五十七夜 剣闘士競技会・後編
『部隊行動と個別の武勇は違いますよ』
確かにそう言ったし、今でもそう思ってるけど――とアユムは肩をすくめた。
四十五名VS四十五名の団体戦。
強引に闘技場に降ろされた少年の前に、期待高ぶる女性兵士がならんでいる。
「なんの因果で……」
無茶ブリがうれしい反面、状況の急激さに頭が痛い。
婿候補の首を傾げるぼやきに、集った兵士は顔を見合わせていた。
お昼休憩の余興と銘打たれ、観客もなにをするのかと食事をしながら見ている。
乱戦で討ち取られ気持ちがくすぶってる兵士も、出番に喜んでいた。
「まあ三組目の代表選手二名が少しでも休めるなら、いい提案なのかなあ」
アユムはなんとか自身を納得させて息を吐く。
「……時間がないので、手短に部隊行動の指示をしますね」
「ラウレアッ!!」
希望に満ちた兵士たちが胸を張り、武具が金属を主張する叫びをあげる。
間近に迫る戦士は、それだけで迫力十分だった。
「といっても銃器が当然の現代戦術は使えない。直接攻撃を基礎とする密集隊形となると……ぼくが知ってるのは武田八陣形くらい、むろん指揮した経験はない」
魚鱗、方円、長蛇、鶴翼、衝軛、偃月、雁行、鋒矢――である。
これらの部隊行動には十分な練度が必要だった。すでに前提が崩れているのだ、どうしろというのか……などと愚痴をこぼしても仕方がない。
騎士の騎馬突撃がなく歩兵のみの戦いとなれば、傭兵団同士の戦争に近い。
「ぼくとしては『逃げるに如かず』のほうを、選びたいんだけどなあ」
中国の兵法書、兵法三十六計にある敗戦計の一種である。
少年はぶつぶつと一考し、前に立つ四十五名に指示を出す。
「皆さんのなかで――~…三名! 三名の代表者を選出してください」
ざわつきながらも視線を交わし、三名が出てきた。
身長は少年と変わらないが、顔つきや体格から戦士の覇気をまとう。本戦出場の六名に劣らぬ猛者である。
「では代表者三名は各自十四名を従え、ABCの班となってもらいます。十四名は代表者に指示を受け、同じ行動をするだけです!」
単純な命令に楽な気分となったのか、四十二名は緊張をといていた。
「班の代表者三名はこちらへ、作戦を説明します――」
「――わかり、ました」
A班の代表が顔を引きつらせ、たくましい筋肉に汗が流れる。
「婿さん……けっこう、黒いね」
「……味方でよかった……」
B班C班の代表も視線をそらし、三人は己の影を見つめた。
「変な指示を出したかなあ」
アユムは平然とした表情で笑うも、代表者の盗み見てくる目に頭をかく。
「お――いアユム、そろそろ準備いいか――~!?」
焦れていたノルブリンカが貴賓席から大きく手を振る。
アユムがOKのサインを出し、余興である団体戦開始の角笛が鳴らされた。
「我らが姐さんにっ!!」
息を吸う一瞬の静寂のあと、双方から異口同音に鬨の声が挙がる。
突如の怒号に観客は口を開けた。見下ろす試合場は戦場の様相を見せていたが、双方の動きは完全に異なっている。
一方は集結していた形のまま、勢いにまかせ団子状態で押し寄せていた。
もう一方のアユムチームは、班の代表を先頭に左からABCの三列縦隊を組み、盾を掲げて中央を突き進んでいる。
木剣ゆえ光は反射しない、だが空気すら叩く迫力で両部隊は激突した。
上空から見れば団子に刺さる太い櫛。櫛の圧力には抗えず団子の中央がへこみ、ついには左右に分断され二個の団子となる。
「長蛇の変形……どうやら、うまくいったな」
少年はこの段階で勝利を確信した。
左のA班十五名は盾を構えた左側をキープし、攻撃せず押し止める。左の団子は約半数の二十二~二十三人だが、攻撃に参加できるのは接している者のみ。
防御に徹すれば時間は稼げる。
