四十七夜 ウールドの試行錯誤一か月目
「奇天烈な少年」がマナスルを出発して約一か月――。
俺は妙な感覚を味わっていた。
風呂あがりに青い暖簾をくぐり、井戸で冷やしておいたエールを飲む。
顔なじみになった衛兵が軽く手を振った。殿下の下知たあいえ、因果伯になってから何か月もひとっところにいるのは初めてだ。
昇る二つの月を見てひと息入れる。
「どっからもアユムの噂を聞かねえな」
あいつのこったから放っといても、どこかで何かすると期待していた。
それなのに一向に音沙汰がねえ。
まあバジリスクとガン飛ばし合って生き残った奴だから、そう簡単にくたばってやしないだろうが……どうにも違和感がありやがる。
「近ごろ変わった話は聞かねえか?」
サーガラから来た行商人にそれとなく訊いてみた。
「そりゃあ男として一度は――~…っいや、ねえなあ」
誰もが口を開け閉めし、苦笑いしたあと首を振る。
「なんか後ろめたいことでもあんのか?」
「そっそういやあサーガラに近い町で、何十人もの盗賊が討伐されたって話だ! お偉いさんの助けもあったそうだが、驚くのは翌日に領主が婚礼をしたとか」
「そいつは豪胆な領主だな、しかしお偉いさんねえ」
「盗賊もその町だけは避けるだろうって、もっぱらの評判だ――」
吟遊詩人が領主を称えてたし、何人か同じ話をしてた。
あの辺なら因果伯が派遣されたんだろうな。風呂は本当に知らなかったようだ、「アラヤシキ」へ行って感激してたから。
じゃあアユムは、今どこで何をやってんだ?
「相変わらずワケワカンネ」
それもアユムらしくて笑えるが。
マナスルはまだ復興の最中だ。
といっても資金はある、アユムの腹黒さに爆笑させてもらったっけ。
てめえが死にかけた件を口実にしちまうんだから恐れ入る、まあある意味最大の意趣返しとも言えるが。
「プールヴァ帝国もプライドが邪魔して、今さら金は払わんなんて言えねえだろ。財政難で偉い奴が青い顔してるかもなあ」
金がありゃあ仕事があり、仕事がありゃあ人が集まる。
さらにはメシがうまくて風呂って娯楽まであり、帰りたがらない奴も多い。
「そういやあ領民増えたなあ、倍くらいになってね?」
大通りの側溝はもうちょいで終了だ、順次木枠も設置していってる。
石畳をはがして溝を掘るのは、人海戦術でどうにかなった。
問題は伐採して乾燥させたあとだ。板に切り出して同一の木枠を製造するのに、けっこう手間取っているのだ。
職人の少なさが悔やまれる。
「人通りの多い道や路地まで木枠を設置するには、時間がかかりそうだ」
アユムが残してった、「マナスル城郭内の地図」の貴重さがわかった。
俺はメシに釣られて言われたとおり掘ってただけだ。しかし街の規模になると、単に掘ればいいってわけじゃなくなる。
馬の背の上部に源流を配置し、本流を通して支流を作っていく。
大通りを進めながらも、流れを作って下水処理している場所まで伸ばさないと、つまって辺り一面酷えことになる。
指定番号が刻印された地図には、順次開放していく道筋まで載ってるそうだ。
「場当たり的に掘っても、ダメってこったなあ」
自分が関わってやっとわかった、「完成が見えない」ストレスってやつ。
「俺は何をやってんだ」と疑っちまうとやる気は出ねえ、「本当に正しいのか」と振るう鍬には力がねえ。
ほかの街が側溝の話を聞いてマネしても、どこまで再現できるのか。
「M属性に対しての認識をあらためる……か」
側溝を作っちまうアユムがすげえのか、M属性がすげえのか。
「ラヴィも大したもんだ、この結果が視えてたのかねえ」
俺はといやあけっこうヒマしてた。
側溝掘りは社会事業ってのになってて、参加すんのは気が引ける。
「マナスルに集まる奴らの、金稼ぎを邪魔をしちゃいけねえよなあ」
