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嘘が視える王様の妃選びで、嘘がつけないわたくしだけが「最下位」だったのですが

作者: 中身無男
掲載日:2026/06/29

 妃になんて、なりたくなかった。

 

 なのにわたしは、大陸中の悪役令嬢が王の妃の座を奪い合う品評会で、ぶっちぎりの最下位に立たされていた。

 

 ……最下位で、けっこう。さっさと落ちて、領地に帰らせてほしい。

 

広間では、令嬢たちが宝石と絹とおしろいで身を固め、たった一人の男に向かって美辞麗句を並べ立てている。若き王、アルヴィス陛下の妃選び。


 ……そう、この広間は、嘘でできていた。


 この国の社交界では、悪辣であればあるほど「格上」とされる。気が強く、敵に容赦なく、自分を高く売る女ほど、妃にふさわしいとされるのだ。だから各国は、もっとも悪名高い令嬢を競って、この場へ送り込む。


「ねえ、ごらんになって。あちらの令嬢、気に入らない侍女を、真冬の湖に三日三晩立たせたとか」


「まあ、おそろしい。でも、あちらの方には敵いませんわ。婚約者を奪った女の屋敷に、火を放ったという噂よ」


 そんな逸話を、勲章のように下げた女たちが、ここでは賞賛される。


 そして、その頂点に君臨する女がいた。


「――マグダレーナ・フォン・ローゼンタール公爵令嬢」


 広間に、ひときわ華やかなドレスの女が現れた。燃えるような紅の髪、勝ち気な瞳。彼女が歩くだけで、令嬢たちが波のように道を空ける。


 大陸最強の悪役令嬢。


 三つの国の王子を手玉に取り、逆らった令嬢を一人残らず社交界から葬り去ったという、番付堂々の第一位。誰もが、彼女こそ次の王妃だと噂していた。


「あら、ごきげんよう。みなさま、せいぜいわたくしの引き立て役を務めてくださいませね」


 マグダレーナが、扇の影で笑う。令嬢たちが、悔しげに、けれど逆らえずに目を伏せた。


 そんな華やかな広間の、いちばん隅に。


 わたし――最下位の令嬢は、ぽつんと立っていた。


「ねえ、あちらの地味な方、どなた?」


「ああ……アッシェンバッハの令嬢ですわ。悪名のひとつもない、つまらない女よ。なぜこんな場に呼ばれたのかしら」


 ひそひそと、笑われる。


 派手な悪行もなく、華やかな噂もなく、媚びる気もない。自国でも「可愛げがない」「愛想がない」と疎まれている令嬢。それがわたしだ。家の者はわたしを煙たがっていて、今回も「どうせ最下位で落ちるのだから、行くだけ行ってこい」と、厄介払いのように送り出された。


 まあ、当然だ。


 なにしろわたしは、妃の座になど、まったく興味がないのだから。


 この退屈な茶番が早く終わって、領地に帰りたい。アッシェンバッハの冬は厳しい。麦の備蓄も、薪の手配も、嫌われ者のわたしが、それでも黙々とこなしてきた仕事だ。こんなところで着飾って笑っている暇など、本当はないのである。


「ヴィオレッタ様、でしたかしら」


 ふいに、声をかけられた。マグダレーナだった。


「あなた、陛下にどうやって取り入るおつもり? まさか、その地味なお顔で勝負なさるの?」


「取り入る気はございませんわ」


 わたしは、正直に答えた。


「妃の座に、興味がございませんの。早く帰りたいだけですわ」


 マグダレーナが、きょとんとした。それから、けたけたと笑った。


「まあ、おかしな方。強がりも、そこまでいくと哀れですわね」


 強がりではなく、本音なのだけれど。


 まあいい。どうせ誰も、わたしの言葉など信じない。本音を言えば嫌われ、媚びれば自分を殺す。ならば黙って、嵐が過ぎるのを待つほうがいい。わたしは、ずっとそうやって生きてきた。


 壇上の王は、退屈そうに頬杖をついていた。


 これだけの美姫に囲まれて、彼はまるで、何かに耐えるような顔をしていた。妙な王様だ、と思った。あんなに苦しそうな顔をする男を、わたしは初めて見た。





 品評会は、三つの審査で進むのだという。


 最初の審査は、問答だった。


 王が、令嬢一人ずつに、同じ問いを投げる。


「妃に――王の妻に、もっとも必要なものは、何だと思う」


 令嬢たちは、待ってましたとばかりに、美しい答えを並べ立てた。


「慈愛の心にございますわ。民を我が子のように慈しむ、深い愛こそ」


「いいえ、気高さですわ。何があっても揺るがぬ、王妃としての誇り」


「王を支える、献身の心こそ」


 どれも、立派な答えだった。書物に書いてありそうな、模範解答。けれど王は、誰の答えにも、ほとんど反応しなかった。むしろ、聞くたびに、わずかに顔をしかめていくようだった。


