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秋の味覚とお嬢様編


 栗の皮むきは実際かなり面倒な作業であるのは”完全で瀟洒な従者”である十六夜咲夜であっても変わるものではないが、せっかく秋の味覚のひとつである栗の良い物が手に入ったのであれば今夜の夕食で使わない手はない。

 「……まぁ、それはいいんだけどさ咲夜……」

 「……?……何でしょうか、お嬢様?」

 仕事場であり住居でもある〈紅魔館〉の中にある厨房のテーブルを使い、青と白のメイド服姿の咲夜は手にしたナイフを使いテキパキと栗の皮を剥いてはボールの中に放り込んでいく。  

 一方で彼女の隣に立つピンク色の服とナイトキャップを被った少女は同じナイフを手にしながらも危なっかしい手つきで悪戦苦闘している、明らかに屋敷のメイドには見えないこの幼い容姿の少女は咲夜が”お嬢様”と呼んだ事から分かるであろうが、この〈紅魔館〉の頂点に立つレミリア・スカーレット、【ツッコミを操る程度の能力】を持ち”永遠に紅い幼いツッコミ”や”紅色のノクターナルツッコミ”の二つ名を持つ偉大な吸血鬼である。

 「くぉぉおおらぁぁあああああっどぅあれが【ツッコミを操る程度の能力】かぁぁあああああああっっっ!!!!!!! 私の能力は【運命を操る程度の能力】だってばよぉぉおおおおおっっっ!!!!!!……てか! そもそも何でこの私、レミリア・スカーレットが咲夜メイドと一緒に栗の皮むきなんてやってんのぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!!!?」

 厨房の空気を震わせる勢いでツッコミの叫びを上げたレミリアが興奮と酸素不足で赤くなった顔で「……ゼェゼェ……」と呼吸が荒くなっていたのが落ち着くのを銀髪のサイドを編んだメイド長は律儀に待ちつつも、その間にも手は栗の皮むきを続けて時間を無駄にはしない。

 「……前半部分は意味不明ですが……私が買い物から帰るや否や”咲夜、暇で暇でしょうがないんだけどさ、何かやる事ない?”とお嬢様が申されたのですよ?」

 「…………」

 主人の苛立ちの意味を理解してはいないような穏やか笑顔を浮かべて従者の少女が言う事は間違いなく真実だった、本当に理解していないのか分かっていてもあえてそういう態度なのかはレミリアであっても分からない、どっちもありえそうなのが十六夜咲夜というこの屋敷で唯一の人間なのである。

 「それにですね、立ってるものはオジョウ=サマでも使えと古いニホンのコトワザにもありまして、古事記にもちゃんと書いてありますよ?」

 「んなことが書いてあるくぁぁぁあああああああっ!!!!! つーか、意味もなく忍殺ネタ使うのはやめんかいこの書き手ドアホぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!!!」

 やっと呼吸が整ったにも関わらず再びツッコミの叫びを上げたため、またも酸欠状態に陥る紅い瞳のお嬢様。 そんな様子にいつかツッコミで喉がかれてしまうのではないかと少し心配になる咲夜である。

 「……ゼェ~ゼェ~……まぁ、こうなったら最後までやってあげるけどさ……」

 不満はあるがやり始めた以上は途中で投げだすのもかっこ悪いくて嫌だと思う、それでも何となく黙って従うのも癪なのでせめてもの反撃にと意地の悪い顔をしてみせて言う。

 「この私が手伝ってあげるのだから、不味い物を作ったら承知しないわよ咲夜?」 「……うふふふふ、承知していますわ、お嬢様」

 そんなお嬢様に、やんちゃな妹を見ているかのような微笑ましい表情で答える咲夜であった。

 

 

 〈妖怪の山〉の山頂にある〈守矢神社〉に白狼天狗である犬走椛が訪れたのは見回りの任務のついでに様子を見に来たという程度の事である。 その時に少し驚いたのは神社の境内でモクモクと煙が上がっていてそれを火事とは思ったのではない、この時期に境内の掃除をした落ち葉を集めて焚き火をするのはごく当たり前の光景だからだ。

