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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第一章 城郭都市マナスル
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五夜 礎

 光沢のある白いワンピースドレス。

 裾が艶やかに広がって、文字通りおみ足に花を添えていた。胸元を赤いリボンで編みあげ、同じく数本が体を撒いている。

 袖は幾重にも重なるフリルが広がっていた。

 全体に華美なレースや刺繍が複雑に色をなしており、所々に赤い宝飾品が輝く。

 王冠を模した煌びやかなヘッドドレスが、黄金色の髪をさらに引き立てている。

 ドレスは時代的に妙だけど、今はどうでもいい。ぼくはヴィーラ殿下のお姿に、大輪の白バラを包む赤い棘を想い描いていた。

「嗚呼どうかそのトゲで、鞭打ってください……っ」



「16歳までに婚礼を行うのが、王族としての義務だ」

 永世中立国を維持するための協定でもある――と、つけ足す(・・・・)のが矜持。

 ヴィーラ殿下が剣の刃先をつまみ、弾いて視線を漂わせる。今にもその剣が振るわれるのではと、貴族たちは保身に身震いしていた。

「子を成し、血統を守り、国土を維持する。王族は義務を強要されねばならない」

 それは国民の財産を継承し、経済を守り、飢えぬ国とする義務。

 しかしと、双方の瞳に炎が揺れる。

「我が国の王族は、陛下と我だけとなった」

 さらりと語られた重大事項に、ぼくが聞いていいのかなと居住まいをただす。

 殿下はぼくが存在しないかのように、パンドラの箱を開け続けた。そこに希望が残っているのか、確かめるように――。

「我が兄弟、姉妹は12人が死産となり、5人が半年で死亡した。側妃は出産後に亡くなり、庶子も全員亡くなった。我が弟は――…」

「プラーナ様っ!」

 スーリヤ様が声を荒げ言葉尻を噛む、殿下を「プラーナ様」と愛称(ニックネーム)で呼んだのも気がつかない狼狽ぶり。

「っよい、どうせ皆知っている」

 視線をややそらし、一瞬駄々っ子が陰るがひと息でかき消す。

 スーリヤ様も他の貴族を前に、これ以上の抑止はできないと言葉を呑む。

「……安定とはほど遠い惨状だ。だが王位継承権を持つ血統との争いがないのは、いっそ美しい散り際かもな」

 それは憂いの色か、あるいは哀愁か――。


「父上は――…陛下はこの10年、子を授かろうとしなかった」

 あるいは授かれなかったのか、そう自嘲するも結果は変わらない。

「それは真綿で首を絞め続けたのに、近くはないか……」

 不運が重なったのかもしれないけど、ぼくは思わず独り言ちた。

 王位継承権を持つ血統――「公爵」の不在は、一種異様だろう。政略結婚が常識である貴族社会において、子は「剣」であり「鎧」なのだから。

 領地の継承や、政略結婚による地方管理の安定にも関係する。

 10年の空白は致命的といえた。

 謁見の間に連れ立った貴族たちには、当然承知の事実なのだろう。

 衰弱した王を見捨て、上流貴族が手を組んで反乱する。廃位を目論んでもなんら不思議ではない状況――代替わりであれば特に。

 策謀と権謀術数がこの時代の常であり、王にそこまでの統治能力はないのだ。

 実質的な「力」が、なければだが……。

「どんなクズでも、死にぞこないの爺が相手でも構いはしない。婚礼をこそ王族の義務だと、思っていたのだがな」

 抜き身の剣が少女の半面を映しだしていた。

 震えるのは剣ではなくその頬、皮肉っぽく笑おうとして続かなかったのだ。

「我にはそれすら、残されていない――…」

 その呟きにやっと笑えたのか、喉を鳴らす。


「幸い――フッ幸いにも(・・・・)、プールヴァ帝国とパシュチマ連合王国から打診が相次いでおり、相手には困らん。むろん婿として迎えるが……子が産まれた(・・・・)なら、横槍を入れてこぬ保証はない」

