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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
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四十七夜 ウールドの試行錯誤一か月目

「奇天烈な少年」がマナスルを出発して約一か月――。


 俺は妙な感覚を味わっていた。

 風呂あがりに青い暖簾(のれん)をくぐり、井戸で冷やしておいたエールを飲む。

 顔なじみになった衛兵が軽く手を振った。殿下の下知たあいえ、因果伯になってから何か月もひとっところにいるのは初めてだ。

 昇る二つの月を見てひと息入れる。

「どっからもアユムの噂を聞かねえな」

 あいつのこったから放っといても、どこかで何かすると期待していた。

 それなのに一向に音沙汰がねえ。

 まあバジリスクとガン飛ばし合って生き残った奴だから、そう簡単にくたばってやしないだろうが……どうにも違和感がありやがる。

「近ごろ変わった話は聞かねえか?」

 サーガラから来た行商人にそれとなく訊いてみた。

「そりゃあ男として一度は――~…っいや、ねえなあ」

 誰もが口を開け閉めし、苦笑いしたあと首を振る。

「なんか後ろめたいことでもあんのか?」

「そっそういやあサーガラに近い町で、何十人もの盗賊が討伐されたって話だ! お偉いさんの助けもあったそうだが、驚くのは翌日に領主が婚礼をしたとか」

「そいつは豪胆な領主だな、しかしお偉いさんねえ」

「盗賊もその町だけは避けるだろうって、もっぱらの評判だ――」

 吟遊詩人が領主を称えてたし、何人か同じ話をしてた。

 あの辺なら因果伯(だれか)が派遣されたんだろうな。風呂は本当に知らなかったようだ、「アラヤシキ」へ行って感激してたから。

 じゃあアユムは、今どこで何をやってんだ?

