二人の太陽 6
「サン!何をやっている早く吾輩の眷属をその身に召喚するのだ!」
飛来する悪魔の様な外見の怪物たちから命からがら逃げる私にどうしろと言うのだ。突然で無責任な要求である。
「心を開け!吾輩に!吾輩を通じてあの世へ意識を飛ばせ!」
タイヨーは遅い来る大ミミズの攻撃を軽々と避け、悪魔の追撃の切り返しに石つぶてをお見舞いしながらも私に叫ぶ。
「いちいち言葉で説明してやっているのだ!早くしろ!」
私が人に心を開いていないとそうタイヨーは言っている。そんな事はないはずだ。私は他人にも出来るだけ誠実に接しようと努力をしている。私の傲慢さで考えればかなりの譲歩である。
「吾輩を侮るな!か弱い人間のように侮るな!お主は自分以外の者を馬鹿にし過ぎているのだ!この阿呆!半身を捧げた、やがて全てを捧げる世界である吾輩ぐらいには心を開け!」
私の周りに悪魔たちが降り立つ。私はなぜ狙われるのだ。そうか私がタイヨーの替え玉と思っているのか?どちらが本物のタイヨーか見定められていないのか?
いや、違う。私は遊ばれている。
私の周りをじりじりと悪魔たちが詰め寄ってくる。
協力者。そうか協力者だ。私がタイヨーを召喚し、この世に仮初めの肉体を与えた張本人であると思われているのだ。
私はそんな事していない。タイヨーに肉体など与えていないのに。
「待て!私は無関係だ!」
つい要らぬ言葉を口走る。しかし通じる様子はない。
「阿呆!あの世とこの世が言語が同じと思うな!こいつらは元になった生物がいない!吾輩のように情報を得る手段がないのだ!この世の情報など持ってはおらぬのだ!」
私に向けて手をかざす悪魔たち。その手には魔力が。こいつらは魔法を使えたのか。
「サン!」
タイヨーが急降下し、魔法を今にも放とうとする悪魔たちに体当たりをした。
「早く始末するのだ!この世が魔力に満ちていると学ばせるな!あの世と違い、この世では魔法が打ち放題であると知られれば、これからこちらの分が悪くなる!サンよ――」
全てを言い終わらぬ内に一体の悪魔の鋭い爪で殴られ、吹っ飛ぶタイヨー。
まるで自分自身が殴られたような光景に心が痛む。私の方にも悪魔が寄ってくる。寄って集って嬲り殺しにする気なのか。私の目の前の悪魔の目に笑みが浮かんだような気がした。
笑っている。
笑っているのだ。こいつらは私を嘲笑い。私を。私の命を。これから蹂躙する事に喜びを見出しているのだ。こいつらがこの世の情報を持たないだと?
こいつらは十分知っているではないか。
人間を。自分より弱い者をいたぶる喜びを。
こいつらは人間と変わらない。ただ見た目が醜悪なだけだ。ただ、それだけ。
私の中で何かが切れた。目の前の集団に笑い物にされている。ただそれだけが我慢ならなかった。
それが人間ではないあの世からの来訪者でも変わらない。こいつらを私を笑ったのだ。
必死になる私を。
救いの手を差し出すのではなく、嘲笑い、さらには踏みにじろうとまでしている。
それが一番気に食わなかった。
「私に。私に甘えるな!」
その瞬間、私の意識は空を飛び、太陽へと高く高く上昇する。悪魔たちがとても小さく見える。私は窮地を脱したのだ。
――馬鹿め。私はここだ。
――私には、世界には、お前らは必要ない。お前らはゴミだ。
私の意識は太陽に近づく。ここまで照り輝く太陽に近づいたのはもちろん初めてだ。私の体が熱くなる。
――熱い。熱い熱い熱い。
――体が燃えるようだ。
それでも太陽にさらに私の体は近づいていく。
――熱い。もう止めてくれ。
――太陽に近づくな。私の体よ!
私の懇願も届かず次第に私は気が狂いそうなほどの灼熱の海へと投げ出される。
――ああ!
――やめてくれえ!
私は目を瞑り耳を塞ぎ、ただただ熱さに喘ぎ叫ぶ事しか出来ない。私の体感ではかなりの時間、その灼熱地獄で私は一向に止むことのない炎に体中を焼きつくされていた。
――早く終わりにしてくれ!私を消し炭にしてくれ!頼む!
