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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
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四十四夜 サンガ伯爵

「悪いな親父(おやじ)は、決断しない(・・・・・)人なんだよ」

 ノルブリンカが申し訳なさそうに笑った。

「覚悟しておいたほうがいいぞ――とは、このことでしたか……」

 城館の三階、海に向けたバルコニー。

 四人掛けのテーブルで昼食をとっていて、遅まきながらご相伴にあずかる。

 昨日と同様に真っ青な海が輝き、心地いい海風が吹いていた。


 ノルブリンカは昨日と同じ。ベリーショートの白い髪にサンフラワーの月桂冠、クリーム色の飾り気のない古代チュニックを着ている。

 ただし腰で絞らず、足首まで隠れる丈になっていた。

「制服検査をごまかす女子みたいだ」

 懐かしい感想がもれる。

親父(おやじ)は……決断しないのを、決断している」

 サンガ伯爵家の三代目って聞いたか? そんだけ長くやってるとな、代わり映えしないんだよ、しなくていいんだ。

 なにしろサーガラは安定した領地で、革新を必要としていない。

 無理に返還(・・)すれば、改悪(・・)になるんじゃないかってな。

 本当に必要なら自ら立ち上がってこそ――なんていい風に言っちゃいるけどさ、結局はなにも行動しないと宣言しているに等しい。

 それがわかってるから、所領の諸侯は誰も当てにしちゃいない。

 親父を無視して周囲が、「体」がうまくやっちまう。華やかで頼りがいのある、サーガラを象徴する「顔」でいてくれればいいんだ。

「だけど昨夜の襲撃みたいに、先送りできない問題だってあるっての!」

 ノルブリンカが頭の上で手を組み、海を眺めて顔を隠す。

 サンガ伯爵は反面教師なのだ。


「ただイラだつけどさ、親父(おやじ)が間違ってるとも言えないんだ。マナスルが元王都(・・・)と呼ばれ取引が激減しても、サーガラでは市民離れが起こらなかった」

 だったら正しいだろう! ――決断しないのが!?

 理性と感情のくい違い。

 ノルブリンカは後者なのだ、露骨に不満な表情になっていた。

 盗賊が出たと知れば先頭に立ってに走りだす。

「まず行動」の彼女には相容れない状況なのだ。だが領主のご令嬢の立場として、引っかき回すと別の問題が発生する。

 停滞が嫌だからと問題を起こしては本末転倒だ。

「決断すれば、それが正しいわけでもないですしね」

 因果伯と偽り盗賊の前に身をさらす、軽率で危険な行動だった。

 もっと安全な方法は、選択肢はなかったのか。運に頼るのではなく、同じ失敗をくり返さないよう常に心がけなければ――。

「わかってるじゃないか、おまえは特に反省しろ!」

 同じテーブルについたジャーラフが即座に噛みつく。

 さすがに漆黒のマントは脱いでる。黒のレザーに酷似した紐が幾重にも巻かれ、革鎧を模した軽装。

 私服は……持っていそうにないな。

 姿は見えなかったけど、ずっとぼくの護衛をしていたようだ。廊下に出たらいつの間にか背後にいて驚いた。

 朝食もとってないのに、それに関してはひと言の文句もない……プロだな。

「なんだよ反省してるさ、ジャーラフだって協力してくれたじゃないか」

 感謝しているのに甘えてしまい、つい反論してしまう。

「――っボクのは殿下を想っての行動だ! おまえといっしょにするにゃっ!」

 ああ……いいなあ、このやり取り。

 顔を真っ赤にして怒るジャーラフに謝りながらも、心地よさに酔ってしまう。

 喜んでいたらさらに怒られ、心が満ちた――がこれも現実逃避だよなあ。

「実際領主の許可を得られなければ、満足に身動きが取れないんだ」

 どうすべきかと虚空を眺めたら、そばで吹き出す笑い。


「クックッ……いやすまない、ジャーラフが声を荒らげるなんて久々だったので」

 口元を押さえ謝罪するのはブリハスパティ卿――十七人の因果伯の一人である。

 ノルブリンカの兄であり、兄妹で「カルマ」を啓いたのだ。実例はあっても啓く者の比率の低さからいえば、珍しい部類だった。

 昨夜紹介していただき、第一印象は――「静かな熊」である。

 殿下の近衛隊長である、ステューパ卿に負けず劣らずの屈強な巨漢。褐色の肌に鼻筋の通る四角い顔、黒いバンダナで髪をおおっていた。カイゼル髭をはやせば、なるほどサンガ伯爵と瓜二つ。

