14仲介されたい人
場所を変える、と言われて。
言葉の裏に何があるか珍しく考えることもなく、頷いて。
わりと視線を集めながら連れ立ってギルドを出て、辿りついたのは路地をいくつも通った小さな魔道具屋の裏手。
隠れ家酒場。まさしくそのど真ん中を行ってそうなそこに、ラーシュは私を誘った。
店内は狭い。カウンターと、テーブルが二つ。あとは奥の小部屋らしきところ。
照明はかなり落してあって、初対面の女を誘うにしては随分艶っぽい場所だ。まぁ、本人には全くその気はなさそうだけど。
話をするんだったらカウンター以外に通されるんだろう。そう思っていたら、カウンターの横手にある階段を上って、屋上にある屋根のついたソファー席へ。
何だかやたらと雰囲気のいいシチュエーションに戸惑う私を気にすることなく、彼は何かの魔道具を手に取った。
「適当に辛めのボトル。つまみは肉以外で」
無線のような四角いものに向かってそう言うと、小さく了承の言葉が返ってくる。
ああ、内線のようなものがあるのか。もしかして魔道具屋と経営者が同じだったりするのかな。見渡してみると色々な魔道具がある。
ためしに内線もどきをちらりと視てみると、わりと高価な魔道具だとわかった。
酒場自体も安くはない見た目をしているし、この席は密談向きの席なんだろう。屋外で密談というとおかしな感じもするけど、何気なくラーシュが取った内線の横には防音の魔道具がある。
そこまでして、私に雇ってくれというのはどういうことだろうか。
黙ってついてきたけど、意味がわからない。いきなり売り込みをされても反応しきれない。
そもそも私は無防備過ぎじゃないだろうか。ある意味密室のようなものだし、一応貞操の心配でもした方がいいんだろうか。今更過ぎるけど。
「……煙草吸ってもいい?」
「は? 俺も吸うけど」
答えを探しても、よくわからないものはわからない。観察しても、読み取れる裏もない。
何だか色々勘繰るのが面倒になって、とりあえず一服したくなった。
余程ギャップが大きかったんだろう、間抜けな顔すら男前という技を披露してくれたラーシュが一拍遅れてポーチから小箱を取り出した。
黒い革のポーチは違和感なく彼の格好に合っている。おそらく空間系の魔道具だろう。
舌打ちをひとつして火種を起こすその姿に、それでいいのかと突っ込みたくなったけど我慢した。生活魔法ができるようになるのはかなり早い段階だから、その人の子ども時代についても考察できる気がする。ラーシュは不機嫌な子どもだったんだろうか。
重い煙の香りが、どこか甘酸っぱい香りと絡む。屋外だから篭らず流れていくそれは、癖があるけど嫌いな香りじゃない。
お互いしばらく無言で煙を燻らせて、席にあった灰皿に灰を落す。
「それで、何でいきなり雇用の話に?」
ギルドの酒場でも煙草を喫っている人はいたし、わざわざ喫煙を楽しむためにこんなところに来たわけじゃないだろう。
周囲の目があるところで言えない事情。それは何だろうか。
とん、と灰を落とした煙草を深く吸ってから、どこかだるそうに彼が口を開く。
「お前、ギルドに指導者の仲介頼んでんだろ」
「ああ……一度期限は切れたけど、継続してるよ」
「それ、俺にしろ」
「うん?」
雇えとか言うから何かと思ったら、仲介か。
今更何を、と思わず呆れてしまう。私が仲介を出してからもう一ヶ月半だ。受けてくれるならもっと早くそう言ってくれればいいのに。
仲介のことを知っているなら、一度話はあったはずだ。それなのにどうして私に話を通すんだろう。指導者をやってくれるならそのまま頷けばいいだけなのに。
まともに知り合ったのは今日なのに、もっと早く言えなんて私も勝手なことを思う。同時に、彼も変なことを言う。
