第59話 魔王の宣告
■ 聖域の破壊と魔王の顕現
「ルシアン、あれを!」
私が指差した先——大聖堂の巨大な十字架の頂点、さらにその上空の暗雲が裂けて光がさす。
大聖堂を照らすその光は、まるで天が私たちを祝福しているように見えた。
しかし――
暗雲を切り裂くような神々しい光の中に、一つの影が浮かんだ。
翼を持った人のような影。
羽ばたきながらゆっくりと降下してくる。
見ているだけで、絶望と恐怖が心の奥底から湧き上がってくる。
その威圧感だけで、兵士たちの膝は崩れ落ちた。
影が大聖堂の屋根に降り立った瞬間、轟音と共に神聖な大聖堂の巨大な石造りの構造が真っ二つに裂けた。
建物は悲鳴のような音を立てながら左右に崩れ落ち、巨大な瓦礫と砂埃を巻き上げた。
私たちは爆風に吹き飛ばされ、広場の石畳に叩きつけられた。
耳鳴りがする中、私はルシアンに抱えられたまま視線を向けた。
大聖堂の跡地、崩れ落ちた神像や聖人の像の破片が散乱するその中心に、黒い翼を持つ男が 悠然と立っていた。
悪魔王だ。
■ 悪魔王の宣告と契約不履行
悪魔王の紅い瞳が私たち二人を見下ろしていた。
「つかの間の幸福は満喫したか?…… 契約の時間だ。エリアーナ」
悪魔王は冷酷に宣告した。
「なっ」
「貴様は私の与えた憎悪の力を使い、復讐を成就させた。にも関わらず、貴様は憎悪を捨て 、愛を選んだ」
「私が選んだのは愛よ!悪魔王」
私はルシアンの背中越しに悪魔王を睨んだ。
「愛? それは 契約不履行だ」
悪魔王は嘲笑した
「代償をもらうぞ。貴様の魂と、貴様の愛する男の魂を代償として頂く」
「馬鹿なことを言うな!」
ルシアンが 怒りの咆哮を上げた。
彼の剣が悪魔王に向けて突き出される。
「貴様が憎悪の供給源を失い、力を失うのが 怖いだけだろう!」
「鋭いな。北の公爵。だが、貴様では私を斬れぬ」
■ 憎悪結界の展開と孤立
ルシアンは悪魔王が物理的な攻撃では倒せない、「概念」に近い存在だと悟った。
剣を振るうも、悪魔王の体躯は空気を切り裂くようにすり抜ける。
「これが 貴様たちの末路だ」
悪魔王は両手を広げた。
大地から黒い瘴気が噴き出し、帝都全体を巨大な「憎悪の結界」で覆い始めた。
人々は結界の中で、過去の裏切りや個人的な恐怖の記憶を繰り返し見せつけられた。
「いやあ!」
「あいつが 悪魔だ!」
民衆は幻影の中で暴れ始め、ルシアンとエリアーナの姿も民衆の目には悪魔王の側近や、契約を結んだ悪魔として歪んで見えた。
「あいつらが 悪魔だ! 聖女様を殺した!」
民衆は瓦礫を拾い、二人に投げつけ始めた。
二人は民衆の支持と現実感覚を失い、完全に孤立した。
■ 大神官の助言
やがて民衆は、互いを悪魔と認識し始め、争い始めた。
もはや、彼らの目には、エリア―ナもルシアンも見えない。
自分以外は、全てが恐ろしく禍々しい悪魔に見えている。
帝都中が、互いに殺し合う、殺戮地獄となっていた。
「くっ 。エリアーナ、立てるか」
ルシアンは、エリアーナを庇う。
「大丈夫よ」
エリアーナは 瓦礫の下に大神官が生きていることを確認した。
「大神官様!」
「ルシアン公爵 エリアーナ嬢!」
瓦礫の下から血まみれの大神官が、辛うじて顔を出した。
「奴の力は魂の結界。貴方たちの憎悪こそがその核だ。力では無理だ」
大神官は苦悶の表情で続けた。
「奴の結界の核は、必ず貴女の最も忌まわしい記憶…… 憎悪の発端にある。魂を分けて奴の領域に潜り込むしかない」
ルシアンは エリアーナと目を合わせた。
「行くぞエリアーナ。魂の深層へ。覚悟を決めろ」
「ええ 最後の戦いよ」