 虚空に未来を予感しているのか、それを事実であるように語る。

 押し黙ったままの貴族たちだが、むろん反論はしたかっただろう。

「必ずそうなる確証はありません!」

 ゆえにこの場に立ち連なり、殿下の即位を祝っているのだと。

 だが一端記録をひもとけば……王位の世襲で混乱と戦乱が起き、子世代によって簒奪(さんだつ)される実例のなんと多いことか。

 そうして版図が複雑怪奇に更新され続けるのが、「歴史」であった。

向こうの世界(アラヤシキ)の旧史で、それは証明されている……」

「血統が絶たれる」とは、それほど深く暗い亀裂を意味する。悲観的すぎる主張も我が身であれば、易々とは看過できない。

 貴族たちは憮然と、そして悄然と押し黙る他なかった。

「霊山に守られた永世中立国だと、100年に渡り我が世の春を謳歌した代償だ」

 ツケ(・・)の清算をする時なのだ。

「覆滅の王朝にひれ伏すがいい! 我は『ヴィーラ王国』……最後の王となる!」

 沈痛なスポットライトがヴィーラ殿下を照らす。

 黄金色の髪にオーブを輝かせ、剣を天に掲げ言い放つ。けっして逃れられぬ予言が少女をより一層際立たせた。

 この物語は悲劇か、あるいは――…。



 ☆



「聞いての通りだ、我が国に未来(さき)はない」

 さて、とヴィーラ殿下が下目使いでぼくに一瞥をくれる。

 あの(・・)騒動以降、初めて視界に入れたのではないだろうか。

「だが分かっておろうな、貴様をアラヤシキより招いた(・・・)のは我だ」

 どうとでもできるのだ――と、冷徹な笑みが暗に語っていた。

 ぼくは(ひざまず)いたままを返事とする。

「おおそうだっ! アラヤシキの少年がいる!」

 思い出したように希望の声があがり、期待に満ちた視線がぼくに集中した。

 にわかに沸き立ち、血色ばる貴族たち。

「不滅の世界といわれるアラヤシキのお力で、どうか我らをお救いください!」

「さすがは殿下、この事態を見越してお招きされたのですな!」

「下らんことを言うな」

 ヴィーラ殿下が吐き捨てる勢いで呟く。

「でっ殿下!? どうにかできると、ご判断されての所要では!?」

「どうしようもない」

「ではなぜ、お招きなさったのですか!?」

「単なる悪あがき」

 少女は事もなげに言い放った。


 はい?


 ――してやったり! 

