九十夜 チャンドラ
アーチ状の天井、両端に石柱が連なり、石畳が幾分削れる通路。
ウダカ城の城砦内で、二つの非友好的な影が対峙していた。
「盗賊」風の男が、包帯で覆われた「密偵」風の女の顔をマジマジと見る。
「そこまで隠すとは念入りですね、ああ注目を集めるほどの美貌なのですか?」
「これは本当にケガをしているのだっ!」
「女」は叫びかけて止まる、わざわざ情報を与えてやることもない。笑みを浮かべた男は因果伯だろう、瞬時に命懸けとなる覚悟はできている。
むしろ先ほどの「緑の覇気」に比べ、真っ当な戦いに気楽さすらあった。
それは男――チャンドラとて同じである。
ヴィーラ殿下は元より、アラヤシキから招かれた奇天烈な少年の『カルマ』は、彼の認識を遥かに超えていたのだ。
目の前には未知の敵、属性も「力」も分からないが、よほど真っ当だと。
図らずも両者の意見は一致していた。
「女」は自分に分があると、口先を舐める。
三階の手摺上に突如現れたのだ、脚力を誇る一部の亜人以外にこんな芸当は――肉体強化でもない限り不可能、ならばS属性。
「名前と幾度かの会話、属性の気配、そしてこの距離なら……確実に操れるゾ!」
例え短時間だろうと、命のやり取りには十分な一手。さらにチャンドラと名乗る男は、余裕なのか『カルマ』を啓いてすらない。
どんな武器であろうと、同時に啓けば「声」が武器である自分が有利。
「いつぞやの黄鬼のように、すでに啓いていなかったことを嘆くがい……い?」
黄鬼……なんだか分からないが、顔の傷が疼いた。
「おやおや名前くらい教えてくれてもいいでしょう? ああそういえば海賊の首領「ズキンの姉御」とやらが、ウダカに潜伏しているようですが……」
無言で間合いを測る「女」に、チャンドラはわざとらしく首を傾げ問う。因果伯としての矜持を刺激したのだ、お前は海賊の首領かと。
「女」は頭に血が上り、無策のまま意識を集中する。
――っ私は「王の属性」だゾ!? 全てが私の前にひれ伏すのだゾ!?
海賊の苦労も知らんくせに、姉御と呼んでいいのは手下たちだけだっ!!
「チャンドラとやら、その軽口を叩けなくしてやるゾっ! 『綺じ――…』!?」
その刹那、チャンドラの右腕が淡き光と共に掻き消えた。
「女」は危険を察して再び横転する。風切り音さえも遅れて聞こえるほどの速度、チャンドラが抜き手も見せず銀のナイフを放ったのだ。
それは腕だけの、一点集中型の肉体強化。
「ふんっ先ほど放ったのは失敗だったな、近接攻撃ではないと思っていたゾ!」
一本の狭い通路、攻撃手段と方向が分かれば対処は難しくない。
またもや数度転がり、膝立ちでチャンドラを視界にとらえる。次のナイフを取り出す前に今度こそ――頭上に、細い炎の糸が張っていた。
危機が背後から迫る。
「な……っ!?」
感覚を信じてさらに転がったが、漆黒のマントが大きく焼き裂かれた。ナイフは避けれても、繋がれた炎の糸は鉄の切れ味を持ち軌道上に残っていたのだ。
石畳を弾き石壁を削り、炎を引いて止まることなくナイフが乱反射する。
「炎を操る……「炎生」!? 馬鹿なっいつの間に啓いた!!」
言葉にする余裕はなく心で叫ぶ。
「『綺……』じ、くぅ!!」
意識を集中する間もない、銀の光が息もつかせず四方八方から襲う。
有利なはずの狭い通路が一転、逃れ得ぬ虫カゴとなる。張り巡らされた炎の糸が「女」を取り囲んでいった。
チャンドラの右手中指には、リングに重なり小さな文様が淡く発光している。
リング自体が「偸金」により製作され、複数の返還価値を内包していた。対峙する前から、すでに『カルマ』を啓いていたのだ。
銀のスローイングナイフは柄部分に糸が仕込まれ、中指のリングに繋いである。
肉体強化でナイフを投擲し、糸を文様に通して時間差で炎へと返還。炎を推進剤にすると共に、鉄線の強度を持たせてナイフの軌道も操作していた。
ナイフ自体が勢を失うまで敵を追尾可能。
奇天烈な少年がこれを見たら「有線誘導ミサイル!」と叫んだかもしれない。
薪すら返還できない小さき「門」……チャンドラは直接的な武器とせず、間接的に応用すべきと認識している。
ジャーラフから「風舌」で指示を受けると、手摺に引っ掛けロープ代わりにし、懸垂下降で外壁から直接回り込んだのだ。
