13お約束に現れる
本日、【奇運】さんが絶好調のようだ。
酒場の王道、と言ってもいいだろう事態が誘発された。
初体験から数回双子とそのパーティーの女性達と飲んだから、ひとりでもいけるかと思ったんだ。
もういい加減、ファルクを本拠地にしている冒険者なら私に慣れて風景のように扱ってくれるかと、思った。
「こっち来いって、あんた新人だろ? 色々教えてやっからよ」
「いえ、パーティーの皆さんと一緒にいるところを邪魔したくはないので」
「邪魔なんかじゃねぇって。別嬪の酌がありゃ酒がまたうまくなるってもんよ。なぁ?」
「おお、そうだ。ほらここ座れって」
でもよく考えたら、貴族的なところを抜かしたら私は“妙齢のソロ初級冒険者(容姿は上々)”だ。
酔って楽しくなっていたら、絡みたくもなるだろう。絡む以上に、その先を狙っていることは視線で丸わかりだけど。
男のチラ見は女のガン見、という言葉があった気がする。あの法則で行くと向こう的にはやや好色そうな視線だけど、私にとっては舐め回すように視姦されているのに等しい。勘弁してほしい。
さて、どうしようか。
当然、言われるまま向こうのテーブルについたら、そのまま酔い潰されてお持ち帰りされてしまう。まぁ私はそうそう酔わないけど、全く楽しく飲めない。
酒場の給仕さん達は気付いてはいるようだけど、基本的に酒場の諍いに仲裁に入るのは得物を抜いた時くらいだろう。
冒険者になっておいて、男性に絡まれているので助けてくださいなんてギルドに泣きつくなんて有り得ないだろし、そもそもそこまで困ってはいない。
このまま立ち去るにしても、穏便には無理そうだから半ば無理矢理になるだろう。酒場で騒ぎを起こすなんて面倒物件の要素を増やしたくないし、まだ頼んだばかりのエールとエドおすすめ腸詰のバラエティセットがある。
普通に交流がある冒険者だったらまた違うんだろうけど、私にはちょうどこの場に居合わせて助けてくれるような仲間もいない。だいぶ悲しい。
正直、どこをどうしても面倒だ。
カウンターに座っておいてよかった。勝手に席につかれて飲み始めたらたまったもんじゃない。それでも隣で騒がれると鬱陶しいことこの上ない。
「ひっさびさにファルクに戻ってきたらこんないい女がひとりでいるんだもんよぉ。勿体ねえって」
「どっかの囲いモンじゃねぇのが不思議だよな」
黙って曖昧に微笑んでいると、ポジティブ解釈をした酔っ払いのひとりが果敢に攻めてくる。
ああ、肩を抱かないでほしい。息を吐きかけないでほしい。髪を触らないでほしい。
「なぁ、もっと上のランクに上がりてぇだろ? オレらについて来いって」
「何せ俺らはBランク目前だせ。お前のランクくらい簡単にあげてやるよ」
「代わりに夜はたっぷり奉仕してもらわねぇとなぁ」
「ぁあ? 何言ってんだ、俺らがやるっつったら朝でも昼でもだろうが」
「しかも人数分な」
「こりゃ重労働だわ」
下品な笑い声に囲まれながら、エールが半分程残ったジョッキに目を落す。
これで隣の男を思い切り殴ったとしたら、鼻の骨くらい折れるだろうか。
冒険者にとって、いわゆる寄生行為は嫌われている。ただ禁止はされていないのでやる人はやるし、パーティーの情婦になってランクを上げる女性もいるとは聞いた。
まさかそれを、私に勧めてくるパーティーがいるなんて夢にも思わなかった。良くも悪くも貴族疑惑があるからその系統の話は出ないと思っていた。
聞くに堪えない。よし、騒ぎが起きてもいいから立ち去ろう。
そう思ったところで、逆隣りの椅子が大きな音を立てて引かれた。
まさかこっち側にも居座って包囲するつもりか…………って、え?
