観測記録23:葉桜光輝編「通信手と忘却の入社試験」(前編)
あの日からずっと俺は「ここ」で家族を守り続けている
普通の生活をさせるために
平和な生活を送らせるために
俺は今日も「ここ」で声を伝える仕事をする
死んだ両親の代わりに俺ができる事はただ、それだけだから
・・
中学三年生の秋
中学生活最後の年。受験やなんだと回りが忙しかった頃に・・・俺は鈴海大社の入社試験を受けた
中学卒業記念とか、誰かから受けろと強制されたというわけではない
ちゃんと自分の意思で受けに行った
今思うと、あの日の決断はとても大きいものだったと感じる
あの日の決断がなければ、あの日の出会いがなければ
俺はきっと、毎日夜遅くまで安い賃金で働いている中卒労働者になっていたからだろうから
そうなっていないのは、俺に声をかけてくれた「あいつ」のお陰だ
「あいつ」のお陰で俺はここで「鈴海大社特殊戦闘課第二部隊所属の通信手」として鈴海大社に所属することができている
残された家族である妹に、ちゃんとした生活を、望んだ生活を送らせることもできている
それだけで、俺は満ち足りていた
「…ここが、鈴海大社」
当時の俺は、初めて鈴海大社に来た為、電車の乗り方や道を書いたメモを握りしめながら大社の建物を見上げていたのをよく覚えている
自分の星紋を使っても良かったのだが、これから試験に星紋を使用するのに・・・貴重な力を消費したらいけないと思って使わなかった
だから、俺にしては珍しいアナログのメモだった
「大社という名前だけど、洋風な建物だな」
「…明治時代に完成した建物を、魔法を使って維持している。と書いてあるではありませんか」
「まあ、そうだけど」
「…わかったならそこをどいて頂けます?ここ、往来ですから…せめて人がいないところで調べ物をしてくださいまし」
「……はい」
金髪を靡かせた女は偉そうな口調で大社の中に入っていく
大社の制服ではなかったな。試験者だろうか
…ああいう気が強そうな女とはあまり関わりあいになりたくないな
そう思いつつ、俺も彼女と同じように大社の施設内に足を踏み入れた
内装は近代化が施されており、少し古い感じもするが全て現役
見慣れないそれに目を奪われつつ、入社試験の受付に向かおうとすると・・・両肩に手が置かれる
「ようこそぉ…す、鈴海大社へぇ…」
一人はとんでもなく恐ろしい笑みを浮かべる鈴海大社の制服を着た赤髪の少年
彼が将来「紅鳥」二ノ宮紅葉だったのは当時の俺はまだ知らない
「ひっ!?」
彼に驚くと、同じく肩に手を置いていたもう一人の少年も驚く
「もう紅葉、さっきも言ったけど受験者は驚かせないでよ」
同じく鈴海大社の制服を着た薄緑髪の少年が赤髪の少年を窘める
彼が将来「風見鶏」地井夜雲だったのはもちろん当時の俺はまだ知らない
…当時の俺は、鈴海在住どころか鈴海の出身でもない
初めて鈴海に来たような人間だったのだから
「俺だって驚かせようとは思っていない。なぜかみんなが驚くんだ」
「じゃあ譲の手伝いをして来たら?」
二人は俺を放置して言い争いを始める
よく見ると両方同い年、みたいだな
こんな若い奴らでも大社の職員に志願するのか
自分だけではないことに、何となく安堵を覚えた
しばらくしても言い争いを続ける二人に、俺はその場にいない方がいいと思い始める
試験受付も有限だ。リミットが来る前に登録してしまおう
そう思って離れようとしたのだが、薄緑髪の少年に腕を掴まれ逃げるタイミングを失う
「それはいいな!でもお前一人でどうにかなるのかよ、夜雲?」
赤髪の少年が薄緑髪の少年を挑発するように顔を近づける
薄緑髪の少年はそれにイライラしながらも笑みを絶やさない
そのかわり、俺の腕を掴む力が強くなる
とても痛い!どんな馬鹿力なんだよ!?
「どうにかしてみせるよ。ほら、いった!」
「わかったよ。ちゃんとやれよ!」
薄緑髪の少年は赤髪の少年を追い払うようにしながら俺の方へ向いた
「…あ、の」
腕を放してくださいと言おうとするが、なかなか言葉にできない
「ほほほほ、本日の受験希望者ですよねぇ?ご案内しますよぉ…!?」
薄緑髪の少年は腕を握る手に力を込めながら、赤髪の少年に負けないぐらいのとんでもない笑みを浮かべていた
こいつら、こういう案内は初めてなのだろう
完全に慣れていないし、なんならその場で帰りたくなる迫力がある
これも試験だったりするのだろうか
いや、違うだろう
こいつらはただ、一生懸命仕事をしているだけだ
それが思いっきりからぶっているけどな!