「なんだ敵はあっちか、どうなんてんだ!?」
「おい前の奴邪魔だ! 殴るか避けるかしろ――っ!」
左の団子から疑問とイラ立ちの叫びがあがった。
上から見れば一目瞭然でも、人の目線では何が起こっているのかわからない。
「よしっ! ウチらはこっちだ――!!」
「おいてめえら剣を構えろ! やるぞ――っ!!」
中のB班は団子を突き破った時点で右折、右の団子の後方へ回りこむ。右のC班は即座に攻撃開始。
BC班で右の団子の半包囲を完成させたのだ。
アユムチームのBC班三十名に対し、右の団子は二十二~二十三人。しかも団子状態なので内側は遊兵となり、圧力によって体力だけが消耗する。
「実際の戦場でも包囲されると、内の兵士が圧死する事態もあったそうだ」
どうかケガだけはしないでくれ――。
戦う相手にすれば傲慢であり、指揮官であれば場違いな配慮が少年からもれた。
「うおぉすげえっ! 兵士の動きが一匹の獣みてえに連なってる!」
「なんだこれっ……大きな魔獣みたいだ!!」
観客は一糸乱れぬ陣形に喝采を送っている。
だが貴賓席にいる者たちは青ざめていた。軍事演習を遂行する先輩騎士ですら、兵科はあっても部隊行動はほぼない。
部隊を一匹の生物みたいに動かす指揮官に、驚愕の視線を送っている。
――この時代の欧州に、軍師や参謀はまだ存在していない。
「アユム卿は『風舌』が使えるのか!?」
プリンスが立ち上がって叫ぶ、それほどまで見事な部隊運用だった。
「観客席で見てるからまだ理解できるが……戦場にいたら、恐怖でしかないな」
包囲された団子に自分を重ねているのか、ダーナ卿が身震いしている。
「正面の敵だけじゃなく、左右後方からも剣を落とされてる……」
マーラが珍しく、胸に手を当て震えていた。息が荒く頬が高揚して見えるのは、きっと気のせいだろう。
「……っ部隊行動とは、これほどのものなのか」
アユムにナインメンズモリスで、手玉に取られたのを思い出す。いったい何手先まで読んでいるのか、無意味だったコマがのちに意味をなす手腕。
次々と手を上げ負傷退場する右の団子に、ノルブリンカは言葉に詰まっていた。
「三匹の、蛇……っ」
護衛対象のアユムは安全だと判断し、ジャーラフは周辺を監視している。闘技場を俯瞰できる山中で喉からうなっていた。
個別で行動する因果伯は、我が目を疑う惨状に戦慄する。
「どけどけっ! あたしにまかせろ――!!」
団子のなかにロングソードを模した、巨大な木剣を掲げる猛者がいた。
六名の代表選手に勝るとも劣らぬ強者。だが味方を離してやっと振るえた剣は、正面の敵に受けられ横合いから斬られる。
あまりにあっさりとした敗北に、手を上げるのも忘れ突っ立った。
「ええっ……嘘だろ、これで終わり?」
団子チームの兵士は誰もが事態をのみこめず、茫然と闘技場を見回す。
「よしっこっちは片づいた! A班の加勢に向かう、急げ――!!」
「おいっ! ウチらんなかで手え上げてる奴、いないんじゃね!?」
「こんな簡単に勝てるなんてな! こっちの班でよかった――~!」
ほどなく右の団子がなくなると、B班は後方からC班は前方から回りこむ。
アユムチームは一名も欠けてはいなかった。
「簡単か、確かにな……そんなにうなくいくもんかって疑ってたが」
「私らは言われたとおりにしてるだけ、すげえのは婿さんだ」
いや怖いのか、まるで敵の動きを予知していたように――。
左の団子二十二~二十三人は、無傷のアユムチーム四十五名に包囲される。誰の目にも勝敗はすでに決していた。
「な、なぜ……っ!?」
同数だったはず――団子チームは疑問を叫ぶ間もなく、瓦解していった。
時間がなかったため、アユムは三つだけを指示する。