「相変わらずワケワカンネ」

 それもアユムらしくて笑えるが。


 マナスルはまだ復興の最中だ。

 といっても資金はある、アユムの腹黒さに爆笑させてもらったっけ。

 てめえが死にかけた件を口実(ネタ)にしちまうんだから恐れ入る、まあある意味最大の意趣返しとも言えるが。

「プールヴァ帝国もプライドが邪魔して、今さら金は払わんなんて言えねえだろ。財政難で偉い奴が青い顔してるかもなあ」

 金がありゃあ仕事があり、仕事がありゃあ人が集まる。

 さらにはメシがうまくて風呂って娯楽まであり、帰りたがらない奴も多い。

「そういやあ領民増えたなあ、倍くらいになってね?」

 大通りの側溝はもうちょいで終了だ、順次木枠も設置していってる。

 石畳をはがして溝を掘るのは、人海戦術でどうにかなった。

 問題は伐採して乾燥させたあとだ。板に切り出して同一の木枠を製造するのに、けっこう手間取っているのだ。

 職人の少なさが悔やまれる。

「人通りの多い道や路地まで木枠を設置するには、時間がかかりそうだ」

 アユムが残してった、「マナスル城郭内の地図」の貴重さがわかった。

 俺はメシに釣られて言われたとおり掘ってただけだ。しかし街の規模になると、単に掘ればいいってわけじゃなくなる。

 馬の背の上部に源流を配置し、本流を通して支流を作っていく。

 大通りを進めながらも、流れを作って下水処理している場所まで伸ばさないと、つまって辺り一面酷えことになる。

 指定番号が刻印された地図には、順次開放していく道筋まで載ってるそうだ。

「場当たり的に掘っても、ダメってこったなあ」

 自分が関わってやっとわかった、「完成が見えない」ストレスってやつ。

「俺は何をやってんだ」と疑っちまうとやる気は出ねえ、「本当に正しいのか」と振るう(クワ)には力がねえ。

 ほかの街が側溝の話を聞いてマネしても、どこまで再現できるのか。

「M属性に対しての認識をあらためる……か」

 側溝(こんなの)を作っちまうアユムがすげえのか、M属性がすげえのか。

「ラヴィも大したもんだ、この結果が視えて(・・・)たのかねえ」


 俺はといやあけっこうヒマしてた。

 側溝掘りは社会事業ってのになってて、参加すんのは気が引ける。

「マナスルに集まる奴らの、金稼ぎを邪魔をしちゃいけねえよなあ」

 なのでフラリと街中に出ては、口の悪い奴や喧嘩っぱやい奴らの仲裁をしてた。

 ごく普通の「平民」としてな。

 短剣はアユムにあずけちまったからちょうどいい。佩刀した偉そうな「貴族」に何を言われても、心に届きゃしねえだろう。

 人が多くなれば、もめ事が増えるのは仕方ねえ。

 家族を古里へ残してきた奴らも多い。どんだけ仕事だと割り切っちゃあいても、襲ってくる寂しさは紛れねえし。

 酒でも飲みゃあ感情が暴れっちまう気持ちも、まあわかるがね。

「放っとくわけにもいかんしなあ」

 なんて頭をかいてたらまた商店区のほうで騒ぎだ。

 見れば三十~四十人の農夫が睨み合ってる。薪はまだいい、(クワ)を構えてる奴らはちょいと危ねえな。

「オイオイ何があったか知んねえけどよ、ちっとばかし落ちつこうぜ」

「邪魔だっ! すっこんでろ青二才!」

「てめえからくらわすぞゴラ――ァ!!」


「あの……これを、お独りで?」

 暴れてた奴らを仲良く(・・・)させてると、巡回の衛兵が汗だくで駆けつけた。

「お疲れさん~まあ悪いおっちゃんたちじゃねえんだ、心情を察してくれや」

「ヒィ――…」

「スンマセンシタァ……」

 衛兵は少し引いてたがやたら感謝される。

 過疎化が目立ってた大通りに、行商人や過客があふれてた。(はや)したてるやじ馬を追い払ったりと、巡回するのもひと苦労だろう。

「にしても本当に領民が増えたねえ、もう少し兵士を増やしたほうがよくね?」

 アラヤシキでは酒の販売規制をしてる、またもやアユムが正解だったか。娯楽場で今みたいな刃傷沙汰とか、勘弁してくれってとこだしな。

 しかしそれとは別になんかこう、大々的な催し物(イベント)ってェかな。

 息抜きが必要じゃねえかなあ、誰もがわ――っと発散できるような。今度会議の席で提案してみっか。

「エルフのねーちゃんの気分転換にもなるだろ」


 夜はエールの陶器製の壺(ジャグ)を持ち、ホーマ親方の鍛冶場を冷やかしにいく。

 あれから何度か顔を出してたら、足が向くようになっちまった。

「また来たのか――!」

「おう爺さん、邪魔するぜ――!」

 露骨に顔をしかめる、これで商売やってけんのかね。

 因果伯だ貴族だとへつらわない、根っからの頑固職人。こっちも気を使わなくていいから楽な爺さんだ。

 鉄をたたいたときパッと散る、火花を肴にエールを傾ける。

