おばけホテルの殺人(1)
部室に顔を出すとアマリ会長に手招きされた。
会長席の前の椅子に坐るようにすすめられる。
目の前に、つい、と何かのパンフレットがさし出された。
「霧島君。日本怪異伝承学会に出席してみないか」
日程を見ると、次の三連休になっている。
「え? 学部生の私が、いいんですか?」
「ああ。実はミステリー研究会が賛助会員として登録していてね。誰かが行かないと年会費が無駄になるんだ。ちなみに。今回の会場は琵琶湖ウェストランドホテルだ。滋賀県だから、日帰りで通える」
「ええーっ! 行きます! 行かせて下さい!」
私は打ち震えた。
琵琶湖ウェストランドホテルといえば、知る人ぞ知るミステリースポットだ。バブルの末期に建てられた巨大ホテルだが、その後の景況悪化に伴い奮闘虚しく倒産、長らく廃墟として放置されていた、はずなのだが…… まさか復活していたとは! これは行きたいじゃありませんか!
「あと一人、枠があいているのだが……」
会長は澪さんに視線を送る。
「行きませんよ。あそこはレベルが低いから。行くだけ無駄です」
えらい言われようだ。
「どうレベルが低いんですか」と私。
「『遠野物語』も『伽婢子』も、『古事記』ですらまともに読んでない人が発表をしていたんです。推して知るべし、です」
激しい毒舌である。
「今回は琵琶湖ウェストランドホテルなんだよ……」
「知ってます。でも、あそこを所有しているのってネオン財団ですよね。私は、将来を見越して政治的には中立の立場でいたいので」
けんもほろろだ。
学会のパンフレットには、ホテルのパンフもはさまっていた。その裏には「協賛:霓虹財団」と書いてある。
「ゲイコウ財団!?」
「そう書いて中国語ではネオンと読む。ただし、大陸での発音はニホンだ。つまり、中国系の日本大好き財団ということさ。まあ、弱小学会としては、どんな資金でも、喉から手が出るほどほしかったんだろうな」
学問の世界はややこしい。いくら日本では学問の自由が保障されているとはいえ、そこに紐付きの資金が入るとなると学者も忖度した発言をするようになる。澪さんが恐れているのはそういう見えない影響のことなのだ。その点、腰掛け気分の学部生である私は気が楽だ。
おっと、廊下から鼻歌が聞こえてきた。今日は沖縄の民謡か何かのようだ。と、思ったら途中から元気な曲に変調した。ネットであがっている、最近流行りのAIが作曲したミックス曲だ。
ばたん。
扉が開いた。
「やっはろー!」
今日のメリーさんは緑色でした。
「いいですね、琵琶湖ウェストランドホテル。あそこ、その昔は大きなお寺だったのですよ」
「つまり、出る、と?」と私。
「もちろん出るよー。楽しいくらい出る。怪談を語る会にはもってこいの場所なのー」
……えっと、学会、なんですけど。
「メリーくんは行ったことがあるのかね」と会長。
「はいのー。比較言語学会で行ってきたのですー。プール入って映画見て異国メシ食べてきたのー」
なんか楽しそうな学会だ。
「でも、滋賀県だから、日帰りで行きたいのだけど……」
「それはもったいないのー。毎食のスモーガスボードがおすすめなのに」
「相撲、ガス、ボード……?」
「うぃ」
澪さんが首をかしげたままの私を見かねて説明してくれた。
「日本で言うバイキング料理のこと。スウェーデン語で『パンとバターのテーブル』。いわゆるビュッフェスタイルの食べ方ですよ」
「そうなのー。でも、団体限定メニューなのー。普通に泊まりに行ってもそこまで凝った物は出してくれなかったよ!」
どうやら、暇を見つけては泊まりに行ったらしい。これは、その相撲なんとかを食べにいなくてはなるまい!
かくして、私もネットから学会特別プランでの宿泊を申し込んだのだった。
湖西線に乗って約一時間。私とメリーさんは琵琶湖ウェストランドホテルの最寄り駅に着いた。
列車から見た風景は本当に田んぼだらけだったが、駅前のロータリーにはそこそこの数の行き先別バス乗り場があった。
メリーさんが腕をつかんだ。
「そっちじゃないのー。あっちにホテル行きのバス停がある。うかつに地元のバスに乗ると、高くつくのー」
『徒然草』に言う「少しのことにも、先達はあらまほしきことなり」だ。そういえば、ホテルのパンフレットにも専用バスがあるとか書いてあったっけ。
ロータリーをはずれ、一台もタクシーがいないタクシー乗り場をつっきり、大通り沿いのバス停へと向かう。そこにはウェストランドホテルのパンフレットを持った老若男女が列をなしていた。
「日本怪異伝承学会、てこんなに人気だったの!?」
私の言葉に近くの女子が振り向く。
「えっ!? エイジングケア学会ではなくて!?」
「うちらは東亜術数学会です」
「超心理学会って、琵琶湖ウェストランドホテルで合ってますよね」
……えっ!? 同じ日程でどれだけ学会を詰め込んだの!?
