表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第三章 新王都アムリタ
93/188

九十夜 チャンドラ

 アーチ状の天井、両端に石柱が連なり、石畳が幾分削れる通路。

 ウダカ城の城砦内で、二つの非友好的な影が対峙していた。

「盗賊」風の男が、包帯で覆われた「密偵」風の女の顔をマジマジと見る。

「そこまで隠すとは念入りですね、ああ注目を集めるほどの美貌なのですか?」

「これは本当にケガをしているのだっ!」

「女」は叫びかけて止まる、わざわざ情報を与えてやることもない。笑みを浮かべた男は因果伯だろう、瞬時に命懸けとなる覚悟はできている。

 むしろ先ほどの「緑の覇気」に比べ、真っ当(・・・)な戦いに気楽さすらあった。

 それは男――チャンドラとて同じである。

 ヴィーラ殿下は元より、アラヤシキから招かれた奇天烈な少年の『カルマ』は、彼の認識を遥かに超えていたのだ。

 目の前には未知の敵、属性も「力」も分からないが、よほど真っ当(・・・)だと。

 図らずも両者の意見は一致していた。


「女」は自分に分があると、口先を舐める。

 三階の手摺上に突如現れたのだ、脚力を誇る一部の亜人以外にこんな芸当は――肉体強化でもない限り不可能、ならばS属性。

「名前と幾度かの会話、属性の気配、そしてこの距離なら……確実に操れるゾ!」

 例え短時間だろうと、命のやり取りには十分な一手。さらにチャンドラと名乗る男は、余裕なのか『カルマ』を啓いてすらない。

 どんな武器であろうと、同時に啓けば「声」が武器である自分が有利。

「いつぞやの黄鬼(オーガ)のように、すでに啓いていなかったことを嘆くがい……い?」

 黄鬼(オーガ)……なんだか分からないが、顔の傷が疼いた。

「おやおや名前くらい教えてくれてもいいでしょう? ああそういえば海賊の首領「ズキンの姉御」とやらが、ウダカに潜伏しているようですが……」

 無言で間合いを測る「女」に、チャンドラはわざとらしく首を傾げ問う。因果伯としての矜持を刺激したのだ、お前は海賊の首領かと。

「女」は頭に血が上り、無策のまま意識を集中する。

 ――っ私は「王の属性」だゾ!? 全てが私の前にひれ伏すのだゾ!?

 海賊の苦労も知らんくせに、姉御と呼んでいいのは手下たち(あいつら)だけだっ!!