「…あ、はい」
俺は半分涙目になりながら、薄緑髪の少年が連れて行く方向に足を動かす羽目になった
とりあえず、試験受付まで案内してくれるっぽいし…さっきの赤いのよりマシだろう
「おいおい、夜雲。何してんだ?」
今度は上の方から声がする。もういいだろ。早く受付させてくれよ…お前らのせいで試験受けられなくなったらどうすんだよ
それとも何だ?そういうのが狙いか?
声の先を見上げると、三階でテレビでも見た事もある男性がこちらを見下げていた
「あ、柊さん」
少年から「柊」と呼ばれた男性は、三階のバルコニー?から飛び降りてここに降りてくる
「よっと」
地面に着地する時、軽快な靴の音が空間に響き渡る
あんな高い所から降りたのに、彼はすぐに立ち上がり平気そうな顔をしていた
本土在住の俺でもわかる。彼は春風柊
俺がこれから入社試験を受ける鈴海大社特殊戦闘課
その花形部隊と呼ばれる護衛や警備を専門とした第一部隊の司令官であり、同時に数多の部隊を束ねる総司令官の任に就いている男だ
「紅葉にも言いましたが、受験生を驚かせるような真似は控えてください。柊さん」
「そう言うお前も受験生をいじめる真似は控えろよ。お前はその握力で受験生君の腕を折る気かよ」
「え?」
春風総司令官の指摘に薄緑髪の少年は首をかしげる
その様子を見て彼は額に手をあてて「おいおい」と困惑していた
「無自覚か?お前も譲と紅葉のせいで感覚が毒されてんなー……とりあえず放してやれ」
「はっ、はい!」
春風総司令官の命令ですんなりと解放された腕
まだジンジンするが…骨には異常はない、と思う
「ごめんな。こいつがとんでもない真似をして…こいつの上官には言い聞かせておくから」
「は、はあ…」
「譲嫌がりますよ。ただでさえ柊さんを見たら「漆黒の流星」を見つけたような目をするんですから」
「あはは!昔から譲には滅茶苦茶嫌われてっから気にすんな!」
「むしろなんであんなに嫌われて?」
「んー…目の前であいつの大好きな「家族」を弄んだ上に、大量の「使役魔物」を殺したからかなぁ…」
「そりゃあ嫌われますね〜子供の前でおもちゃを壊すとか、衛生害虫を見せびらかすとか最低ですよ、柊さん」
「そうだな〜」
総司令官という任にあるだけあって人望は厚く、人間性も問題なさそうに感じるのだが…
言葉の節々に違和感を感じる
俺の星紋が警鐘を鳴らしているのも、見落としてはいけない
この男も、なるべく近寄らないで置こう
性格が強い人間とアホと危険人物には近寄らない方が身の為だ
自分がこれから生き残るためにも
「とりあえず、このアホの上官はちゃんと教育しておくから。とりあえず腕に異常がないか確認して貰うために医務室行きな。試験受けるんだろ?」
「はい」
「だったら万全な状態で挑んで貰わないと。なあ、君。少しいいか?」
春風総司令は近くにいた大社の職員を呼ぶ
「君は腕を夜雲の馬鹿力で掴まれていたこの子を一応医務室で診せてきてほしい。その後、異常がなければ入社試験の会場に連れて行ってくれ。えっと…」
春風総司令官は青年の顔を見ながら唸り始めた
どうやら名前をど忘れしてしまったらしい
「王寺神人です。春風総司令」
「ああ、伊奈帆の秘書官か…なんかいつもすまないな。お前の事だけはすぐにド忘れしてしまうんだよな…?」
「まあ、能力の関係でそういう仕様ですから。春風総司令官はこの子の試験受付を代役でお願いします。受付が終了する前に」
「任された。ええっと、名前は?」
「葉桜、光輝です。これ、事前資料…」
「葉桜君ね。事前書類も預りました。手続き終わったら、医務室に受験票持って行くように伝えておくから」
「ありがとうございます」
「では、行きましょうか」
王寺は俺の背中を押し、進行方向へ歩かせる
後ろを振り向くと、笑顔で手を振っている春風総司令官と両手を合わせて申し訳なさそうにしている夜雲と呼ばれていた少年が見えた
「またね」と聞こえたのはきっと気のせいだ
俺は王寺さんに連れられて、医務室がある方向に向かって行った
・・
薄暗い長い廊下を歩く
青年は俺の隣を歩き、俺は挙動不審に周囲を見ていた
廊下には何枚かの絵が飾られている
リンゴの絵、森の絵、魚の絵…統一感のないそれらは疑問を抱かせる
この先にはちゃんと医務室があるのか
この絵を飾った人は、どういう意図があって飾っているのかとか