一・各班の代表に縦列でついていく。
行動の単純化で、兵士の迷いや間違いをなくすため。
二・二人で組んで一人を相手取る。
通常は意識を二人以上に向けるのが困難なため。
三・攻撃は下半身、主に脚を狙う。
危機と判断し防御するのは、頭部と胴体が大部分を占めるため。
「後ろにくっついてくのは楽だな。でも二人で一人に集中するより、少しでも敵を攻撃したほうがよかねえか?」
「目の前で自分の命を刈ろうと剣を構えているんです。よほどの達人でもなければ視界が狭まり、横にいる者も見えませんよ」
「まあ、そう……か」
それは実戦を経た主張ではなかったか。
代表者は固唾をのんで納得したが、三に関してはどうにも釈然としない。
脚を斬っても勝てないと苦笑交じりに手を挙げられ、アユムは平然と答える。
「即座に命を取る必要も、致命傷をあたえる必要もありません」
試合は「有効打を受けたら負傷抜け」であり、部位の指定はないのだ。
ルールの隙を突いたともいえた。
だが実戦でも重い武具に疲労を背負い、木や石や亡骸が転がる足場。何が飛んでくるか予測もできず、仲間の体すら攻防の邪魔となる。
想定外が予想内の戦場では、華麗なるフットワークなど望むべくもない。
「機動力さえ奪ってしまえば、あとはどのようにも料理できるのです。まずは戦力を削ぐことを第一に想定してください」
脚を負傷すれば救助されるのを待つか、戦死する意外になす術がないのだ。
緊張をほぐすためにこやかに話したのに、代表者は汗を落とした。何やら得体のしれない恐怖を、アユムに感じていたのだ。
あらゆる事柄に万一を考慮し、執拗に安全を連呼する。
用意された甲冑は最高で、アマゾネスの兵士なのが誇らしい。最初に防具なのが心配性の婿さんらしいと笑いもした。
それが一転し、戦いを合理的に「処理」してしまう容赦のなさ。
「坊主を婿にするのは、少し考えたほうがいいのかも……」
戦いのさなかにも関わらず、代表者は理解不能な畏怖に身をすくませる。
アユムが安堵したであろう懸念は、歓声のなかに消えていく。たった一名の負傷退場も出さずに、アユムチームが完全勝利したのだ。
「アユム卿は……あの方はいったい、何者なのですか!?」
サーランバ卿の誰ともない問いに、サンガ伯爵は悩んだ末……うつむいた。
対四十五名――小隊規模の戦いで一方的な勝利に、観客は拍手を送る。
休憩で外に出ていた観客たちは、何があったのかと周りに問う。あちらこちらで説明と観戦記が語られ、観たかったと地団太の嵐が吹いた。
それは団子チームも同じであり、何が起こったのかとアユムチームに問う。
勝利した者も、負けた者も、誰もが興奮して話しアユムに熱い視線を送る。
しかしABC班の代表者だけ、心ここにあらずだった。
☆
お昼休憩の余興のつもりが大いに盛り上がり、午後の本戦が開始する。
闘技場に六名の代表選手がならび立った。
美しき髪の兵士――ヒルド。
揺れる髪の兵士――スコグル。
杖を持つ兵士――ゴンドゥル。
槍の兵士――ゲイルスコグル。
顔に傷のある兵士――スクルド。
戦斧を持つ兵士――グン。
この六名中だれが優勝しても驚きに値しない。
一騎打ちの勝ち抜き戦だがすでに一戦していた場合、ベストコンディションではいられないのだから。
個別の練習で強くとも判断はできないのだ。
本戦のみ有効打は自己申告制。誰を相手に何戦するのか、1DAYトーナメントの怖いどころである。
一回戦。
一戦目――ヒルドVSスコグル
「まさか若いあなたが上がってくるとは、予想していませんでしたわ」
「精一杯、務めさせていただきます!」
ヒルドは二本の剣を攻撃と防御に使う、スコグルはオーソドックスな剣と盾。