「は?」
酔っ払いの誰かの声が妙に響いたのは、全員同じ心境だったからだろうか。
ジョッキの取っ手を掴む骨ばった長い指。中指から甲にかけて、更にその先まで繋がっていそうな刺青をしている手。
ブーツからトップスまで、全身黒なのに全く地味なんて印象のない、むしろそれが反って印象を深めているような人。
長い足を窮屈そうに組んで、頬に落ちかかる砂色の髪を掻き上げて、とても深い紅玉色の目を私へと向けて。
「ン」
ジョッキを近づけて二度振る。
ほとんど意味がわからないながらもとにかく助け舟だと思って全力で乗らせてもらう。
手元のジョッキを持ち上げて下の部分を軽く打ち合わせる。
ガラス製じゃないし、いい音はしないけど何だか楽しい。
申し合わせた訳でもないのにお互いに大ジョッキということに気付いたけど、スルーした。
「……それで、お前らは? この女に何の用だ」
とてつもなく腰に来る、低音のハスキーボイス。
耳元で囁かれたらやばそうだ。物凄く雰囲気に合っている。
表には出さないようにその声の響きを楽しんでいると、私に触れていた男達が一斉に引く。
しどろもどろとよくわからない言い訳をした後、近くのテーブルにあった荷物を慌ててまとめて料理をそのままに逃げて行った。酒が入っているとは思えない早さだ。
「ありがとうございます……」
「いや」
それだけ言って、ジョッキを煽る彼は……いや、彼こそ私に何の用なんだろう。
ひとまず腸詰の皿を取りやすいように真ん中に寄せる。
軽く瞬きをした彼がフォークを刺して激辛の腸詰を口にした。
ああ、この人きっと結構口数少ないタイプだ。必要なことは話すけど、それ以外は視線とか軽い表情の作り方で会話する人。
さすがにこうやって対面するのが初めてだから口頭の会話多めだと助かるんだけど。初回だけのサービスでもいいから。
「それで、あなたは私に何の用が?」
とんでもなく辛いはずの腸詰を平然と咀嚼した彼が、顔にかかる髪を適当に掻き上げる。
そしてゆっくりと、見下ろすように私の目を覗き込んで。
「お前は、何なんだ」
瞬きを、ひとつ。
…………それは、私は聞きたい。
【奇運】さん、何だかよくわからないけど今日は働き過ぎ。
ひとまず、残ったエールを飲み干す。
さすがに追加注文に行ける雰囲気じゃないので酒泉の杯をこっそり出してジョッキに何度も注ぐ。
よく考えるとこんなことやっていい雰囲気でもなかったけど、私は多少なりとも混乱しているらしい。
やけに杯を気にする彼の方を見もせずに、私は五杯入れたジョッキを傾けた。
「……質問の意味が、よくわからないのですが。私はあなたに何かしましたか?」
「いや。俺にも寄越せ」
「強い方がいいですか」
「甘くなけりゃいい」
もうジョッキを飲み干したのか。
見た目通りお酒が強くて酒好きなんだろう、彼がどことなく嬉しそうにジョッキを寄せてくる。
自分で飲んでいるよりも辛口で爽やかな風味のものをイメージして同じように五杯注ぐ。
さっそく一口含んだ彼が、口の端を僅かに緩めた。
「うめえな」
「どうも。それで、何もしていないのに“何なんだ”とはどういうことでしょう」
「俺もわからねえ。ただ、お前を見るとざわつく」
だから、何が。
何を思って接触したのか、本人でもわからないのに私にどうしろと言うのか。
ただ飲み友達になればいいのか。いや間違いなく違うだろう。
香草を練り込んだ腸詰を一口。やや冷めてしまったものの、芯はまだ熱く、噛んだ途端肉汁が溢れてくる。
どんな状況でもおいしいものはおいしい。注ぐお酒をもう少しピリリとくるものにしておけばよかったか。
「私に対するその感覚は、あなたにとって不快ですか?」
「いや」
あっけらかんと首を振る彼は、ただ知りたいだけなんだろう。
おそらく最初から、その感覚はあったんだ。だからこそ不審の雰囲気を纏わせて私を意識していた。
何度もすれ違って、その度お互い視線を向けるだけ向けて。
「なら、別にざわついたとしても気にしなければいいんじゃないですか? 私は特に気にしていないですよ」