投擲したナイフの速度が落ち、チャンドラは手元に戻す。
石壁の通路に炎の糸による結界が、赤き蜘蛛の巣が現れていた。
「ねえズキンちゃん、私とて女性をいたぶる趣味はないんだ。できれば穏便に……なんて話を聞いてくれてありがとう、次の糸も繋げれました」
姉御は懐が深いですね――銀のナイフに光を射し、いつでも投擲可能と揺らす。
「――くっ!」
「女」は歯ぎしりが精一杯だった。絶え間ない攻撃にマントは裂け素肌が露出し、肩で息をしているのをごまかせない。
「力」を啓くだけの精神集中が、容易ではなくなっている。
闇を縦横無尽に飛ぶナイフは補足が難しく、意識を削られていたのだ。皮肉にもナイフを操作する炎の糸が見えなければ、避けることすら困難。
「こっこれでは拷問と同じだゾ! それが貴族の、因果伯の行いと言えるのか!」
どうにか意識を整え、啓くだけの時間を稼がねば――。
「穏便に……と思ったのは本当です」
息を吐いたチャンドラが、憐憫をこめた瞳を向けた。
「ズキンちゃんの見事な「力」が、惜しいのです。貴族の地位を授かっていても、我らは使い走りと変わらない……ならば少しでも、待遇のいい国を望むべきです」
私が口利きいたします、永世中立国のヴィーラ王国でともに働きませんか――。
心で舌を出した「女」は、いかにも悩んでいる仕草をする。
「チャンドラ優しいのだな……誤解していた。だが分かるだろう即答はできない、投降して保釈といった道も――…」
「でしょう? こうしてズキンちゃんの時間稼ぎにも、つき合ってあげてます」
満面の笑みに次いで、再び銀の光が炎を引き巣を張り巡らす。
「女」は床を蹴って回避したが、意識の回復どころか息を整える間もない。
「……っそぉ!」
忌々しく睨んだ後方の炎が、やっと弱まり始めていた。
「投降が頭をよぎったのは事実だが、あの方はそんな醜態を許してはくれない……選択を間違えれば、容赦のない粛清が待っている!」
炎の糸に阻まれ触れた皮膚が火傷で引きつる。
回避場所が次第に限定され、深手を負い「女」の焦りが深まった。
チャンドラに隙はなく、次々と先手を打ちこちらの手を封じていく。その気なら即座に止めを刺せるだろう。
「ふっ……どう足掻こうと我が身に降りかかる、死より恐ろしい事態か」
最初に感じたのだ――「盗賊」は、女子供とて容赦しないと。
「だがその歪んだ性質が、お前の命を縮めるのだゾ!」
ただ不様に避けていたのではない、気配の光が視えるO属性の特性。
あまり得意ではなく数は分からないが、こちらへ向かってくる気配がある。
「お前はO属性の、真の恐怖を知らない! どれほど炎の巣を張ろうと声は通る、一瞬でいい一方を操れれば……同士討ちさせられる!」
仲間を斬れず正気に戻れと叫び、ついには泣きながら剣を振るう。
どちらが生き残ろうと、そうして削れた精神を操るなどお手の物。かつて幾度も見た光景に、どうしてやろうかとサディズムな笑みがこぼれた。
「私を辱めた報いを、たっぷりと受けさせてやるゾ!」
「発する気配が衰えんな……容姿からは察せぬほど、場数を踏んでいたか」
厄介なズキンちゃんだ――背筋に、冷たい汗が伝う。
S属性ならば出会った瞬間に戦闘が始まるか、その体力に物を言わせた逃走。
O属性の可能性が匂ったチャンドラは、名を明かし会話をし、心理的な逃げ場を与えず対峙する方向へと誘導した。
「女」は手傷を負っても肉体強化は使わず、O属性であることが判明。
O属性「綺人」――およそ全ての属性中、最恐を冠する「力」である。
一撃の被弾で、即座に状況をひっくり返せる手段を持つ。敵対者に使い手がいるだけで脅威なのだ。
敵対国の「密偵」である、できれば殺さずに尋問したかった。
しかしO属性は身体的には常人と何一つ変わらない。軽口を叩き力量差を演じていたが、実のところチャンドラは攻めあぐねていたのだ。
強行すれば、あるいは命を絶ってしまう――。
サーガラで何者かが暗躍していた情報は、新王都にも伝わっている。
「男」によるマナスルでのバジリスク騒動から、誰もが「プールヴァ帝国」の所行だと思いこんではいなかったか。
しかし他国の――「パシュチマ王国」の王太子が、サーガラにいたのだ。
そしてこの場にも居合わせてるのはなぜだ? 2度の遭遇を偶然と言えるのか、あるいは意図した策略か?