 黒いプールポワンの襟で、キノコを彫金した幅の広いネックレスが輝く。

 瞳はあくまでも優しく、物腰も穏やかで頼もしい。彫金士を生業とされていて、知らずのうちに「カルマ」を啓く。

「そうなのか? あたしなんか、座ってメシ食ってるのも見たことなかった」

 ぼくが席につくと、従者さんが気を利かせて昼食を運んでくれる。ジャーラフも昼食をとり、今はエールを飲んでいた。

「皆さんは因果伯となってからの、おつき合いなんですか?」

 ウールドとラヴィは長いつき合いとか話してた。

「あたしが啓いたのは三年前でそっからだね。兄貴は長いよ、もう八年だっけ?」

 こちらもエールを……水扱いで平然と飲みながら、横の兄に問う。

「そうだね、ジャーラフとは四年のつき合いになる。幾度か鉱石を、殿下に運んでもらったりもした。お互い壮健でなによりだ」

 バジリスクの話を聞いたのか、ジャーラフが目を伏せる。

「四年前っていやあ例の魔獣暴走(スタンピード)か、あの年は騒々しかったからな。アユムは――知ってるわけないか。あたしも聞いただけなんだけど、新王都の北で魔獣の大討伐があったんだってさ」

「そうだね……」

 ノルブリンカが虚空を見上げ、ブリハスパティ卿が静かにほほえむ。

 魔獣暴走(スタンピード)か……あまり想像したくない事態だなあ。

「まあそういうわけで、ちょいと待つことになるな。厄介な(バジリスク)騒動もあったんだし、しばらくゆっくりしていいんじゃない?」

 ところでシーちゃんはいないのか? とテーブルの下を覗きこむ。

 件の騒動にガッツリ関わってる、とは言いがたい。

「騒ぎでも起きないかぎり、昼間は大抵寝ていますね」

 お腹を指さし答えたら寂しそうな顔をされた、人気者だなあ。

「ちなみにカレシーが君主号で、シーちゃんが名です」

 王冠と真っ赤なマントをひるがえす、蛇の国を統べる王。

 想像したのかノルブリンカに大受けし、二人は複雑な表情をしていた。

「なにもないのなら……ぼくもゆっくりと世界を、見て周りたいんですけどね」



「――一年半で、ヴィーラ王国を磨きあげろ!?」

 ノルブリンカとブリハスパティ卿が驚愕する、ジャーラフは知っていたようだ。

「すでに二か月過ぎていますので、正確にはあと一年四か月ですね」

 効率よく進めていかなければ、なにも成せずに終わる。

 殿下にお叱りを受けるのはむしろご褒美。けれども無能と蔑まれては、「反論」できなくなる。

 それだけは避けたい。

「いや……しっかし殿下も、無茶おっしゃるねえ」

 ノルブリンカの呆れ顔を、ジャーラフが睨みつけた。

「ノルブリンカ、殿下にも深い事情がおありだろう。我らは殿下の御心を疑わず、背をただしておそばに控えるべきだ」

 ブリハスパティ卿が諭すと、ジャーラフがうれしそうにうなずく。

 ……わかりやすいねキミ。

「そうかなあ、あたしだったら『そんな命令誰が聞くかっ!』って怒鳴ってるぞ」

「ジャ――ッ!!」

 ジャーラフが跳びかかろうとする、カレシーかキミは。

 どうどうと落ち着かせ、小脇に押さえながら答える。

「たっ確かに無茶ですが……ぼくがヴィーラ殿下の、(いしずえ)となります!!」

 本望(それをこそ)である――と。

「お――っ!」

 ノルブリンカが称賛し笑って拍手をした。

「……っふん、ボクのほうが捧げてる!」

