夏が終わって主人公決定!?編
「……ふぅ~、まだまだ暑い日が続くわね」
湖畔に建つ〈紅魔館〉は吸血鬼の少女を主とする人ならざる者達の住まう洋館である、その館で唯一の人間にしてメイド長である少女の十六夜咲夜は、庭に干してあった洗濯物を籠に入れながら額の汗を拭う。
その咲夜に「まったくです、早く秋になってほしいですよ」とはフェア・リーメイド、〈紅魔館〉の妖精メイドの一人である彼女は上司であるこの銀髪のメイド長を手伝っていた。 もっとも”完全で瀟洒な従者”の二つ名の通りに基本的に完璧な仕事ぶりをしてみせる彼女なので、半ば話し相手になっているだけとも言えるフェアである。
「秋ですか……今年もまた秋の味覚を使った美味しい料理をお嬢様に召し上がって頂くために腕を振るわないとですねぇ……」
「メイド長が腕を振るったらお嬢様、太っちゃいますよ~?」
「あらあら……そうですわね、そうなったら是非ともダイエットをがんばっていただきましょう。 うふふふふふ」
そんな会話で笑い合う二人である、その二人の笑顔が凍りついたのは、次の瞬間に感じた邪悪で強大な霊気のためだ。 咲夜はもちろんフェアでもわざわざ発生源を
探すまでもく同時に背後を振り返れば、彼女から五メートル程の場所に少女は立っていた。
少女の顔は二人も良く知るあの巫女と寸分違わないものであっても、彼女のそれと違い黒と白で構成された脇巫女装束、何より威圧するかのように放たれる邪悪な霊気がメイドの少女らの知るあの脇巫女少女でない事を教えていた。
ダーク・レイム――ゲーム本編ともこことも違う世界の博麗霊夢が、いったい何があったのか性格が捻くれまくったあげくに神話の神々にも匹敵する力を手に入れた彼女の嫌がらせに何度か……いや、ほぼ毎回この〈紅魔館〉が標的となっていた。
「…………この〈紅魔館〉にこうも易々と侵入してみせるとは……」
緊張した面持ちの咲夜は先程まで感じていた夏の暑さが引いていくのを感じ冷や汗すら浮かべ青い瞳で睨みつけていた、こうして間近で直接対峙するのは初めてだがここまでの存在とは流石に想像していなかった。 そんな咲夜を愉快げに見つめ「うふふふふふ」と笑っていたその黒白の巫女は不意にパン!と両手を合わたのに「はっ!?」となる。
「ドーモ、サクヤ=サン。 ダーク・レイムです」
「ドーモ、ダーク・レイム=サン。 サクヤです」
すかさず自身も手を合わせてアイサツを返すサクヤ=サンとその彼女にニヤリと満足げな顔を向けるダーク・レイム=サン、目を見開き「え!? に、忍殺風アイサツっ!!!? ナンデっ!!!?」と驚愕の叫びを上げたフェア・リーメイド=サンだった。
〈守矢神社〉の境内のそうじを終えて「……ふぅ~」と息を吐くのは巫女である東風谷早苗だ。 その時に不意に吹いた風に、彼女の蛙と白蛇の髪飾りの付いた緑色の髪が揺れたのを心地よい風だと感じる早苗である。
「もう今年の夏も終わりかぁ……」
まだまだ暑さはあっても、ついこないだまでうるさいほどに聞こえていたセミの大合唱がすっかり聞こえなくなっているのにそんな事を思う。 先程の掃除中にも木の下でセミの死骸をいくつか見つけたものだ、すでに何十匹という蟻が群がってすでに解体されていたものもあったそれらを見てると、命の儚さと共に死体というものの醜さを思う。
生前にどんなに美しい肉体を持っていたとしても、やがては腐敗するか何かに食い散らかされて醜い姿をさらしすという光景を想像してみて、少しゾッとするものを感じる守矢の巫女だ。
しかし、それも自然の中にあってはごく当然の光景だと思えばヒトがそういう風な感覚を持ってしまった事の方がどこかおかしいと言えるのかも知れないと、そんな風に思いつきもする。
「……まあ、考えてもどうなるものでもないですけど」