「ローカァ伯爵家の前で、姿を隠す俺を易々と看破してみせた。普段の柔かな物腰は擬態だろう、言葉を選ばぬなら……「狂気」すら内包している」
「女」は絡まる符丁を聞き出す捕縛対象、絶対的な一手を打てなかったのだ。
「殿下のお膝下まで迫った影……最悪の事態を招くよりは、闇に葬るべきか」
組織に侵入し、情報の収集、隠蔽、妨害、破壊工作――暗殺。
個別で行動する因果伯にあって、チャンドラは非法執行活動に従事している。
「……っそぉ!」
忌々しく睨んだズキンちゃんの眼が死んでいない、なにを狙っている?
「大人しく、投降して欲しかったのだがな」
本業に戻るか――。
銀のスローイングナイフがぬらりと光り、チャンドラの半身を浮かばせた。
「女」が排除対象へと変わり、目に黒き光が宿る。
「っゾ!?」
O属性ゆえか、その気配を「女」が感じ取った。
「ガァ――ッ!!」
殺気に反応し、ズキンガラスが床で威嚇を上げる。危機を察し飛び上がったが、暗闇の天井にぶつかって今まで倒れていたのだ。
突然の乱入に状況判断がかなわず、チャンドラとて一瞬意識が停止した。
その間隙を縫って、「女」がきびすを返す。衛兵らが駆けつけるのを待つか? 目の前の男から逃げ出すか?
浴びせられた殺気は、即座に後者を選択させた。
いやそれだけではない……『カルマ』を啓かれた時点で詰んでいたのだ。S属性相手に正面から対峙すれば、戦うのも逃げるのも不可能だと分かっていたのに。
己の属性におごり、みくびっていた――。
「それでも、足掻いてやるゾっ!」
燃え尽きていない後方の炎の巣に体をぶつけ、強引に突破する。
体が裂かれる激痛に耐え、マントの一部が燃え上がっても意に介さなかった。
自分が炎の巣を突破すれば、次はあの男への障害物に変わる。通路のこちら側へくる時間が、ほんの数秒でも稼げればいい。
等間隔に空いた監視用の小さな窓、一番近い窓から飛び出す覚悟で走る。
崖の上に建つ城の三階、生き残る確率は――まだマシな方に賭けた。
「O属性と思われる奇妙な少年の情報を持ち、胸を張って国へ帰る……っ!」
『蜘蛛の巣』!