「お前だって俺の方見てんだろ」
「あなたみたいなインパクトのある人に注目しない人の方が少数です。それに、見られていると気付いてしまうので」
つまり、あなたが見るから余計に意識して視線を向けてしまうんですが。
そういう意味をたっぷり込めて溜め息をつくと、微かな笑い声。それすら腰に来る。何なんだこの人は。
「そりゃ悪いな」
「最初、私の顔を見て不快になっていたようですが、それとは別なんですか?」
思い切り踏み込んで聞いてみると、彼はジョッキを大きく傾けて一気にお酒を嚥下した。
「貴族にはとことんいい思い出がなくてな。まぁ、違うみてえだが」
「あいにくと姓を賜ったことは今生一度もありませんね」
コーサディルにきて私は再構成された。それは生まれ変わったと同義だろう。
身許不明で誰の腹から生まれたかも絶対に調べることはできない。貴族どころか下手したら平民以下だ。
「血親が厳しかったんですよ。偏屈で優しい超人で」
「意味わかんねえ」
「説明するのが難しい人です。故人ですが」
数瞬の間。それだけで私の境遇をそれ以上聞くつもりはなくなったんだろう。彼がジョッキを寄せて催促してくる。
それに従って、今度は酸味の強いシャンパンをイメージして杯に魔力を注ぐ。
湧き上がる微粒の気泡を見て、彼が不思議そうに目を瞬かせた。
「何だこれ」
「弾けるワインですね。クセになりますよ。飲めます?」
私の出したお酒をためらいなく飲むこの人は、警戒心がないわけじゃない。
むしろ自然体のまま、常に周囲の気配や空気を読んで、外敵がいないことを確認している。
観察癖がないと気付けない程、何となしに行われる警戒。最初に私がお酒を注いだ時ですら、目でお酒とジョッキを見て、注がれる音を聞いて、においを嗅いで、といくつかの過程を経ていた。
おそらく無意識になる域まで癖がついているんだろう。もしかしたら、貴族が関わってそういう癖が形成されたのかもしれないけど、そこまでは触れない。
ただ、この人も相棒共々生きにくそうな人だとは思う。
「注げ」
「はい」
できればそのまま飲んでくれた方が泡の肌理が潰れなくておいしいと思うけど、それも言わない。
言われるまま、一杯だけ注ぐ。不満そうな目を向けられたけどそのまま視線でぐいぐいと勧める。
仕方なしにジョッキを煽った彼が、今度はわかりやすくおもしろそうな顔をして笑った。
「悪くねえ。確かに一気に飲むモンじゃねえな」
「でしょう? シースラッガーの蒸し焼きと合いますよ、きっと」
「わかってるじゃねえか。お前、名前は?」
「今更聞きますか。ハイネです。あなたは?」
「あ? 知ってんだろ」
「人づてには。でも個人的に、自分が名乗っていないのに初対面の人から知った風にいきなり名前を呼ばれるのって嫌なんですよね」
同じように、自分個人として交流がないのに自己紹介もせず人の名前を呼ぶのは嫌いだ。
元の生活では家の繋がりが多くて日常茶飯事だったけど、嫌なものは嫌だった。
私の名前を呼んで親しげに隣に立ち、家の恩恵を与ろうとする輩。それとは逆に、私に名前をつけたのに呼びもせず個人として認識しない肉親。
おかしな世界だった。久々に思い出すと、今でも少し息苦しい。
「変な女」
「個人の自由の範囲で好きに生きたいんです」
「だが、いい女だ」
「は?」
何言ってんだこの人。
「ラーシュだ」
「あ、はい。ラーシュさん」
さらっと流してまた辛目の腸詰に手を出す彼についていけない。
いきなり何を言い出すんだ。まだ素面の段階だろうに。
というか、意外に喋ってくれるな。話好きではなさそうだけど、思ったよりも無口じゃない。助かるけどわけのわからないことはやめてほしい。
「敬語もいらねえ。遜った奴は鬱陶しい」
「は? ラーシュさんはだいぶ年上のようですが。それに冒険者としての立場とか」
「別にいいだろ。つうか、俺はまだおっさんじゃねえ」
「私はまだ十代です。気にしないのであれば普通に話しますが」