何気なく青い空を見上げてそこに浮かぶ大きな入道雲を眺めながら、そんな事より今夜のおかずをどうするかの方が問題ですよねと、クスリと笑う早苗だった。
「……何……コレ……?」
〈人里〉にある〈鈴奈庵〉という名の貸本屋に”九代目のサヴァン”こと稗田阿求が尋ねて来るのは珍しいことではない、にも関わらず店主の娘である本居小鈴が友人でもある少女の来訪に驚き目を点にしたのは、彼女の持って来た風呂敷包みの中身を見たからである。
「何って……小鈴におみやげよ、いろいろあって持って来るのが遅くなっちゃったけど」
「お……みやげ……?」
カウンターの机の上で開かれた風呂敷の中身は何十冊という本だった、もっともそれは一般的に本と呼ばれるものより一冊一冊が遥かに薄く小冊子とでも言う方が相応しい物であるので、詰まれた高さは三十センチにも満たない。
名前を暗示するかのように鈴の形の髪飾りを付けている小鈴はそれらの薄い本が何なのかを知っていたし、阿求がこういう薄い本を販売する夏のイベントに行って来たのも分かっている。
「……あ! 大丈夫よ、これ全部一般向けで十八禁は一冊もないから」
それでもこんなのどうしろと言いたげな顔で見つめていたら、阿求がそう言ってきのに「そういう問題じゃなくて……」と溜息を吐きつつ一冊を手に取ってみたら、その表紙には可愛くデフォルメされた小鈴が描かれていた。
「…………」
「ああ、それは小鈴を中心にした日常を描いた4コマ漫画集ね」
どうやら阿求は薄い本の一冊一冊の内容をすべて記憶しているらしい事に小鈴は彼女が【一度見たものを忘れない程度の能力】を有していたのを思い出すと同時に、それは能力の無駄使いなんじゃないかしらと思ったりもする。
「それも面白いけど、そうねぇ……私のお勧めは……」
「いや、別にいいから!」
語り出すと止まらなくなりそうなので両手を前に出して慌てて制止する、「……あら、そう?」と少し残念そうな顔をする阿求。 友人としてはこういうものの面白さも共有したいと望むのだろう、本好きな小鈴であるがこの手の薄い本に手をだすのは消極的なのが少々不満な阿求だ。
「まあ、いいわ。 私が今度来た時にでも感想を聞かせて頂戴ね?」
「……へ?……ええっ!? か、感想っ!!?」
せっかくのおみやげを悪いと思いつつも適当に店の奥にでも仕舞って置こうかと考えていた小鈴は思わず大声を上げてしまう、そんな彼女に対して「そう、感想よ。 楽しみにしているからね?」とにっこりと笑顔を見せる紫のセミロングの髪の少女である。
「え、え~~と……うん、分かったわ……」
少し引きつった笑顔でそう答える小鈴は、うわ~ちょっと大変な事になったわよ……と心の中で頭を抱えていたのであった。
夕方になり急に空が暗くなったと思ったら強い雨が降り出した、夏にはよくある夕立であるが、昨今の〈外界〉のゲリラ豪雨とは違い被害を出すことはまずない。 寧ろ暑さを和らげてくれるので歓迎する者の方が多いだろう、そんな夕立を気にする余裕は今の〈紅魔館〉の住人にはなかったのは、咲夜がダーク・レイムから受け取った手紙のためである。
「……あの女、ダーク・レイムはあなたにこの手紙を渡しに来ただけだと言うのね咲夜?」
食堂のテーブルの上に置かれた白い封筒を見据えながらのレミリアの問いに「……はい、お嬢様」と頷く、部屋には彼女らの他にもパチュリー・ノーレッジにフランドール・スカーレット、そして紅美鈴と小悪魔のツカサもいた。
「……そして、この手紙はある人物から預かってきただけ……とも言っていたのね?」
「はい、パチュリー様……」
「不気味ですねぇ……いったい何が書かれているんでしょう……?」
「ん? そんなに気になるんだったらさっさと開けて読んじゃえばいいじゃん美鈴? お姉様達も」