 マグダレーナの番が来た。


「王妃に必要なもの。それは――王の心を、誰にも渡さぬ強さですわ。わたくしなら、陛下のおそばに、他の女を一人たりとも近づけません」


 艶やかに、彼女は微笑んだ。広間が、ほう、とどよめいた。さすが最強の悪役令嬢、と。


 けれど王は、やはり、目を伏せただけだった。


 そして、わたしの番。


「ヴィオレッタ嬢。王妃に、もっとも必要なものは」


 わたしは、正直に答えた。


「……存じませんわ」


 広間が、しんと静まった。


「わたくし、王妃になったことがございませんもの。何が必要かなんて、わかるはずがございませんわ」


 くすくす、と嘲笑が漏れた。ほら、やっぱり、つまらない女。そんな空気が広がる。


 でも、わたしは続けた。知ったふうを言うのは、嫌だったから。


「ただ……わたくしの国では、領主の妻は、誰より早く起きて、誰より遅くまで帳簿を見ておりました。立派な心構えを語る人ではなく、明日の麦の値を心配する人でしたわ。それが、王妃に必要かどうかは……正直、わかりませんけれど」


 言い終えて、わたしは口を閉じた。


 どうせ、また笑われる。そう思っていた。


 けれど。


 顔を上げると、王が――まっすぐに、わたしを見ていた。


「……面白い」


 彼は、小さく呟いた。


「そなたのような答えを、私は、ずっと待っていた気がする」


 その声に、わたしは、自分の鼓動が、わずかに速くなるのを感じた。


 王が、初めて、ふっと笑った。退屈そうだった瞳に、確かに、光が宿っていた。その笑みが、まっすぐにわたしへ向けられていることに、広間の誰もが気づいていた。


 ……いいえ。気のせいだ。ただの、変わった王様。それだけのこと。


 わたしは、自分にそう言い聞かせた。


 けれど、その「気のせい」を、見逃さなかった者がいた。


 マグダレーナだ。


 彼女は、王がわたしに向けた笑みを、扇の影から、じっと見ていた。その瞳が、すうっと、冷たく細められる。あれだけ着飾り、あれだけ自分を高く売った自分には一度も向けられなかった笑みが、よりにもよって、最下位の地味な令嬢に向けられた。


 最強の悪役令嬢の矜持が、その瞬間、静かに、軋んだ音を立てたのを――わたしは、まだ知らなかった。





 二つめの審査は、城下の視察だった。


 妃となる者が、民をどう見るか。それを問う審査だという。令嬢たちは、王とともに、城下の市場へと向かった。


 その日の朝、わたしは妙な光景を見た。


 マグダレーナが、市場の隅で、みすぼらしい身なりの男に、何かを握らせていたのだ。金貨のようだった。男は、ぺこぺこと頭を下げて、人混みに消えていった。


 何をしているのだろう、と思った。けれど、深くは考えなかった。


 視察が始まった。


 令嬢たちは、着飾ったまま、民を遠巻きに眺めていた。


「まあ、かわいそうな人たち。なんて貧しいのかしら」


「汚いわ……早く済ませて帰りたい」


 令嬢たちは、民を汚いものでも見るように眺めるだけで、近づこうともしなかった。


 わたしは、辺境育ちだ。民の暮らしなど、見慣れている。だから、いつものように振る舞った。野菜を売る老婆に出来を尋ね、子どもに普通に話しかけ、並んだ林檎を一つ手にとって、正直な感想を口にした。


