92.七人目の異人1
【魔暦593年07月03日18時49分】
さて、スカー・バレントとの出会いについては、十分すぎるほど語っただろう。
彼は善人であり、指針である。だからこそ僕は、彼と共に動く必要はないとさえ考えていた。二手で動いた方が、どちらかが犯人に辿り着く。
そうしなかった理由は、死体の位置を案内できるのが彼しかいなかったと言う理由もあるが、やはり、僕は自分の手で殺人鬼を捕まえたいのだ。
僕の知らないところでスカーが殺人鬼を見つけ、追い詰めて欲しくない。後日談を聞いて満足できるわけがない。
ロイやラス隊長。副院長率いる魔王討伐戦線。殺人鬼を追っている連中は続々と明らかになっている。知らないだけで、他にもいるかもしれない。
それならば、一番頼りになる男を仲間にした方がいい。
スカーは純粋に嬉しそうにしていた。仲間が、同志が増えることが楽しそうだった。
そんな彼を利用するというのに、全く心は痛まなかった。
結局、僕がひどく心を揺さぶられていたのは、全部妹が関わっていた話だったのだ。入江マキの、オル・スタウの安全は確立されている。僕はただ殺人鬼を追う、怒りに満ちた探偵になることができる。
彼のことは、姉に任せた。天才魔法使いである赤髪の姉がいる限り、オルに危害が加わることはない。文字通り死んでも弟を守ってくれるだろう。
スカーのことが気に食わない(僕のこともだろうけど)ルミは、自宅にいたオルと合流してロスト山に向かった。
僕がスカーと手を組んだのと同じく、オルとルミは副院長の元へと行った。
スタウ姉弟は魔王討伐戦線。
僕とスカーはカウエシロイ教室。
異人や殺人事件と、切って捨てられない機関の謎を、二手に分かれて同時に解決しようという算段だった。
「俺もその『副院長』とやらには会ってみたいものだ。この世界には魔王や魔獣がいるらしいのは知っているけれど、ヘルト村は平和そのものだからね。SFチックな天使がどれほど美しいか、みてみたい」
などと、教室の天井を見ながらスカーは呟いたが、僕は止めておいてやった。スカーのような真っ当な人間は、副院長とは相性が悪い。
人を平気で利用し、殺そうとし、事件を俯瞰して観察する天使。ふざけた性格をした副院長とスカーは、会話すら成り立たないかもしれない。
「純粋に異世界感を味わいたいという気持ちもあるけれどね。俺が本当に気になるのは、その副院長の知識だよ。魔法学院所属なのに、異人に対しての理解が深すぎる。エリク・オーケアだっけ?彼も間違いなく異人だろうよ」
「ん、それは無いわね」
僕はきっぱりと断言した。
「だって、あの男は魔法を使えるのだもの」
副院長は人間だ。天使などと自らを呼称しているが、人間に翼が生えて、光帯を頭上に浮かせているだけだ。
空も飛べるし、羽の一本一本を操ることもできる。紛うことなき、魔法の天才だ。魔法学院の副院長にもなれるというものだ。
加えて、彼はラス隊長のことを『先生』と呼んだ。それだけで、どのようにして魔法学院と関わったか想像が付く。
どこで出会ったかは知らないが、魔法を教わっていたのだろう。魔法学の名門スタウ家当主の弟子となれば、あれほどの魔法使いになれても違和感がない。
「さて、雑談はここまでにしておいて。ここからどうするのよ。あの女の先生でも呼びつける?」
僕は話題を現実に戻した。放課後の教室に戻っても楽しくはないが。既に生徒は帰宅していて、先生の姿もない。この教室に残っているのは、僕とスカーだけだった。
僕の問いに、スカーは首を横に振った。それは僕の発言と方針、両方の訂正だった。
「あれはアルバイトだから何も知らない」
「先生なのに?」
「カウエシロイ教室も一枚岩じゃないんだよ。カウエシロイという塾長を頭に据え、その下に三人の代弁教師がいる。そして、三人の教えを直接受けたアルバイトが、先生として講義を開く」
経営人は四人。パラス王国に侵食している新興塾にしては少ない。ベンチャー企業みたいなものなのだろうか。
「さっき講義したのは、カウエシロイ教室の中でも末端というわけさ」
「俺たち生徒は、そのさらに下だけどね」と付け加える。さすが最先端の教育機関といったところで、階層構造がしっかりとしている。
先ほどの講義内容を思い出す。あの三十代くらいの女性は、洗練された講義を展開してはいたけれど、僕にとっては退屈極まりないものだ。
道徳…と言えばいいのだろうか。『人の命の価値』や『他人の人生への関わり』とか。確かにこの世界でそう言った価値観を学ぶ機会は無い。だが、僕にとっては当たり前の知識で、かつ命の軽さを見たばかりなので、耳を塞ぎたくもなる。
ーーしかし、スカーの話は本当らしい
ーー異人が、異人の価値観を布教している
ーーそのための教室。そのための講義
ーーカウエシロイとやらは、国家転覆でも目論んでいるのか?
異人と同じ価値観を持った人間は、地球の知識がなかったとしても、それはもう異人と同じといえる。
他の世界の価値観を受け入れてしまうのは、自らの世界を疑うことの第一歩だ。
転生者と同じように、世界のルールに疑問を持つ。タチが悪いのは、魔法が使える異人ということだ。
ルミ・スタウがいい例だ。十六年間、僕とオルに挟まれて暮らした彼女は、知らずして異人の価値観を所有している。平井ショウケイや如月ランなど、日本人の名前を発音できるほどに。
彼女は、ロスト山登山許可状を偽装し、無免許のまま魔法を使い続ける。未だかつて、ここまで小賢しい魔法使いがいただろうか。まるで僕のような考え方だ。
つまり、異人の価値観はこの世界に悪影響を与える。だからこそ、魔王とカテゴライズして処理する機関が、魔法学院に設けられているとも言える。
僕からしたら、カウエシロイ教室は最先端の学校というより、魔王養成所にしか見えない。
「そういう所まで考えられているのは、流石に代弁教師くらいだろうけどね。アルバイトの先生クラスは、新しい価値観に興奮し、善意で講義を行なっているに過ぎない」
「やっぱり、代弁教師とアポイントを取らないとダメみたいね」
そもそも僕がスカーと手を組んだ理由は、『死体探し』のためだ。殺人鬼の手がかりを対話で読み取るため、僕はこうしてカウエシロイ教室に潜入しているのだ。
「さて、死体はどこにあるのか、教えてくださる?」
金髪の青年はウィンクをして僕に目線を合わせる。
「ん、知らないけど」