チャンドラが吠える。
左手の薬指のリングから、炎の巣の間隙を縫って一本の炎が走ってゆく。
それは最初に投擲した、黒のスローイングナイフに繋がれた黒い糸。
網を張り物理的な逃げ場も、すでに断っていたのだ。
「女」が窓に到達するより早く、四角く空いた明るい夜空に炎の巣が張り巡った。
「ぎゃあ――っ!!」
まともに突っ込み、マントが斬り裂かれ燃え上がる。
「ガァガァ――ッ!!」
主の窮地に、炎の巣を物ともせずズキンガラスが飛び上がった。
羽を大きく広げて暴れ、チャンドラの視界を一瞬覆い隠す。それが隙だったかは分からない、だが炎の巣の隙間から「女」がすべり落ちる。
窓の外に三人目の影が現れ、炎の糸を無理矢理広げたのだ。
手が淡く発光している、こんな芸当は肉体強化でしか行えない。
「S属性か……」
「ガァ――! ガァァ――――ッ!!」
腕を掲げズキンガラスの攻撃をかわすが、影となる三人目と視線は切らさない。
数秒の思考戦。
三人目がまさしく影のごとく消え、時間を稼いだズキンガラスが慌てて追った。
炎に羽を焼かれ、天井や石柱に体を幾度もぶつけなんとか窓から飛び出す。
「ア"ァア"ァァ――…」
繰り返す鳴き声が、遠く潮風に重なり消えていく。
「失敗は慣れてる、お前さんに免じて……ズキンちゃんは追わないでやるよ」
窓から崖下を望むと、気配が段々遠くへ離れていく。チャンドラは炎を解除し、黒のナイフをブーツに納める。
負け惜しみにも賛辞にもとれる呟きは、どちらに対してだったのか。
「――そこの盗賊、逃がしませんよ! 大人しくお縄に……えっチャンドラ卿?」
駆けつけたシャンティ卿が、権杖を突きつけて目を瞬かせた。
松明もない通路の闇で、チャンドラの表情は見えない。窓の外は海原が広がり、たった今起こった戦いが嘘みたいに凪いでいる。
炎に焼かれたズキンガラスの羽根が……蝶のように舞う。
☆
――チャンドラは盗賊団の首領だった。
大道芸人の子として生まれ、幼い頃から投げナイフの芸を仕込まれて育つ。
旅の途中で疫病が流行り、座長が急死して一座が瓦解。どうにか近場の村に住まわせてもらい、農家の下働きで食べ物を得る。
貧困の不平や不満は、他に行く当てのない子供にも容赦なく向けられた。
殴られ蹴られるのに理由はない、力の弱い者は餌食となるしかないのだ。
「蜘蛛の糸に絡まってもがき、死を待つだけの小虫……」
記憶に残る、始めて「命」を認識した瞬間。
親兄弟同然に旅をしていた仲間が、気がつけば誰も居ない。自分が奴隷に売られたと知ったのは、ずいぶん後だった。
身に覚えのない借金を背負い、半ば崩れた藁ぶき小屋の隅に寝る。
料理に使う錆びたナイフだけが、光を放っていた。
その日いつものように殴ろうと大人が手を上げる。
さしたる理由もないのはすでに慣れていたはず。だが隠し持っていたナイフを、なんの感情も持たずに投げた。
せめてもの抵抗か? 糸を切って抜け出そうとしたのか?
幼い頃に習った唯一の財産が、こともなげに大人の指を切断する。真っ赤な血が蜘蛛の巣から逃れた蝶のように舞う。
いつも抵抗できぬ力で殴っていた大人が、子供みたいに泣き叫んでいた。大騒ぎとなり捕縛され幾度も棒で打たれたが、心は熱い塊に満たされる。
記憶に残る、始めて「力」を認識した瞬間。
「手が滑ってしまいました、大変申し訳ありません」
なにやら説教する偉い大人に、芝居の口上よろしく謝罪した。泥にまみれ全身を青あざで腫らし、口内を血に塗れながら笑って魅せる。
この芸は、気に入って貰えた。
村同士の抗争があり、当然矢面に晒される。
粗末な服しかない農民の攻撃を交わし、ナイフで裂いた。深く抉る必要はない、手足を数ヵ所斬るだけで戦意を失い逃走すると学ぶ。
剣を軽々と振るう巨漢の追い剥ぎに、遠間からナイフを打ちこむ。女を盾とし、脅迫する盗賊の足先を地面に縫いつける。
「ああ……これが力だ、小虫の持つ毒だ」
ナイフはすでに手の延長となり、演技ではない笑いが込み上げた。血に染まった赤黒いナイフをかざすだけで、万能感が溢れたから。