 胸を上下させての高笑いが、謁見の間に鳴り響く。

「そっ……その顔が見たかった!」

 会心のいたずらが大成功した悪ガキの様相。お腹を抱え足を踏み鳴らし、本当に嬉しそうに大笑いする。

 ヴィーラ殿下に、年相応の表情が表れていた。

 いたずらされた貴族たちは趨向(すうこう)が整理できず、表情を失い顔を見合わせている。

「殿下! いたずらが過ぎますぞっ!」

 ぼくもいささかながら唖然としていた。

 そうあらためるよう忠告するか、諫言する貴族がいるのではと思ったのだ。

「ハッハハ……こっこれは殿下に、してやられましたなあ!」

「いやいや驚きました、殿下はまことにご冗談が上手うござる!」

 だがここまでされても、追従するように頬を引きつらせて笑う貴族たち。

「封建制度の世とは言え……まるで殿下個人(・・・・)を、恐れているかのようだ」

 畏怖をこめた複数の目が、肩で息をし息も絶えだえな少女をあおぎ見ていた。

「この国を……値踏みする両国に、着飾ってみせるのよ……っ。

 亡国になろうと、民が消え失せるわけではない。

 どうか私の伴侶にと……財産を吐き出しっ情婦に(みつぐ)バカな貴族のように、下にも置かぬ国と思わせる。

 せいぜい高く、売ってやろうではないかっ!」

 光の反射でぼくを斬り、そのまま剣を突きつけひと息に吠えた。

「貴様は我が国の捨て石だ、帰れるなどと思うな!」

「アラヤシキで得た知識、経験 能力、存在、全てを捧げよ!」

「猶予は婚礼までの1年半! 身命を賭し、この国を磨きあげろ!」

 1年半――中学校の、「元図書委員長」が脳裏を横切る。

「我のために生き! 我のために死ね!!」

 死の告知が吹く。

 突きつけていた剣が投擲(とうてき)され、風を切り警戒を招く耳障りな音が連呼した。

 ――眼前50センチ、大理石の床に剣の切っ先が突き立ったのだ。弦を爪弾く、神経質な旋律が空気を震わせる。

「不服があらば使うがいい、この場で決めよ!」

 神託とも思える宣言と、ふんっと鼻を鳴らしての嘲笑。

「それとも痴れ者らしく、我に踏みつぶされ屍を晒すか!?」

 ぬらり(・・・)と刃が光り、召喚の間でぶつけたぼくのおでこを映しだす。


 さすがに貴族たちも鼻白んでいた。氷水をぶっかけられ、背にかいた汗を不快と感じる間もない。

 賞賛は与えぬ、帰るのも許さぬ、奴隷となり死ぬまで働け――。

 そう強要されたのだ。

『無茶苦茶だ……』

 貴族たちの顔に、不条理な言葉があふれていた。

「そんな命令誰が聞くかっ!」

 思わず叫びたくなった貴族もいただろうが、命がけで呑みこむ。

 不敬な疑惑の視線をヴィーラ殿下に向けれない。それは同情と不憫さが重なり、哀れみとなってぼくに向けられる。

「この少年は殿下の怒りを買うほどの、悪事を働いたのではないか?」

「あまりに不合理で、あまりにも残酷な仕打ちだが……」

「だが殿下の思し召しである……命が惜しければ(ひざまず)いて忠誠を誓うしかなかろう、彼の少年にはその道しか残されていないのだから」

 さっさとひれ伏せ、私たちを巻きこむな――。


 咳すらためらう静寂のなか、ぼくは平然と反論(・・)する。

「次はぜひ、ハイヒールで踏んでくださいね」


 ――謁見の間に赤色巨星が顕現し、ギャラルホルンが鳴った。

「鞭を持てえっっ!!!」

 ヴィーラ殿下の頬が真紅をまとい、絶叫と呼ぶべき怒号を放つ。

 謁見の間を埋める炎が燃えあがり、少女の背後で魔獣を形作って咆哮をあげる。

「ひいいいい――っっ!?」

「まっ待て! 儂を置いて……あああっ!!」

 巨大な椅子がけたたましい悲鳴をあげてズレ(・・)引いた。

 周囲の貴族たちが我先にと避難する様は、ある意味滑稽なシーンにも思える。

「すっ少しは空気を読め――っ!」

 ぼくの反論に対する貴族のもっともなツッコミは、銀の波により飲みこまれた。

 5人のプレートメイルが白銀の盾となり、すでに抜き身の剣を向けている。

「素晴らしい!」

 見事な働きに思わず拍手をしたくなった。

 元巨漢フードがプレートメイル姿で素早くかしずく。差し出す手には1メートルに満たない、優美な革の鞘。

 殿下が腕を振りかぶったかと思えば、すでに騎馬鞭がその手に握られている。

炎生(えんじょう)』!

