ドッペルゲンガー(6・終)
そぞろ歩きで壱錢洋食本店をめざす。
四条通りに出た私たちは、祇園方面へと向かった。
「北座ってあったんですね! どんなお芝居しているんでしょう」
磬鳴ちゃんが目を輝かせる。
「聞いたことないですよね」とかがみん。
「あれは看板だけだから。中に劇場はないから」
私の説明に、磬鳴ちゃんとかがみんが「ほえー」と声を上げる。誰だって南座の向かいに北座があればそこも劇場だと思うだろう。
「確か明治頃までは北座があったのだけれど、四条通の拡幅工事のために壊されたんだって」
京都学で学んだ知識の請け売りだ。
「えっ!? 北座ってそんなに大きかったの!?」とメリーさんも驚いていた。
「うん。今の北座ビルはその北限で、その南側の地下収納式駐車場になっているあたりがひっくるめて北座だったみたい」
「ひゃー、そんなに大きかったんだ」
「南座もそれくらいの大きさはあるよ」
とまあ雑談をしていると、私たちの目の前に壱錢洋食の本店が現れた。
「あったよー。ビリケンさんの像。これで連絡がとれるのー」
メリーさんが小走りに駆け寄る。
……確かに「壱錢大明神」という小さな神社があって、そこにはビリケンさんの像もあった。
ごにょうごにょ。
メリーさんは英語で何やら話しかけている。後ろから見たら怪しい信心の人だ。まあ、言葉の中にメリー・ワースの名が含まれているくらいは私にも分かっけど。
「ビリケンさんって、京都にもあったんですね。知らなかったです」
かがみんが感慨深げにつぶやく。
「で、メリーさんは何をしてるんですか?」
確かに、お店のマスコット的な神像に向かって何をしているのかという感じだが。そういえば、マスコットの語源は「魔女」とか「おまじない」の意味だっけ。
「うん。おまじない、かな。メリー・ワースが逮捕されますように、て」
「はあ」
いまいち納得がいっていない様子だ。王さんと磬鳴ちゃんはそのやりとりを聞いてにこにこしている。
「連絡がおわったのです。さあ、壱錢洋食を食べるのです!」
こうして私たちは牛スジとコンニャクが入った高級壱錢洋食にありついたのだった。
数日後。
メリー・ワース逮捕の知らせが届いた。といっても、メリーさん経由だが。
何でも、米国のネイティブアメリカンの小学校で召喚されてそのまま監獄送りにされたのだとか。通貨偽造はどこの国でも重罪――アメリカ連邦法では罰金、最高二十年の禁錮、またはその両方――となっている。実際の判例では三年程度の禁固刑だが、怪異の場合はおそらく最高刑が科されるだろうとのこと。
そして、その事でほっとしたのか、メリーさんがタキヤマクラ研究所を見に行こうと言い出した。
「サツキ、最近不眠症気味ぎみでしょ。高級マクラを作ってもらうにはいい機会だと思うのー」
もちろん、口実である。そして、不眠症気味の原因はメリー・ワースだった。鏡の前に行くと湧き上がる恐怖――それは地味に安眠をさまたげていた。鏡にもど真ん中に魔除けのお札を貼った。そして、鏡をのぞくと目の下にくまができているのがはっきりわかった。
「さ、おしゃれしてお出かけなのですー!」
紫色のゴスロリを着たメリーさんは、明るい声を出した。数日前に見たのと同じ服装だ。
そして、今。
私たちはグランツーリストビルの真ん前にいた。
「タキヤマクラ研究所。ここが悪の拠点なのです」
と、言われても実感がわかない。四条通のはずれにあるただの医療系雑居ビルだった。
ネットで調べた限り、タキヤマクラ研究所に関する悪いうわさはひとつもなかった。
京の伝統の技術で作った高級天然素材の枕。けっこうお高いがぼったくりというほどでもない。タキヤとはペルシャ語系の枕の意味で優雅なクッションを意味している。枕以外の寝具類も豊富にある、などなど。
「入ってみればわかるのです~」
