90.とある男について8
【魔暦593年07月03日13時22分】
「これは拳銃と言ってね。僕の世界では、人を殺す道具として発明された物なのよ」
「人を…、殺すため?」
「そして、この世界では、異人かどうか見分けるためにある」
未だに首を傾げるルミに、僕は指を立てて説明した。
「この異物を見たものが取る行動は三パターンにわけられるの。一つ目はルミのように首を傾げるもの」
異世界において、それは当然である。刃物のように明らかに人を害する物ならまだしも、拳銃には危険性を感じられない。飛び道具という発想すら湧かないだろう。
ガン、と机が揺れる。ルミが机の足を蹴ったことは、彼女の表情を見て明らかだった。僕のゆっくりとした説明に痺れを切らしたらしい。
少しは語らせてくれよ。
「二つ目は、警戒するものだね。ラス隊長とかは、経験豊富だから未知の危険物だと見抜いてくるかもしれない。で、三つ目は…」
スカーはどうしているだろうか、と振り返ると、彼は未だに大広場を走って回っていた。運動好きなのは、前世から変わっていないらしい。その姿に、先ほどの狼狽は見えない。
確か、体育会サッカー部の部長だったんだっけ。
「三つ目はスカーのように、両手を空に向けて命乞いする連中。こういうやつは、間違いなく異人だ」
僕が結論を述べたにも関わらず、ルミは未だ変わらず不満顔だった。もっとわかりやすいように噛み砕いて言えってか。まずい、そのうち鳩尾を殴られかねない。
仕方がない。
今一度、振り返ってみようじゃないか。
***
【魔暦593年07月01日20時05分】
「嬢ちゃん?何してんの?」
夜空を見つめていた僕を覗き込むように、青年が顔を出す。ぼさぼさな髪は、彼の容姿への無頓着さを表していた。彼は不思議そうに僕の顔を見つめる。
「ラーシーさ、ん!」
思わず飛び跳ね、彼と距離を取る。捻った右足は未だに痛いが、それでも僕の体は無理やり動いた。思わず激痛が走るが、歯を食いしばる。
汚職警備隊ラーシーは、ライトを僕の足元に照らしながら首を傾げる。何かに躓いたと思ったのだろうか。疑問を浮かべた表情のまま、一歩こちらに近づいてくる。
僕は思わず、手を差し出して彼を制した。
「まて!」
「ほ?」
「近寄るな、と言っているんです」
僕の唯ならぬ形相に驚いた様子を浮かべた彼は、両手をあげながら一歩下がる。首を傾げながら、「なになに?」と言葉を漏らす。
【11.仮面の村2より引用】
***
【魔暦593年07月03日11時50分】
「ん、なんだよ、このエピソード」
「僕らがイアムの死体を見つけた後、ラーシーと合流した時の話だよ」
「はぁ。その、拳銃っていう異物をラーシーが持っていたってことか?いや、違うか。ええと、ん?今の話、その異物でてきてなくないか?」
出てきていない。僕が拳銃を所有したのは、この件の十五時間後だ。その間に、天使と出会い、拉致監禁されていると考えると、濃い一日だ。
僕はこの時点でラーシーが異人だと断定したわけではない。というか、この時は擬似暗鬼全盛期なので、誰でも異人かもしれないと疑ってかかっていた。
ルミやロイでさえ、疑いの対象だった。
「翌日、僕らはロスト山に出向いた。天使を探すためにね。結果的に、洞窟の中で副院長と出会ったわけだが、その時僕は、副院長に拳銃を突きつけられた」
死ぬかと思った。情けなく泣いたし、命乞いもした。
それほどの恐怖が、拳銃にはあった。異世界に紛れ込んだ科学の異物は、想像以上に偉人の心に刺さるらしい。
「両手を上げるのは、無抵抗の印だ。手には何も持っていないし、抵抗の意思はないと告げている」
「なるほど。異物が重要ということではなく、両手を上げる行為自体が異人の証明になったというわけか」
「どの体勢でも魔法を打てる人間には、理解できない行動だろうね」
ようやく僕の言いたいことが伝わったらしい。彼女は目を瞑りながらうんうん唸った後、深く頷いた。
「なるほど。そういえば、昨日あたしが詰め寄った時、スカーは両手を上げていた気もする。変なポーズだから印象的だった」
「でしょ?だから僕は、ラーシーが異人だと気がついた」
そして、ラーシーの家に向かった。後は語らなくても良いだろう。
「で、ラーシーが如月ランだという根拠は?」
「ふふふ。これは話が長くなるのだけれど、最初はオルの一言だね。平井ショウケイの言葉を覚えているかって話から始まって…」
「いいから、結論から言え」
「う、はい」
ルミの圧に思わず椅子を引く。
といっても、僕は困ってしまった。結論から適切に話したいのは僕も同じだが、この話は語れば長くなるのが必然なのだ。
前提として話さなければならないことがたくさんある。
今の僕の指針である『殺人とは対話である』という平井ショウケイの言葉。
雪山山荘密室殺人で死体処理を担当していたこと。
その時に見た、死体の最後の表情。
そして、ラーシーの死体を、キスができるほど接近しながら調べ尽くしたと言うこと。
ーーま、いっか
僕はめんどくさいので、結論から述べた。
「ラーシーの死後の表情が、如月ランの死後の表情とそっくりだった」と、簡潔に。
意外なことに、ルミは「ふーん」とだけ言った。彼女からしたら証明しようがない話なので、僕が言った話として処理してくれたのだろう。
証明不可能な情報は、証拠にはならない。クロスチェックをしていないなら尚更だ。
全員分の死体の顔を確認して、信ぴょう性を高めなければならない。
「ってか」
彼女はゆっくりと立ち上がり、僕を上から見下ろす。彼女より十五センチほど身長が高い僕からしたら、少し珍しい景色だった。
だからこそ、彼女の怒りのボルテージが上昇しているのがすぐわかった。手元の右拳が、プルプルと震えている。左手でそれを抑え、何とか自制しているようだった。
「そういうのは、早く言えよ!」
一撃。
というか、一蹴り。
自制が効いていたのは上半身までだったようで、彼女の右キックは僕の脇腹にヒットし、そのまま振り抜かれる。僕は椅子ごと吹っ飛ばされた。