今日も今日でゲーム三昧の一日を過ごしていたのを無理矢理に連れて来られたフランドールだけはさして関心もない様子だ、さっさと地下の自室に戻りゲームを再開したいのだろうという事を隠す気もないという妹の態度に、この大変な状況でこのゲーム・オタクは……と少し苛立つレミリアだ。
「まあ……確かにこうしてても何も始まりませんし、妹様のおっしゃる通りにさとっとと開けて読んでみるのが良いのではないでしょうか?」
この小説内ではツカサの名を与えられた小悪魔が遠慮がちに意見を述べると「……それもそうね」と同意するパチュリー、更に咲夜と美鈴も決断を求める視線を主人である青みがかった銀髪の少女に向けた。
「……そうね」
覚悟を決めたという顔で従者達に小さく頷いて見せるとテーブルの上の手紙とそのわきに置いてあった小さなナイフを手に取り素早く封を切ると、中から折りたたまれた便箋を取り出した。
親友と従者達が神妙な面持ちで、金髪の妹がどうでもよさげに早くしてよねと言いたげな顔で見守る中で便箋は開かれ、レミリアの真剣な紅い瞳が書き記された文字を読んでいく、そして…………。
「な!?……なななななな!!? なんじゃいそりゃぁぁぁぁああああああああああああああああああっっっ!!!?」
次の瞬間には驚愕に目を大きく見開いたレミリアの叫び声が響き渡るのに、咲夜らはキョトンとなった。
「今更いったい何を考えてるのよっ!! この書き手はぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!!」
「あ……あの~……お嬢様?」
目を吊り上げ、背中の黒い翼もピ~ンと立てて全身で苛立ちを表現する主人に咲夜がおずおずと声をかけると無言で便箋を渡してきた、おそらくは”あんたが皆に読み上げなさい!”という意思表示だと察した彼女は手紙を受け取ると軽く深呼吸してから読み上げ始めた。
「ええ~と……『これまで特に主人公も決めずにダラダラと書いてきたこの”東方幻想曲物語”ですが、何だかんだと二年以上続いたしいい加減に主人公くらい決めないといけないかなと思い立たちました。 そこで〈紅魔館〉の十六夜咲夜とレミリア・スカレートを主人公に任命します、それにともないタイトルも”紅魔のお嬢様とメイドさん物語(仮)”に変更する……かも』……はぁ!?」
あまりにも予想外過ぎる文面に素っ頓狂な声を上げてしまった、黙って聞いていたパチュリーらもすぐには意味が理解出来ずにポカンとしていたが、数秒の間をおいてメイド長と同じような「「「「はぁぁあああっ!!?」」」」という声を上げていた。
「まさかの作中での主人公任命にタイトル変更予告っ!!!!?……つか、(仮)はまだいいとして”……かも”って何よ、”……かも”ってっ!!!? やる気あるのかこのアホ文士ぐぁぁぁあああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!」
この場の全員の気持ちを代弁するかのような”紅色のエターナルツッコミ”ことレミリア・スカーレットのツッコミの叫びが、いつの間にか雨も止みオレンジ色の夕陽に照らされた〈紅魔館〉を振るわせたその上空を、「そ~なのか~~!」と通り過ぎた黒い塊は、最早言うまでもなく闇を操る妖怪少女のルーミアであった。
「だ~から~~~!!! 私、レミリア・スカーレットは”紅色のエターナルデビル”だって言ってんでしょうがぁぁぁああああっこの書き手ぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!!!!!!」
特に大きく何かを変えるとかいう気もないです、紅魔館組の出番が増えてくるくらいじゃないかと思ってますが。