どうでもいい事をずっと考えてしまう
「いかがされましたか?」
その様子を不審に思った王寺さんが俺に声をかける
「…いえ。絵を見ていただけです」
「そうですか。貴方の目に何か反応がありますか?」
「…どういうことですか?」
「この絵、医務室の主任が趣味で集めているんです。しかも曰く付きものばかり」
「…では、ここに飾られている絵はすべて「呪いの絵」という事でしょうか?」
「正解です。一応封印はしていますが、いつ壊れるかは大社の職員でもわかっていません」
「…そんなもの、飾っていいんでしょうか」
「いけませんよ。普通は。卯月先生の趣味は正直よくわかりません」
「はあ…」
目は異常を感知しない
確かに、王寺さんの言うとおり…壁に掛けられた絵は全て呪われた絵だ
しかし呪いが漏れ出す兆候はない。安全と言えば安全だろう
問題があるとしたら、この悪趣味極まりない真似をしている医務官とこれから俺は相対し、検査を受けることになる部分だろうか
「…あの」
「なんでしょうか」
「…俺、無事に帰れますかね」
「それは君次第でしょうね」
「えぇ…」
最終的には突き放されるような物言いをされた後、俺は医務室に足を踏み入れた
しかしそこからの記憶は一切ない
何があったのかよくわからないまま
……気がついたら俺は、医務室のベッドに、傷だらけで横たわっていた
・・
目が覚めて、問診を軽く受けた後
俺は既に入社試験を受けており、その試験はもう終了していることを告げられた
「面白いことをするな、君も。身体型の星紋を使用するが、その能力は戦闘向きではないじゃないか。君が試験を受けたのは何課だ?特殊戦闘課。戦うための部隊だ。非戦闘員である君が受けていいものじゃない」
「…把握、しています」
「じゃあ新手の自殺か?自殺現場に大社を選ばないでくれるか?」
「…そんなつもりは、ありません」
「…ま、どちらにせよ君は不合格だ。動けるようになったら帰りたまえ」
試験前に腕を見てくれた先生と同じ人が問診も担当してくれた
勿論、こんな事を言われるのは理解している
わかっていても、俺にはここしか道がなかった
大社に入社試験があるのは「特殊戦闘課のみ」
戦闘能力が要求されるここで、自分の能力が使い物にならない事は分かっていた
それでもやらなきゃいけなかった
その道しか、なかったんだ
「伊更、いるかい?」
「いるが…仕事中だ。また後にしてくれ」
「後じゃ駄目なんだよ。君のところにあの目に星紋が宿った情報収集型の能力者が運ばれたと聞いてね。まだ帰っていないよね?もう帰っちゃった?それとも寝ている?」
「帰っていないが説教中だ」
「気持ちはわかるよ。彼は戦闘向きの能力者じゃない。あの試験を受けるのは自殺行為みたいなものだけど…戦いぶりからして手段を選んでいられないのは見て取れた」
「…それで、何をしたいんだ?」
「その子の面談を行いたい。勿論、大社の司令官権限でね」
「…前言撤回だ。帰るな葉桜光輝。第二部隊の司令官がお前をご所望だ。立ち上がれるならこいつについていけ」
「へ?」
「カーテン、開けてもいいかな?」
「も、勿論です」
カーテンが心地よい音を立てて、勢いよく開かれる
その先にいたのは鈴海大社の制服をきちんと着ている同世代の少年
青みがかかった白髪を揺らし、紫紺の瞳は俺をまっすぐと見据えてくれる
その胸には特殊戦闘課の司令官がつけることができる勲章と、トレードマークと思わしき羽が揺れていた
俺の情報が間違っていなければ、目の前に立っているのは…
「…君は?」
確認のために俺は問う
目の前の少年は、顔に笑みを作って名乗り始めた
「はじめまして。僕は椎名譲。鈴海大社特殊戦闘課第二部隊の司令官をしています。君に会いたくて探していたんだ。帰る前に会えてよかったよ」
やっぱりあの椎名譲だ
中学三年生にして、鈴海大社特殊戦闘課第二部隊司令官の任に就いている人だ
通称「青鳥」
鈴海に幸福を運ぶ存在として鈴海の人間からは認知されている
大社の人間では春風総司令官の次に有名な存在だろう
そんな有名な人がわざわざ探してまで俺に何を聞きたいのだろうか
全く予想がつかないが…これこそ、俺の人生を大きく変えた出会いの瞬間だったことを、今は断言できる
幸福を運ぶ青鳥は、俺にも等しくチャンスという名の幸福を運んできてくれたのだ