ヒルドの双剣と美しい金色の髪が舞う。踊りに合わせ突かれる剣を捌きながら、スコグルは徐々に壁際に追いつめられていった。
劣勢な状態から一転、スコグルは首を振り揺れる長い髪を目隠しに使う。
突然目の前に黒い網が放りこまれ息をのむ。オーソドックスな戦士と決めつけ、行動が遅れたヒルドは腕に斬撃を受ける。
剣を一本取り落とし、痺れた手を上げ負けを認めた。
「しばらくシャンプーがしにくいですわね……それが悔しいだけです!」
二戦目――ゴンドゥルVSゲイルスコグル
等しく長物の戦いとなった。
槍が杖がうなりをあげ、遠心力が空気を裂き、掠るたびに木屑が散る。
両者ともに突き払う中間距離の攻防を得意とし、均衡が崩れない。二つの竜巻が覇権争いをくり返し、大木に亀裂が入る音が響く。
「もらっ……た!」
杖の払いに合わせて槍を突きこむ、到底避けられないゲイルスコグルの一撃。
しかしゴンドゥルの狙いは、最初から「槍の柄」だった。
突きこまれた槍を上からたたき落とし、地面と挟んでへし折る。数合の削り合いで槍の柄は摩耗していたのだ。
「槍使いは数人いるんだよゲイルスコグル、手は読める」
ゴンドゥルが杖を肩に汗を拭く、ゲイルスコグルが砕けた槍を放り手を上げた。
「……くっそお、武器がメジャーすぎたかあ!」
三戦目――スクルドVSグン
「てめえこの前もあたしの石鹸使っただろ、返しやがれっ!」
「うるせ――っ! てめえにそんなもん必要ねえんだよっ!」
二人は養成所に入る前からの腐れ縁だった。
戦ってるのか口喧嘩してるのかわからない。だが文句を言い合いながら剣と盾、戦斧が激しく交差する。
「つぶれろ――――っっ!!」
どっちのセリフなのか、どっちともなのか。
戦斧がうなりをあげ、盾で防ぐほうも防ぐほうだと言わんばかりの削り合い。
戦斧を無尽に振り回すグンの息が荒くなり、盾で防御するスクルドの左手に感覚がなくなっていく。
何合目かの打ち合いでグンの戦斧が砕け散った。
スクルドの盾も砕け吹き飛んだが、残った剣を見せつけ喉元に突きつける。
「ハァハァ……っんかいは、あたしの勝ちだ! 観念しなァグン!」
グンも息絶え絶えに地面を殴り、大の字に寝て手を突き上げた。
「っくしょう……あたし意外に、負けんじゃねえぞぉスクルド――ォ!」
二回戦。
――スコグルVSゴンドゥル
槍に比べ、スコグルはさらにオーソドックスな剣と盾。
しかし意外な手も使う、ゴンドゥルは油断せずに中間距離での攻防に徹した。
スコグルは一戦目の疲労を引きずりつつ、果敢に攻める。だが剣での攻撃は当然読まれていた。
若いスコグルは、実戦の経験が圧倒的に欠けていたのだ。
剣を絡め落とす杖の攻撃を盾でしのいでも、衝撃を完全に殺せるわけではない。
遠心力が作用し異常な重さと威力がある。杖が当たるたび肉に骨に激痛が走り、歯を食いしばって耐えた。
近距離戦に誘ってもかわされ、スコグルは勝機が見い出せない。
「悪いがケリをつけさせてもらう!」
あえて盾で受けさせていたゴンドゥルも、スコグルの執念に戦法を変える。
決定戦に備え疲労を残したくなかったのだ。
杖で地面を突き、土を跳ねあげて巻き散らす。咳きこむ隙を狙った奇襲攻撃――だがスコグルは土を無視して剣を投擲した。
「なっ……え?」
逆にゴンドゥルが一瞬混乱し、杖で弾き返すが棒立ちとなる。
スコグルが盾ごと突進してゴンドゥルに体当たりした。馬乗りになり肩を押さえ――たあと、止まらない咳をする。
ゴンドゥルは手を上げ、スコグルの背をさすってあげた。
「あんた、大したもんだ」
決定戦。
――スコグルVSスクルド
「あとひとつ、あとひとつ……っ」
スコグルは予選の乱戦と本戦の二戦で、すでに気力体力とも使い切っていた。
