると寝ているビットの緑の髪を優しくなでる
(うーむ、なんと声をかければいいのやら・・・)
清十郎が悩んで無言でいるとミーニャはぽつりぽつりと独り言のように話し出す
「ビットさまは私の母親が乳母をしたのです・・・。当時、私の母親は弟を産みましたが死産でした。悲しみに暮れる中、ウェイン様が産まれて間もないビットさまの乳母をさがしていると聞いて乳母となったのです
「そうであったか」
「私も小さいときはよくお屋敷でビットさまと一緒に過ごしました。絵本を読んだり一緒に遊んだりそれこそ本当の姉弟のように・・・
ですが、まさかあのようなことになっているとは・・・。ふふ、姉のつもりでいましたが全く分かっていませんでしたね。なのに、清十郎さまを責めて・・・。あまつさえビット様の自尊心すら傷つけるところでした」
ミーニャは自虐的な笑みを浮かべながらその大きな瞳から涙がこぼれおちる
「・・・」
清十郎は黙って聞いている。こういう時は何も言わず聞いてやるのが一番いいと生前の経験からわかっている。しばらく静かな時間が過ぎたころビットが目をさました
「うう・・・ここは?いつっ!?」
目を覚まし、体を起こそうとした時に傷に触れたのだろう。ビットは脇腹を押さえてベッドに再度倒れる
「ビット様、無理はしないでください」
「あいつらは・・・?」
「清十郎さまが追い払ってくださいました」
ミーニャの言葉にビットは清十郎を見るとウェインによく似たその顔が悔し気に歪む
「貴様に助けられるとは・・・」
「ビット様!そのような言い方は!」
「良い。儂が好きでしたことじゃ」
清十郎がビットを諫めるミーニャを止める
「ビット殿、事の次第はすべて見ておった。あれに立ち向かうには怖かったであろう。儂はそれに立ち向かったお主の勇気に感服したからこそ助けたのじゃ。じゃからこれは儂のお節介ゆえ気にしなくてよい」
清十郎がそういうとビットは眼を背けると肩を震わせた
「くそぅ・・・」
ビットは呟くと顔を背けたまま嗚咽する
「ふむ、悔しければ己を鍛え抜き負けぬ力を身につけられよ。ただし、その力は弱者を踏みにじる為に使うのではなく大切なものを守るために力を振るわれよ。まだわからぬかもしれぬ。じゃが、ただ無為に復讐の為だけの力のつけ方は己が歪む。儂が言いたいのはそれだけじゃ」
そういうと清十郎は部屋を後にした
ミーニャは治療師がくるまで優しくビットの背中をなで続けていた
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