 アユムが旅に出る前、「組み立て式簡易五徳」ってのを申請していった。大量に注文が入るってんで、試しに打たせてもらったがダメだな。

 何かを作るより壊すほうが性に合ってる。

「頼むから出てってくれ――っ!」

「おまえにはもう鎚を握らせねえっ!」

 弟子たちは今でも睨んでくる……あの、ゴメンナサイ。

 鍛冶場は街の離れ、東の外側城壁そばにあるがそれでも真夜中は作業停止。

 鉄塊の生成はひと晩かかるから炉は常に稼働してる。だがトリップ・ハンマーはどうしても、でっかい音が響いちまうし――。

 なんてのは表向き。

 放っとくとこの爺さん、寝ずにでも働いっちまうからなあ。弟子が申し合わせて休ませてるんだ。

「まあ本人は配慮されてんのに、気がついていそうではあるが」


「なんだ、まだそんなコップで飲んでんのか」

「まあせっかく作ってくれたんだし、使い慣れりゃあこれもオツなもんだ」

 静かになった鍛冶場の外に机を出し、親方にエールを勧める。

 俺はアユムが作った「樽ジョッキ」を傾けた。ご丁寧に(タガ)まである小さな樽で、自分で作っておきながら「二〇〇年早い!」と笑って置いてったのだ。

「ほれ珍しい形してるってんで、よく職人や商人に出どこを訊ねられる。銅の箍は高つくんで木で代用するそうだが、『マナスル産のコップ』って流行るかもな」

「まったく最近の若えやつは、わけがわからん」

 親方は普通のコップを傾け、仕事場を睨む。

 ジョーキエジンってな、俺にはなんもわからん機械が試作されていた。見るたびに形が違っていて苦労がうかがえる。

 その件もあり最初はムスッとしているが、杯が進むにつれ口が軽くなっていく。

「――いいか兄ちゃん、なぜその『形』になったかだ。

 必要なのか疑い製造し、やはり同じように行き着く。たった一本の鉄柱にすら、たゆまない試行錯誤の末がある。

 儂は顔も知らぬ職人と、同じ過程を経ているのだ。

 無駄のない、無駄が作れない設計の見事さだ。大いなる背が浮かぶときがある、オイわかるか兄ちゃん――。

 面白いな……うむ、面白い」

 自問自答して、納得する。

 しかしアユムは今回かなりのくせ者を残したらしい。

 技術ではなく思想の部分で、どうしても理解できないのだと。

「なに、話は単純なんだがな――…むっ?」

 そばに立てかけてあった向こう鎚に手を伸ばし、片手では持てず眉根を寄せる。

 両手で持つと椅子にした箱がが軋み、歳考えろよ爺さんと口を隠した。

「この鎚にしたって、この『形』に落ちついた理由がある。鎚として必要な重さ、鉄を打つにやすく、手になじむ理由がな」

 軽く振って樽ジョッキの上でピタリと止める。

「黄金のコップでも味は変わらんがな、『黄金の鎚』があっても鎚とは呼ばんわ」

 机に置くとが鎚の重みで軋む。

 ふんっとひと息でエールを飲み干し、再び仕事場を睨んだ。

アレ(・・)にも水車じゃ足りん理由が、必要な理由があるはずだ」

「それがわからん、と?」

「発想が固いのかもしれん。あのガキは想像もできんことを、簡単に言うからな。触発されて今までやってきたが――」

「いなくなると……ってか、仕事が細かすぎるって愚痴ってたしなあ」

「バカモン、職人が楽を覚えてどうする!」

 ぐいっとコップを差し出され、エールを注ぎつつ喉で笑う。

 貴族の坊ちゃんのくせに生意気だっての。マナスルの復興に鍛冶屋の爺さんに、あちこちに影を落としていきやがって。

 それなのにアユムが間違ってるとは、誰も疑ってねえんだからな。

「爺さんもう十分生きただろ、引退して当然なのに元気だねえ」

「てめえふざけんなっ! 俺はまだまだこっからよ!!」

 大笑いして鎚を振るう。

 啓いちゃいないがS属性、無意識に肉体強化で補ってるふしがある。人生そこまで夢中になれるモンがあるってのはいいもんだ。

 エールを飲み干し夜空を見上げた。

「こうなると趣味がないのは、どうにもイカンなあ」



 ☆



「いや、もともとこうだっけ?」

 アユムがいた二か月が濃すぎただけで、因果伯として各領地をフラフラ旅してただけだもんなあ……なんていうと、説教する奴らがいるので黙ってるが。

 説教ズはそろって特訓をしている。

 バジリスクの討伐はハスター伯爵曰く、「奇跡の偉業」だそうだ。

「強かったもんなあ……『男』を執拗に追っかけてたから、被害も抑えられたが。もしブレスを吐かれまくってたら、街は滅んでたな」

 属性が噛み合ったからいけただけ、誰か欠けてたら死んでいた――。

 素直に褒めてもらっときゃいいんだ。にも関わらず精進しなくてはと意気ごみ、さらなる向上を目指すときた。

 俺は近寄らないようにしてる、触らぬ神にって奴だ。

