七夜 水
「1年半でヴィーラ王国を磨きあげろ」――ヴィーラ殿下の「持論」である。
さてどう「反論」すべきか、ぼくは理不尽な状況に興奮していた。
「私はここで生きることに最善をつくすわ。そうすればいつかきっと、最大の収穫が自分に還ってくると思う」
想像力豊かな赤毛の少女が、過酷な運命に翻弄されるも明るくお喋りする。
図書室に入り浸って読んだ書物が、ぼくに勇気を与えてくれた。
まずやったのは、何をおいても水の確保。当然塩素消毒などされてないだろう、人体に対しての影響力が極めて大きいからだ。
国を磨く第一歩、まずは領民の健康と安全の促進!
「――なんて意気ごんでやってきたけど、思ったほど酷くないな。化学物質による環境汚染がないだけ、この時代はまだマシかな」
市民が普段使用している、城壁そばの川――「ナディ川」の水質を調査する。
河川敷が少なく急激に深くなるので渡渉はかなり難しい。探索したところ昆虫や幼虫が生息し、少数ながらエビやザリガニも発見できた。
ありがたくも上級河川と言っていい。
「マナスルが王都だった頃は5万の市民の他にも、行商人など過客で賑わっていたそうだから……その頃に招かれていたら、これではすまなかったろうな」
10年かけて、回復していったのだろう――。
内陸に位置するマナスルは、このナディ川のお蔭で栄えたといっていい。
ナディ川の河口――ヴィーラ王国の最南に位置する港湾都市「サーガラ」から、バージ船を使って大量の物資を搬入していたのだ。
重量があり輸送の困難な物ほど、河川や運河を水路とするメリットが大きい。
かつては川が船で埋まるほどだったと聞く。
「複数ある桟橋が、繁栄の痕跡か……いずれトマソンになるんだろう」
城には井戸もあるけど、水車とバケツチェーンポンプを使用し、ナディ川の水を主塔高所の水槽に備蓄している。
どうやら部分的に雨水も流用しているようだ。
厨房の大きな流し台には水盤が設置してあり、水が大量に必要な料理はパイプを使って水槽から供給されていた。
「現代ではあまり見なくなったけど、給水塔方式がすでにあったんだ」
使用された水は排水口から城壁の排水溝へと流れ、城外へと排出される。
石造りの城の思わぬ機能性は嬉しかったけど、回復してるとはいえ川の水をそのまま使用するのは抵抗があった。
「水槽に備蓄されているから、沈殿は申し分ないか……」
ぼくは大きな樽を用意し、小石に砂利、木炭を挟んで砂利と布を敷き水を濾す。
ろ過水を作ってパイプに連結させ、厨房で一定時間沸騰消毒し殺菌を行った。
「蒸留水」である。
一番安全な煮沸蒸気蒸留水は、量や製作時間の問題で断念したけど――。
「――よしっ! これで完璧ではないにしろ、『水』はだいぶマシになる!」
「あっあのぅ……それを飲んで、大丈夫ですか?」
コップを掲げできばえに喜ぶと、城を案内してくれた使用人さんが驚いていた。
「パンを作らせろ? 誰の小姓か知らんが、さっきからバタバタ何してやがる! ここはガキの遊び場じゃねえ、仕事の邪魔だ出てった出てった!」
「勝手は重々承知しています、ですが試作させてはいただけないでしょうか?」
生活習慣を変え、免疫力を上げるのも大切。蒸留水に続けて厨房を訪れ、まずはパンの製作を願いでた。
イースト――「パン酵母」が明確になるのは、17世紀である。
それまでは練った生地にパン種が発酵するのを待つか、発酵に成功したパン種を流用するしかなかった。
不完全な発酵でとても質が悪かったのだ。
また衛生管理が行き届いてるとはいえず、雑菌の繁殖や腐敗の危険がともなう。
「生地を練る工程からご覧いただければ、けっして遊びではないとご理解していただけると思います! どうかお願いします!!」
今後のためにも、ここはなんとしても引き下がれない。
「このガキ! 優しく言ってりゃあ――…」
「あっあの料理長! この方は閣下のお客様ですし……あまり無下にされては」