自分を餌食にしていた農民が、俺を見て媚びへつらっている。指を失ったかつてあおぎ見た大人が、腰を曲げコソコソと這いずっていた。
蹂躙できる力に酔う、生殺与奪の権利を振るえるほどの美酒は他にない。
仲間と一緒に寂れた村を捨て、世に飛び出す。ナイフがあれば……力があれば、全てかなえられると理解する。
傭兵になるも順調だったのは初めだけ、戦が大きくなると騎士が現れた。
プレートメイルにナイフで立ち向かっても歯が立たない。甲冑の特性を探って、目や関節などの隙間に打ち込んだ。
プレートメイルは倒れると脆い、大型のナイフにロープをつけ投げて拘束する。
ナイフの技術はさらに磨かれたが、決定的に勝てるとは言えなかった。遥か遠間から狙える弓にクロスボウ、騎士の騎馬突撃など対処する術がない。
剣を勧められるが、ナイフ以外を使う気になれかった。それは意地だったのか、親が与えた財産だったからか……。
小さな村の抗争とは違う、訓練を積んだ者同士の戦争。
村の仲間は骸となり、戦えない体となり、気がつけば消えて数人だけとなる。
雇われ先の領主が討たれ、賃金も貰えずに敗走。
勝ち戦で調子に乗った敵方の傭兵が、少しでも稼ごうと追い迫った。追い剥ぎで糊口をしのぎ、ついには大道芸人に紛れて亜人と一緒に国境を越える。
「ヴィーラ王国」――信じられないが永世中立国だそうだ。
投げナイフの芸は神業の領域となり、作り笑顔で拍手を受ける。このまま一緒に旅をしないかと誘われるが、すでに真っ当な暮らしは忘れていた。
戦争のない国に傭兵の伝手は少ない、立ち寄った村で強盗を働く。
一座からなけなしの財産を奪うと、団員たちを奴隷商に売り払う。倒れてる所を救ってくれた彼らが、最後にどんな顔をしていたか覚えていない。
当たり前のように盗賊となり、手当たり次第に農村を荒らし回った。
自警団が少なく戦った経験もない農民相手、面白いように稼げる。仲間になりたいとゴロツキどもが集まり、再び「一座」の首領となった。
目端の利く者に斥候させて網を張り、力の弱い者を選んで餌食にする。
いつしか、己が蜘蛛になっていた。
運悪く盗賊討伐の軍隊とかち合い、傷だらけになりながらも逃げのびる。
敗走はすでに慣れていた、ガキの頃から傷の治りも早い。
力を蓄えて次はどこを襲うかと思った矢先、アジトの周囲が燃え上がる。なにをどうしたのか逃げ道を絶たれ、プレートメイルの兵士が殺到した。
アジトの場所を売ったのは、唯一残ったガキの頃からの連れ。
兵士に縛られた連れは、炎の中でなにか叫んでいた。言い訳か泣き言か、助けに戻らなかった俺への罵倒か。
聞こえぬまま首が飛ぶ。
真っ赤な血が、蜘蛛の巣から逃れた蝶を思い出す。
「なあ……俺らは、村を捨てたのか? 村から、逃げたのか?」
いつから道を違えていたのか――。
炎に焼かれ銀の波に包囲され、逃げる気も戦う気力も潰えた。
命乞いは許されずに、団員たちは次々と斬り捨てられ首が転がる。なんの感情も沸かなかった、殺人は斬首……分かっていたじゃないか。
力に憧れ、力を持ち、力に屈した――それだけだ。
「お前、啓いているな」
剣が俺の首に落とされる瞬間、どこかのお姫様の声が届いた。
その赤き瞳が煌めくと、炎が踊り空気が爆ぜる。炎の鞭……後でそう知ったが、お姫様が炎そのものに見えた。
絶対的な「力」――完全に捕縛され、逃げる発想すら許して貰えない業火。
自分の生死は、この御方の気分次第でしかないと認識する。
「自由になれたと、思ってたんだ」
あの日糸にもがいていた小虫は、なに一つ変わってはいなかったのだ。
「どうかその炎で、焼いてくれ……」
気がつくと仲間の血と骸の中で伏し、願い出ていた。
「他の生き方は知らない、力が全てだった。貴女に焼かれ終わらせて欲しい」
「我の役に立つなら灰としてやる、その価値あるまで足掻け!」
「いつか、あの御方の炎で焼いて貰える」
尊敬も忠誠もない、絶対的な力に絡めとられ蹂躙される――甘美な陶酔。
それはチャンドラの受けた罰であり、褒美だった……。