剣も盾も鉄の塊となり、すでに構えるだけで精一杯。全力で駆け抜けなければ、未熟な技術では通用しなかったのだ。
用意していた奇策はすでに見せてしまい、もう打つ手はなかった。
「ふう……よしゃあ、やるか!」
スクルドはまだ一戦、そして歴戦だけあって体力の温存も視野に入っている。
油断なく剣と盾を構える姿は、まさしく戦場を駆ける乙女だった。
無情にも開始の角笛が鳴る。
双方がじりじりっと間合いをつめていく。それだけでスコグルの息は荒くなり、体力が削れていく。
しかし意外にも、先に突っかけたのはスコグルだった。
「っやあ――!」
一転して盾を投げつけ、最短距離を突っ走ったのだ。
「自暴自棄? ならいったん距離をとって、最後の勢いが途切れるのを待つ!」
いや、そんなタマじゃねえか――。
スクルドは下がらずにむしろ前に出て、力のない盾を弾き返す。
自分の「盾」で。
スコグルはその一点にこそ賭けていた。勢いのままスクルドの左側面に転がり、土が波打つ激しいスライディング。
アマゾネスの仲間がやっていた戦法、転がって飛びこみ活路を見いだす。
不意の速攻に土埃の煙幕、盾の影となり生まれる一瞬の死角。スクルドは視界を確保したはずが、スコグルの姿が消えて感じた。
スコグルは向こう脛を狙い、残った筋力を総動員して一撃を振るう。
「……ちっアレか!」
けれど飛びこむ戦法は、同じ組だったスクルドも見ていたのだ。そしてアユムが指揮した、団体戦での脚を狙う戦術も。
正確な場所は察せぬまでも、経験と勘を総動員して一撃を振るう。
スコグルの横凪の一閃、スクルドのすくい上げる一閃。二本の木剣が刺し違え、木片が試合場の中央で盛大に舞う。
剣を弾かれたスコグルは、座った状態で即座に動く体力がなかった。
スクルドは剣を握りなおして力をこめ、容赦なく脳天に打ち下ろす。スコグルが両手で剣をかざし受け止める。
再び破裂音が響き、連戦に耐えていたスコグルの剣がなかばから砕けた。
痺れて感覚を失った腕から、半分になった柄が自然と滑り落ちる。勝負あった、誰もが健闘を褒めたたえた。
よくやったよ――あの娘は強くなる――次が怖い――。
「まだ」
観客や仲間の兵士から、感傷と期待と希望が投げかけられる。
「まだ……っ」
だが呆然とする間すら持たず、スコグルは痺れる腕のまま組打を仕掛けた。
『前を向け!』
「うあああああ――――っっ!!」
霞む脳裏に、先輩兵士の教えが残っていたのだ。
スクルドの剣をかいくぐり、腰に手が届く――だが頭部にスクルドの盾が弾け、鈍器が落下した音を響かせた。
喪失した意識は重力に引かれ倒れるまで回復せず、スクルドに押さえこまれる。
喉元に当たる木剣の感覚。
若い兵士は、全身が震えるばかりの歯ぎしりのなか……静かに手を上げた。
「おっ……おおおお――――~っっ!!!」
忘れ息を止め見ていた観客から、にわかに歓声がわく。
地鳴りとなって闘技場をたたき、こだまとなって街に響きわたる。試合を見られなかった市民にも、そのすごさが伝わっていた。
観客は理解したのだ、揺れる長い髪を持つ兵士は諦めなかったのだと。
それは命の、最上の輝きではないのか。何度もうなずいては横にいる者と語り、決定戦の――そして全試合の軌跡を振り返る。
「おいスコグル! 元気になったらまたやろう!」
スクルドがスコグルを抱き起し、破顔して背をたたく。あるいはそれ以上の想いもあったのかもしれない。
下克上された貫禄ある兵士がそばまで走り寄っていた。
二人に何があったのか、ただ困った顔でスコグルに手を広げる。涙の止まらない若き仲間を、力のかぎり抱きしめた。
「よくやったぞスコグル! よくがんばった!!」
――闘技場が荘厳な空気に満たされていた。