 守矢の巫女である東風谷早苗と彼女が仕える神である八坂神奈子と洩矢諏訪子の三人共に焚き火を囲んで豊穣を司る神である秋穣子がいたからである。 どうしてと思ったのも一瞬の事だ、白狼天狗の鋭い嗅覚が香ばしく美味しそうな香りを感じとり、それが少女らの手に握られた物であると分かる。

 「焼き芋か……」

 無意識に呟くのと同時にくぅ~とお腹の音が鳴ったのに顔を赤くする椛、昼食から数時間経過し夕食まではまだまだ時間があるというこの時刻に小腹が空くのは妖怪も変わらず、ましてや真面目に見回りをして山中を歩き回った後であればなおさらである。

 流石にその事にまでは気がつくはずもないだろうが、神社の鳥居の所に立っていた彼女に気がつき「あ! 椛さん! 椛さんもこっちへ来て一緒にお芋を食べていきませんか?」と手を振る長い緑色の髪をした巫女の少女の誘いに乗るかどうかを思案してしまう白い髪の白狼天狗の少女だった。



 

 死者達の住まう世界である〈冥界〉に一軒の屋敷がる、〈白玉楼〉という名のその和風の屋敷には、この〈冥界〉の管理者である亡霊の少女の西行寺幽々子が従者である庭師兼剣術指南役の半霊少女である魂魄妖夢と暮らしていた。

 その妖夢が用事で出かけていればだだっ広い屋敷には幽々子一人が残される事になる、管理者とはいっても特に仕事があるでもない彼女は居間でのんびりとテレビを観ていた。

 座布団の上にきちんと正座している幽々子の前のちゃぶ台には空になった大皿の上に数十本の串が転がっているのは、妖夢の用意した串団子をすべてその胃袋に収めてしまったからである。

 「……しかし、本当には忙しない場所ねぇ……」

 何をどうしたって毎日ヒトは死んでいるものではあるが、それでもやれテロだの戦争だの薬物だのでヒトが殺し殺されるというのをここのところ良く聞く気がする。 ニンゲンなど所詮は百年も生きずに死ぬ生き物なのである、その短い寿命を更に無益な殺し合いで短くしあって何が楽しいのだろうと思う。

 「……あなた達はそれで未練なく死ねるのかしらねぇ?……くすくす……」

 口元を歪めてのその嗤いは、ニンゲンの愚かさを嘲笑ったものである。 確かに怠惰に長生きをしてもその生に意味はないだろう、だが命の価値を理解も出来ずにつまらない使い方をした者が未練もなく満足して死せるはずもないのだ。

 一人にたった一つの命の価値を理解し、その使いどころを見極めて精一杯生きた者だけが真に満たされた死を迎えられるのである。

 薄紫の着物に身を包んだ亡霊の少女は「まぁ……それもどうでもいい事だけどね」と呟きながら立ち上がったのは、何となく小腹が空いてきたので厨房で何か食べる物でも探そうかと思い立ったためだった。




 〈紅魔館〉の中庭の白い丸テーブルでお茶会をしてるレミリアは、一仕事した後の紅茶も悪いものじゃないわねと思っていた。

 「……それにしても、天下のレミリア・スカーレットが夕食の手伝いねぇ……」

 同席している紫の髪の少女がお茶請けに用意された煎餅を齧りながら淡々とした声で言う、パチュリー・ノーレッジという名のこの魔女はこの紅い屋敷の居候にしてレミリアの親友であり、咲夜達メイドとは違い彼女とは対等の立場にある。

 「まあね、偶には悪くはないものよパチェ」

 自分の言葉にムッとするでもなく、どちらかというと自慢するかのように機嫌の良い声で答える親友に「……ふ~ん」とだけ言った。 この子がちゃんと手伝いが出来ていたのだろうかと疑問に思わないでもないが、それを口に出して言う事はしない。