 ジャーラフは目を見開いて凝視し、ぼくの手から逃れて肘打ちする。

「――っアユム卿!」

 ブリハスパティ卿は巨体を揺るがせ、突如走ってきた。

 ぼくの両肩をがっしりと抱くと、瞳に滂沱の涙があふれてつたう。

「アラヤシキより招かれ、一人の身寄りもなく寂しいだろうに。なんとすばらしき献身的な心よ! わかるぞ、共にヴィーラ殿下につくそうではないか!」

 遠慮(ようしゃ)なく抱きしめられ、体が埋まる。

「私を兄ほどに思ってくれ、我らの間に遠慮など必要はない!」

 あっこの方、確実にサンガ伯爵のご子息ですね。

「シ――~…」

 お腹でカレシーの、苦しそうな声がしていた。

「兄貴って感動しいなんだよねえ」



 ☆



 ブリハスパティ卿の個室は、戸棚の見本市だった。

 作業机や回転砥石がキッチリと収まり、ひと目で几帳面な性格がわかる。

 彫金用のスパチュラやヤスリ、糸ノコが種類ごとにそろえてあった。ヤットコが大きさ順に壁にかけられ、あるいは棚に一糸乱れずならんでいる。

 片づける隙のなさに、少し寂しくなるほど。

 部屋は二十畳ほどで、さして広くないのは間借りだそうだ。ブリハスパティ卿は因果伯であり、サンガ伯爵から子爵の地位も相続している。

 領地を授かり所領経営もこなす、生まれながらの上流貴族といえた。

 嫡男であり現在二十六歳、まだ婚礼はしていない。サンガ伯爵のお歳てきにも、次期サーガラ領の継承者ではないのか。

 伯爵家を継ぐまで子爵を名乗ったりもするそうだし、はっきりとはわからない。

 受け継ぐさい因果伯の爵位は、「例外」扱いで返上されるのかな。貴族にとって継承権問題など、話題にするのも難しい。

「殿下直属の家臣であり、伯爵家の長男で、領主でもある――この時代の方々ならすんなり理解できるのかな、かなり複雑な立場だ」


 ぼくはバックパックから、布に包んだ短剣を二本取り出す。

「これをウールドから、あずかってきました」

 ウールド愛用の短剣――バジリスク戦で鉱石の「力」を使い、一本は輝きが鈍り一本は柄の部分に痕跡しか残っていない。

 衛兵に馬車を調べられたとき、ぼくのバックパックも開けられそうになる。

 セツとバンダが貴族の持ち物だと力説し、実際に証文もあったのでそっと見ない振りをされたそうだ。

「武器を隠し持っていたと没収されてたら、反省ではすまない失態だった」

 ぼくは本当に仲間に恵まれている。

 ブリハスパティ卿が宝物さながら、かしこまって短剣を受け取った。

「よく、がんばりましたね」

 短剣を我が子みたいに褒め、慈しむまなざし。

「あいつは武器を軽々しく扱いすぎる!」

 ウールドには辛辣な言葉が投げかけられた。

 ブリハスパティ卿はS属性である。鉱石を生成する「偸金(ちゅうきん)」を得意としており、殿下はもとより因果伯の分まで一手に引き受けている。

 実は彼に会うのも目的のひとつだった。

 憤慨(ふんがい)しつつも密封してあった箱から、南瓜(カボチャ)大の鉄鉱石を三個取り出す。

 欧州の鉄鉱石は不純物の少ない、高品質な原料とされている。けれども異世界(こちら)でそこまで一致するかはわからない。

 作業机に広げた絹の上に丁寧に置き、精神の集中か長く細く息を吐く。

「短剣の大きさにこめるには、私の『力』ではこれくらいが限界でね」

 やや寂し気な、しかし悔しさのにじんだ笑み。


偸金(ちゅうきん)』……!