メリーさんが先に立ってビルに入った。
「いらっしゃいませー」
「お客さんを連れてきたわよ」とメリーさん。
ほぼショールームになっているワンフロア。そこにいた店員は……
「あっ!」
快人アトラク・ナチャ事件の首謀者、榛(仮称)さんだった。
お互いに顔を見合わせる。
「あら、お知り合い?」
すっとぼけるメリーさん。あくまでメリー・ワースのふりをつづけるつもりだ。通用するわけがない。
「ということは、あなたもあの時の……」
えへへ、と笑ってごまかすしかない。
「はあ。正体を明かしましょう。私はメリー・ウィンチェスター、探偵です」
魔界探偵の身分証を見せる。
「日本では通用しない資格ね」
「ええ、でも通貨偽造の罪を告発することくらいはできます」
榛さんは、ふふっと笑った。
「通貨偽造? いつ、どこで、誰がそんなことを」
「話はメリー・ワースから全て聞きました。鏡の世界を使った偽造方法についてもね」
「ふーん。……ところで、偽造ってことは本物と偽物があるってことよね。さて、分子の一個に至るまで全く同じ紙幣が二枚あったして、どうやって見分けられるのかしら」
「え!?」
盲点だった。
ただ単に同じ番号の紙幣があったとして、どちらがオリジナルでどちらがコピーかなど見分けることはできない。そういえば、昔の十円以下の紙幣には、同じ番号の物がたくさんあったという話もある。そして、紙幣番号など誰も見てはいない。
「紙幣を乱発すると、インフレになって人々が困るのです。あなたのやったことは重大な犯罪です」
「そうかしら。今の紙幣発行のシステムをご存じ? 国債を発行してそれを日銀が買い取って紙幣を発行する――ほぼそんなシステムになっている。けど、国債は利息を払っていずれは償還しなくちゃならない。利息の元は税金。それをやり続けることは、現存する円という一つのパイの取りあいでしかない。国の借金はどんどん増えて民間のマネーは減る一方。いずれデフレが進行して破綻するわ。マネーの取りあいに参加している政府・日銀と、取りあいにさんかせずに民間に供給しているのと、人々を困らせているのはどっちかしら?」
「……」
メリーさんは黙ってしまった。
「それでも、あなたは私利私欲に走っているよね」
「別に、私利私欲だけに走っているわけじゃないわ。今にもつぶれそうな寺社仏閣の賽銭箱に札束を突っ込んだり、ハイエナファンドに買収されかけている企業の株式を買い支えたり。クラファンで医学の発展にも貢献してきたわ」
善行を強調する快人。
「クリスタルメスの販売は? 百害あって一利なしでしょ」
「そんな名前の商品ってあったっけ。きっと廃番品ね。まあいいわ。うちはいつもニコニコ現金払い。正直な商売に一直線でやってきた。それでも資金繰りがうまく行かなくなって廃業することはある」
証人が米国にいる以上、私も沈黙せざるをえなかった。
「というわけで、今日は閉店セール。タキヤマクラ研究所の素晴らしい枕が今日に限って十分の一! 布団やインテリアなら百分の一。買っていきなさいよ。配送料もただにしておくからさ」
もちろん、買う気などしなかった。
「恐ろしい相手だったのです」
メリーさんがため息をついた。
「録音は、していたよね」
探偵たるもの、敵地に乗り込むときにICレコーダーを稼動させていないはずがないのだ。
「うん。でも犯罪を告白する決定的な発言はなかったのです」
二人してビルを見上げる。
「でも、どうして枕? 寝具店でもよかったのに……」
私の素朴な疑問にメリーさんが間髪入れずに答えた。
「マクラはネパール語で蜘蛛を意味するのー。アトラク・ナチャなりのこだわりなんでしょうね」
「というと、逆に蜘蛛を意味する外国語のついた店をたぐれば……」
「網にかかったも同然ということなのです」
ニヤリとするメリーさんなのだった。




