表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
81/81

快人アトラクナチャの挑戦(1)

 珍しくミステリー研からのメールが来た。OBも含めての拡大ネット会議のお誘いだ。議題は「ミステリー研への挑戦にどうこたえるべきか」。現役生は必ず参加すべし、とのお達しだ。ちょうどリモート講義に飽きていた私は、文字だけのネット会議――いわゆるチャットに参加することにした。

 発端は、文化系クラブ棟の郵便受けに挑戦状らしきものが入っていたことだとか。

 添付画像を拡大する。

 封筒の宛名は明朝体で「京都大学ミステリ研究会」と印刷されていた。消印は百万遍郵便局になっている。

 文面はこうだ。


 前略

 叡智あふれるミステリ研の諸君

 来たる萌えの日、京都の玄関口にて何か楽しいことが起きるぞ

 我こそはと思う者はその日その時その場所につどえ!

                   快人アトラクナチャ


会長「さて、まずはこの怪しげなイベントに参加するかどうかなのだが……」

鯖江「放置した方がいいんじゃないかな」

澪「十月十日というのはわかります。でも、京都の玄関口ってどこなんでしょう」

卯丸「京都文化サークル連合会のしわさではないかと推理」

長万部「そもそも宛名が『ミステリ研究会』なのが気にくわない。当サークルは原音尊重の立場から長音符号は絶対に略さないことを会是としている。そんな歴史的背景も知らないなんて、関係者でないことは明白だ」

会長「そう思わせるための偽装工作かもしれませんよ」

長万部「ぐぅ、のねも出ない」

メリー「京都文化大学にも同じ文書が届いています。ただ、京都文化大学にはミステリ研究会はないため、宛先不明で昨日から掲示板に張り出されています」

 画像あり。

雨竜「OGの雨竜です。明智(みょうち)短期大学の推理文学同好会にも同じ文面が届きました。宛先は『ミステリ研究会』になっています。対処は学生に一任しました」

 画像あり。

会長「つまり、『ミステリ研究会』がありそうな大学に片っ端から送りまくったということか」

雨竜「うちのようなマイナー大学にまで送りつけてきたということは、学校一覧に載っているところに片っ端から送りつけたのでしょう」

 私もキーボードを叩く。

霧島「府立大にも届いていないかきいてみます」

 クイズ研究会会長の端田さんにメールを送ってみる。返信はすぐに来た。快人アトラクナチャからの挑戦状は行き先に迷ったあげくクイズ研究会に届けられたという。教務部が内容を確認した上で、無害な内容だろうということでクイズ研究会に回したのだ。

霧島「確認とれました。同じ文面が届いています」

会長「同志社はどうかな」

鴨倉「OBの鴨倉です。確認はとれていません」

笹垣内(ささがいと)「OBの笹垣内です。阪大でも確認はとれていません。『快人アトラクナチャ』という自称はクトゥルー神話にちなんだ名前です。釣られるのはよしておいた方がいいかと」

磯原「いやー、のっかった方が面白いんじゃないの。知らんけど」

会長「公式の議事録として残しますので、チャチャ入れはなしでお願いします」

メリー「提案です。必ず二人組以上で可能性のある場所に行き、遠くから何が起きるのかを観察してみてはどうでしょう」

鯖江「やめとこうよ。君子危うきに近寄らず、だ」

長万部「どうせ禁止しても行くヤツは行くんだから、好きにさせるしかないよ。まあ、どこに誰が行ったか、くらいは把握しておくべきだとは思うけどね」

鴨倉「同感です」

笹垣内「誰も死ぬんじゃないぞ」

磯原「狂うかもしれないけどな」

雨竜「孤島に行くわけじゃないんだから……」

鴨倉「ところで、雨竜先輩は今も小説、書いてるんですか?」

会長「個人的な会話はここではお控えください。公式の議事録ということをお忘れなく」

……というわけで、拡大全体会議の結論としては、「どこに誰が行ったか」を把握するようにつとめて、あとは現役会員の自由意志にまかせる、という無難な結論に至ったのだった。


 十月十日午前十時。

 私とメリーさんは京都駅北側コンコースの空中カフェテラスにいた。「目立ちすぎる」という理由で、メリーさんには「普通の格好」をしてもらった。マヌル猫Tシャツにだぼだぼジーンズ。私基準では、至ってありきたり(・・・・・)な女子大生の格好だ。ただし、腰には「探偵七つ道具」が入った大きめのポシェット――メリーさんに言わせると「ポケット」をつるしていた。