 色男はジャーラフの気配消しに感服し、「カルマ」を閉じる術を高め。ラヴィは「綺人(きじん)」を高めるべく、色男を視る(・・)ことに集中する。

 はたから見てると向かい合いうなってるだけの特訓。

「いい歳こいた二人がお見あ……」

 ほほえましさに突っこみかけたが止めておく。

 真面目なこいつらなら、アユムの「力」を言及すると思っていた。けれど因果伯でもねえのに不文律を守り、いっさい詮索をしない姿勢を貫いている。

 こいつらなりに成長してるのかと、あったか~い目で眺めてたら睨まれた。


 トリの坊主は文字が読める、スラスラってほどでもないそうだが。

 エルフのねーちゃんに「探究部屋」の立ち入り許可をもらい、時間があれば意味を聞きながら本を読んでいた。

 連日居館の三階に、明るいソプラノボイスが響いてる。

 俺はそっち方面がからっきしだし、少しうらやま――いや勧めるな、断るから。

 たまに笑い声が混じり、それだけで心地いい気分になる。

「別に『妄水(もうすい)』を使っているわけでも、なさそうだがなあ」

 ありゃあ人徳だな。

 まあ、トリの坊主流の気の使い方なんだろう。おかげでエルフのねーちゃんも、日ごとに笑顔が増えてきた。

「精神の傷は『力』では癒やせないのです、悔しいですが……」

 女みてえなツラに眉をひそめてうつ向く、いい奴だよなあおまえ。

 マネはできねえが。


 エルフのねーちゃんはアユムを見送ったあと、去った方向をずっと見ていた。

 笑って手を振ってたのに――突如、子供みたいに号泣したのだ。こういったとき男はだらしないもんで、ラヴィにまかせる。

 アユムの看病をすると言い出したときから、そう(・・)じゃねえかと睨んでた。

 気がつきゃ目でアユムを追ってる。何気なく交わす会話がすでに、領主でも貴族の関係でもなかった。

「身分違いってなあ燃えるって聞くぜ、そう(・・)だとおもしれえよな」

 トリの坊主と色男に話したら、妙な顔をして察しろと片目をつむる。

 気配を感じて振り返ると、絶対聞こえない距離にラヴィがいて速攻逃げた。

「危ねえ危ねえ……」

 しかし一番平気そうなツラしてたんだけどなあ、女心はわからねえや。しばらく「アユムの部屋」で幽鬼にたたずむ、エルフのねーちゃんが目撃される。

 エルフってなあ死なねえそうだ、命の概念が只人(オレら)とは違うと。

 蛇公が現れたときは相談もせず意見も聞かない。やたら独善的で厄介だったと、亜人批判をする大臣連中もいた。

 口先だけの役立たずどもは放っときゃいい。

 とはいえくだらん噂をたれ流されてもウザいので、睨みつけてはおく。

亜人(エルフ)にかぎらず、知るとなんだか違うもんだ」


「わかってた」

 医術、医学、医師の蒸留水……商業の屋台。発明の側溝や薪ボイラーに、雄弁の特許制度。そして錬金術のカレンデュラオイルや、レーズン酵母――絡みつく蛇(カドゥケウス)

「平和を求めるアユムが旅に出るのは、わかってた」

 去っていくアユムに手を振り、夢に未来を視る巫女が神託をささやく。泣き顔の一歩手前で、舌ったらずに歯を食いしばりながら。

 エルフのねーちゃんが落ちつくまで、そんなアカーシャの面倒は俺が見てた。

 まあどっちも独りで考えたり、気持ちを整理したいときもあるさ。

「危ないマネだけ気をつけて、様子を見てりゃあいいんだろ?」

 別にわがまま言うでなし、手もかからねえから構わねえよと。

 アカーシャは年齢的に、マナスルの定住を許可されてる。エルフのねーちゃんと同じM属性ってのもあるかもしれん。

 何年前だったか、もっと幼いころに勅許状を受け因果伯となった。

 そういやあこのガキも、因果な人生送ってるよなあ。ぶらつく俺にくっついて、いっしょに街を周ってた。

「ここでアユムに、こぼしたソース拭いてもらった……」

 懐かしむみたいにアユムの話をする、ガキなりに寂しさを耐えてやがんなあ。

「兄ちゃんの仲間でも、俺のほうが年上だからな――!」

「年上だぞぉ!」

 農民区に貴族区に、悪ガキなんかどこにでもいる。城にこもってたときと違い、ガキ同士の喧嘩(コミュニケーション)ってケガもある。

 アカーシャも気分転換が必要だ。

 連日すり傷を作り痣にまみれちゃいるが、ぐっすり眠ってるようだ。刃傷沙汰にならないかぎり、放っておくのが俺の親心。

「おまえけっこう根性あるからな、言いたいことがありゃあ拳で語れ!」

「おう!」

 発破をかけたりもする。

 そしたらアカーシャの口調が悪くなったと、説教ズに怒られ――…。


「がまんしてでも、アユムの護衛につきゃよかったかなあ」

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