「先日も謁見の間で、殿下に拝謁されておられた方ですから」
離れて見ていた使用人さんが助け舟を出してくれる、ありがとうございます。
「ちっ……こんな得体の知れんモノを、俺の窯で……」
料理長は勢いに押され、ブツブツと疑問と不満を顔に張りつけ数個焼き――。
レーズンの自家製酵母と蒸留水を使用する、甘くふんわりしたパンに絶句する。
「レーズンの召集……? ああいや、コウボーか。あんな妙な物を混ぜただけで、まさかこんな……甘味を集めたパンになるとは!」
「まだ酵母の作り置きが少ないのです、まずは――~…マナスル伯爵に! 領主にこのパンをお出しするのはいかがでしょう!?」
きっと凄く喜んでもらえますよ――滞在されてるヴィーラ殿下にと思ったけど、あとの方が効果的だし取りやめ。
殿下の驚く顔を想像してほくそ笑む。
「確かに、喜ばれるだろうな……いや得体が知れんなどと言って悪かった」
「――っ料理長! 先ほどから漂っている、この良き香りはなんですか!?」
「おお少年っ! 少年いったいどこで、こんな技術を!」
「頼むそのコウボーとやらを、もっと詳しく教えてくれ!!」
のぞき見していた厨房スタッフが、我慢できず雪崩れこんでくる。
料理人として捨て置けない事態なのだろう。酵母を掲げた料理長を中心にして、質問と推測と――挑戦の瞳が輝く。
料理人は貴族に雇用されていても独立色が強く、管理を受けない者も多かった。
この件で料理長に認めてもらい、厨房への立ち入りを許可される。
「これ本当に、パンなん、ですか? 信じられ、ない……っ!」
「嘘みたい……っこんなに甘い香りが、ふわって軟らかくって……これがパン?」
「ええ、パンなんです」
勧めてくれた使用人さんにもおすそ分けすると、口を押え咀嚼に忙しそうだ。
なんだか感慨深くなり、微笑んでぼくもひと口。
申し訳ないが異世界のパンは、酸味があってとても硬い……もっちりボソボソと噛み心地も悪く、ぼくには飲みこむのもきつかった。
けっして自分のためだけではないけど、今後も食べ物には苦労しそうだ……。
「レーズン酵母は発酵力も強く比較的作りやすいとはいえ、成功してよかった」
水より効果がはっきりと分かり、生活の基盤となる衣食住にも三大欲求にも含む「食」の魅力に、勝てる者はそう多くはない。
「おいしい」――健康と安全の促進に、これほど魅力的な牽引力はないだろう。
「本当においしかったんだから! もうパンとは呼べない、特別な料理よ!」
「凄く良い香りがして……あの味を知ったら、もう他のパンは食べられない!」
パン作りの蒸留水は、使用人さんが割り当てられ日課となった。
水汲みは労力のかかる仕事だが、備蓄水を使うので問題はないと手を振る。
「そんなに気に入ってもらえたんだ、ありがとうございます!」
ぼくも手を振って感謝を伝えた。
長い間の習慣を変えるのは難しいだろう。思った以上好意的に受け止められて、ほっと胸をなでおろす。
水は全ての生命線である。
向こうの世界でも生水や水道水が飲めるのは、15ヵ国ほどしかない。
感染症は現代であっても脅威なのだ。
紅茶が伝わり「水を沸騰させれば飲める」と気づくまで、発酵させアルコールを加えて殺菌した、エールやワインなどを飲料とした歴史。
「蒸留水を発表したら、歴史は変わるのだろうか……」
異世界は13~14世紀ほどの欧州。安全な水が飲めるようになるまで、やはり何百年と待つことになったはず。
城の窓から、時代がかっている割には新しい街並みが見渡せた。
――ぼくが召喚されたマナスルは城郭都市である。
「ヴィーラ王国」の最東端に位置し、国境……領土を守る防衛の要であった。
元は王都だったが、西方中央への移転が発表される。10年の間に移住が進み、かつての繁栄を知る者には寂しい情景に映るらしい。
都市部は馬の背のように中央部が盛り上がり、ナディ川の左に添って広がる。