「ギルドのランクアップの要件に必要? そんな指定あったかな」
ラーシュは確か今Dランクだ。もう少しでCランクだと双子のパーティーのお姉さんが噂していた。
Cランクに上がるためには、試験に加えてギルド指名で受ける格安報酬の護衛依頼、それと数回討伐依頼を受ければよかったはずだ。
普段遠巻きにされても我関せずで淡々とギルドで手続きをしているのを見る限り、わざわざ誰かにつきっきりで世話を焼く仲介依頼をやりたがる性質には全く見えない。
それなら強制されていると考えるのが普通だ。
「特例だな。悪い意味で」
「……もしかして、護衛とは別に新人教育が必要なの? 習練場じゃなくて仲介頼む人ってかなり少ないのに」
なんせ仲介にはお金がかかる。元から資金のある新人が頼むのが殆どらしいけど、そんな類の人は少ない。
貴族崩れか商会の息子か。どちらにせよ、冒険者に憧れて登録したクチが多いと聞いた。
彼の言う通り、特例にしては性質が悪い。
「俺みたいなのは前例がないらしいからな。まぁ、元の所属から横槍入りまくってんの押しのけて登録させたんだから、それくらいはやる」
「結構律儀なんだね」
「馬鹿言うんじゃねえ。砂漠の男は義理堅いんだよ」
砂漠の男。道理でエキゾチックな雰囲気がすると思った。
彼のように明るい褐色の肌を持つ人はあまり見かけない。というか、よく考えたらいない気がする。
この四大陸は、それぞれが少しずつ気候が異なり、特徴的なスポットがひとつずつある。
一の大陸は大森林、二の大陸は大砂漠、三の大陸は大山脈、四の大陸は大氷河。
砂漠、と言えば二の大陸にしかない。迷宮に疑似的なものはあっても人が住む砂漠はそこしかないと、ベルナンド老がくれた本に書いてあった。
普通の人生を送っていたら、生まれ育った大陸を出ることはあまりないらしい。
二の大陸の砂漠出身で、一の大陸の元Sランク冒険者で、三の大陸のDランク冒険者。
彼がどういう人生を歩んできたのか、気軽に聞くにはまだ全く親しさが足りないだろう。
それよりも彼を知りたい、と思う自分に驚いてしまう。
どうして、この人がこんなにも気になるんだろう。
彼は確かに魅力的だ。その容姿も声も雰囲気も、おそらく付随する実力財力も。
敬遠する人も多いだろうけど、近づきたいと思っている人はきっと多くいる。
ただ私は外見重視の簡単な女じゃなく、もっと面倒な思考をしていると自覚はしている。
元の環境のせいか、何も考えずに人に近づこうとしたりはしなかった。観察に観察を重ねて、その結果誰とも心を曝け出すような深い付き合いをしなかったくらいの人間不信がかったぼっちだった。
全く、謎だ。自分のことなのによくわからない。
考えに浸りそうになった途端、屋上の入口がノックされる。
一声かけたラーシュに応えるようにして、カウンターにいたマスターが入ってきた。その手にあるのはフルボトルのワインとグラス、いくつかのつまみを盛り分けたプレート。
静かなサーブに軽く礼を言うと、マスターは無言でありながら無愛想に感じさせないという地味に凄い技を見せてすぐに屋上から出て行ってしまった。
「あ、注ぐよ」
「おう」
普通に手酌をしようとしたラーシュを留めてグラスにワインを注ぐと、目で感謝された。
言葉に愛想はないけど、彼の目はわりと感情を乗せているから何となくわかる。
「あなただったら指導を受けたい冒険者はたくさんいそうだけど」
中断していた話を戻すようにして、グラスを持ち上げながら首を傾げる。
何て言っても、元Sランクだ。学ぶものは大いにあるだろう。
いくら普段遠巻きにされているとは言え、正当な理由がある新人くんなら近づきたいと思うんじゃないのか。