「チャンドラとやら、その軽口を叩けなくしてやるゾっ! 『()じ――…』!?」

 その刹那、チャンドラの右腕が淡き光と共に掻き消えた。

「女」は危険を察して再び横転する。風切り音さえも遅れて聞こえるほどの速度、チャンドラが抜き手も見せず銀のナイフを放ったのだ。

 それは腕だけの、一点集中型の肉体強化。

「ふんっ先ほど放ったのは失敗だったな、近接攻撃ではないと思っていたゾ!」

 一本の狭い通路、攻撃手段と方向が分かれば対処は難しくない。

 またもや数度転がり、膝立ちでチャンドラを視界にとらえる。次のナイフを取り出す前に今度こそ――頭上に、細い炎の糸が張っていた。

 危機が背後(・・)から迫る。

「な……っ!?」

 感覚を信じてさらに転がったが、漆黒のマントが大きく焼き裂かれた。ナイフは避けれても、繋がれた炎の糸は鉄の切れ味を持ち軌道上に残っていたのだ。

 石畳を弾き石壁を削り、炎を引いて止まることなくナイフが乱反射する。

「炎を操る……「炎生(えんじょう)」!? 馬鹿なっいつの間に啓いた!!」

 言葉にする余裕はなく心で叫ぶ。

「『()……』じ、くぅ!!」

 意識を集中する間もない、銀の光が息もつかせず四方八方から襲う。

 有利なはずの狭い通路が一転、逃れ得ぬ虫カゴとなる。張り巡らされた炎の糸が「女」を取り囲んでいった。


 チャンドラの右手中指には、リングに重なり小さな文様が淡く発光している。

 リング自体が「偸金(ちゅうきん)」により製作され、複数の返還価値を内包していた。対峙する前から、すでに『カルマ』を啓いていたのだ。

 銀のスローイングナイフは柄部分に糸が仕込まれ、中指のリングに繋いである。

 肉体強化でナイフを投擲し、糸を文様に通して時間差で炎へと返還。炎を推進剤にすると共に、鉄線の強度を持たせてナイフの軌道も操作していた。

 ナイフ自体が勢を失うまで敵を追尾可能。

 奇天烈な少年がこれを見たら「有線誘導ミサイル!」と叫んだかもしれない。

 薪すら返還できない小さき「門」……チャンドラは直接的な武器とせず、間接的に応用すべきと認識している。

 ジャーラフから「風舌(ふうぜつ)」で指示を受けると、手摺に引っ掛けロープ代わりにし、懸垂下降で外壁から直接回り込んだのだ。


 投擲したナイフの速度が落ち、チャンドラは手元に戻す。

 石壁の通路に炎の糸による結界が、赤き蜘蛛の巣が現れていた。

「ねえズキン(・・・)ちゃん、私とて女性をいたぶる趣味はないんだ。できれば穏便に……なんて話を聞いてくれてありがとう、次の糸も繋げれました」

 姉御は懐が深いですね――銀のナイフに光を射し、いつでも投擲可能と揺らす。

「――くっ!」

「女」は歯ぎしりが精一杯だった。絶え間ない攻撃にマントは裂け素肌が露出し、肩で息をしているのをごまかせない。

「力」を啓くだけの精神集中が、容易ではなくなっている。

 闇を縦横無尽に飛ぶナイフは補足が難しく、意識を削られていたのだ。皮肉にもナイフを操作する炎の糸が見えなければ、避けることすら困難。

「こっこれでは拷問と同じだゾ! それが貴族の、因果伯の行いと言えるのか!」

 どうにか意識を整え、啓くだけの時間を稼がねば――。

「穏便に……と思ったのは本当です」

 息を吐いたチャンドラが、憐憫をこめた瞳を向けた。

「ズキンちゃんの見事な「力」が、惜しいのです。貴族の地位を授かっていても、我らは使い走りと変わらない……ならば少しでも、待遇のいい国を望むべきです」

 私が口利きいたします、永世中立国のヴィーラ王国でともに働きませんか――。

 心で舌を出した「女」は、いかにも悩んでいる仕草をする。

「チャンドラ優しいのだな……誤解していた。だが分かるだろう即答はできない、投降して保釈といった道も――…」

「でしょう? こうしてズキンちゃんの時間稼ぎにも、つき合ってあげてます」

 満面の笑みに次いで、再び銀の光が炎を引き巣を張り巡らす。

「女」は床を蹴って回避したが、意識の回復どころか息を整える間もない。

「……っそぉ!」

 忌々しく睨んだ後方の炎が、やっと弱まり始めていた。


「投降が頭をよぎったのは事実だが、あの方(・・・)はそんな醜態を許してはくれない……選択を間違えれば、容赦のない粛清が待っている!」

 炎の糸に阻まれ触れた皮膚が火傷で引きつる。

 回避場所が次第に限定され、深手を負い「女」の焦りが深まった。

 チャンドラに隙はなく、次々と先手を打ちこちらの手を封じていく。その気なら即座に止めを刺せるだろう。

