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ひとりで生きるはずだった  作者: 柚木
第一章 森のエルフ
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第四話 二人目の迷い人 3

食べ終わる頃には、窓の外の雪はさらに深くなっていた。

男は借りた道具を洗い、布で水気を拭き取ってから元の場所に戻した。

台所は、使う前よりもむしろきれいになっている。


「明日、雪が落ち着いたら帰るよ。これ以上世話になるわけにはいかないしな」

「ああ」

「ありがとう。……あんたがいてくれて助かった」


エルフは返事をしなかった。

代わりに、暖炉に薪を一本足した。


どこも怪我をしていなかったので、長椅子に毛布とクッションを用意した。

男はそれで十分だと言い、礼を言って横になった。

やがて、規則正しい寝息が聞こえてきた。

エルフは椅子に座ったまま、暖炉の火を見つめていた。


部屋の中にはまだ、焼いた肉と香草の匂いがわずかに残っている。

いつもと同じ夜になるはずだった。

なのに、まったく違う夜になってしまった。


自分で作ったものを自分で食べる。

長い間、それがエルフにとっては当たり前だった。

誰かに食べさせることもできないわけではない。

必要ならばそうすることもある。


だけど自分が美味しく食べるために、誰かが料理をしてくれる。

エルフはあらためて、そのことを考えた。


食べ物は、食べればなくなる。

味も香りも、時間が経てば消えていく。

どれほど丁寧に作ったところで、皿の上からはやがて何もなくなる。


それでも、今夜の料理はただ腹を満たしただけではなかった。

自分のために作られたということが、料理の味と一緒にどこかに残っている。


エルフは立ち上がり、テーブルに近づいた。

きれいに洗われた皿が、テーブルの上に置かれている。

エルフはそれを重ねて棚へしまった。


それから、いつもの煮込みに使うはずだった豆を水から上げて鍋に移す。

明日は少しだけ違う料理を作ってみようと思った。

男が使っていた香草と腸詰肉と豆を炒めてみてもいいかもしれない。

自分の料理を変える必要などないはずだったが、それでも試してみたくなった。


翌朝、雪はすっかりやんでいた。

森は一面の白に覆われ、朝日を受けてきらめいていた。

男は外套を身につけ、弓を背負い、戸口で頭を下げた。


「本当に助かった。教えてもらった通り、森の出口まで一人で行けそうだ。これだけ晴れてるしな。そこから先は街道沿いに歩いて帰るよ」

「足跡をよく見ろ。雪の下に根がある場所も多い。急ぐな」

「わかった。気をつけるよ」


男は少し迷ってから、付け加えた。


「昨夜の料理、食べてくれてありがとう。作ったものを喜んでもらえるのは、やっぱりうれしいな」


エルフは、戸口に立ったまま男を見た。

礼を言うのは男の方なのだろうか。

泊めたのは自分だ。火を与え、寝床を用意したのも自分だ。男が料理をしたのは、その礼だと言っていた。


けれど昨夜の皿を思い出すと、どちらが何を与えたのか、よくわからなくなる。


「……気をつけて帰れ」


結局、それだけを言った。

男は笑い、雪の積もった森の中を歩き出した。

何度か振り返って手を振り、やがて木々の向こうに消えていった。


エルフは男の姿が見えなくなってもしばらくその足跡を眺め、それから戸を閉めた。家の中は静かだった。

台所には男がパンとチーズを食べたあとの皿がきれいに洗われ、伏せられていた。

エルフはしばらくそこに立っていたが、炉に火をおこすと、スキレットを熱して腸詰めと豆を炒めはじめる。


香草を手に取ったとき、昨夜の男の手つきを思い出した。

葉を揉み、香りを確かめ、ほんの少しだけ加えてみる。

いつもとは違う香りが立った。

エルフは豆を一粒とりだし、味見をした。


「……悪くない」


誰に聞かせるでもなく、そう呟く。

ほんの少し、あの男にもこれを食べさせてやれば良かったかな、と思った。


朝食を食べ終え、皿を洗い、鍋を片づける。

窓の外では、雪の重みに耐えた枝がゆっくりと元の形に戻り始めていた。

やがて男の足跡も消えるだろう。


エルフは、そのことを寂しいとは思わなかった。

店の場所どころか名前すら聞いていない。二度と会わない人間だろうし、彼が隣町でどんな料理を作り、誰に食べさせているのかを知ることもないだろう。


それでよかった。


ただ、昨夜の料理の味は、しばらく忘れない気がした。


自分のために作られた、温かい皿。


その日から時折、料理を作る手を止めては、あの男ならこの食材をどう扱うだろうと考えるようになった。

いつか誰かと食卓を共にする日が来るなどとは、まだ思いもしなかった。

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