メリーさんが解説する。
「仕方がないのです。弱小学会には貸し切りに出来るだけの会員がいないのですー」
「でも、よりによって怪しげな学会がいっぱい……」
苦笑する女の子たち。
「ほとんどの弱小学会は任意団体なのー。名乗るだけなら誰でも学会は作れるんだよ」
え!? そうだったの?
「まあ、同人誌レベルの学会誌もあるし、そういう活動から始まって世界的な団体になったところもある! がんばれー!」
見えない小旗を振るメリーさん。
学会という組織への認識が改められた瞬間だった。
そして、私たちは定員いっぱいの専用バスで山の上へと向かった。
さすがにバブル時代の設計はゴージャスだ。
三階ほどの吹き抜けに面しただだっ広いチェックインカウンター。
はるかな高みには地震が起きたら大変そうなシャンデリアが吊られている。
ロビーの左右にはA棟とB棟。おのおのに宿泊施設と会議室があるようだ。ちなみに、二つを結ぶ空中の通路はない。
ロビーの奥は下り坂になっていて、入り口に背を向けたバーカウンターがあった。多分、夜になったらあくのだろう。リキュール類が棚に並んでいてその気になったら誰でも飲めそうな感じだ。その前はラウンジ席、さらに先には大きなガラス窓があって、外には琵琶湖の景色が広がっている。庭に出る扉は、左右の両端にあった。
「やあ、奇遇だね」
ラウンジから声をかけられた。
「あっ、犬彦先生!」
「お久しぶりなのー」
カリユシだかアロハだかを着たマルチ作家の犬彦矢次郎先生がにこにこしていた。テーブルには、ロビーの自販機で買ったらしい飲み物の缶やおつまみが並んでいる。
「何、何、女子大生の知り合いなの?」
向かいにいたチョイハゲのおじさんが下卑た笑みを浮かべた。
「まあ、ただの顔見知りですけどね」
犬彦氏が答える。
「んなこと言っちゃって、ずっこんばっこんやっちゃったんじゃないのー? このこのー」
見た目に違わず、なんとも下品なおっさんである。
「あー、こちらはミステリー作家の益荒男啓吾先生。僕の大学の先輩なんだ」
……そういうことか。
「は、はあ」
「よろしくなのー」
二人とも朝から出来上がっている。というか、益荒男先生一人が飲んだくれているみたいだ。
「君たちも、つきあいなよ。おごってやるからさー。どうせ学会なんてお義理で参加しただけっしょ。メインは酒と料理! 楽しまなくちゃ」
益荒男先生は豪放磊落、というか、破落戸というか。あるいはそう演じているという感じだ。
「で、君たちは何学会に来たの?」と犬彦先生。
「日本怪異伝承学会です」
「というと、そろそろ基調演説が始まる頃だろう。チェックインは後にして早く会場に行った方がいい」
「はいのー」
「ありがとうございます!」
私たちは犬彦先生の言葉に、学会の会場へと向かったのだった。
「A棟の大会議場ね」
私とメリーさんは、カートを引っ張って左側のエレベーターホールに向かう。
学会は日帰りで来る人も少なくない。だから、参加の受付は会場の外側に設置された長机で行う。
幹事となった大学の学生さんは大忙しだ。参加者名簿と会員番号を突き合わせて名札と資料を配る。
一回の発表は質疑応答込みで三十分。ただし、スケジュールよりも遅れることがざららしい。大体は大御所の基調講演に始まり、中堅、若手、ちょっと危なっかしい人、の順番で発表が進む。以上、メリーさん情報。
基調講演が始まった。
日本怪異伝承学会では、まず怪異伝承について一切の先入観を取り除いた資料や口承自体への没入から始まり、統計処理や事実の記録にのみ基づいた研究を行う。心理学や精神医学といった他の学術説による無理からな解釈を押しつけることなく研究をすすめることを旨とする、などなど。
そして、発表が始まる。八尺様と肉吸いとぬっぺふほふの伝承研究とか、祭り囃子現象と狸囃子と夜間音響伝播とか、聞き耳ずきんと天狗倒しとモノマネ鳥の録音結果とか。いやはや、最後のはAIスピーカーをオウムが操作して買い物をしてしまったという恐るべき怪現象実例に笑いました。
とまあ、割と楽しい内容だった。ただ、澪さんのような学究肌の人には「程度が低い」と言われても仕方のない感じではあった。
というか、さすがにババサレを追い払うためには、カレー、ミソ、カリントウ、チョコレートソフトが効果的である、といういささかお下劣ネタにすぎる発表がなされたのには驚いた。ちなみに、赤紙・青紙の元が召集令状と防衛召集令状・馬匹徴発告知書から来ているという仮説は面白かった。
兎角しているうちに昼餉の時間となった。
そういえば、最後の発表の前に大量の人が逃げ出していったのは、発表内容を予測していたからかそれとも早めにレストランに入らないと料理がなくなるからか。
ようやく午前の部がおわりロビーに出た私は、昼食会場に向かおうとエレベーターの上向きのボタンを押そうとした。
メリーさんがその手を止めた。
「先にチェックインして昼食チケットをもらわないとダメ! チケットがあると半額なの!」
やはり「少しのことにも、先達はあらまほしきことなり」なのだ。