「ねぇだろ。俺の経歴考えろ、事故物件みたいなモンじゃねえか」
グラスを置いてまた煙草に火をつけるラーシュは、とても苦々しい顔でそう吐き捨てる。
もしかしなくても……
「仲介依頼、まさか失敗した?」
「その前の段階。俺が受けた次の日に仲介は取りやめになった。もっと普通の冒険者希望なんだと。知らねえよ」
「ああ……」
ああ、普通の新人はそう思うのか。憧れより先に引いてしまうと。
確かにそうなのかもしれない。中級冒険者に頼んだはずなのに、出てきたのが元Sランク、なんて。
ファルクで彼を知らない人もそれほどいないし、いたとしても仲介をしているギルドから彼のことを聞かされる。普通は尻込みもするし、一緒にいるのは気力がすり減るんだろうか。結果、ギルドも仲介しにくいと。
有名税というには、少々つらい事態だ。それを達成させるには、彼のことを気にせず長期間過ごせる新人冒険者が必要不可欠となる。
こうした席を設けたのは、そういうことか。ようやく腑に落ちて気が楽になる。
彼が私に話しかけたきっかけはあのざわつきでも、理由としてもこっちの方が大きいだろう。
私はまだEランクの昇格を済ませていないし、昇格したとしても初級冒険者の内は新人と言ってもいい。ちょうど条件が合致していたということか。
こういうはっきりとした打算があった方が安心してしまうのは、育ってきた環境のせいだろうか。
厚意を受け取るのに慣れていなさ過ぎて自分でもおかしくなる。
ワインを一口。やや辛口で香りがいい。
カルパッチョのような白身魚をつまんで、向かいで煙草を喫う彼をちらりと見る。
「私の出した条件、読んでくれた? 一応魔法士の冒険者を希望してるんだけど」
「それ、必須じゃねえだろ。だから俺にも仲介の声はかかった」
「……ちなみにあなたの相棒は新人教育できたの?」
「あいつはこの間依頼失敗してたから、まだ。仲介された新人、地獄だろうな。まぁ俺より酷けりゃギルマスが何か考えんだろ」
煙を吐き出した彼が、目で“乗り換えるのは認めない”と却下してくる。
私だってそこまで言われる相手を紹介してほしいなんて言わない。その前に自分を売り込んでいる相手に別の人の紹介を頼むなんて、恥ずかしい事はしない。
あの佳人に教育される新人さんは大変そうだとは思うけど。
軽く息を吸う。
仲介、大いに結構だ。望むところ。でも、私には色々と問題がある。
「あのね、ラーシュ。私ド田舎出身で相当世間知らずで色んなこと質問するよ」
「構わねえ。ただ同じこと何度も聞くな」
「それは大丈夫。あと戦闘スタイルがあなたと全然違う」
「お前の提示する条件は戦闘指導より冒険者全般の指導だろ。立ち回りくらいは教えてやる」
「ありがとう。それとかなり秘密が多めだし、時々とんでもなく運が悪い」
「何とかなんだろ。つうか、する」
よどみなく返されていく、私の疑問という形を呈した不安。
本気で何も心配することはないと言われている気分になってくる。
この人は私に関わりたいと思ってくれている。
例えそれが自分のためだったとしても、私自身を必要としている。期間限定でも私の傍にいてくれる。空想の中だった誰かとの冒険が叶う。
それがたまらなく嬉しいと思ってしまう私はお安い女なのかもしれない。
「じゃあ、ギルドに頼んでみる。それともあなたが依頼を受ければいいだけ?」
「お前は何もしなくていい。ギルドから言われた時に断らなけりゃ成立だ」
「そう。これからよろしくね」
これも縁だろう。
自称事故物件と、他称没落貴族令嬢。傍から見れば関わりたくない二人組の完成だ。
「ああ」
どことなく、満足そうに目を細めたラーシュ。
何故か少しだけ、甘い色気を感じたのは……まぁ、気のせいだろう。