 「ああ、でも霊夢とかには内緒にしておいてよ? この私がメイドと一緒になって炊事をしたなんて沽券に関わるわ」

 「……栗の皮むきが炊事と呼ぶような事とも思えないけど……まぁ、分かったわ」

 どこかそっけない言い方ではあるが約束した以上は他言をする事はないだろうと安心する、何だかんだでレミリアが一番信用している存在の一人であるのがパチュリー・ノーレッジなのである。

 もっとも、普段から引き篭もりの彼女が〈紅魔館〉の住人以外と積極的に会話する機会もそうはあるものでもないのだが。

 「そうそう、それでいいのよパチェ」

 満足したように頷く親友の吸血鬼に、口止めするくらいなら最初から話さなければいいのにと思うパチュリーだが、普段なかなかしない体験だけにどこか新鮮なものがり誰かに話たいのだろうという心理も分からないでもなかった。

 そんな風に姉とその親友がお茶会をしていても、自室から一歩も出ずにゲームに興じているのがフランドール・スカーレットである。 姉とは違うこの金髪の少女のところへ妖精メイドの一人であるチャウ・ネーンがやって来ていたのは、おやつのお萩と緑茶を運んできたからである。

 「……失礼しまっせ~妹様、おやつをお持ちしましたで~」

 「……ん? ああ、ありがとね」

 ちょうど一区切りしたところだったのだろうフランドールは立ち上がってチャウからおやつの載ったお盆を受け取る、これがクエストの真っ最中だったりすると不機嫌な声で「いいからそこに置いといて!!」と怒鳴られる事もある。

 そんなわけなので、妖精メイドの間では妹様への食事やおやつの配達はなるべくしたくない仕事の一つだったるする、なので彼女の機嫌が良い事にほっとなるチャウ。

 「ふ~ん、今日は和菓子と緑茶なのねぇ……」

 「はいな、〈人里〉の美味しい店で買うてきたとメイド長が言ってなはったですわ」

 気分的には洋菓子に紅茶というフランドールであったが別に我がままを言う気もなかった、チャウからお盆の上のおやつを受け取ると再びパソコンのところへと戻りまず僅かなスペースに湯飲みを、それからキーボードを動かしてスペースを作ってからお萩の載った皿を置いた。

 「あなたはもう下がっていいよ……っと、その前に、今夜のご飯って何か知ってる?」

 呼び止めて聞いたのは、ふと何となく気になったという程度の理由である。

 「夕飯でっか? 確か、栗ご飯やと聞きましたで……何でもお嬢様も皮むきを手伝ったとか」

 「お姉様が? へぇ~」

 フランドールが意外そうな顔をするのはチャウも分かる、レミリアを知る者であればあのプライドの高い少女がメイドの仕事を手伝う姿というのは想像は出来ないだろう。

 それから「ほな、うちはもう行きまっせ~」と退室して行くのを今度は止めない。代わりに「クスクスクス……」と気味の悪い笑い声を発したのは、姉がナイフ片手に栗の皮むきに悪戦苦闘している姿を想像するのは妹である彼女には容易であり、それが愉快だったからであった。

 フランドールは姉を嫌いではないが、うざいと思っている面もなきにしにもあらずなのはゲーム本編と一緒である。 ただし、その理由は何かというとゲームばかりやってるなという小言が鬱陶しいというものではあるが。

 そんな事もあり、しばらくの間レミリアはこの事をネタに妹にからかわれる事になるのだが、それはまた別の話である。 

 「そ~なのか~~~?」

 そして、同時刻の〈紅魔館〉の傍の湖畔では黒い闇の塊に包まれた姿のルーミアがそんな声を上げながら宙返りをしてみせたのを目撃した者が誰もいなければ、その奇怪な行動の理由を知る者もいなかった。  



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