「ふっ……どう足掻こうと我が身に降りかかる、死より恐ろしい事態か」

 最初に感じたのだ――「盗賊」は、女子供とて容赦しないと。

「だがその歪んだ性質が、お前の命を縮めるのだゾ!」

 ただ不様に避けていたのではない、気配の光が視えるO属性の特性。

 あまり得意ではなく数は分からないが、こちらへ向かってくる気配がある。

「お前はO属性の、真の恐怖を知らない! どれほど炎の巣を張ろうと声は通る、一瞬でいい一方を操れれば……同士討ちさせられる!」

 仲間を斬れず正気に戻れと叫び、ついには泣きながら剣を振るう。

 どちらが生き残ろうと、そうして削れた精神を操るなどお手の物。かつて幾度も見た光景に、どうしてやろうかとサディズムな笑みがこぼれた。

「私を辱めた報いを、たっぷりと受けさせてやるゾ!」


「発する気配が衰えんな……容姿からは察せぬほど、場数を踏んでいたか」

 厄介なズキンちゃんだ――背筋に、冷たい汗が伝う。

 S属性ならば出会った瞬間に戦闘が始まるか、その体力に物を言わせた逃走。

 O属性の可能性が匂ったチャンドラは、名を明かし会話をし、心理的な逃げ場(・・・・・・・)を与えず対峙する方向へと誘導した。

「女」は手傷を負っても肉体強化は使わず、O属性であることが判明。

 O属性「綺人(きじん)」――およそ全ての属性中、最恐を冠する「力」である。

 一撃(・・)の被弾で、即座に状況をひっくり返せる手段を持つ。敵対者に使い手がいるだけで脅威なのだ。

 敵対国の「密偵」である、できれば殺さずに尋問したかった。

 しかしO属性は身体的には常人と何一つ変わらない。軽口を叩き力量差を演じていたが、実のところチャンドラは攻めあぐねていたのだ。

 強行すれば、あるいは命を絶ってしまう――。

 サーガラで何者かが暗躍していた情報は、新王都にも伝わっている。

「男」によるマナスルでのバジリスク騒動から、誰もが「プールヴァ帝国」の所行だと思いこんではいなかったか。

 しかし他国の――「パシュチマ王国」の王太子が、サーガラにいたのだ。

 そしてこの場にも居合わせてるのはなぜだ? 2度の遭遇を偶然と言えるのか、あるいは意図した策略か?

「ローカァ伯爵家の前で、姿を隠す俺を易々と看破してみせた。普段の柔かな物腰は擬態だろう、言葉を選ばぬなら……「狂気」すら内包している」

「女」は絡まる符丁を聞き出す捕縛対象、絶対的な一手を打てなかったのだ。

「殿下のお膝下まで迫った影……最悪の事態を招くよりは、闇に葬るべきか」

 組織に侵入し、情報の収集、隠蔽、妨害、破壊工作――暗殺。

 個別で行動する因果伯にあって、チャンドラは非法執行活動に従事している。

「……っそぉ!」

 忌々しく睨んだズキンちゃんの眼が死んでいない、なにを狙っている?

「大人しく、投降して欲しかったのだがな」

 本業(・・)に戻るか――。

 銀のスローイングナイフがぬらりと光り、チャンドラの半身を浮かばせた。

「女」が排除対象へと変わり、目に黒き光が宿る。

「っゾ!?」

 O属性ゆえか、その気配を「女」が感じ取った。


「ガァ――ッ!!」

 殺気に反応し、ズキンガラスが床で(・・)威嚇を上げる。危機を察し飛び上がったが、暗闇の天井にぶつかって今まで倒れていたのだ。

 突然の乱入に状況判断がかなわず、チャンドラとて一瞬意識が停止した。

 その間隙を縫って、「女」がきびすを返す。衛兵らが駆けつけるのを待つか? 目の前の男から逃げ出すか?

 浴びせられた殺気は、即座に後者を選択させた。

 いやそれだけではない……『カルマ』を啓かれた時点で詰んでいたのだ。S属性相手に正面から対峙すれば、戦うのも逃げるのも不可能だと分かっていたのに。

 己の属性におごり、みくびっていた――。

「それでも、足掻いてやるゾっ!」

 燃え尽きていない後方の炎の巣に体をぶつけ、強引に突破する。

 体が裂かれる激痛に耐え、マントの一部が燃え上がっても意に介さなかった。

 自分が炎の巣を突破すれば、次はあの男への障害物に変わる。通路のこちら側へくる時間が、ほんの数秒でも稼げればいい。

 等間隔に空いた監視用の小さな窓、一番近い窓から飛び出す覚悟で走る。

 崖の上に建つ城の三階、生き残る確率は――まだマシ(・・・・)な方に賭けた。

「O属性と思われる奇妙な少年の情報を持ち、胸を張って国へ帰る……っ!」


蜘蛛の巣(アクラノフォビア)』!