外側城壁には北西と東に城門が開かれており、これを起点に都市部は大きく4つに分けられていた。
一つに北西のウッティ門から、西に向けて農民区。
国内用であり農地への移動に使用しやすく、行商人など市民の出入りが中心。
一つに北から中心部へ、そして東に向けて商店や職人の住居区。
教会や催しなどを行う野外施設があり、内側城壁のそばに鍛冶場などもあった。
一つに東は軍隊の駐屯地となっており、妻子を持つ兵士の居住区。
東のサマディ門はナディ川に跳ね橋で開き、対岸までの距離約90メートルにはモークシャ大橋が架かっている。
「モークシャ大橋を渡らずして死ぬな」
と言われるほど優美な石造りは、マナスル市民の自慢であった。騎士団の演習はパレードの趣きとなり、見物人が詰め寄せ喝采が沸く。
一つに南のマナスル城の周囲と南東に、貴族の屋敷や従者の住居。
城の城壁周りには掘りが引かれ、多数の水車が回っている――。
「今日は少し寒いけど、街を耕すにはちょうどいいか」
2月……白い息が顔を包む。
この地域は気温変化が激しく朝晩はかなり寒いが、日中は穏やかな陽気が続く。
雪も年に数回降るか降らないか程度みたいだ。マナスルの都市部を見回しても、路地に根雪の固まりはない。
「まあ代わりの塊のために、こうして参じる訳だけど」
ぼくは1メートルほどの変形バールを肩に担ぎ、目的地である元貴族の屋敷――現空屋敷へと向かっていた。
南西の城掘りそばには、南東ほどではないけど他の貴族の屋敷も集まっている。
これは貴族としてぼくが正式に受領された屋敷。だけど城の居館にも部屋がありほとんどそちらで過ごしているので、必要としていないのだ。
ぼくはこの空屋敷を、「勝手に使ってよし」と受け止めた。
「……さて、千里の道も一歩から!」
屋敷裏手の路地に回り、予定していた場所でひと呼吸し袖をまくる。
今日は燕尾服ではなく農民の服を借りてきた。丈の長い上着を腰ベルトで止め、動きやすい脚衣とヒモで縛る革靴。
「バールのようなもの」の先端を石畳の隙間に――突き刺した。
☆
俺は「ムカッシュヴァナーサナ伯爵」……長ったらしいんで爵位号で呼ばれると少しムカッとする、これ持ちネタな。
名はウールドヴァ、一応17人の因果伯の1人だ。
各領地に散らばってたんだが、何日か前にここ――元王都に集結した。ちょうど新王都の近くで盗賊を掃討してたんで、不満をもらしてたとこだ。
「なんで今さらマナスルに?」
案の定かつての喧騒は鳴りをひそめていやがる。北西のウッティ門から城まで、バラバラと行商人や市民とすれ違うだけ。
街の規模がでかい分、過疎化が目立ってうら寂しい。
「どこの辺境だよ! やっぱ時代は新王都だって!」
力説して白い目で見られるのもいい加減飽きた。
集結がヴィーラ殿下の下知たァいえ、正直いって早く解放されたい。
「まっしゃーねえか、殿下は強えからなァ」
腹の立つことに――。
強けりゃどんなわがままだって思いのままだ、なんだって望む権利がある。人の生き死にすら、どうとでもできっちまう。
俺の上に立つのに、それ以上の資質なんかいらねえがな。
「あと5年もすりゃあ出るとこ出て美人になるぞ、ますます手に負えなくなるな」
そう笑ってごまかした。
「――っと、いっけね!」
漆黒のマントをはためかせ、慌てて駆けだす。寂れた商店の角を曲がったら……いたいた、危っねえなあ見失うトコだ。
大道芸人にしか見えない奇天烈な服を着たガキが、ノンビリ歩いてた。
「結局あいつは何がしたいんだ? ウロウロしちゃ、なにか書いてるが……」
妙な道具を置いてはその様子に一喜一憂し、蝋板に書いて移動する。
「あえて言うわ、むっちゃくちゃ怪しい!」
敵対国の密偵と思われても言い訳できねえだろ、行動が意味不明すぎ。
まあ付かず離れず追っかけてる俺も、怪しいちゃ怪しいが。おい見世物じゃねえ散った散った!