なのでフラリと街中に出ては、口の悪い奴や喧嘩っぱやい奴らの仲裁をしてた。
ごく普通の「平民」としてな。
短剣はアユムにあずけちまったからちょうどいい。佩刀した偉そうな「貴族」に何を言われても、心に届きゃしねえだろう。
人が多くなれば、もめ事が増えるのは仕方ねえ。
家族を古里へ残してきた奴らも多い。どんだけ仕事だと割り切っちゃあいても、襲ってくる寂しさは紛れねえし。
酒でも飲みゃあ感情が暴れっちまう気持ちも、まあわかるがね。
「放っとくわけにもいかんしなあ」
なんて頭をかいてたらまた商店区のほうで騒ぎだ。
見れば三十~四十人の農夫が睨み合ってる。薪はまだいい、鍬を構えてる奴らはちょいと危ねえな。
「オイオイ何があったか知んねえけどよ、ちっとばかし落ちつこうぜ」
「邪魔だっ! すっこんでろ青二才!」
「てめえからくらわすぞゴラ――ァ!!」
「あの……これを、お独りで?」
暴れてた奴らを仲良くさせてると、巡回の衛兵が汗だくで駆けつけた。
「お疲れさん~まあ悪いおっちゃんたちじゃねえんだ、心情を察してくれや」
「ヒィ――…」
「スンマセンシタァ……」
衛兵は少し引いてたがやたら感謝される。
過疎化が目立ってた大通りに、行商人や過客があふれてた。囃したてるやじ馬を追い払ったりと、巡回するのもひと苦労だろう。
「にしても本当に領民が増えたねえ、もう少し兵士を増やしたほうがよくね?」
アラヤシキでは酒の販売規制をしてる、またもやアユムが正解だったか。娯楽場で今みたいな刃傷沙汰とか、勘弁してくれってとこだしな。
しかしそれとは別になんかこう、大々的な催し物ってェかな。
息抜きが必要じゃねえかなあ、誰もがわ――っと発散できるような。今度会議の席で提案してみっか。
「エルフのねーちゃんの気分転換にもなるだろ」
夜はエールの陶器製の壺を持ち、ホーマ親方の鍛冶場を冷やかしにいく。
あれから何度か顔を出してたら、足が向くようになっちまった。
「また来たのか――!」
「おう爺さん、邪魔するぜ――!」
露骨に顔をしかめる、これで商売やってけんのかね。
因果伯だ貴族だとへつらわない、根っからの頑固職人。こっちも気を使わなくていいから楽な爺さんだ。
鉄をたたいたときパッと散る、火花を肴にエールを傾ける。
アユムが旅に出る前、「組み立て式簡易五徳」ってのを申請していった。大量に注文が入るってんで、試しに打たせてもらったがダメだな。
何かを作るより壊すほうが性に合ってる。
「頼むから出てってくれ――っ!」
「おまえにはもう鎚を握らせねえっ!」
弟子たちは今でも睨んでくる……あの、ゴメンナサイ。
鍛冶場は街の離れ、東の外側城壁そばにあるがそれでも真夜中は作業停止。
鉄塊の生成はひと晩かかるから炉は常に稼働してる。だがトリップ・ハンマーはどうしても、でっかい音が響いちまうし――。
なんてのは表向き。
放っとくとこの爺さん、寝ずにでも働いっちまうからなあ。弟子が申し合わせて休ませてるんだ。
「まあ本人は配慮されてんのに、気がついていそうではあるが」
「なんだ、まだそんなコップで飲んでんのか」
「まあせっかく作ってくれたんだし、使い慣れりゃあこれもオツなもんだ」
静かになった鍛冶場の外に机を出し、親方にエールを勧める。
俺はアユムが作った「樽ジョッキ」を傾けた。ご丁寧に箍まである小さな樽で、自分で作っておきながら「二〇〇年早い!」と笑って置いてったのだ。
「ほれ珍しい形してるってんで、よく職人や商人に出どこを訊ねられる。銅の箍は高つくんで木で代用するそうだが、『マナスル産のコップ』って流行るかもな」
「まったく最近の若えやつは、わけがわからん」
親方は普通のコップを傾け、仕事場を睨む。