「探偵七つ道具って何?」

「レターセット、ペンライト、スマホ、単眼鏡、五徳ナイフ、拘束バンド、それにピッキングセット」

 即答が帰ってきた。

「レターセットって?」

「たとえば高い滝から突き落とされて流され、どこか辺境の村に漂着したする。スマホは壊れ電話は通じない。そういう時にポストがあったら知り合いに連絡がとれるでしょ」

「まさかあ」

「旅行者に託すという手もあるし、呪符を描くこともできる」

「理解した。……ペンライトは? スマホがあったらいらないじゃない」

「電池減るからいやだ」

「単眼鏡、てのはルーペのこと?」

「ううん。遠くを見るやつ。あとは……」

「説明しなくてもわかる」

 スマホの位置共有ソフトで澪さんの位置を確認する。丹波口駅だ。澪さんは「丹波の大江山から鬼が来るとしたら丹波口でしょ」という謎論理で丹波口を監視することに決めていた。立華(たちばな)女子大学山口寧々さんが同行している。本当のところは近くにある「京の食文化ミュージアム・あじわい館」に行きたかっただけかもしれない。

 OGの雨竜さんチームは東向観音寺(ひがしむきかんのんじ)の土蜘蛛灯籠を見に行った。明智短期大学の推理文学同好会は、他のあらゆる凡庸な推理を打破して「アトラクナチャが示すのは土蜘蛛」との結論に至ったのだとか。ひょっとしたら老松の香果餅あたりを買うついでなのかもしれない。

 私とメリーさんは、移動の途中での時間つぶしだ。――すみません。本当は名物のパフェが食べたかっただけです。

「京都の入り口と言ったら京都駅だよね」

 パフェをつつきながら話す。

「みんな裏読みをしすぎなのですー」

 そろそろ十時十分。メリーさんがコンコースを見下ろす。

 そしてぼそりと言った。

「おかしい」

「え!? 何?」

「三十分前からうろうろし続けている人が多過ぎなのです」

「ということは、フラッシュモブでもするのかな」

「違うの。彼らはおそらく、警察官なの」

「どうしてわかるの?」

「分厚い胸板と餃子耳(ぎょうざみみ)と鋭いまなざし。機動隊を投入したのね」

 餃子耳とは、柔道の抑え技で耳たぶが外傷性変形をした様子のことだ。もちろん、警官全員がそうではない。餃子耳は特に機動隊員に多いと言われているのだ。

 結局、快人アトラクナチャの活動らしいものはなかった。不測の事態に備えるのはとてもありがたいことだ。けど、つまらなかった。

 このあと私たちは京都駅美術館に行き、マイナーな展覧会を見てまわった。そのあと京都拉麺小路で早めの食事をすませて、私は巨椋池(おぐらがいけ)総合体育館へ、メリーさんは京都文化大学へと向かったのだった。


 数日後、快人アトラクナチャは新たな手紙を送りつけてきた。

 私とメリーさんは、その現物を部室で見ることになる。


 前略

 叡智あふれるミステリ研の諸君

 先日の萌えの日の諸君らのふるまいには正直失望した

 自ら謎を解こうという気概を失い、国家の暴力装置に頼るという愚行を犯したのだ

 今後はよく考えて行動するように

 さて、予告と行こう

 来たるスティック菓子の日、何か愉快な事が起きるぞ

 場所は同じ、京都の玄関口だ

 なお、今回は賞金を…… おっと、続きはWebで

 我こそはと思う者は、その日、その時、その場所に集え!

                   快人アトラクナチャ


「今回は賞金をつけてきたね」

「はーあ」とため息をつくメリーさん。「いったい何がしたいのかが謎なのです」

「自己顕示欲? 動画撮影?」

「そして、差出人はかなりのヴァカなのです。警察に知らせたのは、どこかの大学の教務部でしょ。濡れ衣もいいところなのー」

「確かに。……ということは、次回も機動隊が借り出される? 快人の不愉快度が増す?」

「その可能性が高いわね」

「今回はやめとく?」

「冗談。挑戦をしてきたからには、受けて立たなくちゃ」

 なぜか闘志を燃やすメリーさんなのだった。


 十一月十一日午前十一時。私とメリーさんは前回と同じく空中カフェテラスにいた。今回のメリーさんは、いつものゴスロリ姿だ。前回の「普通の格好」が学生たちに超絶不評で、「絶対にもう着ない」とごねたからだ。そして、「続きはWebで」の結果はすでに出ていた。匿名掲示板に立てられた怪しいスレッド「快人アトラクナチャの予告」で一言だけ「百万円」と記されていたのだ。

 書き込み元のアドレスは台湾。けど、おそらくその前にはVPNを使った隠蔽がされているだろう。ひょっとしたら二重串(・・・)も刺しているかもしれない。以上、会長のお言葉。

「あの書き込みに気づいた人だけが、百万円争奪戦に加われるというわけね」

「ふっふっふっ、あたしたちでお宝ゲットなのー」

 私も闘志が燃えてきた。

……世の中、そう甘くはなかった。

 京都駅北側コンコースに人が集まり始めていた。

 いつも以上にあふれる人々。大半が若い学生だ。おそらくは噂を聞きつけた人々。これで何も起きなければ、快人アトラクナチャの名はアビスの底に沈められるだろう。

 十一時十一分。

 腕時計の秒針が十一秒をすぎた瞬間、それは起こった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