「この林檎、少し時季が遅いですわね。でも、蜜は乗っていて美味しそう」


「お嬢さま、わかってらっしゃる!」


 老婆が、嬉しそうに笑った。


 そのときだった。


 どん、と背中を押された。


「も、申し訳ございません!」


 例の、みすぼらしい男だった。男はわたしにぶつかり、手にしていた桶の泥水を、わたしのドレスに、ばしゃりと浴びせた。


 絹のドレスが、泥に染まる。


 令嬢たちが、いっせいに笑った。


「まあ、汚らしい!」


「さすが辺境のお育ち、泥がお似合いですこと」


 マグダレーナが、口元を扇で隠して、勝ち誇った笑みを浮かべていた。


 ああ、なるほど。朝の金貨は、これか。


 でも、わたしは動じなかった。


「気にしなくていいですわ」


 わたしは、平謝りする男に、そう言った。


「辺境では、泥なんて日常ですもの。それより、あなたこそ怪我はない? 桶を落として、足を打ったでしょう」


 男が、ぽかんとした。それから、ばつが悪そうに、目を逸らした。


「……そなたは、取り繕わないのだな」


 いつのまにか、王が、すぐ隣に立っていた。


「取り繕う理由が、ございませんもの」


 わたしは、泥のドレスのまま、正直に答えた。


「この方たちは、わたくしを陥れたかったのでしょう。でも、それで困るのはわたくしだけ。この方が罰せられる理由には、なりませんわ」


 王が、目を見開いた。それから、ふっと、口元をゆるめた。


 その笑みが、なぜだか、胸に残った。


 離れた場所で、マグダレーナが、扇の骨を、ぎりりと握りしめた。





 三つめの審査は、茶会だった。


 令嬢たちが「もてなす側」に回り、それぞれ趣向を凝らした茶席を、王に披露する。


 令嬢たちは、競い合った。黄金の茶器、異国から取り寄せた珍しい茶葉、贅を尽くした菓子。誰もが、自分の財力とセンスを誇示した。マグダレーナの茶席は、ひときわ豪奢だった。広間が、ため息で満ちた。


 そして、わたしの番が来た。


 わたしが用意したのは、辺境の、素朴な茶だった。飾り気のない陶器の器に、故郷の野山で摘んだ茶葉。珍しいものなど、何ひとつない。


「珍しいものは、ございませんわ」


 わたしは、正直に言った。


「ただ、これが、わたくしの故郷で一番美味しいと思うものですの。見栄を張るより、本当に良いと思うものを、お出ししたくて」


 王が、器に手を伸ばした。


 そのとき。


 マグダレーナの侍女が、さっと、王の器に何かを振り入れるのが見えた。一瞬の出来事だった。


「お待ちください」


 わたしは、王の手から、そっと器を取り戻した。中を見て、すぐにわかった。茶の表面に、不自然な白い粉が浮いている。


「これは……わたくしが淹れたものではございませんわね」


 わたしは、騒ぎ立てなかった。ただ、淡々と、事実を述べた。


「どなたかが、手を加えたようですわ。こんなもの、陛下にお出しするわけにはまいりません。淹れ直させてくださいませ」


 広間が、ざわついた。マグダレーナが、わざとらしく目を見開いた。


「まあ、こわい。自分の失敗を、人のせいになさるの?」


 わたしは、答えなかった。淹れ直した茶を、静かに、王の前に置いた。


 王が、今度こそ、それを口に運んだ。


 ひとくち含んで、彼は、ふっと息を吐いた。


「……美味い」


 飾り気のない、本音の声だった。


「黄金の器も、珍しい茶葉もいらない。私は、こういうものが、ずっと飲みたかった」


 その言葉が、誰に向けられたものなのか。


 言葉にされなくても、なぜだか、わかった気がした。わたしの頬が、かっと熱くなる。


 向かいで、マグダレーナの手の中の黄金の茶器が、かたかたと震えていた。





 三つの審査が終わり、最後に残ったのは、二人だった。


 大陸最強の悪役令嬢、マグダレーナ・フォン・ローゼンタール。


 そして、最下位と笑われた、わたし、ヴィオレッタ・フォン・アッシェンバッハ。


 誰も、予想していなかった。地味で、媚びない、可愛げのない令嬢が、まさか最後まで残るなんて。


 なぜ、わたしが。


 わからなかった。けれど、ひとつ確かなことがあった。マグダレーナの瞳に宿る色が、もはや隠しようもない、明確な憎悪へと変わっていたことだ。


 思えば、あの最初の審査のときからだった。王がわたしに、初めての笑みを向けた、あの瞬間から。あれだけ着飾り、あれだけ自分を高く売った彼女には一度も向けられなかったものを、最下位の地味な女が奪った。泥も、茶への細工も、その嫉妬から始まっていたのだ。