 平皿を持つように広げた両手に、三〇センチほどの見慣れない文様が浮かび淡く発光する。識者ならば梵字の「カーン」に酷似していたと指摘しただろう。

 ゆっくりと、文様を鉄鉱石に浸しながらゆっくりと沈めていく。

 文様に触れた部分から白銀に変色し、淡く発光し始めた。すべて発光化すると、鉄鉱石三個分の丸い水晶となる。

 水滴が震えて集まりひとつとなり、緩やかに対流する幻想的なシーン。

 塊が徐々に小さく、宝石を形作るほどに小さく強く発光した。

「――地金留めをおこないます」

 短剣の柄の部分を、塊に合わせて慎重に差し入れていく。いっそう激しく輝き、部屋が白銀の光で満たされる。

 ブリハスパティ卿の巨体だけ、影となり浮かび上がっていた。

 強い閃光が収まると……召喚の間でも見た複雑な幾何学模様の中心部に、新たに白い鉱石がついている。

因果伯(なかま)を、よろしく頼みます」

 短剣に静かに語りかけ、額や首筋には玉の汗が浮かんで流れた。

「ボクはS属性ではないけど、いつ見ても見事だな……」

 ジャーラフのこのような称賛は珍しい、本心からなんだ。

 ブリハスパティ卿を見守る瞳には、頼もしさと安堵がふくまれている。

「でっかい図体した奴がチマチマやってると笑えるなあ」

 ノルブリンカ……なんてことを。

「いいんだよ、何かと注文が入るのもわかるけどさ。集中して部屋から出ないし、声かけても返事もしないんだから」

 まあ確かに、兄貴じゃなきゃこなせない仕事だけどな――。

 まっすぐ口は悪いのに、兄への誇らしさも同居していた。


「――よし! これであの狼も少しは、剣に感謝し尊ぶ心を持てればよいのだが」

 もう一本も「偸金(ちゅうきん)」して、ブリハスパティ卿が振り向いた。聞こえていたのか、ノルブリンカを小突くしぐさがほほえましい。

 短剣は心なしか薄皮がはがれ、新しく輝いて見える。

 そういえばバジリスクの体液にも耐え無事だった。埋めこまれた鉱石が呼応し、それ自体が「カルマ」の影響下にあるのだ。

「サーガラ領を継承されたら、この技術を振るえなくなるのか。なんだかすごく、もったいない気もする」

「力」を発する短剣――ふいにS属性がうらやましくなり、試してみたくなる。

「んん――~…邪土(じゃどう)!」

 突如短剣を構えたぼくの行動に、三人の時が止まった。

「……やっぱり、何も起こりませんね」

「おまえ、くだらないことするなよ!」

「アユムならできちゃいそうだよなあ」

 怒られて笑われた、まあ受けたからいいか。

「――それでマナスルへの配達はどうする? アユム卿は重要な主命があるのだ、行商人に頼むか、ギルドの飛脚制度を利用することもできるが」

 ブリハスパティ卿が汗を拭きながら問う。

 丸腰じゃあウールドも困ってるだろうし、早く送ってあげたい。

「ただどの方法でも、確実に安全とは言えない。先日みたいに盗賊に遭遇したり、高価だと気がついた運び手が……言いにくいが持って逃亡したりもする」

偸金(ちゅうきん)」で生成された鉱石は、高価な取引価値が生まれるそうだ。

 事故に事件、数日の距離がある場所への配送だから、仕方がないともいえる。

「私が運べればいいのだが、ああそういえば――…」

「ぼくの知る信用できる方――お世話になった、行商人のおじさんがいるんです」

 ブリハスパティ卿がジャーラフに気がつき、なにか提案するのをさえぎった。

 ウールドには悪いけどと、心で謝罪しておく。

「まだ依頼できるかわかりませんけど、方法はまかせてもらえますか?」

「……うむ」

 ブリハスパティ卿は察したのか、優しく目を細める。



 それから数日、なにもなかった。

 広いとはいえ同じ城館内にいるのに、サンガ伯爵とは一向にすれ違わないのだ。

