91.とある男について9
【魔暦593年07月03日13時25分】
「話は終わったかな」
と、スカーはゆったりと近づいてくる。あれだけ早くランニングをしていたと言うのに、呼吸が全く乱れていない。随分と鍛えているようだ。
僕は全身に走る痛みに耐えながら、よろよろと顔を上げる。スカーは優しい笑顔を見せな、僕に手を差し伸べる。「ありがと」と礼を言いながら、立ち上がった。
別に僕は、金髪のイケメンに優しくされたからと言って頬を赤らめたりしない。美少女であって、心まで女なわけではないからだ。
そんな僕から見ても、スカーが輝いて見えた。男でも惚れるぜ。
「む、おい。モニに触れるな」
その間に割り込むルミ。彼女はスカーの両肩を掴み、そのままグイグイと遠ざける。
「ん。あー。うん、そうだった。ごめんね、ルミさん」
と、スカーは何かを察したように呟いた。彼にしては随分と軽い謝罪だったが、ルミは無視したようだった。スカーなど眼中にないらしい。
「話はまだ終わってない。モニが思う、殺人事件の犯人を聞いていない。お前の仮説を話せ」
ルミは壊れた椅子をどかし、新しい椅子に僕を着席させる。何ともまあ、強引な少女である。
流石の僕も、ここまでやられっぱなしでは黙っていられなかった。暴力に屈するのは、三回までだ。
僕は両腕を組み、したり顔でこう言った。
「逆に聞くけど、雪山山荘の殺人鬼は誰だと思う?」
「はぁ?おい、ふざけてんなら…」
「僕は大真面目だよ、ルミ。現状、僕は仮説しか持っていない。既に、知っていることは全て話している。後から前世の情報を引っ張り出してきて、『やっぱりこうだった』なんて言うことはないんだよ」
異人の特性の一つ。前世に対する完全記憶能力。魂に情報が刻まれているからか、いつになっても忘れることはない。見た景色を、そのまま思い出せる。
僕はもう何も隠していない。本当に、内に秘めた仮説しかないんだ。
「ルミは自分が聞き手かと思っているかもしれないが、探偵役になることもできるんだよ。というか、なってもらわないと困る」
僕はペラペラと喋り倒す。ようやく、僕の領域になってきた。ルミが僕を席に座らせたんだ。暴力女が力を放棄して、暴言女のフィールドに上がり込んだ。
「『読者への挑戦』ってやつだね」
スカーは微笑をながらそう続けた。
「作者が全てを書き切ったんだ。これ以上語られることはない。フェアな状況になった。だから、ルミさんも犯人がわかるはずだ、ってことだね」
「意味がわからん」
「ルミなりの仮説を立ててみて欲しいってこと」
それが当たっているかどうかは正直どちらでもいい。だけど、もし、僕たちと同じ解答をルミが提示してきたら。雪山山荘の殺人鬼は確定したと言っていいだろう。クロスチェック完了である。
とはいえ、スカーは自身が死ぬ瞬間に犯人を見ているらしいので、この行動時点に意味がない。彼から答えを聞けば、雪山山荘密室殺人は解決する。
が、雪山山荘密室殺人は登場人物全員死亡という形で終わった話だ。その続編である、ヘルト村殺人事件の方が重要だ。
未だに誰も解けていない問題を、暗算で解こうとしてはならない。途中式が必要だ。今、スカーから答えを聞けば、ヘルト村殺人事件は僕の手から離れる。僕もまた、聞き手になってしまう。
ぐるる、と唸り声を上げるルミは、席を立ち上がった。納得はしてはいないようだが、僕の考えは理解してくれたようだった。
「じゃ、いこっか」
「ふん」
彼女はそっぽを向きながら、僕に従った。当面の目標は、死体の確認だ。前提条件として、雪山山荘の招待客、呪われた七人の子供達が転生しているのをこの目で見たい。
僕はスカーを見て、別れの言葉を告げた。
「また会おう」
「うん、俺はまだここにいるから、何かあったら呼んでくれ」
ーー変なことを言うやつだな
この大広場に用があるのだろうか。誰かと待ち合わせをしているとか。
疑問に思いつつも、背を向ける。何、来世でまた会おうと言っているわけではない。彼とは直ぐに合流することになる。
死体となってまた出会う、みたいな不吉なことが脳裏によぎったが、直ぐに振り払った。
***
【魔暦593年07月03日13時50分】
地下二階に安置されていた死体を移動させたのはカウエシロイ教室だ。僕とスカーは、その過程で出会ったのである。
と、僕が思い出したのは数分歩いた後だった。
死体の新たな安置場所を知っているのは、警備隊ではなくカウエシロイ教室。
「あ」
僕らの行先は、再び大広場だった。
先程まで話していたレストランの椅子に、全く同じ角度で座っていたスカーが、和やかに笑みを浮かべる。彼は僕らを見て、ひらひらと手を振った。
頬を赤らめた僕と、痛いほど呆れた顔をぶつけてくるルミ。僕は情けなく、スカーに死体の場所を聞くのだった。
再会はあまりに早い。
彼の待ち人は、僕だったと言うわけだ。
こうして、僕はカウエシロイ教室に入学した。