 殿下の叫びに、先端のフラップに埋めこまれた赤い鉱石が呼応し脈打った。

 前方に30センチほどの見慣れない文様が浮かび、淡く発光する。識者ならば、梵字の「カーン」に酷似していたと指摘しただろう。

 文様に向かいひと振りする間もあらば、通過する鞭から炎が生まれ伸びてゆく。

 全身をしならせて、20メートはあろう炎の鞭が虚空より放たれた。大気を切り裂いた衝撃波が、窓ガラスに蜘蛛の巣を発現させて微塵に打ち砕く。

 謁見の間が身を揺るがす大音響を奏で、都市部の市民もあおぎ見ただろう。

 熱波が大気を焦がす渦となり、世界が炎に覆われる。

「炎の蛇……」

 数人の貴族が立ちのぼる陽炎に息を呑む。少年がオレンジの閃光に飲みこまれ、黒い影となって踊り狂う。

 あるいは両断された少年の姿を思い浮かべ、ためらいつつも盗み見た。


「これが、ヴィーラ殿下――…」

 乾いた音を立て、剣の柄が弧を描き膝元に落ちる。

 投擲(とうてき)でなければ到底達せない距離を物ともせず、眼前に突き立っていた剣を半ばから溶け砕いたのだ。

 突き立った切っ先だけが、その存在を保持していた。

 燕尾服が所々燻っている。少し長くなった前髪の焦げる匂いが、「蛇の残り香」となり周囲に散っていた。

 大理石の床がぼくを中心に「ワ」の字に囲んで深く(えぐ)れ、残炎が爆ぜている。

 少しでも避けていれば、炎によって体が焼け断たれていただろう。だけどぼくは(ひざまず)いたまま、昂然(こうぜん)と胸を張っていた。

 動く必要も恐怖も感じない、持論(・・)は全て受け入れる。

「――さすれば私の忠誠は全て、ヴィーラ殿下にのみ捧げます!」

 (おごそ)かに胸に手を当て、両膝で(ひざまず)いたまま宣言した。

 本望(それをこそ)であると。


「ふんっ……M属性め」

 ヴィーラ殿下が逃げ惑った貴族とぼくを比べ、称讃とも取れる呟きを落とす。

 命令を承諾するしかないよう、あえて強要したのではないか。それは少女が見せた微かな憐愍(れんびん)だったのかもしれない。

 まあ単に性格の気もするけど。

「「お……っおお――――~っっ!!」」

 そして驚愕に身を凍らせた貴族たちを、興奮の炎が溶かしてゆく。

 ある者は殿下のご威光と打ち震え。ある者はぼくに懐疑の目を隠そうともせず、しかしその豪胆さは認め。

 またある者は珍獣を観るがごとく、口を開け放っていた。

 希望としては頼りなさすぎで、悪あがきにしては疑問な少年の姿を――。

 感嘆の声があがり、徐々に呼応し、さらに歓呼が沸き立ってゆく。ある種の開きなおりにも似た空気が、謁見の間を支配する。

「ギリシャ火薬……いや、火炎放射というより……魔法?」

 そのなかで件のぼくは、冷静に状況を分析していた。

 理解不能さに背筋が痺れ、頬が緩み高揚する。王族の強権だけではないと思っていたけど、それにも増して想像もしていなかった鋭きトゲ。

 14世紀は火薬による武器が出始めた時代。

 この存在(ちから)を振りかざせば、畏怖の対象となるのも当然だ。まさしく業火の顕現、この方に逆らう者はいまい。

 恐怖にかられた場合無関心は装えない、取るべき道は「(あらが)う」か「(したが)う」か。

 だがぼくは迷わず「渇望」しよう。

「素晴らしきかな、ヴィーラ殿下――っ!!」

 謁見の間で巻き起こった、やや芝居じみた珍騒動。後日伝え聞いた者はむろん、当日居合わせた者も完全には理解できていない。

 この物語は悲劇か、あるいは……喜劇だったのか。



 小惑星の王子が愛した星……自分の国。

 1年半後に差し迫った婚礼、公爵の不在、隣国からの圧力――亡国の運命。

 この国はバオバブの木によって、破裂を迎えようとしている。100年放置した根が世界を覆い尽くし、手遅れになっていたのだ。

 赤きトゲを持つ大輪の白バラのためなら、ぼくは全てを食い尽くす羊となろう。

 風が吹くならついたてを、寒いと言葉にする前に覆いガラスを、水を厳選して、毛虫を取り払おう。

 ぼくはあなたの心を疑いはしない。

「この世界に咲く、たった一輪の美しき暴君(・・)にお育ちください!」

 ぼくは正式に叙勲され、騎士の称号が与えられた。

 相応しい叙任儀式だったのか。晴れて「卿」付けで呼ばれる身分になったけど、これには沈黙を返事とする。

 今までは両膝をついてきた、だけどあらためて左膝を立てた。

 神に祈るのではない、これよりは現実なのだと。溶け砕けた剣の柄を拾いあげ、少女の足の甲に見立て「隷属(れいぞく)」のキスをする。

 嗚呼ぼくは己の運命を、見つけた(・・・・)のだ――。

「ヴィーラ殿下の、(いしずえ)となります!!」

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