 チャンドラが吠える。

 左手(・・)の薬指のリングから、炎の巣の間隙を縫って一本の炎が走ってゆく。

 それは最初に投擲した、黒のスローイングナイフに繋がれた黒い糸。

 網を張り物理的な逃げ場(・・・・・・・)も、すでに断っていたのだ。

「女」が窓に到達するより早く、四角く空いた明るい夜空に炎の巣が張り巡った。

「ぎゃあ――っ!!」

 まともに突っ込み、マントが斬り裂かれ燃え上がる。

「ガァガァ――ッ!!」

 主の窮地に、炎の巣を物ともせずズキンガラスが飛び上がった。

 羽を大きく広げて暴れ、チャンドラの視界を一瞬覆い隠す。それが隙だったかは分からない、だが炎の巣の隙間から「女」がすべり落ちる。

 窓の外に三人目の影が現れ、炎の糸を無理矢理広げたのだ。

 手が淡く発光している、こんな芸当は肉体強化でしか行えない。

「S属性か……」

「ガァ――! ガァァ――――ッ!!」

 腕を掲げズキンガラスの攻撃をかわすが、影となる三人目と視線は切らさない。

 数秒の思考戦。

 三人目がまさしく影のごとく消え、時間を稼いだズキンガラスが慌てて追った。

 炎に羽を焼かれ、天井や石柱に体を幾度もぶつけなんとか窓から飛び出す。

「ア"ァア"ァァ――…」

 繰り返す鳴き声が、遠く潮風に重なり消えていく。

「失敗は慣れてる、お前さんに免じて……ズキンちゃんは追わないでやるよ」

 窓から崖下を望むと、気配が段々遠くへ離れていく。チャンドラは炎を解除し、黒のナイフをブーツに納める。

 負け惜しみにも賛辞にもとれる呟きは、どちらに対してだったのか。

「――そこの盗賊、逃がしませんよ! 大人しくお縄に……えっチャンドラ卿?」

 駆けつけたシャンティ卿が、権杖を突きつけて目を瞬かせた。

 松明もない通路の闇で、チャンドラの表情は見えない。窓の外は海原が広がり、たった今起こった戦いが嘘みたいに凪いでいる。

 炎に焼かれたズキンガラスの羽根が……蝶のように舞う。



 ☆



 ――チャンドラは盗賊団の首領だった。

 大道芸人の子として生まれ、幼い頃から投げナイフの芸を仕込まれて育つ。

 旅の途中で疫病が流行り、座長が急死して一座が瓦解。どうにか近場の村に住まわせてもらい、農家の下働きで食べ物を得る。

 貧困の不平や不満は、他に行く当てのない子供にも容赦なく向けられた。

 殴られ蹴られるのに理由はない、力の弱い者は餌食となるしかないのだ。

「蜘蛛の糸に絡まってもがき、死を待つだけの小虫……」

 記憶に残る、始めて「命」を認識した瞬間。

 親兄弟同然に旅をしていた仲間が、気がつけば誰も居ない。自分が奴隷に売られたと知ったのは、ずいぶん後だった。

 身に覚えのない借金を背負い、半ば崩れた藁ぶき小屋の隅に寝る。

 料理に使う錆びたナイフだけが、光を放っていた。


 その日いつものように殴ろうと大人が手を上げる。

 さしたる理由もないのはすでに慣れていたはず。だが隠し持っていたナイフを、なんの感情も持たずに投げた。

 せめてもの抵抗か? 糸を切って抜け出そうとしたのか?