ジョーキエジンってな、俺にはなんもわからん機械が試作されていた。見るたびに形が違っていて苦労がうかがえる。
その件もあり最初はムスッとしているが、杯が進むにつれ口が軽くなっていく。
「――いいか兄ちゃん、なぜその『形』になったかだ。
必要なのか疑い製造し、やはり同じように行き着く。たった一本の鉄柱にすら、たゆまない試行錯誤の末がある。
儂は顔も知らぬ職人と、同じ過程を経ているのだ。
無駄のない、無駄が作れない設計の見事さだ。大いなる背が浮かぶときがある、オイわかるか兄ちゃん――。
面白いな……うむ、面白い」
自問自答して、納得する。
しかしアユムは今回かなりのくせ者を残したらしい。
技術ではなく思想の部分で、どうしても理解できないのだと。
「なに、話は単純なんだがな――…むっ?」
そばに立てかけてあった向こう鎚に手を伸ばし、片手では持てず眉根を寄せる。
両手で持つと椅子にした箱がが軋み、歳考えろよ爺さんと口を隠した。
「この鎚にしたって、この『形』に落ちついた理由がある。鎚として必要な重さ、鉄を打つにやすく、手になじむ理由がな」
軽く振って樽ジョッキの上でピタリと止める。
「黄金のコップでも味は変わらんがな、『黄金の鎚』があっても鎚とは呼ばんわ」
机に置くとが鎚の重みで軋む。
ふんっとひと息でエールを飲み干し、再び仕事場を睨んだ。
「アレにも水車じゃ足りん理由が、必要な理由があるはずだ」
「それがわからん、と?」
「発想が固いのかもしれん。あのガキは想像もできんことを、簡単に言うからな。触発されて今までやってきたが――」
「いなくなると……ってか、仕事が細かすぎるって愚痴ってたしなあ」
「バカモン、職人が楽を覚えてどうする!」
ぐいっとコップを差し出され、エールを注ぎつつ喉で笑う。
貴族の坊ちゃんのくせに生意気だっての。マナスルの復興に鍛冶屋の爺さんに、あちこちに影を落としていきやがって。
それなのにアユムが間違ってるとは、誰も疑ってねえんだからな。
「爺さんもう十分生きただろ、引退して当然なのに元気だねえ」
「てめえふざけんなっ! 俺はまだまだこっからよ!!」
大笑いして鎚を振るう。
啓いちゃいないがS属性、無意識に肉体強化で補ってるふしがある。人生そこまで夢中になれるモンがあるってのはいいもんだ。
エールを飲み干し夜空を見上げた。
「こうなると趣味がないのは、どうにもイカンなあ」
☆
「いや、もともとこうだっけ?」
アユムがいた二か月が濃すぎただけで、因果伯として各領地をフラフラ旅してただけだもんなあ……なんていうと、説教する奴らがいるので黙ってるが。
説教ズはそろって特訓をしている。
バジリスクの討伐はハスター伯爵曰く、「奇跡の偉業」だそうだ。
「強かったもんなあ……『男』を執拗に追っかけてたから、被害も抑えられたが。もしブレスを吐かれまくってたら、街は滅んでたな」
属性が噛み合ったからいけただけ、誰か欠けてたら死んでいた――。
素直に褒めてもらっときゃいいんだ。にも関わらず精進しなくてはと意気ごみ、さらなる向上を目指すときた。
俺は近寄らないようにしてる、触らぬ神にって奴だ。
色男はジャーラフの気配消しに感服し、「カルマ」を閉じる術を高め。ラヴィは「綺人」を高めるべく、色男を視ることに集中する。
はたから見てると向かい合いうなってるだけの特訓。
「いい歳こいた二人がお見あ……」
ほほえましさに突っこみかけたが止めておく。
真面目なこいつらなら、アユムの「力」を言及すると思っていた。けれど因果伯でもねえのに不文律を守り、いっさい詮索をしない姿勢を貫いている。
こいつらなりに成長してるのかと、あったか~い目で眺めてたら睨まれた。
トリの坊主は文字が読める、スラスラってほどでもないそうだが。