 最強の自分が。最有力だったはずの自分が。あんな地味な女に、王の心を奪われている。プライドの高い彼女には、それが耐えられないのだ。


 最強の悪役令嬢が、最下位の女に負ける。その屈辱を、彼女が受け入れるはずもなかった。


 最後の審査の朝、わたしは異変とともに目を覚ます。


 見覚えのない銀の指輪が、わたしの指に、はまっていた。


 なぜ、こんなものが。外そうと、指にかけた、そのときだった。


 扉が、勢いよく開いた。


「いたわ! その女よ! 捕らえてちょうだい!」


 マグダレーナが、衛兵を引き連れて、部屋に踏み込んできた。外す間も、考える間もなかった。わたしは、そのまま広間へと引き立てられた。





「この女が、陛下の宝物庫から指輪を盗んだのですわ!」


 広間に、マグダレーナの甲高い声が響いた。彼女は、わたしを指さしていた。


「わたくし、この目で見ましたの。夜更けに、ヴィオレッタ様が宝物庫から出てくるところを! ほら、その手の指輪をごらんになって。それは、陛下の家宝ですわ!」


 ああ、これが三度目か、と思った。


 泥、茶への細工、そして今度は、盗みの濡れ衣。手を変え品を変え、この女は、わたしを陥れようとしてくる。


「身に覚えがございませんわ」


 わたしは、淡々と否定した。けれど、状況は最悪だった。証人がいて、物証がある。最下位の地味な令嬢が、妃の座欲しさに家宝を盗んだ。その筋書きは、嘲笑とともに、あっという間に広間を満たした。


「往生際が悪いこと。陛下、この卑しい盗人を、追放なさいませ」


 マグダレーナが、勝ち誇った。


 わたしは、何も言わなかった。


 言ったところで、誰も信じない。いつもそうだ。わたしの言葉は、いつだって、誰にも届かない。本音を言えば嫌われ、否定すれば往生際が悪いと笑われる。


 諦めて、目を伏せたとき。


「――いや」


 低い声が、広間を貫いた。


 王だった。


「マグダレーナ嬢。そなたは、夜更けに、宝物庫から出てくるヴィオレッタを見た、と言ったな」


「え、ええ。確かに、この目で」


「おかしいな」


 王は、静かに言った。


「宝物庫は、三日前から、改装のために封鎖されている。鍵は私が預かり、扉には私自身が封蝋を施した。昨夜、あの部屋には、誰一人として入れない」


 マグダレーナの顔が、こわばった。


「そ、それは……」


「盗まれたという家宝の指輪も」


 王は、自らの指を、かざした。そこには、銀の指輪が光っていた。


「私の家宝は、今、私の指にある。ならば――ヴィオレッタの指のそれは、いったい何だ? 誰が、いつ、何のために、彼女の指にはめた?」


 広間が、しんと静まり返った。


 マグダレーナの嘘は、たった二つの問いで、音を立てて崩れた。


「私は、最初から、すべて見ていた」


 王の瞳が、まっすぐにマグダレーナを射抜いた。


「視察の日、そなたが男に金貨を握らせ、ヴィオレッタに泥をかけさせたことを。茶会で、そなたの侍女が、私の器に粉を振り入れたことを。そして昨夜、そなたがヴィオレッタを眠らせ、その指に指輪をはめたことも――すべて」


 マグダレーナが、ふらりと、よろめいた。


「な……なぜ、それを……」


「そなたの嘘を見るのは、これが初めてではない」


 王の声が、低く沈んだ。


「二年前。そなたの偽りの証言で、無実の侍女が一人、社交界から葬られた。あのときも、私には視えていた。だが証拠がなく、救えなかった。――いつか必ず、そなたの嘘を、誰の目にも明らかな形で暴くと決めていた」


 マグダレーナの顔から、血の気が引いていく。


 王は、それ以上は語らなかった。ただ、彼女を取り巻いていた令嬢たちが、いっせいに、距離をとった。盛った言葉で身を飾ってきた者たちが、自分の足元の脆さに気づいたように、青ざめていた。


 大陸最強の悪役令嬢は、衆人環視の中で、崩れ落ちた。


 誰も、彼女を庇わなかった。





 その夜、わたしは庭園に呼ばれた。


 月明かりの下、王が一人で待っていた。昼間の威厳をまとった姿ではなく、どこか疲れた、一人の青年の顔で。


「すまなかった」


 王は、開口一番、そう言った。


「えっ?」


「そなたを、危ない橋を渡らせた」


 彼は、苦しげに、目を伏せた。


「私は、マグダレーナの嘘を、最初から知っていた。あの女が、そなたを陥れようとしていることも。なのに私は、あえて、あの女を最後まで残した。そなたを、危険に晒してまで」


