第四話 不憫令嬢は遭遇しました
まだ太陽も起きていない夜明け前。
1人の公爵令嬢が鏡台前に鎮座している。その後ろには緊張気味の使用人が鋏を片手に佇んでいた。
「リ、リナリー様。本当の本当に、よろしい、のですね?」
「ええ。」
何度も行われた最終確認に間髪入れずに公爵令嬢は答える。ごくっと一回唾を飲み込む使用人は震える手で彼女の滑らかな髪を背中側へと流す。元から透き通っていた水色の髪は、夜明け前の暗がりでさらに透明度が上がっているように見えた。
そして、再びごくっと唾を飲み込む音だけが聞こえる。
「では、いきます。」
彼女は肯定するかのように目を閉じ、背筋を改めて伸ばした。
使用人は絹のように光沢感が溢れる髪へと刃を入れる。
シャッ…
…………………………キンッ
「きゃーーーーーーーっ!!!」
ハッと意識を引き戻される。今朝の思い切った行動のおかげでぼんやりとしてしまっていたらしい。
気を取り直して周囲を見渡すと、
「あの殿方は一体!?」
「きゃっ、こちらを見たわ!」
「ぜひお近づきに!」
これが噂に聞く黄色い声援ってやつだろうか。
んん、なんだかむず痒い。視線にくすぐったくなり、すーすーする首後ろを数回撫でる。
ジョリッと刈り上げも入れた後頭部の感触に少し心臓が高鳴った。
想像よりも私の短髪姿は大好評みたいだ。
行き交う生徒たちはリナリーだと認識していない。それもそのはず。腰まであった髪は耳上まで切り揃え、後ろは刈り上げまでして徹底的に面影をなくした。極め付けは男性用制服で性別さえも誤魔化す。変声魔法も必要なら使って、別人になってもいい。
なんて、当初の考えとは違う事を考えていると目線の先に見知った人物が扉前に並んでいた。
「ん?あれは…。」
私を取り囲んでいた人だかりは、すでにあった人だかりに合流するように左右に分かれ、学園前扉の先客たちと相対する形になった。
「これはこれは。おはようございます。リオルド・アルカルト第一王子、ユア・リーファル様。」
私は気にせず朗らかな笑みを彼らに向け、その後恭しくお辞儀をした。
発した声に誰もが驚き、目をパチクリとさせている。
挨拶をされたリオルドたちも同じ反応をし、数回瞬きを繰り返した後、気を取り直したように返事をする。
「お、おはよう。リナリーで合っているかな。」
「はい、リナリーでございます。2日振り、でしょうか?」
変わらず笑みを浮かべた状態で会話を続ける。他の人もいる手前、無視はできないみたいだ。そういう立ち回りが上手いのは流石と言うべきか。隣のユアはぽかんとした表情で私の顔を見つめていた。
「リナリー……これはまた随分と、思い切ったことをしたな。」
目を見開いたまま、上から下まで見つめ、謎に数度頷いた彼の姿は間抜けだった。
口端がピクつくのをなんとか顔の筋肉で堪えながら、私は「始業チャイムが鳴る頃なので、一度失礼致します。」と言い、その場を立ち去った。
しばらくの沈黙後、
「え、えええええええええ!!!???」
学園内に響く驚愕の声が聞こえたのは、私が立ち去った数秒後だった。
【リナリー・アーノルド・ラタンが プレイヤーになりま した。】