 領主の許可がなければ、セツとバンダに特殊な製造の依頼はできない。別に避けられているわけではなく、領主の一日は本当に多忙だった。

 城館の中庭を開放し、市民の話を聴く。

 貧困における税金問題、商人の跡継ぎ問題、婚姻や姑問題まで、真剣な眼差しで状況を確認し、各部署へ処理の通達をおこなう。

 大小の会議に幾度も足を運び、そのつど大臣格の貴族や聖職者と面談。

 昼食時も料理を味わう場ではなく、外せない大切な仕事。外交官や騎士を招き、各地の問題や出来事などを談笑しつつ情報交換する。

 評議会を開き、申し送りをし、贈り物を受け取り、サインをし演説をした。

 ノルブリンカは「顔」と言ってたけど、それを整えるのもたいへんなのだ。

 目の下にクマを作り壁に手をつき、市民の前では豪快に笑う。サンガ伯爵だからこそと、安心して住んでいる方も多いに違いない。

「少なくともぼくに、同じ生活は無理だな」


 サーガラは漁の街だけあって、本来は猫が多い。

 ジャーラフはくるたびにまとわりつかれ閉口したそうだ。だがどうやらカレシーの気配を察し、近寄ってこないらしい。

「うんサーガラに来てから、まだ一匹も見ていないね」

「その件に関しては――感謝してやる」

 ジャーラフが不満げな顔でカレシーと睨み合う、仲良くしようよ。

 魔獣の発する気配がどれだけ強いかわからない。けれど旅の間に狼や猛獣は……そして魔獣は、ぼくらを避けていたのだ。

 日ごろのおこないではなく、カレシーのおかげだったようだ。

「シーちゃんはすごいねえ」

「シ――~…」

 人差し指で(あご)の下をくすぐると、気持ちよさそうに目を閉じた。

「おいっ! それよりこれ、どうすれば勝てるんだ!?」

 なぜかぼくは城館の「ノッチ噴水」――勝手に命名に腰かけ、石と小枝をコマに見立てジャーラフとゲームをしていた。

 地面に四角形を三つと、十字を重ねた線を引いて盤上を再現。

 線の交点にコマを配置していき、三目そろったら相手のコマを取る。コマを置き終えたら、線にそってコマを移動させ再び三目をそろえていく。

 片方のコマがラス二となったら終了。

 最初に所持するコマは九個で、五~十二個と変更も可能。

 単純に見えて高度なかけ引きが必要とされる、古代エジプトを起源とする最古のボードゲーム――「ナインメンズモリス」である。

 連敗してジャーラフがイラだっていた。

「キミ、そこまで真剣な顔でやらずとも」

 気持ちの持っていく方向を見失い、意識の隙間ができてしまった。

 理不尽な対応なら、それが力にも喜びにもなる。サンガ伯爵はけしてそのような方ではない、ただ世界が違うだけなのだ。

 それも、理解できる範囲で……。

「この角を押さえて、そんでこうにゃるから――~ゴロゴロゴロ……」

 耳が立ち尻尾を激しく振るジャーラフを見て、ぼくは記憶のページをめくった。

「どの道がいいかわからないなら、どの道でも構わない、どこかへはたどりつく」

 魔力を持った猫がニヤニヤ笑って真理を語ってたっけ。なにを選択しても結果や学びはついてくる、ただ歩けと。

 ポツリともらしたぼくの顔を、ジャーラフが不思議そうに見つめる。


「フギャ――ッ!」

「おっおい急にどうしたんだよ?」

 カレシーの気配を察したのか、猫が大騒ぎで逃げていく。

 抱っこしていたのか、引っかかれた腕を舐めながら女性が振り向いた。

「お――い、黄昏れてるお二人さん。市場の旗が立ったし、面白いもん見せるからちょっとつき合え――!」

 庭の生け垣迷路の出口で、ノルブリンカがたくましい手を振り叫ぶ。

「……ハートの女王様にしては、健康的だなあ」




 静かな熊「ジャーラフに心を許せる友人ができたのか、なによりだ」

 褐色の女性「ここにも鈍いのが一人……」

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