「……なぜですの」


「そなたを、妃にと、決めていたからだ」


 月の光が、彼の横顔を照らしていた。


「だが、私が一目で見初めた令嬢を、ただ勝たせれば、必ず誰かが言う。世間が最下位と侮る女を、王がえこひいきした、と。そなた自身の価値が、誰の目にも明らかにならねば、意味がない。――それに、二年前からの、果たすべき決着もあった。だから、最も派手で、最も嘘で固めた女を、最後まで残したのだ」


 わたしは、息を呑んだ。


「でも、それは、そなたを盾にすることだった。許してほしいとは言わない。ただ……これだけは、信じてほしい。私は、ずっとそなたを案じていた。何かあれば、すぐに庇えるように。あの女に、本当の意味でそなたを傷つけさせる気は、はじめからなかった」


 彼の声が、震えていた。


「陛下。ひとつ、伺ってもよろしいですか」


 わたしは、口を開いた。


「あなたは、なぜ、すべてが見えたのですか。誰も気づかぬ細工も、夜更けの忍び入りも」


 王は、しばらく黙っていた。それから、意を決したように、言った。


「秘密を、ひとつ、打ち明ける」


 彼は、まっすぐにわたしを見た。


「私には、人の嘘が、視える。生まれつきの呪いだ。嘘をついた者の言葉が、墨を流したように、濁って視える。世辞も、政略も、恋の駆け引きも……すべて」


 わたしは、言葉を失った。


「この品評会で、令嬢たちは、口々に私を讃えた。あなただけを愛している、と。だが、そのすべてが、濁って視えた。誰一人、本当のことを言わなかった。――ただ一人を、除いて」


 彼の瞳が、わずかに潤んだ。


「最初の審査で、そなたは言ったな。王妃に必要なものなど、わからない、と。あのとき、そなたの言葉だけが、澄んでいた。私は、生まれて初めて、濁らない言葉を聞いたのだ」


 ああ、と、わたしは思った。


 この人は、わたしと、同じだったのだ。


 わたしは、正直であるがゆえに、疎まれ、孤立してきた。本音を言えば嫌われるから、感情に蓋をして生きてきた。


 この人は、嘘が視えるがゆえに、誰も信じられず、孤立してきた。父も、母も、忠臣も、みな濁って視えて、たった一人で、嘘の海に溺れてきた。


 向かう方向は、逆だった。けれど、抱えていた孤独は――鏡写しのように、同じだった。


「陛下」


 気づけば、わたしは、いつものように蓋をすることを、忘れていた。


「わたくし、ずっと、正直であることが、欠点だと思っておりました。本音を言えば嫌われ、媚びれば自分を殺す。だから、感情を見せずに生きてまいりましたの」


 言葉が、するすると、溢れた。


「でも、あなたといると……嘘を、つかなくて、いいのですわね。ありのままのわたくしで、いられる。それが、こんなに楽だなんて……知りませんでしたわ」


 言ってしまってから、頬が熱くなった。


 これは、生まれて初めて、わたしが自分から差し出した、本音だった。


 王が、目を見開いた。それから、ゆっくりと、微笑んだ。これまで見たどんな表情よりも、やわらかな笑みだった。


「ヴィオレッタ」


 彼は、わたしの手をとった。


「私の妃に、なってくれないか。地位のためでも、政略のためでもない。ただ――そなただけが、私に嘘をつかない。そなたといるときだけ、私は、世界が澄んで視える。だから、そなたがいい」


 濁りのない、まっすぐな言葉だった。


 わたしは、その手を、握り返した。


「謹んで、お受けいたしますわ」


 わたしの言葉も、きっと、澄んでいたのだと思う。


 彼が、泣きそうな顔で、笑ったから。





 こうして、品評会は幕を閉じた。


 派手な悪名を競った令嬢たちを差し置いて、優勝したのは――悪行のひとつもない、媚びもしない、最下位の地味な令嬢。


 可愛げがないと疎まれた正直さが、たった一人の人の心を救う、ただひとつの鍵だった。


 最弱と笑われたわたしが、どういうわけか、優勝してしまったのである。


 おかしな話だ。


 でも、悪くない。


 月明かりの庭園で、隣に立つ人の手の温もりを感じながら、わたしは生まれて初めて、自分から、微笑んでいた。

ここまで読んでいただきありがとうございます

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけるとありがたいです


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