「あのガキが現れたのを見てなかったら、速攻捕まえて衛兵に突き出してるぞ」
そうあいつを「召喚」するため、ヴィーラ殿下は因果伯を集結させたんだよな。
殿下をふくめ、俺らは特殊な「力」を啓くがゆえに「因果伯」と呼ばれる。
「だが召喚って言われても……話にゃ聞くが、アラヤシキって本当にあんのか? ましてや、そんなことできんのか?」
しかも陛下が禁止令を出してるそうじゃねえか。
このあと消されんじゃねえと、軽口を叩きながらも俺は思った。
「そうか禁止令ってこたあ、やった奴がいるんだ!」
だったら見てみたいって興味が勝る。
黒い石を囲み――今でも信じられねえが、日暮れ前から「力」を集中し続けて、外に出たら明け方ってふざけんなコラ。
立ちっぱなしってのは戦うより疲れる、あん時は俺でもきつかった。
そしてあいつが現れた、アラヤシキから本当に「召喚」されやがったんだ。
なにをどうしたら空中からガキが出てくるんだ。目の前で見てても信じられず、混乱して呆然とするしかねえ。
M属性って宣告され、まあガッカリはしたけどな。
「妙な奴が多い属性と聞いちゃいたが……突然召喚されて驚くでも怒るでもなく、最初にやるのが殿下のローブをまくるってお前……」
アラヤシキじゃあ挨拶代わりにやんのか?
殿下が踏みつけたちまったのも仕方ねえ。にしても悲鳴もあげずよく耐えたな、騎士でも悶絶させる蹴りを放つ方だぞ。
「……だがもしかしたら、殿下に平伏しようとしてたのかもなあ」
まあ素っ裸でにじり寄ったんだ、不気味に思われてもしゃあねえが。
――ガキとすれ違いざま、気になってちょいと蝋板を覗いた。
地図っぽい絵となにやら記号が書かれている。目が合ってさすがに近すぎたかと警戒したが、全然気にしてなさそうだ。
「勘が鈍すぎる……」
尾行されてるとか監視されてるとか、なんにも気がついちゃいねえ。
なんつーかまとってる空気が違う、汚れを知らない貴族の坊ちゃんって感じだ。
「……ふんっいけすかねえ」
んでこのガキは叙勲されて騎士になる。
城から出る時は監視しろって命令が、因果伯に下された。
「このガキが騎士どころか、唯一無二の存在だってのは俺でも分かるがね」
なにしろアラヤシキから来たんだ。殿下が聞けば炎を撒き散らすかもしれんが、王族以上の重要人物と言ってもいい。
だけど逃げ出したからって、こっちじゃあどこ行く当てもねえだろう。
確かに出自は奇妙だが、危険ってほどでもねえし。地位と俸給を与えて取りこむ必要があるとは、思えねえがなあ。
「まあ殿下に注視されてる奴が何をやるのか、ちょいと興味もあった。城にこもるよりはマシかと踏んで引き受けたんだが……」
ブツブツと不満を呟きつつ監視を続ける。
商人や貴族にからまれて逃げる場面もあった。けど別に護衛って訳じゃねえし、助ける義理もねえよなあ。
「――ハイ! 今日も街をウロウロするだけでしたね――~っと!」
門衛に挨拶して城に入る、てめえ一応お貴族様だろうが。
俺の方を不審がる門衛にもだが、なんかイラつく。仲間も同じ報告してたっけ、この監視になんの意味があんだ?
「面倒くせえ……いっそ謀反を企てたってことにして、ふん縛ったろうかなあ」
そんな折、妙な噂が流れてきた。
「アラヤシキから招かれたアユム様が……今度は奇跡を、起こされたのです!」
神に祈らずこんなにも早く、治療してもらったんです――使用人がうっすら残る傷跡を愛おしそうになでている。
「力」すら使わずにやったんなら、大したもんだけどさ。
「あのガキを持ち上げろって言われてるのかもしれんが、無理すぎだって」
「そっそんな意図はございません! アユム様は、本当にお優しい方なのです!」
城をご案内していた際、先日手に負った切り傷に気がつかれ――。
『あのおいしいパンに使っている……ジョーリュウスイ、ですか?』
『ええなによりもまず、傷口を蒸留水ですぐに洗い流すんです。それだけで症状の早期改善に繋がります。
患部を清潔に、汚さないのが重要なんです。
痛みが強い時は蒸留水と塩で「生理食塩水」を作ると、刺激が緩和されますね。
乾燥を防ぐため被覆材代わりに「カレンデュラオイル」を塗っておきましょう』
『あっそのようなお薬をいただいても、お金が……お礼もできませんし』
『ぼくが作ったのでお気になさらず、いつもご苦労様です。