優勝者であるスクルドが数歩前に立ち、後ろに兵士が勢ぞろいする。
ケガをして包帯を巻く者、歯を食いしばる者、目を真っ赤に腫らした者。だが皆押しなべてやり遂げた顔をしていた。
優勝者であるスクルドに、報奨としてサンフラワー色の兜が贈られる。
これは騎士を模した鉢型兜であり、兵士の半球兜とは精巧さが違う。しかしそれ以上にアマゾネスの兵士にとっては、垂涎の一品だった。
ノルブリンカの「力」をこめた、プレートアーマーから精製した特注品なのだ。
受けるスクルドの鍛えられた背に、皆の視線が刺さっている。憧れと誇らしさと――そして悔しさがにじんでいた。
兜に蜂蜜酒が注がれる。
光る黄金色の液体にスクルドはひと息つき、貴賓席のノルブリンカに掲げた。
「あたしは予選を勝ち抜いて本戦に進んだ。だが決定戦まで一試合しかしてない、運がよかっただけだ」
「そ~だぞスクルド――調子に乗んな――~っ!」
一試合目で敗れたグンが背後で混ぜっ返す。
うるせ――っ! とスクルドが振り返ってひと吠えし、笑いが起こった。
「だけど運も実力のうち! あたしらはいずれ傭兵として戦地へおもむく、女神の寵愛が必要な世界へ足を踏み入れるんだ! この勝利を戒めとして残しておきたい――姐さんにっ!!」
宣言を掲げて兜の蜂蜜酒をひと息に飲む。
女神の寵愛……傭兵として戦場に出れば、強さだけで生き残れる世界ではない。
負けた兵士たちも、深く心に刻んでいた。
観客が総立ちとなり、割れんばかりの拍手が起こる。スクルドの頬に光るのは、汗だけではない。
「スクルド見事だった! そして皆も……皆はあたしの誇りだ!」
逆光となりノルブリンカの表情は見えなくても、誰もが同じ顔を描いていた。
きっと輝くばかりに、笑っていると――。
「そしてあたしらの闘技場を、こんなにもステキに着飾ってくれたアユムから――さらに贈り物があるそうだ!」
奇天烈な服――市民はすでに見慣れている、を着た少年が歩いてくる。
あの奇妙な小姓が部隊行動の指揮をしていたと、観客の一部で騒ぎが起きた。
アユムはガラスの光沢を持つボトルを、両手で大切に抱く。スクルドの前にきて会釈すると、「ブランデーボトル」を差し出した。
「おめでとうございますスクルド。これは『ロマネコンティ』アラヤシキでとても有名なお酒です、どうぞ味わってください――」
「――――っっ!!?」
アマゾネスの兵士全員が息をのむ。
「アラヤシキで有名なお酒」それは酒好きにとって、どれほどの響きだったか。
酒をたしまない少年には、想像できていなかった。
「待て待て待て――っアユム! そっそれは、それはあたしにだなあ……っ」
荘厳な空気はどこへいったのか、ノルブリンカが焦って叫ぶ。
「いっいやいくら姐さんでも、こればっかりは譲れませんぜっ!」
スクルドがサンフラワー色の兜を斜めにかぶり、ボトルを必死に抱きかかえた。
「わかったスクルド! 親友っ親友であるあたしには、飲ませてくれるよな!?」
「準優勝――っ! 準優勝したんです、一杯だけでも――っ!」
「おっお願い、少しだけでいいからっ!」
「待て落ちつこう、年齢順でいこうじゃ……」
「姐さんがきた――っ!!」
グンもスコグルもアマゾネスの兵士たちも、速攻飛び降りたノルブリンカも――どこが騒動の中心かわからないくらい混乱し、大騒ぎとなる。
唖然とする観客のなか、貴賓席にいる女性の爆笑する声だけが響いていた。
「アマゾネスは、なんだかすごいぞ……」
観客のなかにも話を聞き、飲んでみたいと立ち上がった者はいた。だがあの輪にはとても入っていけなかった――とのちに語る。
「飲んでしまえば、問題はないかと……」
騒動の発端を作った奇天烈な少年は、手を合わせて何度目かの反省をしていた。