「そうしろ」
何だか、こういう少女漫画があった気がする。
変わった女に興味を持ってドツボに嵌っていく超人系イケメンと、無自覚に新鮮な価値観を植え付けていく平凡な女の子。
まぁ、この場合はシチュエーション的にアウトだ。何て言っても酒場でお互いに大ジョッキを持って腸詰をつついている状態だ。ここから何が生まれるというんだ。そして私は無自覚でも平凡でもないし、彼だっていきなりドツボに嵌るようなちょろい男じゃない。更に言うなら、恋愛の雰囲気を欠片も感じなかった。
流そう。早々にスルーでいい。向こうも何もなかったように平然としているし。
「じゃあ、お言葉に甘えて。話戻す?」
「お前を見てたことか? もういい」
「いいって……」
あなたがよくても私は訳がわからないんだけど。
思い切りじと目で見てやると、彼がまた乱雑に髪を掻き上げる。
覗いた耳を飾る数多くのピアスが、彼の雰囲気にとても似合っている。
「近づいて目ぇ合わせりゃざわつかねえ。むしろ、気分がいい」
髪に触れた手で私の顎を軽く掴む。
何気ないその仕草だけで、彼がひどく女慣れしているのがわかる。
覗き込むようにされて、半ば強制的に至近距離での対面。
「ああ、そうだ。最初からこうしてやりゃよかったんだ。きっとお前だ」
意味がわからなくて眉をひそめてしまう私に、彼が笑いかける。
とても嬉しそうに。にぃ、と口の端を持ち上げて。匂い立つような色気が漂わせて。
いきなり何なんだ。勝手に納得しないでほしいんだけど……とりあえず。
「出会いがしらにこんなことされたら逃げるよ。いくら顔がよくて強くても礼儀知らずは駄目」
「本気でする訳ねえだろ」
少し待ってほしい。一体どんな雰囲気なんだ。
いくら考えが顔に出づらいと言っても限界があるし、人並みかはわからないけど羞恥心だってあるんだけど。
「ラーシュ、やめて」
わずかに目を眇めて窘めるような声を出すと、あっさりと彼の手は離れた。
おそらく、これは気に入られたと言う事だろうか。嫌われるよりはいいけど、彼の行動原理がわからない。
気まぐれ、というか彼の中で色んな行動指標があるんだろう。おそらく理詰めより勘で動くタイプだ。
「お前の目、いい色してるな。気ぃつけろよ」
「あなたのバディに? 残念だけどもう“欲しい”って言われた」
「今はあいつと組んでねえ。ギルマスから上級になるまで禁止されてるからな」
「色々制約もあるんだね。でも、話くらいするでしょ? 気に入っても抉らないでって言っておいて」
「魔物の変異種か希少種の目でも投げつけとけば満足するぞ、あいつ」
「ふふっ、用意しておく」
楽しそうに、掠れた笑い声が響く。
あの物凄いインパクトのある佳人と組むだけはある。ラーシュは中々に癖が強い。
最後の腸詰を口に入れながら思う。
こういう人と、世界を歩むのも楽しいだろうなと。
まぁバディを組んでいるし、そもそも現時点でも中級冒険者、すぐに上級にあがるだろう人だ。きっとこの人も私の傍にはいてくれないだろう。
親しげにされると勘違いしそうになる……
「あれ?」
初対面の人に親しげにされるのは、嫌だ。過度の接触をしてくるなんてもっての外。
そう思っていたはずなのに、今私は全く不快になっていない。それどころか彼と冒険をするところまで想像してしまった。
エドやセドと何が違うんだろうか。強いから? 現時点でソロだから?
よくわからなくて首を傾げる私に、ラーシュが片眉を上げて疑問を示す。
さすがに“あなたが不快じゃない理由を考えている”なんて言えるはずもなくて、私は残ったお酒を飲みほした。
「私そろそろ帰ろうかと思うんだけど、ラーシュは?」
「ハイネ」
低く、ハスキーな声が私の音を作る。
思ったよりもずっと破壊力がある。色気的な方面で。
「なぁに」
不思議と甘ったるい声になってしまった自分の返答に内心呆れていると、彼はゆっくりと口を開いて。
先程よりも更に近く、私の傍で囁いた。
「お前、俺を雇ってみる気はねえか」