皆さんは仕事がら、毎日なにかしらの傷を負っています。放置されていますが、常に悪化や化膿の危険がついて回るんです。
同僚でケガをしている方がいたら、遠慮なくおっしゃってください。
傷をよく洗い乾燥させない……感染リスクを下げるため、必要な対策なんです』
ぜひ広まって欲しいですね――。
私に不安を与えまいと、手を取って微笑まれる。
「正直おっしゃってる意味は、よく分かりませんでした。ですが私を気遣う温かな瞳は、けっして欲望や打算に濁ってはおりません!」
苦笑して手を振ってたら、立場を考え泣きながら訴えられた。
「確かに最初は閣下のお客様だと、奇妙な方だと無難に接していました」
「ですがこの城で私たち、下々を気遣う貴族が他におりましょうか?」
「誰にも分け隔てなく微笑まれる姿を、私どもは心よりお慕いしているのです!」
いつの間にか侍女に囲まれ、凄え怖い目で睨まれる。
……あの、ゴメンナサイ。
カレンデュラは「万能のハーブ」と呼ばれるほど、その効果は幅広い。
ビタミンAやフラボノイドを多分にふくんでおり、主に皮膚薬として使われる。
効能も豊富で、抗菌作用、消炎作用、解毒作用、鎮痛効果などにも適しており、抗酸化作用で美肌効果もあり至れり尽くせりといえよう。
温暖な気候なら一年中花を咲かせる多年草。
欧州ではハーブとして使用した。カレンデュラオイルは花部をオリーブオイルに浸し、放置するだけで製作可能。
適切な治療が行えない時代、手軽な割にこれだけで効果が期待できる。
被覆材により比較的早く治り、痛みや湿疹が軽減し、傷跡も残りにくい――。
「いやでもなあ、どっから見てもただの変なガキだぞ?」
気を取りなおして観察すると、今日はあの奇天烈な服を着てねえ。ああ妙な鍬を持ってるな、農作業でもする気かね。
……いや一応騎士だろ?
鍬頭の反対側が爪状に尖ってるな、鉄製っぽいし重けりゃ武器にはなる。ふん、あれなら甲冑の上からでもイケそうだ。
「戦鎚の変形か、やりようによっちゃあ使えそうではある」
なんて思ってたら、路地の端っこの石畳を突き刺してほじくり返しやがった。
「やっぱワケワカンネ」
「あっこのガキっ!」
ほうれみろ、音に気づいて屋敷から使用人が出てきた。
そりゃそうだろ、路地に穴開けられちゃあ凄っげえ迷惑。
「おいそんなとこに穴掘るんじゃねえ、なに考えてんだバカっ!」
「さっさと埋め戻せ! 場合によっちゃあてめえの主人の責任問題だぞ!」
口調がきついなあ、今は平民のガキにしか見えねえし……ってかお前騎士として佩刀許されてんのに、荷の袋と一緒に柵に引っ掛けとくってお前。
詰め寄られてるしありゃあ手が出るな、知ったこっちゃねえけど。
「使用人ふぜいが、主人に媚び売るために必死かあオイっ!」
「貴族とお近づきになりてえんだろ、平民が考えそうな浅知恵だ!」
「ちっ……しょうがねえなあ」
仲裁に出ようとしたら、頭を下げて袋から証文を出していた。
「あのスーリ……領主であるマナスル伯爵に、許可証をいただいてます。うるさいとは思いますが、どうかしばらくの間ご了承ください」
あ―あ使用人が青ざめていやがる。こっから見ても許可証に押してある印章は、確かにマナスル伯爵のだな。
なんだそんな便利なもん持ってたのか。
「……っ簡単に証文渡すんじゃねえ! なに考えてんだあのねーちゃん!」
やべっ声に出た、今のはさすがに聞こえただろ! 隠れる――のはもう遅いか、思いっきり路地に姿晒してた!
……、……見てない、な?
恐縮する使用人に笑顔で手を振り、穴掘りを再開してやがる。
「いや鈍感もここまでくると、凄えな」
道の端っこの石畳を爪状の部分で刺し剥す、そのあとひっくり返して鍬の部分で土を掘り溝を作っていく。
幅と深さはともに人の頭よりひと回り大きいほど。
受領したっていう屋敷でも、なにか工事をしている音が響いていた。ガキは額に汗しながら、妙に楽しそうに穴を掘る。
「……なんだこれ、忍んでる俺がバカみてえだろ」
俺はどうでもよくなり足首まである漆黒のマントを脱ぐ。放置されてた長椅子を反対の壁際に持ってきて、マントを敷いて寝転んだ。
さすがに気づきこっちを向くが、俺がなにも言わないので作業を続けるようだ。
「けっ……エールでも持ってくりゃよかった」