二人の太陽 5
暗雲渦巻く天空を夥しい数の悪魔たちが飛翔する。
手一杯だ。こいつらまで相手にしないといけないのか。
この要塞都市バストヘイムは崩壊してしまった。城壁には大きく亀裂が入り崩れ、今や人々に瓦礫の雨を降らせている。
「アバニッシュ様、お隠れを!」
「そのように言われてもどこに隠れよと言うのだ。諸君らは先に将軍の安否を気遣いたまえ!早く行くのだ!」
この要塞を破壊した主は大きくうねりながら地表を進んでいる。大きすぎて全容を把握できない。大きなミミズだ。とても大きなミミズがこの要塞をまるで砂浜に作った砂の城のようにいとも簡単に破壊する。
「帝国の名を汚すな!勇ましく戦え!」
他の使者たちも戦列に加わる。どれも中々の魔道士たちである。しかし、あまりに分が悪すぎる。地上には大ミミズ、空には悪魔の群れ。それに対しこちらは殆どが歩兵だ。空からの強襲に対応できるような訓練など受けた者はいるはずもない。
我々もだ。いくらなんでも空を飛ぶ敵を想定した訓練は受けていない。
天空を雷光が疾走する。獲物に命中するも、煙を上げながらこちらに向かって落ちてくる。
「アバニッシュ卿!」
落ちてきた悪魔を巨大な水の塊が受け止める。私は空の悪魔を撃退するのに精一杯であった。
「レイン君か!君も魔法が使えたとはな」
「そんな事は今はいいでしょう。次が来ます」
レイン君が水の塊を悪魔たちに向けて放つ。標的に命中した後に破裂して、辺りに降り注ぐ雨。大きさの割に速度がなく大した威力はないようだ。しかし……。
「私の雷が加われば!」
私はクモの巣状に張り巡らせた電流を濡れた羽根の悪魔たちに向ける。電流は広く、そして早く広がり悪魔たちを感電させる。素直な魔力だ。私の魔の雷を遮らずによく通した。
「リベラーシュ!こっちに来い!」
私の同僚を呼ぶ。彼女は氷結魔法が得意なのだ。
「レイン君を中心に連携を取るぞ!準備しろ!」
「アバニッシュ。この男使えるのか?」
「今、見たとおりだ。私が風で後押しする。だから手を貸してくれ。あれを本国に持ち帰ろう。なるべく無傷でな。標本になるように綺麗に殺すぞ」
「外すなよ。私の力では水なしで凍らせるまでは出来ないぞ」
「外しません!」
レイン君が今度は水の塊をカーテンの様に広げ放つ、それは遅いが問題ない。
私の風の乱気流で空飛ぶ獲物をカーテンの中へと誘い込む。獲物は空中の自由が思うようにきかずにカーテンに包まれ、そして凍結した。
「よし。リベラ―シュ。君はハイベルたちと早速、本国に帰ってくれ」
「アバニッシュ!こんな場所に義理立てすることはない!」
「そうもいかないさ。友人がいるのだ。私は彼をここから逃がしたい。レイン君も連れてかえるつもりだ。この国には不要な人間だ。一足先に帰っていろ」
同僚にそう吐き捨てると私は友人の居場所を思いつく限り考える。どこにいるのだ。
「アバニッシュ卿!何を!」
私はレイン君の手を引っ張るとすぐさま要塞最上部へ向かい走り始めた。まだ崩れていない。あそこに将軍と共にいるのだろう。何としても友を助けたかった。
「アバニッシュ卿!自分で走れます!」
そう叫ぶレイン君の手を離す。彼に言われたからではない。迫りくる悪魔に雷撃を浴びせるためだ。
私はアイン君を連れて元は要塞であった。瓦礫の上を飛び跳ねながら目的地まで直走る。レイン君は当然、ついて来れないので私の風で運びながらだ。
眼下では兵隊たちが地上のミミズに蹂躙されている。
あんな物と戦うつもりは毛頭ない。
この地がどうなろうが私には関係がない。
出稼ぎに来ていた我が帝国の行商たちも自分たちの自業自得だと思うであろう。
このような魔法が浸透していない国で安全など保障がされようもないのだ。
早く帝国に戻り、この怪物の事を報告せねば。ダイルトーアに陰り有り、と。このような怪物に国土を荒らされて黙っているダイルトーアではないであろうが、どう対処が出来るというのだ。
ナイルド・ラコンタの宿敵の命運もこれまでだ。我が帝国はアズールカより先にこの報告を受け動き出すであろう。ダイルトーアの吸収に。
そんな私の思索を遮るような光景があった。大ミミズの目と鼻の先に友人がいたのだ。
何を考えているのか。らしくもない。
私は仕方なしに瓦礫の山を駆け下りる。瓦礫を下りる途中に不思議なものを見た。それは空を飛んでいる。
サンと同じ様な見た目だが、何だあれは?
それは翼を広げ、空中からサンとミミズの対峙を見守るようであった。
「レイン君。あれは何だね?」
「分かりません」
そうであろう。私の手が素早く動く。
私に背を向けるそれに、後ろから雷の槍を突き刺そうとする。なんであれ、あれはあってはならない物だ。
人間に翼、角が生えた物などを見たら悪魔か天使しか思い当たらない。人間の想像力というのは逞しいものだ。
その時、突然それが振り返った。
その顔はやはり見たことがある顔であった。
私の一瞬の戸惑いを嘲笑うように微笑んだそれは、私の雷を避けると私の腹部目がけて突っ込んできた。そして――。
私の記憶ではそこまでだ。後でレイン君に聞いたところによれば、大きな石つぶてを食らったようだ。
よく見知った魔法だ。
魔法の苦手な友人の唯一の魔法。
岩石の召喚である。召喚するだけで私たちのようにそれを矢として放つ事など出来ないはずであったが、そうかそのための高速移動か。
私は今、崩壊したバストヘイムの瓦礫の上でレインや生き残った兵士たちに介抱されている。
気を失い空中から落ちる私をレイン君は自分も落下している時であったのに水のクッションで受け止めてくれたようだ。少し濡れた衣服が肌寒さを齎す。
それにしてもあの何かは、すれ違いざまに何と言っていたのか。思い出せない。
私は眼下に広がる大ミミズや悪魔の死骸よりもその事が気になっていた。いったい誰がこの怪物たちを軒並み倒したのか疑問に思うが、そんなことはどうでもいい。あの友人の姿を騙る物を探した。だがやはり、見当たるわけもない。
友人の姿を探す。
ここからは見当たらない。
あの大ミミズにやられてしまったのか。私は落胆の表情を隠せない。
「レイン君。この怪物たちは一体誰に倒されたのだ?」
どうでもいいことで気持ちを紛らわす事しか思いつかない。私にはただ友人の安否が気がかりであるが、この状況だ。見える場所の生きている者を助けるのが先決である。
「あれは共食いでしたよ、卿。怪物同士で殺しあっていました。私たちはただの縄張り争いか何かにでも巻き込まれたのでしょう。死んでいった者たちがこれでは浮かばれません……」
怪物同士の縄張り、そんなものがあるのか。
私にとっては初めてみる怪物たちであったが、この国の者にとってはそうではなかったのか?
護衛していた者は悪魔であると叫んでいたが、あれは想像力の賜物ではなかったのか?
ここではよく見かける物であったのか?
まだまだ私たち帝国の人間にも考え付かない物がこの地にはあるのかもしれない。
私はこの地を時代遅れの国と少々侮り過ぎていたのかもしれない。この地の者が魔法を忌み嫌うのは怪物に関係があるのか?
もう少し、もう少しこの国について調べる必要がありそうだ。