『愚か者が!阿呆!目を見開け!耳をかっぽじってよく聞くのだ!』
私の頭にひどい頭痛とともに声が響く。私はその声に導かれるように、おそるおそる次第に目を開き、耳を澄ませた。
そこは灼熱の太陽などではなかった。澄んだ湖が見える。山が見える。人々の住むような街が。その先に。その先に記憶の中だけの存在が見える。あれは。あれは――。
『驕る者よ。お前は世界ではない。お前の怒りなど世界には何の影響もない。お前は自分自身の怒りに身を焼かれていたのだ。お前の感情などで世界は灼熱の海などには変わりはしない!』
私は声を聞きながらも目の前の思い出の人へと歩もうとする。しかし、歩けども歩けども一向に近づけない。先程は近づきたくもないのに太陽へと飛び込んだのに。
『まだだ。まだ会わせんよ。お主には仕事が。役割があるであろう?』
だんだんと頭に響く声の正体が掴めてきた。
『声を発するのだ。あの世の住人に。助けを求めるのだ。ただあるがままに』
私は頭に響く声に抗いながら、走り出す。母の元へ。ずっと会いたかった母の元へ。
『阿呆が……。人間とは脆い。実に脆いのう……』
私は何時まで経っても母の元へと辿り着けない苛立ちとやっと会える嬉しさで心がいっぱいであった。他人の声になど耳を貸すつもりはない。
「坊っちゃん。ねえ坊っちゃん」
必死に走り続ける私の横に立ち、声をかけてくる男がいた。紳士風の恰好をしている。
顔は……。
なんだかぼやけてはっきりとは見えない。
「そんなに母親に会いたいのかい?なら私と契約をするかい?今すぐに母親に会えるよ」
男の言葉に立ち止まる。やはり一歩も進んではいなかった。
「いいねえ。坊っちゃんは素直で。さあ、私の名を呼んで。全てを任せるのさ。いいかい?全てをだ。そうすれば、また母親に会えるよ。さあ、悩むことはない。私の名は――」
私は男の名を叫んだ。
◆◇◆◇◆◇
遠い遠い記憶の彼方。忘れてしまっていた。我が家の中で母は今日も食事の支度をしている。
「母さん」
喋ったのだ。私は喋ったのだ。しかし、声にはならなかったようだ。
母が鍋の中のスープを掻き混ぜる。
母の横に立つ。気づいてくれ。
「サン。ご飯が出来るわよ。サン」
母は振り向くと私を無視して私に声をかける。いや、私にではない。
私が母の視線の先に目をやるとそこには私がいた。幼い日の私である。
「母さん。今日のご飯はなーに?」
幼い私が母に駆け寄っていく。
私は。私は記憶に浸りたかった訳ではない。これは。これは、騙されたのだ。あの男に。全てを任せれば母に会えると言っていたのに。私は。私は。
◆◇◆◇◆◇
元の場所に戻っていた。男の姿は既にない。
「気は済んだか?小僧」
今度はとても怖ろしげな表情をした男が私の前に立っていた。今度は顔が見える。はっきりと。しかし、姿が。全体像がはっきりとしない。
「小僧」
男はその怖ろしい憤怒の形相を私に近づけてくる。
「今度タイヨー様のお許しなく、この地の者と契約をしてみろ。次にこうなるのはお前だ。小僧」
男は手を。おそらく手だと思われる者をこちらに差し出す。
その手には、あの紳士風の男の頭があった。
頭部だけである。顔はやはりはっきりとは見えない。
「この手の輩に小僧をこの地に召喚する力はない。精々記憶の中をこじ開けるぐらいだ。出来るのは。分かったか小僧?」
憤怒の男は頭部を地面に落とすと、激しく踏みつけた。
潰れるまで力を加える。
みりみりとめり込んでいく足。熟れたトマトのような頭が潰れるのはその後であった。
「小僧。お前はじきに目を覚ます。自分の姿をよく見ろ。お前の軽率な行動の結果を目に焼き付けろ。お前はもう人間ではない。その事をよく肝に銘じておくのだ」
私は男の強烈な怒りの視線から眼を逸らす事が出来なかった。
凄まじい怒りだ。
その視線だけで大地が燃えてしまいそうなほどの。
私は徐々に地面に沈んでいった。
直ぐに私は元の灼熱の海の中へと沈んでいく。今度は熱くなかった。
しっかりと見開いた目にはうねる炎の渦がまるで芸術のように踊っていた。
優しい炎だ。
これはとても暖かい。
身を焼きつくすのではなく、凍えないように優しく包み込む手のような炎であった。
私は思い上がりをしていた。この炎は私の怒りではない。
他の誰かの優しさの顕れであるのだ。私は次第に下界へと戻っていく。私が戻るべき体へと。