エルフのねーちゃんに「探究部屋」の立ち入り許可をもらい、時間があれば意味を聞きながら本を読んでいた。
連日居館の三階に、明るいソプラノボイスが響いてる。
俺はそっち方面がからっきしだし、少しうらやま――いや勧めるな、断るから。
たまに笑い声が混じり、それだけで心地いい気分になる。
「別に『妄水』を使っているわけでも、なさそうだがなあ」
ありゃあ人徳だな。
まあ、トリの坊主流の気の使い方なんだろう。おかげでエルフのねーちゃんも、日ごとに笑顔が増えてきた。
「精神の傷は『力』では癒やせないのです、悔しいですが……」
女みてえなツラに眉をひそめてうつ向く、いい奴だよなあおまえ。
マネはできねえが。
エルフのねーちゃんはアユムを見送ったあと、去った方向をずっと見ていた。
笑って手を振ってたのに――突如、子供みたいに号泣したのだ。こういったとき男はだらしないもんで、ラヴィにまかせる。
アユムの看病をすると言い出したときから、そうじゃねえかと睨んでた。
気がつきゃ目でアユムを追ってる。何気なく交わす会話がすでに、領主でも貴族の関係でもなかった。
「身分違いってなあ燃えるって聞くぜ、そうだとおもしれえよな」
トリの坊主と色男に話したら、妙な顔をして察しろと片目をつむる。
気配を感じて振り返ると、絶対聞こえない距離にラヴィがいて速攻逃げた。
「危ねえ危ねえ……」
しかし一番平気そうなツラしてたんだけどなあ、女心はわからねえや。しばらく「アユムの部屋」で幽鬼にたたずむ、エルフのねーちゃんが目撃される。
エルフってなあ死なねえそうだ、命の概念が只人とは違うと。
蛇公が現れたときは相談もせず意見も聞かない。やたら独善的で厄介だったと、亜人批判をする大臣連中もいた。
口先だけの役立たずどもは放っときゃいい。
とはいえくだらん噂をたれ流されてもウザいので、睨みつけてはおく。
「亜人にかぎらず、知るとなんだか違うもんだ」
「わかってた」
医術、医学、医師の蒸留水……商業の屋台。発明の側溝や薪ボイラーに、雄弁の特許制度。そして錬金術のカレンデュラオイルや、レーズン酵母――絡みつく蛇。
「平和を求めるアユムが旅に出るのは、わかってた」
去っていくアユムに手を振り、夢に未来を視る巫女が神託をささやく。泣き顔の一歩手前で、舌ったらずに歯を食いしばりながら。
エルフのねーちゃんが落ちつくまで、そんなアカーシャの面倒は俺が見てた。
まあどっちも独りで考えたり、気持ちを整理したいときもあるさ。
「危ないマネだけ気をつけて、様子を見てりゃあいいんだろ?」
別にわがまま言うでなし、手もかからねえから構わねえよと。
アカーシャは年齢的に、マナスルの定住を許可されてる。エルフのねーちゃんと同じM属性ってのもあるかもしれん。
何年前だったか、もっと幼いころに勅許状を受け因果伯となった。
そういやあこのガキも、因果な人生送ってるよなあ。ぶらつく俺にくっついて、いっしょに街を周ってた。
「ここでアユムに、こぼしたソース拭いてもらった……」
懐かしむみたいにアユムの話をする、ガキなりに寂しさを耐えてやがんなあ。
「兄ちゃんの仲間でも、俺のほうが年上だからな――!」
「年上だぞぉ!」
農民区に貴族区に、悪ガキなんかどこにでもいる。城にこもってたときと違い、ガキ同士の喧嘩ってケガもある。
アカーシャも気分転換が必要だ。
連日すり傷を作り痣にまみれちゃいるが、ぐっすり眠ってるようだ。刃傷沙汰にならないかぎり、放っておくのが俺の親心。
「おまえけっこう根性あるからな、言いたいことがありゃあ拳で語れ!」
「おう!」
発破をかけたりもする。
そしたらアカーシャの口調が悪くなったと、説教ズに怒られ――…。
「がまんしてでも、アユムの護衛につきゃよかったかなあ」