 幼い頃に習った唯一の財産が、こともなげに大人の指を切断する。真っ赤な血が蜘蛛の巣から逃れた蝶のように舞う。

 いつも抵抗できぬ力で殴っていた大人が、子供みたいに泣き叫んでいた。大騒ぎとなり捕縛され幾度も棒で打たれたが、心は熱い塊に満たされる。

 記憶に残る、始めて「力」を認識した瞬間。

「手が滑ってしまいました、大変申し訳ありません」

 なにやら説教する偉い大人に、芝居の口上よろしく謝罪した。泥にまみれ全身を青あざで腫らし、口内を血に塗れながら笑って魅せる。

 この芸は、気に入って貰えた。


 村同士の抗争があり、当然矢面に晒される。

 粗末な服しかない農民の攻撃を交わし、ナイフで裂いた。深く抉る必要はない、手足を数ヵ所斬るだけで戦意を失い逃走すると学ぶ。

 剣を軽々と振るう巨漢の追い剥ぎに、遠間からナイフを打ちこむ。女を盾とし、脅迫する盗賊の足先を地面に縫いつける。

「ああ……これが力だ、小虫の持つ毒だ」

 ナイフはすでに手の延長となり、演技ではない笑いが込み上げた。血に染まった赤黒いナイフをかざすだけで、万能感が溢れたから。

 自分を餌食にしていた農民が、俺を見て媚びへつらっている。指を失ったかつてあおぎ見た大人が、腰を曲げコソコソと這いずっていた。

 蹂躙できる力に酔う、生殺与奪の権利を振るえるほどの美酒は他にない。

 仲間と一緒に寂れた村を捨て、世に飛び出す。ナイフがあれば……力があれば、全てかなえられると理解する。


 傭兵になるも順調だったのは初めだけ、戦が大きくなると騎士が現れた。

 プレートメイルにナイフで立ち向かっても歯が立たない。甲冑の特性を探って、目や関節などの隙間に打ち込んだ。

 プレートメイルは倒れると脆い、大型のナイフにロープをつけ投げて拘束する。

 ナイフの技術はさらに磨かれたが、決定的に勝てるとは言えなかった。遥か遠間から狙える弓にクロスボウ、騎士の騎馬突撃など対処する術がない。

 剣を勧められるが、ナイフ以外を使う気になれかった。それは意地だったのか、親が与えた財産だったからか……。

 小さな村の抗争(いざこざ)とは違う、訓練を積んだ者同士の戦争(ころしあい)

 村の仲間は骸となり、戦えない体となり、気がつけば消えて数人だけとなる。


 雇われ先の領主が討たれ、賃金も貰えずに敗走。

 勝ち戦で調子に乗った敵方の傭兵が、少しでも稼ごうと追い迫った。追い剥ぎで糊口をしのぎ、ついには大道芸人に紛れて亜人と一緒に国境を越える。

「ヴィーラ王国」――信じられないが永世中立国だそうだ。

 投げナイフの芸は神業の領域となり、作り笑顔で拍手を受ける。このまま一緒に旅をしないかと誘われるが、すでに真っ当な暮らしは忘れていた。

 戦争のない国に傭兵の伝手は少ない、立ち寄った村で強盗を働く。

 一座からなけなしの財産を奪うと、団員たちを奴隷商に売り払う。倒れてる所を救ってくれた彼らが、最後にどんな顔をしていたか覚えていない。

 当たり前のように盗賊となり、手当たり次第に農村を荒らし回った。

 自警団が少なく戦った経験もない農民相手、面白いように稼げる。仲間になりたいとゴロツキどもが集まり、再び「一座」の首領となった。

 目端の利く者に斥候させて網を張り、力の弱い者を選んで餌食にする。

 いつしか、己が蜘蛛になっていた。


 運悪く盗賊討伐の軍隊とかち合い、傷だらけになりながらも逃げのびる。

 敗走はすでに慣れていた、ガキの頃から傷の治りも早い。

 力を蓄えて次はどこを襲うかと思った矢先、アジトの周囲が燃え上がる。なにをどうしたのか逃げ道を絶たれ、プレートメイルの兵士が殺到した。

 アジトの場所を売ったのは、唯一残ったガキの頃からの連れ。

 兵士に縛られた連れは、炎の中でなにか叫んでいた。言い訳か泣き言か、助けに戻らなかった俺への罵倒か。

 聞こえぬまま首が飛ぶ。

 真っ赤な血が、蜘蛛の巣から逃れた蝶を思い出す。

「なあ……俺らは、村を捨てたのか? 村から、逃げたのか?」

 いつから道を違えていたのか――。

 炎に焼かれ銀の波に包囲され、逃げる気も戦う気力も潰えた。

 命乞いは許されずに、団員たちは次々と斬り捨てられ首が転がる。なんの感情も沸かなかった、殺人は斬首……分かっていたじゃないか。

 力に憧れ、力を持ち、力に屈した――それだけだ。


「お前、啓いて(・・・)いるな」

 剣が俺の首に落とされる瞬間、どこかのお姫様の声が届いた。

 その赤き瞳が煌めくと、炎が踊り空気が爆ぜる。炎の鞭……後でそう知ったが、お姫様が炎そのものに見えた。

 絶対的な「力」――完全に捕縛され、逃げる発想すら許して貰えない業火。

 自分の生死は、この御方の気分次第でしかないと認識する。

「自由になれたと、思ってたんだ」

 あの日糸にもがいていた小虫は、なに一つ変わってはいなかったのだ。

「どうかその炎で、焼いてくれ……」

 気がつくと仲間の血と骸の中で伏し、願い出ていた。

「他の生き方は知らない、力が全てだった。貴女(あなた)に焼かれ終わらせて欲しい」

「我の役に立つなら灰としてやる、その価値あるまで足掻け!」


「いつか、あの御方の炎で焼いて貰える」

 尊敬も忠誠もない、絶対的な力に絡めとられ蹂躙される――甘美な陶酔。

 それはチャンドラの受けた罰であり、褒美だった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